7.風邪の効用03.12.21
今日はなんとなく風邪気味。
だけど寺山修司が病床で3年もいたように
病気の状態と言うのは大げさに言うと死ぬって言うことと対置していることを
意識しつつで生きている状態ナわけでいろいろな感覚が敏感になる。
というよりも生きることに貪欲になると言うか。

6.有意義にダラダラする
特に昨日今日は全く持って寒くて外にも出たくない。
そんなときはパソコンの前へ。
ホームページの更新も長く続けていると習慣になって
しかも前の蓄積が案外自然と書かせてくれる。
説明書とか読むの嫌いで未だに携帯もちゃんとつかえなかったりするんだけど
写真もいろいろなとり方できるようになったし。
2,3日の休みができたらダラダラ本読んだり、映画みたり、ホームページの更新したり。
これがスイッチオフ状態のすごし方。
基本的にオフが基本的なんだけど、突如オンになる。
旅行とか何か新しいことはじめるときは勢いで。
行動してるときはあんまよくわからないんだけど
やっぱ経験てダイジな気持ちがする。それを経験する前とした後でではもう感覚が違うというか
違う人なんだもん。

5.文章について
どうも天邪鬼だからうその話しかいてあるとちょっぴりほんとに思ってるいい話書いたり
本との話は嘘っぽく。そこら辺でバランスとってる。
書くときはある程度時間をかけて。
ひとつの事を書くときはそれについて1週間くらい考え込んじゃってもいいとおもう。

4.なんとなくはじめちゃう。
今年は英語を中心にやった。
映画とか、ホームページと同じでこれもどちらかと言うと習慣化してくんだと思う。
思っていたのとは違った形で自分に影響を与えてくれてる。
思うんだけどなんでも長く続けるといい。
来年はまえまえから思ってるようにちょっと音楽も絡めたい。
英語、ホームページ、音楽にしてもすべてに共通してるのは
他の人と同じくにはやりたくないって事。
もっというと「もしもピアノが弾けたなら」状態なんであって
それがないから通じ合えない、ってことが多いから。
ふつうにしてるとほんとにどうしようもないくらい。
「なんだそうだったのかぁ。」なんていつも言われちゃうくらい評判悪い。
いや、べつにみる目がないだけなんだと思うが。
「見返してやろう」とか「わかってもらいたい」っていうのって
そういうの嫌いなんだけど自分の嫌いなことで埋め尽くされそうになると
やっぱり自己防衛なのかかってに自分にあったことをやるんだと思う。

3.経理なんてあってないあってない、って言い続けて、しかも時には人にも言われたりして
じゃ、いったい何?って考えて英語やっちゃったり歌うたっちゃったりお酒飲んじゃったり。
なんか端からみたらよくいるサラリーマンみたい・・・・

そんなふうだからなにか話したくなったり、書きたくなったりする。
話したり書いたりするって言ったってココとおんなじく適当なことを言ったり書いたり。

昔はさぁなんかそんなふうだと誰もわかってくれないからちゃんとしないとだめだよ、なんて
言ってくれたりするんだけど、そんなのうそだったね!
大体まともなことできないし、やりたくもないし、面白くもない!
いちいちいろいろなこというやついうけど、面白くないと思ったらそんなのぜんぶうそっぱち!!

わかんない、わかんない、っていわれるけど
続けてるとね、
「でもなんとなくやってけそうなきがしてきた」
ていうのがいいとこなんだから。

そういえば最近あまり本読まなくなった。
つっても本は買うんだけど要するに本を読んでも
それ以上にジブンでなんか考えたりしないと結局本読まない人よりも
おばかさんになっちゃうから。
やっぱり「努力に逃げるな」とおなじで
「読書に逃げるな」ともいえると思う。

「事務的な事務」「守りにはいった守備」

がダメなのと同様の理由。

でもなんで「おうちで本でも読んでな」とはいうけど
映画だけは別格なのかね。
「文学少女」とか「文学青年」もあまりよくはつかわれないけど
映画だけはそういう揶揄の言葉ってない。
「旅」はなんか最近軽薄な感じがしてきちゃったけど。

2.考えてみたら今年ももう2ヶ月はない。
今年を振り返ってみると・・・普通はなんとなくしか覚えていない。
でも今年は案外ちゃんとホームページを更新したおかげで、
そこそこいろいろなことをやったんだな、と思う。新しい職にもついたし。

何事でも何かをはじめたばかりと言うのは新鮮さだけでやっていける。
でも慣れればなれるほど自分で質っていうかソフト面を充実させないと。

たとえば金曜の夜に飲み始めると結局朝までになる。
週末に飲むにしても7時からはじめると必ずといっていいほど終電を逃す。
しかもたいしてマックスまでいけなくてつまらない。
飲むなら6時から。そう決めた。じゃなかったらやめとく。ストレスたまっちゃうから。
それからキャバクラは本質的にそんなに好きじゃない。
だって飲んでちゃんとしたしゃべりめんどくさいから。

「かとうちゃん、かとうちゃんはあいらぶゆぅ〜が足りないです。」
「いーや!あいらぶゆぅ〜より愛してるってアンルイスが言ってました。」

「どこすんでるの?」
「んなこたぁどうでもいいんであって、ダイジなのは
お互いがお互いをちゃんとみつめあってるかどうかだろうが!」
「あ、それいえてる。」
「・・・すんません、スコッチをすこっちください」
「はいかしこまりました」

お酒を飲んでいいことがあるとすれば
ジブンの本質に迫れるとこなんだろう。
ウイスキーのボトル一瓶あけてからだね。やぱ本質に迫れるのって。

たぶん次飲んだとき言うと思う。
「いやぁ、お酒って飲んだ次の日って必ず後悔するんだよね」(毎回これを口癖にする人がいる。)
「でもお酒を飲んでいいことがあるとすれば
ジブンがなんなんだかすこしわかっちゃったりするとこなんじゃないっすか?」
「いいこというね、かとうちゃん。じゃのまなきゃのまなきゃ!」

飲むときの話題なんて大体さしさわりないんだけど、そこで芸術点をどれだけ稼げるかっていうのが
美学ってもんじゃないっすか?

1.案外人の経験なんていうものは知らず知らずのうちに身についてるようなもので
知らず知らずのうちに忘れて抜け落ちていくようなもので。

思い出のために生きてるんじゃないけど、明日ばかり見てても自分がたまに何をしてるんだか、
実は違うことをしているのに毎日同じことをしているような気分になる。

思い出のあった日はずっと前のことなんだけど、思い出してるのは今なわけで過去に生きてるわけじゃない。

自分の毎日は誰かの記録資料になるようなものじゃない。
でもいろいろ思い出すことで毎日が豊かになることは確か。
今日食べてるこれがおいしいかは昨日食べたまずいあれを思い出すことでわかったりもする。
そんなちょっとした「きっかけ」を残しておくことが毎日を豊かにしてくれている。

頼れる相談相手 昔の自分

過去を振り返ってみるとわかる唯一の事実とは

「忘れてる」

の一言に尽きてしまう。

今日の自分は昨日の自分よりは賢いに決まってる、
なんたってぼくはもう昨日のぼくじゃないんだから!

さわやかにそう思っても大半のことは忘れてる。

「ああ、いいな、って思ってもすぐ忘れちゃって、
そのうちなくてもいいかな、ともおもっちゃう。」

フト耳に入った言葉ダケド、「ああ」と思い当たる節がある。

ところで大人になっても子供の如くいやお金を持った分だけ子供のころにできなかったような
遊びをする人がいる。

半面でもう遊びはいいから、といったカンジで半分あきらめに入ってるかんじの人もいる。

自分としてはどっちもなあ、と正直おもう。

100パーセント純粋な大きなコドモ

何かを悟ってしまった老人のような大人。

若者は若者で「遊んでる」と「友達」で言葉を濁してる。

じゃあ自分は何がやなんだろう、と考えると
「ああ、やだな、って思ってもすぐ忘れちゃって
そのうちどうでもいいかな、ともおもっちゃう。」

結局なにが一番ヤかというと
「またかよぅ」。いっつもおんなじところでひっかけられてるかんじ。

そういうときは誰に相談するか。
「昔の自分」

「忘れてた」ことだけどちょっと前の自分は今思ってる自分より実は賢かったりする。
「自分のことは自分が一番わかってる」つもりだけど
「今の自分」より「ちょっと前の自分」の方が頼れるやつだったりする。

でも「昔の自分」は形にしといてやんないとすぐ
「今の自分」になっちゃう。

手間隙かけて文章を書くという作業をするのは
そんな昔の自分と相談するためなのだ、とおもったりした。

辛くてもヤレよ