1.「総合的な学習の時間」を110時間やります

 うちの学校はすでに2年前から、総合的な学習の時間の指導を行っています。
昨年は、公開授業・研究発表もして、多くの先生方に見ていただきました。
今年は、また別の組織での研究発表があります。

結構たくさんの題材が開発され、来年度からの本格実施にも余裕で対応していけます。

ところが問題は、その題材をどの指導者でもできるのかということです。

特に昨年は、“発表”ということもあって、見栄えのする題材をあつかった学年がありました。
なぜそんなことができたのかというと、その学年の担任の親戚(親、兄弟)が特殊技能を持っている方々で
その協力を得られたからです。おかげで、地域や保護者からは「滅多に経験できないことを
させてもらえた。すばらしいできばえだ。」と」大好評。
 しかし、今年の担任にはそんなツテはなし。けれど、地域の期待は「今年も!」。
しないと分かれば、「そうかあ、去年の先生は立派やったんやねえ」

 これは、おかしい!
ほかの学年のものはみんなアカン先生なのか!
個人的なツテや才能、時間やお金、そんなものに左右される題材ではおかしい。
本校の特色を生かして、どの教師でも取り組める題材でなければ値打ちがない。
その辺を分かっていたのか、いなかったのか。見栄えと評判を重視した前校長の置きみやげ。
地に足着いた実践を積み重ねていくしかないその他の教師たち。

いろいろやっていくうちに、こんなごたごたも出てきますよ。

さて、今年の研究発表では、その辺をどこまで暴露するか。
発表者の一人として、今、思案中。