| 11・27体にたたきこんだる!! |
| 「余はいかにしてナショナリストになりしか」「価値ある人生のために」(福田和也) 「大人への条件」(小浜逸郎) 3つともに共通するテーマ、発想が見られた。 なにについてであっても、またどんな言い方をするのであっても 「実存的でアレ」ということ。「自分自身の経験」「立場」「生身の感覚」を抜きにして 物事に接するな、ということ。 自分風に言うと「官能的でアレ」にあたる。 一方で「自由主義の再検討」(藤原保信)では あまりに実存主義にかたよった功利主義は価値相対主義に陥ってしまう、旨のことを書いていた。 要は何が正しくて何がよくないかは人間が決めるのであって絶対的な価値などない、 ということである。 そういう批判を考えると 「官能的でアレ」という対極にはどうしても「保守的である」必要も生じてくると思う。 「なんで人を殺しちゃいけないんですか」という質問にもそういった風にアプローチできるはず。 「まず人は殺してはいけない」そして自分であっても身近な人であっても 「殺す」ということが実感できる(実存的で官能的)場面を想像する。 「大人への条件」で小浜逸郎はそういった自分が大人になっていった「きづき」の具体的場面を 具体的な小説やマンガを引用している。 小浜逸郎は「心と身体」について 人間がうつ病になってしまうのは心だけで抽象的に過去や未来を極端にあつかえるからである、とする。 要は身体を抜きにした発想というのは不安定だからこそ物事を具体的に考えて 身体に還元できるかたちで心を使え、ということと理解している。勝手に。 福田和也は 抽象的に「人間的でアレ」というよりは「日本人でアレ」と教え込むしかない、として そこで日本人であるということは具体的にどういうことなのか、という問いを立てていた。 興味深かったのが 「暗記しなくていいというのは写真があれば思い出はなくてもいい、 というのと同じということです。」 暗記というのは肉体労働みたいなもんだ。たしかに。 かとしげ風に実存化すると 「暗記しなくていいということは彼女の写真があればあわなくても、性交抜きでもいいということです」 続けて福田は 読書感想文を例にそんな暗記抜きの「考える」はやめて とりあえずつべこべ言わずに本を「声に出して」読ませてしかも 古典なんかは暗唱させろ、という。 たしかに勉強がつまらないのは知識の詰め込みすぎで・・・うんたらかんたらいうが 話は逆で暗記の仕方が中途半端だからいけないのだとおもう。 だいたい本当に暗記しても考える力がつかない人間は 暗記をしなくても考える力はつかないのだから心配しなくても大丈夫。 勉強がつまらない、のは「どうして勉強しなくちゃいけないの」と これまた抽象的に考えるから。 「どうして勉強しなきゃいけないの」は 食べてもないのに「りんごってどんな味がするの」を教えろというのに等しい。 よく言われることだが 考えるとは「日本語を使って」考えるのだが、当然その日本語自体はどうやって仕入れた、 という話になるだろう。 まあ長々といってきた中で大切なことは 「物事は身にしみて理解しろ」 もっというと 体にたたみこめ、体で覚えろ! ということにつきるだろう。 番外編「実存的であるということ」 女 「あなたのこと、まだわからないもの・・・・・」 男 「じゃあ’実存的に’わかりあおう・・・」 女 「え?・・・ひぃいいいぃいいい!!」(またそれかぃ) 「議論をするということは自分の弱点を意識するということだ」 |
| 11・25人はなぜ結婚するのか |
| バイト先にて30ちょっと前の子持ち主婦を囲んで なにげなくそういう話になった。 「めんどくさいわよぉ〜、あそこらへんのおばちゃんに聞いてみな、 みんなめんどくさい、っていうから。いつもいうもん、’もう、まだ?はやくして!’」 うすうすそうだろうなぁというのは知っていて、 かつ男の側の気持ちは耳にはしていたが 女の側の気持ちを思いもがけなく なまなましく聞いてしまったので 結構ナエタ。 そこで、というわけではないが 図書館で小浜逸郎の本を検索してたときふいに目に飛び込んできたのが 「人はなぜ結婚するのか」。 わたしが書架からこの本を取り出したことはいうまでもない。 読んでみて「小浜逸郎はやっぱりすごいなぁ」ということであった。 そして「結婚」を通じてそれ以外の人間関係までじっくりと考えさせる良書であった。 そこでいくつか印象的だった部分について。 結婚とは人生の企画書である。 「結婚するということは自分がどのエロス的な関係を最優先して生きてゆくかということに対する 解答を自分で自分に与えたということを意味します。ですから、これまでの情緒的な関係のあり方は そこでいったんは括弧にくくられることになる。」 小姑や姑、というのは結婚生活で絶対でてくる問題だけれど そういうときに 妻や夫でなく自分の親兄弟の肩を持ってしまったら 元も子もないのだぁ、と改めて思った。 「あたしたちって所詮他人よね!」 これは関係が破綻するときにでてくる典型的な文句であるけれど それは 結論ではなく前提だろ、 とつっこみたくなる。 そもそも20年以上も時間を共有してきて、かつ血縁関係を引き合いにだして 「あなたはお兄さんのこと全然わかってないわ」 とか 「おれのお袋だったらそういうことはしない」 とかいわれたって わかるわけねぇだろ、ゴルァ!! だろう。 そういうハンディに自覚的でないと 婚姻関係以外のどんな関係もだめだな、と実感させられるのであった。 相手が高学歴で会社では重役であるとかいう社会的地位にかかわらず 「あなた、そんなことしたらだめよ」と言えるような 「人間の格」そのものでぶつかりあえるところに結婚関係のよさがあるのです。 相手の社会的地位だとかがいつまでも意識に上ってきてしまうようであれば その関係は破綻せざるをえない。 これは個人的な経験からも思うことだけれど 普通の人なら全然問題にもしないところを 「あなたのそういうところに憧れてるのよ」 とか 普通の人なら憧れの対象となるところを 「だからなんなのよ」 とかがあるとそこからお互いが魅かれあって・・・・・ のような話はよくきく。 要はその相手でないとダメ なものを あえて友人関係恋人関係あるいは婚姻関係に求めるわけでありまして。 私たちは、人と深い付き合いをしたいと思っています。 しかし深い付き合いをすることは容易ではありません。 深い付き合いをしていると思いながら、 実は自分を相手に託してしまっていることもあります。 そうなると付き合いは永続性をもてず、 相手をも十分に知ることはできなくなります。 意気投合しても、 自分と相手は違う人間だということを意識していなければなりません。 こちらは阿部謹也「世間を読み、人間を読む」から。 同じようなことが書いてあるけれども それから、「あの相手の、世間との距離を測る」事が必要です。 日本の個人はそれぞれの「世間」のなかで生きていますから、 相手の「世間」をまず知らなければならないのです。 という部分。さっきもあげたように 違う「世間」の人間がお互いの属する世間の距離をのりこえて、 もしくは相手の世間にお互いに属することで 存在するのが婚姻関係の特殊性でもある。 これ以外にも「倦怠をどうのりきるのか」 についての具体的な記述がいくつかあった。 幻滅は人身掌握の自由である。 モーパッサンの「女の一生」を引き合いに 幻滅するということは 相手はこういうときにはこういう風にしてくる、という パターンがわかるということ(ああしちゃ怒る、こうすると喜ぶ) で逆説的には行動の自由が得られるという点から 男女間に不可避な「幻滅」に積極的な面から光を当てている。 「内なる儀式」二人で迷う時間を共有 「外なる儀式」は当然婚姻届を出す、とか結婚式をするとか言うことであるけれど その半面で結婚式に相手がこない、とか成田離婚とか これはいわゆるわかりやすい典型例ダケド多かれ少なかれ この人が相手でいいのだろうかという結婚の前であろうと後であろうと 「マリッジブルー」は どの人にも生じうる。 小浜逸夫はこの悩みを両者が共有することをもって 「内なる儀式」とよんでいる。 たしかに「あなたと結婚するにあたって不安があるの」 というのを相手に向かって直接いうことは 「おれのことが信用できないのか!」 となる可能性も当然あるわけで 「一種の賭け」ではある。でも「なぜ」賭けてみたいのか、は 問題ではある。 篠原涼子の「もっともっと」は無意識のうちにひっかかって書いておいたのだが 「そういうことだったのか」といま気づいた。 「お互いに逆境を乗り越えたところに真の愛が・・・」 とはいいませんよ。 「その言い方だとカンジない」から。 まぁとはいっても事あるごとに「本当の気持ち」を ぶつけられても当然食傷気味にはなるわけで 「外堀から埋める」アプローチについても 記述があった。 子供で自分のさみしさを埋める、というのでは大いに問題ありだが 子育てを「通じて」相手の新しい面が見えてきたりだとか、 共通の趣味をもつことを「通じて」だとか。 あるいは相手の親兄弟だとか友達、なんかをこっちにとりこんでしまうとかいうのも 聞いたことがある。 でもそういうふうになったらなったでまた 「あたしを本当の場所に連れていってくれるのはあなたよ」 とかいって 「障害が多ければ多いほど」不倫相手との「真実の愛」が 燃えてしまう こともあるからなぁ。 まあ人間というのは難儀な生き物ということで。 ということで最後に。 「この人とならうまくやれるかもしれない」という初心を いかにうまく殺さないように反復し、しかも日常の空気の中にそれを根付かせるか というのが結婚の最大の課題でしょう。 |
| 11・24その言い方じゃないとカンジない。 |
| 最近やっと「小説」が面白く読めるようになってきた。 活字が嫌い、というわけではなかったのだけれど なんだか 「文学」って堅苦しくて難しそう、と思ってて 一言でいえることは一言でいえよ、とか 思っていたのだが 多少なりともいろいろな「背景知識」なるものが わかってくると小説なんかが実感して読める。 なんか子供が芥川読んで面白い、とかいってるのって 「おまえわかってんのかよ」とか思っていたのだが、 やっぱそうだと思う。 大人になったのだね。 で 話はまったく変わってしまうが これは男でないとわからないかもしれないが、 ニコニコしてる健康的な女性のヌードには オスは欲情しない。 が 「夜はまだまだこれからですわ・・・・」 には 文字情報だけでも欲情してしまう。 何をいいたいかというと 文学は読み手にとって「官能的でなければいけない」ということ。 官能=いやらしい、ということに一般的には思われているが 広い意味で「官能」を捉えると「におい」や「味」や「感情」や 五感に訴えるもの全てをさすこともできると思う。 まあ簡単にいってしまうなら「面白がれるか」 なのだが、そこを 「官能的に作品が鑑賞できるか」 というから「表現」というものが生まれるのであって。 誰かと同じテーマでも、誰かと似たような経験についてであっても 人それぞれの経験とか環境に根付いた「表現」あるのだということ。 そして必ずしも読みやすいからといって官能的であるとは限らないし、 かといって一般的に難しいといわれているからといっても 官能的である場合がある。 そんなかとしげ先生 に最近官能的だった文章の一部。 「ぼくは意地悪どころか、結局、何者にもなれなかった 意地悪にも、お人よしにも、卑劣感にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも。 口から泡を吹いて怒っていても、誰かに人形でもあてがわれたり、 紅茶に核砂糖でも添えて出されたら、たちまち僕は機嫌を直してしまう。 いや、感涙にむせばんばかりなのだ。 なるほど、あとからはそういう自分に歯噛みして悔しがり、羞恥のあまり、 数ヶ月も不眠症に悩まされること確実なのだが、 とにかく、これがぼくの性分なのである。」 (ドストエフスキー「地下室の手記」) 自分の場合どうしてもひとによっては話すにしても文章にしても わかりにくかったり長くなってしまったりしがちなのだが やっぱりそれなりの長さが必要だと思う。 「要するに」というまとめがないと当然読みにくくはあるのだが、 じゃあキーワードなりまとめだけあればいいかというとそうではないとおもう。 これは わざわざ手間隙かけてこういった文章郡を形に残しておく最大の理由なのであるが 文章を書いたり読んだりすることは 「経験」なのだと思う。 どういうことかというと映画を2倍速で意味だけわかってもなんの 面白みもないのと同じである。 しゃべったり書いたりする過程でどういういいまわしをしようかと 考えたり、あるいは自分の書いたものを読み返したりすることで伝えたい テーマが官能にしみこんでくる。 ところでこんなわたしは卒業式でなんのためらいもなく 「君たちには無限の可能性があります!」 とかいう教師の言うことは絶対信用しなかった。 |
| 11・23図書館の効用 |
| 「本は自腹を払って買う」 そういうもんだと思っていたのだが、 最近ちょっと考えが変わった。 きっかけは図書館にいってからなのだが、 最近じゃ図書館もコンピューターで本の検索ができたりして すこぶる便利なのに気づいたのだった。 あともうひとつ。 かなり大きな本屋であっても売ってる本の中心は新刊本で それにたいして図書館は結構一般の流通ルートからは消えてしまった 本も書架においてあり、重宝する。 だから 一般書店と古本屋の中間のような感じで図書館を使える。 図書館で本を借りるということは 当然「かえさなくてはならな」くなるわけだが それはそれでいい。 なにしろ部屋が狭いのだ。 たくさん本があっても 大切な本は埋もれてしまっている、などということがある。 その点借りた本のタイトルさえひかえておけば重要な本なら買うし、 売ってなければ図書館の検索システムで探せる。 要するに ・大切な本をどうでもいい本で埋もれさせることが少しは少なくなる。 ・一般書店で売っていない本が読める。 ・検索がしやすい ・借りた本を読もうというきっかけになる という点で 捨てたもんでもないなあと思ったのでした。 |
くだらないことで また 涙してる。 どうして? 情けなくなってる。 一人ぼっち感じる。 町を覗けば 答えは見えてくるはず でも 夜に飛び込むだけじゃ 輝くこと 忘れる。 自由がほらひとしずく いつかこぼれ落ちてく 汚れなく 美しく 秘めた思いひとつに。 (hitomi「by myself」) |
君は嘘の糸はりめぐらし 小さな世界すべてだと思ってた 「これが全て・・・・どうせこんなもんだろう?」 君は言った・・・・それも嘘さ・・・・ ケバケバしい君の模様がさびしそうで 極楽鳥が珍しく話しかけた 「蝶の羽いただいて こっち来いよ」 「向こうでは 思い通りさ」 「行きたいなぁ」 「翼がほしい・・・・」 借り物の翼ではうまく飛べず まっさかさま墜落していく 「もうダメだ」 「空は見えるのに・・・・」 「失敗だぁ」 「翼がほしい」 わずかに見えた あの空の向こう 鳥たちは南へ 「もう一度飛ぼう」 「この糸 切り裂き」 「自らのジェットで」 「あの雲が 通り過ぎたら・・・・」 ピンクスパイダー 空は呼んでいる ピンクスパイダー ピンクスパイダー 桃色の雲が 空を流れる・・・・ (hide「Pink Spider」) |
完全夢想のBoys and Girls 気持ち見抜かれちゃうから 笑う なんでもないって事 そりゃあ なんでもアリってこと 君の行きたい場所へどこへでもいける 君のいびつなロケット 錆付く前に発射さ 何度でも打ち上げよう 飛び出せば君は完璧なロケット 待ってるだけの昨日にアディオス! (hide「Rocket Dive」) |
| 11.5 かとしげの夜のポエム |
やりなおすこと だって あなたと ならば できたい。 できすぎた人生 じゃ あなたをちゃんと 信じれない。 たくましく 生きてなきゃ ほんとうの愛 なんて 誇れない おびえずに歩かなきゃ 本当の場所なんて 行けない (篠原涼子「もっと もっと」) |
| 11.4 ずぁ すと〜りぃ おヴ げんじぃ |
| 恋はエゴイズムのぶつかりあい。 因果は巡る、とか やっぱり世界に誇れる文学だ、と あらためて思った。 |
| 11.2 陽水の快楽 |
たとえばいかがわしい場所で人間の道を極めるため |
26何が楽しくて生きてんの?
25人はなぜ結婚するのか
24その言い方じゃないとカンジない。
23図書館の効用
もっともっと
bymyself
PinkSpider
4 ずぁ すと〜りぃ おヴ げんじぃ
2 陽水の快楽
26捨てる技術その2 成仏してください
24走れ走れ肉体改造
25チョナンカン
23将来の夢は金持ちになって長生きすること
22かとしげのやりすごし英会話
21憂人の憂鬱
17きぃぬくな!〜野球は何があるかわからない。
16つまらない、くだらないを結集させる。
10私の幸福論〜福田恒存ちくま文庫
9パクチョンヒ
01.9
26えなりかずきとグルメ
11どぅびどぅWhat?
9大槻教授はドキュソであるという確信
8穴への妄想。
7ないとめあ〜ムカツク店員しりぃず
6厨房かとしげ
5Attack no.1
31ホームページを作る意義
318月に読んだ本買った本
27
22捨てる技術
21ものをかけるようになるまで
20「好きじゃなくてもいいんじゃない」続けるのは大変だ
30参院選記念政治漫談
307月に読んだ本、買った本
10単なる変態、かとしげせんせい
10官能小説家かとしげせんせい
’家畜人YAHOO’
5整形はいけない?
01.6 plus1
30淫行教師かとしげせんせい特別講義
29タレント議員とは。
28アレサフランクリン
26映画
21歴史を学ぶ
20
18
14
11
1.31徒競走