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『めだま焼きみたいな毎日』




■2002/10/29 (火)

ヒトはみんな、扉を持っている。
みんなそこを行き来して、ヒトと会ったりお喋りしたり。

いつでも開きっぱなしの扉
ちょっと隙間を開けてる扉
きっちり鍵がしまってる扉

中に入りたくなったなら、まずは扉をたたいてみよう。

でも、憶えておいて。すぐに開くとはかぎらない。
だから、そっとノックして、あせらず耳をすませればいい。

それでも開かなかったら、また今度にしよう。
ノックの音は、きっと聞こえているはずだから。

そっと離れて。そっと寄り添って。
それがきっと、大切。

■2002/10/24 (木) 細胞

買物の帰り道、ふと見上げると、いちょうが黄色く色づいていた。

秋のサイン。

紅葉を見ると、何だかホッカリするのは何故なんだろう。

色が綺麗だとか、構図が良いとか、そういうことだけじゃなく、体の中の何かが呼応して、心がホッカリする。

上手く言えないけど、野生的に幸せを感じる、そんな感じ。

これって、脳みそから出てくる感情というより、体が、皮膚が、細胞が生み出す反応なのかもしれない、そんなことを考えた。

何万年も前の人も、紅葉を見て、こんな風に感じていたのだろうか。

秋は収穫の時期。それが嬉しくて、それでこんなにホッカリしたんだろうか。

その記憶が、わたしの細胞にいきづいているのかもしれない。

細胞の記憶。

暗闇が怖いのも、夕焼けを見ると切なくなるのも、海を見るとドキドキするのも、星空を眺めるとロマンチックになってしまうのも、ぜんぶ細胞の記憶がくずぐられてのこと、だとしたら。

ときどきは、細胞の声に耳を傾けよう。そういう風に暮らしてみたら、きっと気持ちいいだろうと思う。

■2002/10/22 (火)

風が、海の香りを帯びはじめた。
港へ向かって、歩く道。

とっとっとっとっとっとっとっと
船が啼いている。

とっとっとっとっとっとっとっと
出て行くところか、帰って来たのか、わからないけど。

とっとっとっとっとっとっとっと
「行ってきます」と「ただいま」が、同じ音。

とっとっとっとっとっとっとっと
その音は、だから何だか懐かしく、だから何だか心地よい。

■2002/10/21 (月) 芽がでた

ヤグルマギクの芽がでた。

小さくほっそりとした瑞々しい双葉が、何本も、まっすぐに伸びて。
とても愛らしいその姿に、うっとり。

でもよく見たら、ブロッコリースプラウトに、そっくりだ。
ブロッコリースプラウトを見ても、こんな風には思わないんだけど。

種をまき、水をやるって、すごいことなんだな。
私とヤグルマギクとの間に、見えない絆が出来ているみたいだ。

何だか不思議で、何だかうれしい。

そしてブロッコリースプラウトに、ほんの少し、申し訳ない気分。

■2002/10/15 (火) まわり道

まわり道って、不必要な必要だ、と思う。

でも、それが嫌いな人もいる。

昔読んだスティーブン・キングの短編で、近道を探すことに総力をあげる女の人の話があった。どこへ行くのも、彼女は近道を通らなければ気がすまない。1時間も2時間も、時間を短縮することを実現していく彼女は、少しずつ少しずつ、見た目に若返っていくのだった。もちろんフィクションなのだけれど、時間を節約した分、時間を逆戻りするという発想が、何だか怖くて、とても新鮮だった。

「だって時間がもったいないから」という人もいる。

そういう人はきっと、道端に転がっている綺麗な形のどんぐりには、気づかないんだろうなあ。

私は「もったいない」と思うより、綺麗などんぐりを見ていたい。そう思う。

■2002/10/8 (火) すくっと

すくっと立ちたい。

そびえ立つ大樹のように、堂々と。

どこまでも続く飛行機雲のように、上を向いて。

いつか私の肌を切った、青い青い雑草のように、瑞々しく。

そんなふうに、すくっと立っていたい。

■2002/4/17 (水) しじみ

しじみのお味噌汁が飲みたくなった。

スーパーで買い求めたしじみをボールにザラリと移し、砂ぬきをしようと水を注ぎ塩を混ぜいれる。

まもなく、ぷくぷくと数個の泡が浮び始め、ゆっくりと殻が開いたり閉じたり。

発砲スチロールのトレーの上で、何事かと思って固く殻を閉じていたしじみ達が、塩水を感じて心を許し始めている。海に帰ったと思ってるんだよなあ。

か弱くて健気な彼らに、むごい詐欺行為をしていることに気づき、ほんの少し胸が痛んだ。

■2002/4/16 (火) マイキー

すごいドラマがあるらしい。

「がんばれマイキー」という、登場人物がすべてマネキンのドラマ。

私がくたびれて早く寝た日、旦那が夜ふかし中に発見したようだ。絶対私が喜ぶと思って起こそうとしてくれたらしいが、一声かけて応答がなかったので、あきらめた様子。後になってストーリーを事細かに説明してもらい、そのシュールな世界にますます興味津々。「動画があったんだよ」と言うのでどんなのかと思えば、公園で滑り台をスーっとすべったり、ぶらんこに乗った状態でゆらゆらしたり、のシーンらしい。つまりマネキンそのものの関節やらが動くのではなく、同じ格好で移動するだけの「動画」。やはり、「ピングー」ほどの熱い製作意欲はないのか。その、ちょっと投げやりとすら思える態度も、なかなかオツである。

昼間にふと思い出し、ネット検索してみたらサイトを見つけた。すごいすごい。もうすでに話題になっている模様。次回は絶対見なくては。

■2002/4/13 (土) 山菜つみ

知りあいの山菜博士の案内で、山菜つみに出かける。

今回のターゲットは「たらのめ」と「いたどり」。「いたどり」はそこら辺の草むらになら、どこでも生えているようで、もう大漁大漁。もともとの味がとても酸っぱくて、一般には不人気らしいのだけれど、博士から秘伝レシピで調理済のものを食べさせてもらい、夫婦で大感激。やわらかくて味が良くしみて、とっても美味しかった。

「たらのめ」は若干上級者向けらしい。私が博士のお宅で奥様と歓談しているあいだに、旦那と博士が連れ立って採ってきてくれた。服に草やら枝やらつけて帰ってきた旦那、慣れない作業に手を葉っぱで切ったりして、大変だったらしいけど労働の後の心地よさを満喫していた。

夜ごはんは、たらのめの天ぷら。他の野菜もたくさん揚げて、もうとっても美味しくて幸せな気分だった。

春をたくさん食べた一日。

〜後日談〜

山菜つみで誤って「とりかぶと」を採って食べてしまい、死亡者が出たらしい。とても気の毒だ。楽しいイベントが、一転してとんでもない結果を巻き起こしてしまうこともあるのだな。気をつけなくては・・・

■2002/4/8 (月) ある食物連鎖

テレビで、野ウサギの話をやっていた。

今回登場したのは、米国ユタ州の森に暮らすピグミーウサギ。体がとても小さく、私達がよく目にするウサギの子供サイズがピグミーウサギの大人の大きさらしい。セージを主食としているので、体が特有のにおいを持っているのだという。欧米ではレストランでウサギのローストとか食べられるけど、ピグミーウサギを焼くとセージのいい香りがして丁度いいのかな・・・なんてふと考えて、自分が恐ろしくなる。

巣をミンクに狙われて、間一髪で逃げ出すシーンにハラハラ。ピグミーウサギは小さいので、ミンクのほかにもフクロウなどたくさんの動物の餌になってしまうのだという。そんな私の手には、しらす干したっぷりのおにぎり。カルシウム採ろうと思って。

果たして私の中には、どのくらいの野生が残っているんだろう。
少なくとも食欲についての見極めは、結構難しそうだ。

■2002/4/6 (土) つーかー

夜、旦那がおもむろに腹筋運動をはじめた。ここのところ焼肉やさんの半額セール目白押しのためか、ちょっぴりお腹の緩みが気になり始めているらしい。

がんばってるのを横目に、私は洗面所に行って歯磨き開始。いつものように、少し磨いてからそのまま歯ブラシを手に居間へ移動する。旦那はまだ、腹筋中。がんばれがんばれ。しばし傍らでブラシを動かし、再び洗面所へ向かう。

スッキリして居間に戻ると、旦那は腹筋を中断、仰向けのまんま首を少し立ててテレビを見ていた。そんな旦那の姿が目に入った瞬間、何故だかわからないんだけど、ほんとに何故だかわからないんだけど、私の口元から突如として「エアウルフ」の主題歌が湧いて出てきた。

その、何ともクールでアクロバティックな香りのメロディーは、私の脳裏に「組体操」の衝動を呼び起こす。と、絨毯の上に寝そべる旦那の足首をつかみ、足の裏を天井に向けてその上に自分のお腹を乗せてみた。そう、飛行機である。「エアウルフ」を口ずさんだまま、そっと床から足を、旦那の体から手を離し、床と水平になった私は空を飛ぶポーズ。

この一連の動作が、言葉によるコミュニケーション無しにあまりにもスムーズに進んだため、自分と旦那の意思疎通のすばらしさに喜びが込みあげる。

「なんか夫婦って感じだねー」と言うと、「うんにゃ」と否定された。ちょっとションボリ。「つーかーって感じだねー」と言いなおしてみたら、「そだねぇ」と言ってもらえたのでホッとする。

■2002/4/4 (木) 商品イメージ

毎週木曜日の夕方五時ごろ、決まって外から石焼いもを売る声が聞こえてくる。

い〜しや〜きいも〜 おいも〜 いもいもいも〜〜〜

それはいいんだけど、その呼び声といったら、これまたものすごく思い詰めた感じなのである。

まず耳に飛びんでくる時は至って普通の音量なんだけど、徐々にクレッシェンドがかかり、クライマックスでは非常に切迫した絶叫とも言える音に変わっていく。ちょうど、おいもを食べ過ぎて水分をすっかり失った喉で、苦しみもがいてるような、そんな感じ。

初めてその呼び声を聞いたときは、久しぶりに食べようかと思った。まもなく、あまりの入魂ぶりに思わず笑いが込みあげた。二度目には少し息苦しくなって、やがてイライラした。

一生懸命売っているのは分かるし、もしかしたら、おいもは絶品なのかもしれない。だけどあれじゃあ、ホクホク美味しいというよりも喉に詰まって通らないって感じだよなあ。呼び止めるのにも勇気がいる。

イメージって、やっぱり大切なのだ。

■2002/4/2 (火) いつもデザート

週末、我が家で友達の送別会を開いた。

お昼ごはんを振舞うということで、デザートも人数分より少し多めにシュークリームを買っておいたら、友達たちが手に手に美味しそうなお菓子をさげてやって来てくれた。

ごはんの後、この前入手したフランスのカードゲームで少し遊んでから、持ってきてもらったデザートの一つ、手作りチーズケーキを頂く。美味しい!すごく美味しい!と食べ終わって、またゲーム。瞬く間に盛り上がり、気づけば夕方で、結局夜もみんなで一緒に外食した。

家に帰り、他にも持ってきてくれたデザートがあったのに、出すのを忘れてしまったことに気づく。申し訳なかったなぁと思いながら携帯からお詫びメールを送り、さっそくお相伴に預かる。これまた、めちゃくちゃ美味しいロールケーキだった。夫婦して大はしゃぎ。ますます申し訳なかった。

友達のメールの返事には「食べるの大変だったら、捨てちゃっていいからね」と書いてくれていたけど、とんでもない。腐ってるのを確認するまでは、絶対捨てられない・・・あまりにも美味しいのだ。というわけで、今日ようやく食べ終わった。

かくして、自分で買っておいたシュークリームは、いまだ冷蔵庫の中。賞味期限はちょびっと過ぎてるんだけど、まだまだ何の問題もなく食べられそう。でもさすがに、あさって来るお客さんには出せないよなあ。何か買っておくべきか・・・だけどまた、何か持ってきてくれちゃうのかな。

期待いっぱい、不安少々。冷蔵庫がデザートに占領されていくぅ。

それでもやっぱり、うれしいのだ。
扉を開けると、いつもデザート。

■2002/4/1 (月) 旅立ち

ちょっと具合が悪かったので、病院に行ってきた。

待合室で「葉っぱのフレディ」を読む。
前々から名前はよく聞いてて気になっていたけど、まだ読んだことがなかった絵本。

何とも心に染み入る物語だった。レオ・バスカリアの書く話には、いつも新鮮な驚きを憶える。
魂に、すぅっと水分が補給されたような、そんな気分になった。

家まで歩く帰り道、歩道の木々から落ちてきたたくさんの木の葉が、春の風に乗ってクルクル舞っていた。新しい場所に向かって、新しい旅を始めている。普段、木の葉を踏むときのカシャっていう乾いた音が好きなんだけど、今日は踏むのをガマンしてみた。

見上げる木々の枝では、澄んだ緑色の小さな芽がそっと外を覗いていた。

■2002/3/28 (木) 野生

友達が遊びに来てくれた。天気がいいので、久しぶりに公園を歩く。貯水池をぐるりと回って坂道を下っていくと、一面に雪やなぎが咲いている草むらを見つけた。風が吹くたび、白い小花をいっぱいつけた枝がそよそよと揺れて、懐かしい香りがほのかに漂ってくる。

ふと足元を見ると、てんとう虫が歩いていた。真っ赤な背中に、黒い丸を四つつけて、忙しそうに先を急いでいる。てんとう虫って、セーターの背中なんかに、じっと動かずボタンのように留まっているイメージが強かったので、せっせと働く姿を見て「生の勢い」みたいなものを感じた。春である。

てんとう虫を目で追っていたら、その周辺を歩くアリの多さにも気づく。アリの働きっぷりは、もっとすごい。葉っぱも、小石も、またたくまに超えてゆく。時おり、溝にはめられた鉄柵の下に落ちるアリもいたけど、何てこと無い顔をしてまもなく上に登ってくるんだろう。

てんとう虫とアリ・・・というと、何か昔理科の時間に習ったストーリーが頭をかすめた。登場人物は、たしかもう一人いたはず。そうそう、アブラムシだ。アリは、アブラムシをてんとう虫から守ってあげる代わりに、甘い蜜をもらって生活している。アリとアブラムシは、ギブ・アンド・テイクの仲なのだ。虫の世界でそんなに人間臭い物語が繰り広げられているなんて、と小さいながらに、とても興味深く思ったのを憶えている。

アリはいわば、牧場主とか、養蜂家みたいなことをして生きているんだよなあ。賢いなあ・・・あらためてそう思って、ふと疑問を憶える。アブラムシは、甘い蜜をアリにあげちゃって、自分は何を食べてるんだろう?まさか、せっかく自分がとった蜜を半分リベートとして分け与えるとか?もしそうだとしたら、野生の習性とはいえ、それはすごい大人な話だよなあ。全部食べたくなっちゃわないのかなあ。

夜になり、ふと調べてみようと思いたった。その結果、アブラムシがアリにあげるという甘い蜜は、アブラムシの排泄物だということが判明。なんだ、そうだったのか。それなら、食には困らないはず。だけど・・・アブラムシは、命の恩人に自分の排泄物をあげることでお礼をしているというのか。それをアリは喜んでいるわけだから、確かにギブ・アンド・テイクなんだけど、実はアブラムシにとっては、何ともお得な取引ではないか。いくら、命がけの日々とはいえ。

アブラムシがいる植物の活きが悪くなると、アリが新しい植物までせっせとアブラムシを運んであげるのだそうな。てんとう虫のように羽もないし、どんなに時間をかけて運ぶことやら。運んでる最中に、おっきな動物に踏まれちゃうことも多々あることだろう。やっぱり、一番の働き者のアリが、一番損をしているような、そんな気がしてならない。本人達はまったく気づいていないんだろうけれども。

これをてんとう虫サイドから見たら、アリほど邪魔で卑劣な虫はいないと思ってるに違いない。自分の食事の邪魔をしまくりで、おまけにその排泄物で生きてるなんて。・・・とまあ、これはヒトの感覚か。

野生って、すごく真っ直ぐで純粋で、それだけに残酷で、ときどき滑稽だ。
だけどみんな、真剣なのだ。損得なんて、どうでもいいんだよな。
だから何だか、ホッとするんだろうな。

■2002/3/25 (月) カップうどん

今週末、旦那とその友達二人と私で、高松に讃岐うどんツアーに出かける予定だったのが、仕事の都合で急遽今日に変更になった。陶芸教室の予定が入っていた私は、直前キャンセル料との天秤にかけて、泣く泣くツアー不参加。友達のうち一人は4月に引っ越してしまうのもあり、今回は男3人の友情紀行を楽しんでもらうことになった。

「何かお土産買ってきて・・・うどんがいいな」と未練たっぷりに頼んだところ、旦那はその名も『恐るべきさぬきうどん』という、カップうどんを手に帰ってきた。『恐るべきさぬきうどん』という名は、讃岐うどんファンの間ではバイブルとも言えるべき専門ガイドブックから採っていると思われる。しかし、なぜカップうどん・・・。旦那曰く「本場の打ちたてうどんはやっぱり美味しかった。すごく美味しかった。だからうどんを買ってきて家で作っても、到底その良さは伝わってこないと思われる。ガッカリすることが予想されるので、ここはカップうどんにしてみた。これなら期待に対してガッカリ度がかなり小さいだろうから。今度ぜひとも、二人で食べに行こうね」ということなんだけど。

製造者を見ると「宮武讃岐製麺所」とある。香川でも著名な、恐らくきちんとした製麺所のはず。しかも、香川の外ではなかなか手に入らない代物らしい。「これは実は期待できるかもしれない・・・」旦那の思いとは裏腹に、やっぱり少しずつ期待を膨らませてしまう妻だった。

■2002/3/21 (木) ムッシュ・カステラ

『ムッシュ・カステラの恋』というフランス映画を観た。

すごく可愛らしくて、心がホカホカする話だった。人の笑顔って、いいもんだなぁ。

だけど邦題が、ちょっとどうかな??という感じ。原題を直訳すると『他人の趣味』という意味らしい。邦題だと、直球で「恋愛映画」と捉えがち。もちろん恋愛が軸となってはいるんだけれども、実際は、人々が「他人の趣味」と直面し、それとどう付き合っていくのか、って話なんだよなね。そういう視点で見てこそ、一層味わい深いような気がしてしまう。とはいえ、「他人の趣味」っていう、このまんまだと、それはそれで少々印象の薄い感じがするというのも、分からないでもない。字幕翻訳もいろいろ難しいのだろうと思うけど、タイトルについては、それだけで映画を生かすことも殺すこともできるわけで、すごくセンスが問われるものなんだろうなあ、と思う。私には、到底真似できないけれども。

もし、もともと映画にタイトルというものが付いてなかったら、どんな感じなんだろう。それはそれで、面白い・・・ということもあるのかな。感想が多種多様になったりして。何を観に行くか決めるのが、大変になりそうだけど。




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