
-PROFILE-
まぁ、皆まで言うなということで。

駅長近影。
('02.7.24、自宅にて)
| 身分 |
労働者歴数ヶ月 |
所在 |
神奈川県 |
| 体重 |
50kgぐらい。 |
性格 |
不三不四
|
ステータス(Lv.1〜10で表示)
| 現実世界順応度 |
Lv.4(拒絶する自我) |
人生の落伍者具合 |
Lv.6(±でやや上昇) |
以上、2003年10月18日現在のデータ。
これまでの私の軌跡/197X年5月24日...神奈川県に誕生。
一番古い現存する記憶は2歳の時、母方の祖父母達と行ったサファリパークの記憶と
父の実家の押し入れの襖に張られた絵画展か何かのポスター。
このポスターの絵が怖くて仕方が無かった。
近所の幼馴染は皆年上で実質末っ子のようなものだったが、甘えん坊といよりは彼らの
「お兄さんお姉さんぶり」を真似して育ったような気がする。但し、この環境が私の「年上好み」
の原点であることはまず間違いないだろう。3歳で幼稚園に入園。
一人居残りで画用紙いっぱいの太陽の絵を書かされた記憶が未だに色濃く残っている。
4歳、サンバルカンごっこではいつもバル・イーグルだった。5歳、浅知恵を憶え始めたがそれが元で
先生にこっ酷く叱られる。小学校入学、1,2年時のクラスは、授業中担任の言う事を聞かない
生徒が多く、半ば学級崩壊を起こしていた。3年生、同級生から学級委員に選出されるが
なんだか都合よく面倒事を押し付けられてる気がして頑なに拒んだ。そのあと先生に叱られた。
4年生、とても良い先生だった。何の不満も無く1年を過ごした。5,6年生、この頃から他人の目を
必要以上に意識し始める。担任にはあまり好かれていなかった気がする。
外で元気に遊ぶより室内に一人もしくは2,3人でいる方が好きだったと思う。
因みに、小学校6年間を通して
2人の女の子を好きになったが、どちらにも「〇〇君の次に好き」と言われている。この出来事が
自分の人生の全てを象徴しているような気がしてならない。
中学時代はあまり思い出したくない。良い思い出も沢山あるのだがそれを上回る悪い思い出が多すぎる。
特に中2は最悪。まさにピンチが玉になってやって来たような一年だった。
この頃の自分の性格・性質を言葉にすると
人間不信・口下手・猫背・モノトーン好き・自意識過剰過多などである。
高校受験で私立校進学を選んだのは一旦地元の人間と距離を置きたかったという理由もある。
その望みどおり同級生で同じ高校に行ったヤツは一人もいなかった。
因みに受験勉強をほとんどしなかったお陰で補欠入学(笑)。
入学を機に性格改造に着手することを決意。以後この決意は少しずつながらも実を結ぶ。
とはいえ、高校デビューするわけでもなく、基本的にその生活は穏やかなものだった。
高1時に目出たくプロレスに目覚める。
2年の夏休み、人生初の彼女ができる!もちろん年上だ!!お約束的に"サル"だったワリには学年成績で中の上辺りにいたりした。
(この頃の成績が高校3年間中最高だった)しかし半年であえなく破局、その影響で学年末試験の成績は確か
約400人中300番台後半だったはずだ。破局直前、彼女に貰ったビーズで作ったアクセサリーが
授業中突然切れ、教室中に散らばって行ったというまるでアニメのような出来事を経験している。
しかも新屋さんの保健体育の授業でだ!(わかる人はこの状況を想像してみてください、怖いでしょ?)
高3、やる気の無さそのまま継続。模試の結果を見るまでも無くこのままでは大学なんて上がれるはず
は無いと自覚していたが、ここぞとばかりにここまで蓄積していた幸運を大放出。試験本番で前日やった数学の問題がそのまま出る
という奇跡を起こし、無事推薦ラインを超える。哲学科も捨て難かったが「金になるかな?」という
安易な理由で中文科を受験、無事に入学を果たす。1年時クラスメイトと最初に言葉を交わしたのは
健康診断の時の「検尿の場所ってどこ?」である(そう、Sさんキミに向って吐いた言葉だよ)。
当初はガラにも無くスキーのサークルなぞに入り、それなりにサークルライフを楽しんでいたもの、
5月半ば頃の中国語研究会(以下,語研)加入、そして北京への短期留学を決意した辺りからスキーサークルとは疎遠になり、
語研連中とつるむ時間が増加していく。そして春休み、北京にて5週間の短期留学。
キャンパスでの1年間を補うばかりか、その倍以上の経験を得る。
これを機に興味の対象が語学から文化へ移り、長期留学したいと思うようになる。
大学2年生。
キーワードは舞台演劇、中島らも、山中湖、品川駅、そして桜上水学生ハイツ(!)
…うーん、いまいち思い出になりきれてない気もするが、まぁよしとしよう。
単なる思いつきで受講教科を一般教養重視のプログラムにした弊害で
折角向上した中国語能力は落ちる一方(笑)。
でもまぁ、そのお陰で色々考えるきっかけを与えられたので後悔はしていない。
その兼ね合いで結構な量の本も読んだ。…内容はほとんど覚えてないけど。
…これ以降の話は思い出になり次第追加予定。