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偽・赤表紙本
第3章

ギルドール・イングロリオン
Gildor Inglorion



 ギルドール・イングロリオン      
 彼は「旅の仲間(上) 第3章・三人寄れば」に登場する上のエルフです。
 フロドとサムとピピンは、連れ立ってバック郷に向かう途中、末つ森のあたりで
 ギルドール一行に行き会い、一食と一夜を共にします。
 バック郷につくまでの2つのイベント(もう1つはマゴットじいさん宅に寄ること)のうちの1つなのですが、
 一番の疑問は「ギルドールとは何者?」という問題です。

 これについては多くの仮説があるようで、掲示板でも
 「フィンロドの息子である」という仮説を知っている、という人がいました。
 でもなんとなく納得がいかないので、自分なりの仮説を立ててみました。
 その仮説を以下に示します。
 (主に参考にしたのはシルマリルの物語)

 第1紀のベレリアンドについての記述が頻出するので、非常に分かりにくいと思います。
 「シルマリルの物語」をもっている方は地図を見ながら読んでもらえるとわかりやすいと思います。
 もっていない方は「そういう場所があったんだな」というくらいに考えて下さい。

考察一.
−「指輪物語」と「シルマリル」より−


T.前提

エルベレスの歌を歌っていたこと、またノルドール族であるフィンロドとの関係があると言っていることから上のエルフ(ノルドール族)であることが分かります。また、「エルフたちは・・・塔山(TowerHills)のずっと向こうにある自分たちの土地を出て・・・」というフロドの言葉からおそらく灰色港もしくは青の山脈(エレド・ルーイン)に住んでいることが、さらにエルロンドとも親交があるらしいこと 【「ビルボに・・・ここから遠く離れたところ(裂け谷?)で会った」】 も分かります。



U.フィンロドの子かどうか

「ギルドールがフィンロドの子である」という仮説は「イングロリオン(Inglorion)という名は指輪物語執筆当時のフィンロドの名イングロール(Inglor)に『〜の子』を表す“〜on”が接尾語として結合したものだから」というものです(情報提供者Aiwetirさま・ハレナさま/私もどこかのページでこの仮説を見た覚えがあるので、どこのページかわかり次第参照とさせていただきます)。
しかし、シルマリルの物語15章の一番最後に「『・・・わが王国には息子に継がせるべきものは何1つ残らないであろう』(フィンロドの言葉)・・・かれが愛したのは、実はヴァンヤール族のアマリエであり、彼女は・・・流謫(るたく)の身にはならなかったのである」とあることから、彼には子供がいなかったとするのが妥当なように思えます。シルマリルの物語に沿って考えるために、「ギルドールはフィンロドの息子ではない」とします。



V.「フィンロド王家の」 “of the House of Finrod”

彼の自己紹介の言葉であり、最重要キーワードとなるのがこの「フィンロド王家のギルドール・イングロリオン」です。順序が前後しましたが、フィンロドとはノルドール族の最初の上級王フィンウェの次男フィンゴルフィンの長男です(つまり王家直系)。上記のとおり彼に子供はいませんでしたが、兄弟が4人いました。オロドレス、アングロド、アイグノール、ガラドリエルの4人です。ギルドールがこの4人の係累かどうかを検証していきます。

@)オロドレスの息子
 彼はフィンゴルフィンの次男で、フィンロドの補佐的役割を務める地位にいました。妻の名はシルマリル中には出てきませんが、娘フィンドゥイラスがいました。息子がいるという記述はないので、この説は不適とします。

A)アングロド、アイグノールの息子
 彼ら2人は中つ国に戻ってきてからはずっと、モルゴスの本拠地サンゴロドリムに近い丘陵地帯アルド・ガレンの守備についており、子供はいないようです。よってこの説は不適とします。

B)ガラドリエルの息子
 ガラドリエルはシンダール族のケレボルンの后となり、ロスロリエンの奥方となりました。エルロンドの后となったケレブリアンを産んでいますが、息子を持っているという記述は見られません。また、もしギルドールが彼女の息子ならそういった記述があると思うので、この説は不適とします。

@、A、Bより、おそらくフィンロドの兄弟の息子ではないように思われます。



W.ではいったい?

フィンロド本人の息子でも彼の兄弟の息子でもないなら、いったいなぜ「フィンロド王家の」と名乗るのか?私が最も妥当に感じるのは、『フィンロド王家内で高い地位を占めていたエルフの公子である』という考え方です。ゴンドリンのトゥアゴンの下にグロールフィンデルがいたように。この場合には2つの説が考えられます。

@)アングロドとアイグノールに従っていた
 VのAに書いたように、彼ら2人はモルゴスの本拠地に近い場所の防衛に努めていました。そして彼らと彼らに従うものたちはベレリアンドの第4の合戦・俄かに焔流るる合戦において蹴散らされます。この時戦死しなかった者たちはシリオン川の河口にいたキアダンのところに行き彼の下で働いたようです。この中にギルドールが含まれていた可能性があります。

A)ナルゴスロンドの民であった
 フィンロドが発見し彼の砦とした大洞穴ナルゴスロンドは、トゥーリンがそこに滞在していた時に竜の祖グラウルングを主戦力とするモルゴス軍に襲撃され、フィンロドの死後王となっていたオロドレスやトゥーリンらの必死の抗戦もむなしく、ナルゴスロンドは陥落します。この時運良く生き残った少数の者がシンゴル王を頼りドリアスに入るか、キアダンの下に行ったようです。@と同じく、この中に含まれていた可能性もあります。

第3紀においてギルドールがキアダンの下にいるらしいことと合わせても、この説が一番しっくりくるように感じます。



X.結論

『ギルドールはフィンロド・フェラグンド王に仕えていたエルフの公子である』
という考え方が妥当だと思われます。



Y.不安材料

★シルマリル中では「〜王家の・・・」(“・・・of the House of 〜”)という表現は王家の直系子孫を表すために使われており、ギルドールの言葉もその意味であるという解釈が成り立つこと。

★シルマリルに記されていない、フィンロドの4人の兄弟の息子であるという考え方もできること(確証は0)。

 上に挙げたように不安材料もありますが、私が立てた仮説はこのようなものです。
 いかがでしょうか?
 参考資料がシルマリルの物語と指輪物語中の13ページ分の記述の
 2つだけなので、不備も多少あるかと思います。
 何かまた新しく分かったことがあったらこの章を更新するので、
 意見や情報など、お待ちしております。






 いろいろと意見もいただき、自分でも考えてみたので、考察を追加します。
考察二.
−前回の考察に沿って−

『ギルドールはフィンロド・フェラグンド王に仕えていたエルフの公子である』と結論づけた前回の考察を前提として細かい部分を考えてみようと思います。


1.「フィンロド王家」を名乗る理由

フィンロドの子ではなく家臣であったなら、なぜ「フィンロド王家のギルドール・イングロリオン」と名乗るのか。
これについては、「何らかの功績に対して名前を賜ったのではないか」という意見をいただきました。
(『金のとまり木館』ハレナさまより。)
可能性が高そうだと思い、少し調べてみました。

一般に報賞として家臣に『名』を与える場合、2つの場合があります。
1つは「新しい名」を与える場合、もう1つは「主君の名を使う権利」を与える場合です。
今問題になるのは後者の方ですが、上の書き方では何のことかわかりにくいので、解説します。
「名を使う」というのは、もともとはその主君の権威を借りて何らかの行動をすることを指します。
主君に自分の能力を認められ、「王の名の下に」行動できるということです。
そこから派生して、主君から信頼されていることを示す、一種の栄誉礼のような意味もあるようです。

第一紀ベレリアンドにおけるフィンロド王家の権力はそれなりに大きなものでした。
ドリアスのシンゴルに1位は譲るにしても、ノルドール諸王家の中ではトゥアゴンとフィンロドが最大の権力を持っていたに違いありません
(フェアノールの子息は純粋な権力をほとんど持っていない状態だったと思われます)。
さらにトゥアゴンがゴンドリンに隠れていたため、事実上フィンロドがノルドール族を束ねていたのではないでしょうか。
そんな状態ですから、「フィンロド王家」という名は報賞にするに足る価値あるものだったのです。
ギルドールが当時実際にその権力を行使したかどうかは別として、第三紀の最後、指輪物語に登場する頃の彼にとっては、「フィンロド王家」を名乗ることはかつての主君やその思い出、第一紀の出来事を追憶するキーワードのようなものであるような気がします。



2.中つ国に残った理由、その他について

第一紀の終わりに、彼がキアダンの元にいたとするなら、エルロンド達と親交を持っていたと考えてもおかしくはないでしょう。
彼らが残るなら自分も、と考えたのかもしれませんし、サウロンをはじめとするモルゴスの遺産が中つ国に残っていることを鑑みて残留を決めたのかもしれません。
私としては後者の確率が高いように思えます。
やはりモルゴスに対する憎しみは大きなものだったでしょうし、フィンロドに仕えて戦ってきたのであれば駆逐すべき相手が残っている中つ国を去ることはできなかったのではないか、と感じるからです。

また、彼はエルフの間でどのようなポジションを占めていたのでしょうか?
キアダンともエルロンドとも親交を保ってますが、彼がどこに住んでいるのかははっきりとはわかりません。
「旅の仲間・上」には
 ・ここは私たちの館を遠く離れた緑の森
 ・われらの同族には、裂け谷に今なお平和に暮らしている者もある
くらいしか彼の住まいに関する情報は出ていないようです。
「王の帰還・下」で灰色港に向かうエルロンド達に同行しているので、灰色港に住んでいないように思われるし、上記の2つ目の言葉からすると裂け谷にも住んでいないようです。
地位が高かったかどうかは、全くもって何とも言えません。
フィンロド直属の家臣だとしたら相当な血筋と能力を持っているはずなのですが、エルロンドの御前会議には出席していません。
しかし、先にも書いたように灰色港に向かうエルロンドやガラドリエルと行動を共にしていますので、地位が低いわけでもありません。
助言者的役割だったとか、もしくは野伏と連携してエリアドールの防備に当たっていたとか、裂け谷と灰色港を往復して情報を交換していたとかいろいろ可能性はあります。
この3つ全てを兼ねていた、というのが妥当な線だと思うのですが、いかがでしょうか。
(02・02・02)   

考察というよりは思考の途中段階のような感じになってしまいましたが、またこれをもとに考えていこうと思っています。




「注意書き」に書いたとおり、“偽・赤表紙本”は「指輪物語」と「シルマリルの物語」を確たる資料とする考察をのせるものです。
しかし、ギルドールのようにトールキンが「変更しかけてそのままになった」要素を考える際には、
UnfinishedTalesのような彼の草稿集がとても参考になります。
そのUnfinishedTalesの中にギルドールに関する事柄をいくつか発見したので、紹介したいと思います。

考察三.
−UnfinishedTalesより、関連資料−

1.フィンロドの名について

追補編としてガラドリエルの奥方について調べていた時、フィンロドの名についての記述を発見したので引用します。

・・・1966年に指輪物語の改訂版が出版される前、父(J・R・R・トールキン)はフィンロド(の名前)をフィナルフィンに変え、それまでイングロール・フェラグンドと呼んでいたその息子をフィンロド・フェラグンドに変えた。・・・

つまり指輪物語執筆当時、現在フィンロド・フェラグンドという名で知られているフィナルフィン家の長子はイングロール・フェラグンドという名だった、ということです。
あとは、"-on"もしくは"-ion"という接尾辞が「〜の息子」という意味を示すことが証明できれば、
少なくとも1954年の時点ではギルドールはフェラグンドの息子という設定だったと言えるのですが、
「シルマリル」に載っているエルフ語簡易索引や本文中のエルフ語、エルフの名にそのような語幹が見あたらないので、
それが証明できません。
これについては、エルフ語の元となったといわれるウェールズ語を参照しなければ分からないだろうと思うので、
そちらの調査が進んでからまた考察を進めようと思います。

《以上は前回更新時に『考察二.』の最初につけられていたものです。》



2.接尾辞について

別の部分に、上で問題となっている"-on"もしくは"-ion"という接尾辞について参考となるところを見つけました。
それは、UnfinishedTalesの第一部「第一紀について」の最初に収められている、
“Of Tuor And His Coming To Gondlin”(「トゥオルと彼がゴンドリンに来たったことについて」)の中にありました。


話の中で、トゥオルはゴンドリンの領主トゥアゴンに仕えるエルフ、アランウェの息子ヴォロンウェ(つまり“Voronwë, son of Aranwë”)の案内でゴンドリンに向かうことになります。
つらい旅を経て、2人はなんとかゴンドリンの入り口にたどりつきます。
ゴンドリンの門を守るエルフ達の長エレマキルはヴォロンウェとの再会を喜びますが、トゥオルについては「許し無しに入ってきた者は死刑か、虜囚とならなければならない」と言い放ちます。
しかし、トゥオルが海を司るヴァラ、ウルモにつかわされたことを語ると、エレマキルは「自分には判断できない」と言い、2人をトゥアゴンのもとへ連れて行こうとします。
この時、彼らはゴンドリンの7つの門を通るのですが、一番最後の門を通る際、エレマキルが重要な一言を放ちます。

...Elemmakil...said: "Here have I brought Voronwë Aranwion, returning from Balar; ..."

日本語訳:
エレマキルは言った。「私はここに、バラール島より帰り来たったヴォロンウェ・アランウィオンを連れて参りました・・・」

この場面までは、ヴォロンウェ自身はもちろん、エレマキルもヴォロンウェに呼びかける時は"Voronwë, son of Aranwë"と呼んでいました。
しかし、なぜかこの場面だけヴォロンウェを"Voronwë Aranwion"と呼んでいます。


なぜこのように呼ぶのか、私は一つの推論を立てました。
それは、「『son of 〜』を『〜ion』と呼ぶのは、格式的な呼び方である」という推論です。

エレマキルが話しかけていた相手は、ゴンドリンの最後の門を守るエクセリオンでした (「シルマリル」中で、エクセリオンはゴンドリン陥落の際にバルログの長ゴスモグと一騎討ちをし、相討ちにしたと語られています)
当然地位はエレマキルよりはるかに上ですし、またトゥオルについてトゥアゴンの判断を仰ぐ、という重大な用件に関係することなので、格式的なやりとりをすべきだと思われます。
原文で"have I brought"のような倒置が起こっているのは、そのような文語調にすることで格式を表現しているのではないか、とも思います。
これが、上記の推論を立てた理由です。



3."Gildor Inglorion"

1.と2.をつなぎ合わせると、

「"Inglorion"とはフィンロドの当初の名"Inglor"に『〜の息子』を表す接尾辞"-ion"がついた語であり、ギルドールはフィンロドの息子である」

という結論が導き出されます。
またこの結論に従うと、"Inglorion"とはギルドールの出自を表している言葉であるから、彼の名前はただギルドールである、ということになります。


彼がこのようにフロドに名乗ったというのは、非常に興味深いことです。
"Gildor, son of Inglor"ではなく、"Gildor Inglorion"と格式ばった名乗り方をした理由。
それは、彼が瞬時にフロドの背負っている使命を見抜いたからかもしれません。
また、エルフ語の分かるホビットに出会い、ただフロドのエルフ語についてと伝承についての知識を試すためだったのかもしれません。

もし前者ならば、トールキンはフロドとその使命の重要性を1巻のあの場面で暗示しようとしたのかもしれません。
そのように考えながら今一度あの場面を読み返すと、新たな感慨を得ることができると思います。

この考察はUnfinishedTalesを資料としたものであり、「指輪物語」「シルマリル」を元に考えると、考察一.、二.のようになる、ということを明記しておきます。
(02・03・14)   



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「指輪物語」「シルマリルの物語」「ホビットの冒険」は
J・R・R・トールキンの作品です。