中2の夏、夜地元の駅のトイレに入ると洗面台のところに雑誌がおいてあった。
そんなところに捨ててあるの皆さんも経験しているかもだろうが
いかがわしい雑誌である確率が高い。
好奇心旺盛な年頃だったわたしは
そのときはそういった期待とがほんのちょっと普通とは違った形で裏切られるのだった。
表紙に描かれた劇画調の絵。
劇画というだけである種のエロスを感じるように刷り込まれているひとも多いかと思う。
しかしそこに描かれているのは下品な化粧をした女性ではなく
ふんどし姿の男性。。。
真面目な雑誌とも思えるがタイトルは
「薔薇族」。。
瞬間的に直感はあったが表紙を開いたそこに展開された世界は・・・・・・・・
男性が女性の裸に欲情するというのは生物としての本能とか、或いは通常は見ることのできない
「秘密」を知ってみたいという好奇心だとかで容易に説明がつく。
しかしそこに展開される世界は普通に接しているものでありながらも
とてつもなくタブーで想像だにしたことのないものにうつるのだった。
「き、気持ち悪い」「だいじょうぶ、その気持ち悪いのがだんだんよくなってくるから・・・・・」
「美少年系」薔薇族
それまで「ホモセクシャル」というのはオカマだとかいわゆる「みてスグそれとわかる」
人たちのことを言うのだと思っていたがそこにうつっているのは普通の男性諸氏。
「こんなところに魅力を感じるなんて!」
それまで生きてきた中で味わったことのない単に色のついていない
とてつもない「絶対値」だけに圧倒されたのだった。
薔薇族というタイトルに相当インパクトがあるが
他にも男と男の抒情詩「さぶ」
デブ専「サムソン」などがあることを後で知った。
ハッテン場、ネコとタチ、熊五郎系、アニキ系、短髪ヒゲ、ヤリ部屋
写真に加えて
これらの一度目にしたら頭から離れない言葉や
「ユウイチの匂い」といった類の小説。
禁断としか言いようのない世界だった。

バディ

「デブ専」サムソン
書かなくとも
それはたしかに存在している
たとえば少年航空兵の片目をかくした
眼帯のうらがわに
たとえば
刑務所で知り合ったSの腕の
薔薇色の傷口に
たとえば
マドリードから来た船乗りFの
蝶の刺青のまわりに
たとえば
自動車修理工のMの
灼けた背中のシャツの白地に
たとえば
寿司屋の板前の
指の血のにじんだ包帯の上に
たとえば
警察学校の寄宿舎の便所に
落書きされたむらさきいろの男根の横に
たとえば
泳ぎつかれて眠るプールサイドの
運転手の息づくブリーフに
たとえば
花粉の匂いにまみれた中学生の
自慰のてのひらの上に
「にんげんは約束をする
唯一の生物である」
と、詩人は書いた
おとうとよ
ぼくはそのことばを反芻していると
だんだんわかってくるのだ
書かなくとも
それはたしかに存在しているのだ、と
いうことが
寺山修司 「 世界はおとうとのために」薔薇族へ寄せられたオマージュ