OSAKA(小説)における決着についての愚考

 

※奏(騒)楽都市OSAKAのネタバレを含みます。未読の方は読まない方がいいかもしれません。

 

 

OSAKAには二つの話の軸があるということをまず。

(1)陽坂・勝意を巡る人間関係とそれに絡みつくように存在する「殺括者」という言葉。

(2)中村・久秀と自分勝手な仲間たちが織り成す最強への道。

 

これは言い換えると、

(1)過去との対峙

(2)未来への道程

という、二人の主人公の「詞」に相当したものになります。

 

作中で語られる通り、二人の言葉は対になっています。

 

闇の中に咲く白い花

火の中に開く無の宴

無に漂うは死の記憶

 一人の王は彼を救い

 一人の后は彼を嘆き

 一人の賢者が諦観す

  他人の道を見て迷い

  己の道を選びて逡巡

  真の道は過去にあり

 

 

闇の中に咲く赤い花

力の中に開く無の宴

無に踊るは人の記憶

 一人の兵は王を助け

 一人の女が后となり

 一人の賢者が追想す

 他人の道を見ず走り

 己の道を選びて疾走

 真の道は未来にあり

 

 

言うまでもなく、前者が勝意の、後者が中村の詞です。

勝意の詞は途中変化しますが、大枠はこの通り。

ちなみにコレ、厳密には詞ではなく「予言」だったわけですが。

 

余談

この詞を読み解くとOSAKAのあらすじが分かるようになっています。

1段目は冬に咲く桜並木。

2段目は人間関係。王=中村、后=高田、賢者=夕樹、兵=勝意です。

3段目は勝敗までの流れ。

 

 

で、まあ冒頭の「決着について」なんですが、

 

何故に勝意が勝って、中村が負けたのか。

 

理由としては、

 

勝意は忘れていた過去を得た。中村は望んでいた未来を失った。

だから、勝意が勝った(中村が負けた)。

 

という、ただそれだけなんですよね。きっと。

 

勝意は戦いに巻き込まれる中で、自分の過去と相対します。

中村に敗北し、総一郎に腕をぶった切られ、そうして全てを知りました。

過去が、彼と関わった全てが彼を作り上げている、と。

自分の後ろに続く「道」を認識した時、勝意はひとつの大きな強さを得たのではないかなあ。

 

一方で中村は、自分を認めてくれた高田を失い、望むべき未来が見えなくなってしまいます。

彼には過去は無く(本編中にも過去の描写は最初と最後の滝のシーンのみ)、あるのは未来への渇望のみ。そういう描かれ方(というか生き様)をしている中村にとって、未来とは自身の「道」の到達点。ただそれだけを望み続けたからこその“最強”は、道を断たれ、自棄になっていたのかもしれない。

 

最初の対戦の時には、

過去を忌避する勝意VS未来を信じる中村、という構図。

これでは勝意が勝てるわけもなし。

 

だが、最後の戦いにおいては、

過去を飲み込んで前を向いた勝意VS未来を断たれ、進むも退くもままならない中村。

勝意が勝つのも道理。

 

関わってきた人々の詞を紡ぎながら、

何度(中村戦、総一郎戦)も繰り返した山下・義兵の斬撃の悪夢を振り払い、

戦いの中で出た技術を用いて勝機を掴んだ勝意が中村に渾身の一撃を入れるシーンは本当に圧巻です。

 

 

日の当たる坂の多い街(大阪=多坂)で、勝つことの意味を探り続けた少年が、過去と向き合って、勇気(ユーキ)を得る物語。

 

10年以上も前の作品ですが、現在刊行中の境界線上のホライゾンとリンクする部分もあります(戦種とか)ので、再読されてみてはいかがかな、と。

 

 

散文失礼致しました。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

 

2011223日 江田K