じゅんの四畳半奥の日記は かとしげが勝手にじゅんの日記を書いてしまうものです

12月某日
なんか前の日記を読み返してみたら意外とこの日記は続いてしまった。
とくに一大決心をして書き始めたわけではなく、どうせ3日坊主で終わるだろうと
書き始めたようなきが。
3日坊主を3日毎に繰り返せばいいじゃん、と気づいたら結構毎日書いている。
だれも知らないだろうけど自分はそのことに気づいた。うふふ。
ところで書くのをやめない理由が分かったところで、なぜ自分は書くのだろうか。
このにっきを。
だれかに読まれて恥ずかしいかというとそうでもない。
なんだかこれを読み返すときは他人が書いたもののように思えるから。
ではだれかにみてもらいたい?
それもないな。
さっき「うふふ」と書いたが本当はそんな笑いかたはしない。
でもうふふとかいても誰もみていない。うふふと書いたら意外と楽しかった。
そう思ったらもっと楽しい。あはは。

12月某日
今日も特に退屈ではないが、死ぬときの走馬灯には巡らないような1日だった。

12月某日
毎日楽しい。ただなんとなく。
ところでよく「かっこいい」とか「やる気ない」とか言われるが、
なんでみんなそういうふうに勘違いするんだろう。
かっこいい、といわれたところで何を言えというのかさっぱり分からない。
「やる気ない」もそうだ。
やる気ないかどうかは自分にしか分からないと思っているが。
多分自分はやる気のない態度をとっていることをそう言われているのだろうが、
自分に言わせればやる気ある態度をとる奴は何かわざと臭い。
わざとじゃないんだろうか、あれは。
じぶんにはあんなことする気が起きない。

12月某日
昨日やる気なしのはなしをしたが、
食事をしていて、「おいしくないの?」と聞かれることも多いのに気づいた。
「おいしいですよ。」と言っても信じてくれない。
「むりしなくていいのよ。」と。
大体おいしいもの食べて「おいしー!」って叫んでる女とかがいるが、
あれも信じられない。
おいしかったらおいしいと感じるだけ。
でもそれ以上に何か必要なのか。

12月某日
バイト先でティッシュとボールペンを買うこと。

12月某日

今日もあえて書くなら楽しい一日だったとしか言いようがない。
だがむかしから「おまえは何がどう楽しいのか」、といわれると困ってしまう。
特に何がというと何も無いし、楽しくない日というのもある。
だけど楽しい日とそうでない日をくらべてもどこが違うという訳ではない。

12月某日
楽しい日楽しい日と書いていると思うことがある。
「おまえはそのままではいかんぞ。」
たしかにこのままで良いと思っていつも過ごしている訳ではない。
なにかしなくちゃなと思うときもある。
だけどいかんいかん、と言われ続けてここまできてしまった。
いつ「いかん」がくるかはわからないが、最近それを考えても仕方ない気がしてきた。

もう寝よう。

12月某日
この日記を書いていてめんどくさいからたまに適当にウソを書いてしまう。
でもウソばっかり書いているとそれなりのことが書けてしまうから不思議だ


2月8日

日記をつけてみる。
日記をつけてみるとわかるのだが、これを書いている間は意識がないといけない。
何かを考えていないとだめなのだ。

だから日記をつけていてわかったことがあるのなら
1日の大半を「意識がなく」すごしている、ということだ。

その間自分はどこにいるのか?
「昨日あそこで立ち読みしてたでしょ」とか
「自転車乗ってたよね」とか言われても覚えていない。
そういうことがあったことを思い出すこともあるけど、
言われなかったら思い出さないわけだ。


そういうことを考えると自分なんて、
こんなふうに「日記を書い」たり「だれかのうわさばなしになった」り
しない限りどこにもいないのかもしれない、などと考えたりした。


2月某日

何やコレ!!何やコレ!
はもはもすんの!はもはも!!


5月某日
1時半に友達にあうつもりで必死こいて約束場所に行こうとした。
何回携帯に電話してもつながらない。

「まったくいいかげんなやつだ・・・・」

ぎりぎりになって携帯が鳴る。

友人「何」
ぢぶん「なにじゃなくて。どうすんだよ。もう始まっちゃうよ。」
友人「1時半だろ」
ぢぶん「いや、だから。」

時計の針は12時20分を指していた。


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