月也と僕は、もう8年来のつき合いである。
彼は、突然僕の思考空間の中で生まれ、自らの意思をもって動き出した。
自らを確立して、存在感を強め、今では僕の良い話し相手である。
趣味のお陰で、夜中にひと気の無い山の中等に出かけることがある。
標高のある山から見上げる星は格別であるが、そんなとき、彼が良く僕に語りかけて来る。
「こんな事がありました」
彼が語る通りに文章を書くと、いつの間にか短編がひとつ出来上がる。
逆に、
「こんな風に書いてやろう」
なんて思うと、彼は反抗し、なかなかこちらの思惑通りに話が進まない。
このいくつかの物話にある妙なリアリティーは、月也が語っている事が最大の要因であろう。
人が暮らすこの世界は、実は大変危うい存在である。物質的(マテリアル)な世界とは言え、
それを観測するのは全て人なのだ。だから、全ての世界は、人の目というフィルターを透し、
人の心という特殊なアルゴリズムを持ったプログラムで処理されている事になる。
観測する者がいないと、世界が無くなるのに等しいのだ。
これは、逆説的に言えば、物質的に無いものでも、人が「ある」と感じれば、そこには「何かがある」
と言える事を意味する。
月也が住む世界とは、人が感じる世界である。
それは、僕たちが暮らすこの世界と常に背中合わせなのだ。
何かの拍子に、この世界と隣の世界がつながってしまう。
そのときは、月也が案内してくれるだろう。
いや、このいくつかの物語を読んだあなた達は、既に月也にいざなわれ、「違う世界」へ
入っているのかもしれない。
2000年 8月 筆 者