今夜、「皇帝の爪」をいただく。   −ラビット

「おい、あんたら高い金を払ったんだ。しっかりやってくれよ。」
ラビットという盗賊に狙われている宝石商の主人であるジガード・キルマンの甲高い声が部屋中に響き渡る。
ジガードの屋敷の二階にある彼自身の寝室である。寝室とは言えその広さは10m四方に及ぶ。
中央に位置している大きなベッドの隣にあるこれまた巨大な金庫の中に今回の問題の品が収められている。
それこそ150カラットの真紅のルビー、<皇帝の爪>である。
「任せておけ。大体ラビットなんて盗賊聞いたことがない。ただのこそ泥だ。安心しろ。」
そう言ったのはジガードに雇われたガーダーのリーダー格であるザムロ・リンガードである。

ここはガルバード島を二分するほどの大国セイダークの首都、トールマン・シティーである。
この国には用心棒の協会があり、用心棒になるためにはこの協会に届けなければならない。
そうして協会から許可を得た者は『ガーダー』と呼ばれ、正式な用心棒となることができる。
『ガーダー』はAからFまでランクが分かれており、功績によってFから順にランクを上げることができる。
当然、ランクが上がるにつれて信用が上がり、報酬もおおくなってくる。
よって無法者たちも町の中で暴れるよりも『ガーダー』になったほうが金儲けができるので
入会希望者が後を絶たない。その結果、トールマン・シティーの治安も他の都市に比べ格段に良くなっている。
まさにトールマン・シティーにとって一石二鳥の政策なのである。
しかし世の中に人類がいる限り犯罪は消えることはないのであり、今回のようなことも起こりうることなのである。
ザムロも協会に所属しておりランクはDである。今回彼の指揮下にあるものは5人おり、ランクは全員Eである。
6人のランクを見ても分かるように協会は今回の依頼をあまり重く見ていない。
しかし派遣されてきた彼らにとっては今回の仕事を無難にこなして少しでも上のランクに近づかなければならないのである。
「それにしてもおっせーなー。もう12時だぜ。来るなら早く来いってんだ。」
「大方俺達の姿を見て予告したことを後悔してるんだろうよ。」
部下達の会話を聞きながらザムロは部屋の隅に1人立っている男を見ていた。
その男は最近協会に入ってきていきなりEランクを与えられたらしい。
階級は協会の上層部が決定するものであり、ザムロがとやかく言えるものではない。
しかし彼は今でこそDランクであるがここまで上がるのに5年も必要とした。
上位伝達式の席である幹部が彼に言ったことは今でも覚えている。
「あー、君、君。君が今回昇進したのはおまけだったんだよ。
昨日、ルーレットに大勝ちして気分がよかったんでおまけしてあげたんだよ。ありがたく思いなさい。」
その幹部はいかにも自分のおかげだと言わんばかりの態度でそう言った。
彼は悔しかった。相手に借りができたからではない。借りなど借りるだけ借りて踏み倒せば済むことである。
悔しいのは自分の出世が自分が誇りをもってやってきた仕事の成果ではなく、こんな奴の気分で決まったからであった。
そういう経緯があったので彼は簡単に出世するものを好きになれないのである。
だからこういう奴は無視するに限るのだが・・・。 「くっそー、いつになったら来るんだよ。」
『ガーダー』の中でとうとう切れるが出始めた。
「だから出世できないのだ、馬鹿が。」
ザムロはそう思ったが口には出さなかった。いたずらに和を乱しても無益だし、
こういう時にこそ敵は現れるものだと彼は経験から知っているのだ。
今までうずくまって震えていたジガードも騒ぎにつられるようにザムロに文句を付け出した。
「おい、高い金を払ったんだ。早く賊を捕まえて・・・うわっ。」
以前にも聞いたようなしかもこの段階では全く無意味なせりふをザムロにぶつけている最中にそれは起こった。
軽い爆音と共に巨大金庫の真下の床がこなごなになってしまったのである。
当然乗っていた金庫も階下に落ちるはずであった。
だが、そう思っていた人々の常識を覆すようなことが彼らの目の前で起こっていた。
総重量300kgにも及ぶ鉄の塊は重力に逆らい宙にういていたのだ。
「へっ!?」
それはなんとも間抜けではあったがこの瞬間、この場所で起きた出来事に対する当然のセリフだった。
しかしこの声は寝室にいた7人の男達のものではなかった。それは今開いたばかりの穴の底から聞こえてきた。
そして声の次に男の姿が現れた。その男こそこの夜、「皇帝の爪」の盗むと予告してきた犯人−ラビット−であった。

その男は自分の計画が失敗したことを再確認し、ゆっくりと周囲を見渡した。
その動作には焦りという成分は微塵も混入されておらず、むしろ優雅にさえみえた。
「ま、こんなちゃちい仕掛けじゃ無理か。でも誰がこんな仕業を。」
ラビットはつぶやきながら空中に浮かんだままの金庫に近づいていった。
そして手を伸ばし金庫の上をはじいて見せた。そこにはピアノ線が張ってあり、金庫を吊り上げていたのである。
「なに、簡単なことです。」
不意に部屋の隅から返事が返ってきた。ラビットが振りかえるとそこには無表情で立っている男がいた。
先刻ザムロが気にしていた男だ。
「『皇帝の爪』そのものではなく、それが入った金庫ごと盗むとしたら…、
と考えたらまず思いつくのはその重さを利用して下に落とす。誰にでも思いつくことです。」
その男はあくまでも冷静に解説する。
「へぇ、あんた頭が切れるな。」
「普通ですよ。ただあなたよりは切れるかもしれませんね。」
「…」
2人の会話に沈黙が訪れる。しばらくして男が尋ねる。
「ただ解らなかったのは落としてどうするかということでした。一体どうするつもりだったんですか。」
「実は俺もそこから先は考えてなかったんだ。俺って思いついたら即実行に移さないと
気が済まないんだ。力も運動神経もないくせにな。」
ラビットは照れくさそうに答える。
呆れながら男はラビットを見る。
目の前の男は身長は1m80cmに少し足りないくらい。顔つきは美男子と
いうわけではないがそれでも人好きのする顔立ちである。髪は少し茶色がかった黒。
黒い服装に身を包んでいる。腰には短剣と小さな麻袋をつけている。
際立った特徴が無いどこにでもいそうな男である。
『ガーダー』の男はラビットを観察していたが相手もこちらを観察しているようである。
観察というよりも一種見とれているといってもよさそうだが。それほどまでにこの『ガーダー』は美男子だったのである。
互いに観察している内に叫び声が聞こえてくる。今まで呆気に取られていた屋敷の主人ジガードである。
「おい、何やってるんだ。早く奴を捕まえろ。」
既に反応しているものもいる。ザムロであった。彼はラビットと彼の部下の
会話を聞いて警戒するよりも呆れかえっていたが気を持ち直して本来の任務に戻ることとしたのである。
彼は賊にむかって走った。
が、対象はそれよりも早く行動を起こしていた。
ラビットは走りながら自分の仕掛けを見破った男に向かって尋ねた。
「あんた名前は。」
「セシル。セシル・ウォーグナー。」
「セシルか。いい名前だ。今日はこれで退散させてもらうがまた会えるといいな。それじゃ。」
そういってラビットは颯爽と窓を飛び降りていこうとした。飛び降りるのを見ながらセシルは言った。
「退散するのは結構ですが大丈夫なんですか。ここ3階ですよ。」
「あ。そうだっけ。やばいなぁ。」
盗賊にあるまじき情けない声を上げて恥ずかしそうに髪を掻きながらラビットは
約10m下の大地に向かって落ちていった。そして彼の意識も暗闇へと落ちていった。
微かに「やれやれ…。」という声を耳にしながら。