河童が出るので、退治して欲しい」
という依頼が、虚空寺に舞い込んで来た。
九州南部の過疎地の町である。町の中央を一級河川が流れているが、未だ改修が進んでいない。
改修が進んでいないと言うことは、自然が豊富に残されているということでもあるのだが、
そこに半年くらい前から河童が出るというのだ。
一人目の目撃者は、そこで鮎釣りをしていた地元の男であった。
鮎釣りには様々な方法があるが、浅瀬の場合、ハリスの両端にたくさんの針をつけたコロガシ釣りが一般的である。
男は、上流から少しずつ釣り場を移動していた。
日が西に落ち、辺りが薄暗くなったときに、水面を何かが横切った。
男は、最初、それは水鳥であろうと思った。
また、目の前を横切った。
長く、黒い髪に、目が光っていた。
その目に見据えられると、身体が動かなくなった。
男のすぐそばまで来ると、立ち上がった。
恐怖のあまり、声もです、男は釣竿を川に落とした。
それは、水掻きのついた手で、男の服を引き裂いた。
そしてまた水面に没したという。
二人目は瓦で遊んでいたカップルのうちの男であった。
彼は、浅瀬にいる魚を捕まえようとしたところ、河童に遭遇した。
脚を引っ張られ、川に引きずり込まれている。彼もまた服を引き裂かれていた。
「おかしいのう、二人とも無事というのがげせん」
「本当に河童なのでしょうか」
「今流行りのむらおこしとかいうやつじゃなかろうなぁ」
「むらおこし?」
「特徴を持たぬ村や町が、無理矢理名物や観光地をでっち上げる事をいうのだよ。国もこれに多額の補助金をだしておる。河童が出た、などと話題になるのを目的としているかもしれん」
「依頼金と旅費、飛行機の切符まで頂いたのですから、行くしかないですね」
「ご苦労じゃがな」
「はい」
月也は町の観光課長に案内され、問題の川に着いた。
課長のその顔色から、「むらづくり」などでは無いことはすぐにわかった。
川に近づく事さえ恐ろしがっている。
「ここなんですが」
河童を見たという場所を示す指先が微かに震えていた。
川面は黒く静かに流れていた。
確かに障気がある。それもかなり強い。
川というものには少なからずの思念がある。
今でこそ、河川というものは護岸工事やら、河川改修やらで特定の軌道しか流れないが、かつては大雨のたびに蛇行を繰り返し、土地を呑み込み、多くの命を奪った。
その傍ら、上流から肥よくな土を運び、多くの魚をもたらしてくれる。
河原の植物、微生物、それを食べる昆虫、魚。全てが一体となって、ひとつの意思をもっているのだ。
その思念と、人の思念が共振し、何かを見せる現象を、「河童」だと月也は理解していた。
河童の目撃例は以外に多い。
一昔前は、良く河原で目撃されたものであるが、現在は護岸をコンクリートで塗り固められ、河川の思念が人の思念に作用するまで発達しきれないのであろう、昔ほどではなくなったが、それでも数件の目撃例がある。
川は人を引きずり込もうとする。川から見れば、人間も犬もネコもなんらかわりはないのである。しかし、月也が対面しているこの川は違った。
明らかに強力な思念があった。
それは、肌に触れれば、凍えるほどの暗い思念であった。
常人には、普通の風景にしか見えないであろうが、勘の鋭い者であれば、「嫌な感じ」を覚え、ここには近づきたくなくなるであろう。
「これは、厄介なものかもしれません」
「退治できるのでしょうか?」
「やってみなければわかりません」
月也は自分に言い聞かせる様に呟いた。
旅館に荷物を降ろすと、主に「今夜は帰らないかもしれません」
と告げ、川に向かった。
過疎地の空は、街灯にも邪魔されず、数え切れない星が輝いている。
田のカエルの泣き声が闇に木霊する。
蠍座の方向に歩いて5分もたたないうちに、川についた。
依然、障気が渦巻いている。
月也は河原に座すと、目を閉じた。
どれくらい時間が経っただろうか。
障気が凝縮を始めた。
ある箇所で虫の鳴き声が、止まった。
その範囲が次第に広くなる。
ぽちゃ。
水面に静かな音がたった。
じゃり。
それが、岸に上がって来た。
月也は静かに目を開けた。
人の形をいびつにデフォルメしたモノが月也の目の前に立っていた。
河童である。
目はは虫類に近い。
頭には皿などなく、黒く長い髪が闇に溶けている。
川を取り巻く障気が全てそこに凝縮し、形をつくっている、月也はそうイメージした。
じゃり。
また一歩月也に近づく。
「おんな?」
その形は、歪んではいたが、女性の特徴を備えていた。
じゃり。
それは、手を伸ばした。
月也のシャツを掴んだ。
ゆっくりと引き裂いた。
節くれ立った、枯れた小枝の様な指が、月也の白い胸に触れた。
何かを探している。
「無い。無い。あれが・・・・」
それが言った。
いや、手を伝って、思念が滑り込んで来るのだ。
風を切る感覚。
自転車で、青い空を走っていた。
軽快な自転車のリムが回る音。
しかし、予定していた街になかなか出ない。
いつの間にか日は西に傾いている。
地図を広げるけれど、自分の位置がつかめない。
自分は今、地図に無い道を走って居ることだけはわかった。
我が家を出てから三週間。福岡から鹿児島佐多岬を目指しての旅である。
仕方ない、泊めてもらえそうな家を探そう、そう気持ちを切り替えるまでに時間がかかり過ぎた。
既に夕暮れが訪れ、辺りは暗く鳴り始めた。美しいはずの赤紫色をした夕焼けが、妙に不気味に感じられた。
辺りに街灯も無い。ただ、自転車のライトと、道路の白線だけを頼りにペダルを踏みしめた。
途中、車とすれ違った。ライトの大きさと高さから、ライトバンだった。
そのライトバンが、すぐに引っ返して来た。
自転車の横を車が走った。助手席のガラスが下がり、運転席の青年が
「ここ、暗くて危ないから、明るいところまでおくります」
という。
人の良さそうな顔に安心して、載せてもらうことにした。
スライドドアを開けて、自転車ごと後部席に載りこんだ。
そのとき、後ろから大きな手が伸びて、口を塞がれた。
前もって男が二人乗っていたのだ。
シートを倒され、上からのしかかられた。
「静かにしてれば、すぐに済むからさ」
興奮した男の声。しかし、車内は暗くて男の顔が見えない。
車が停止した。
運転していた青年が、後部席に来た。
「人気の無いところに停めたよ。さあ、はじめよっか」
ゲームでも始める様な軽い口調で、三人がかりの凌辱が始まった。
力の限り抵抗したが、女一人と男三人では結果は明らかだった。
紙の様に衣服を引き剥がされた。
二人の男が、右手と左手を抑えて、もう一人がのしかかる。
下腹部に激しい痛みがあった。
のしかかる男の胸に、バラの花のタトゥーがあった。
代わる代わるの行為が1時間も続いた。
汚らしい三匹の獣に、自分の身体を咀嚼されている。
あまりのことに涙も出なかった。
獣たちがその行為に一息ついたとき、一瞬の隙をついてスライドドア
を開けて外に出た。
そこは、河原だった。
足の裏に、砂と石の感触があった。
獣達が慌てて追ってくる。
足元が滑った。視界が回転する。
冷たい。
水だ。川に入ってしまった。
底がない。深い川だ。
しまった。
泳げない。
沈む沈む。
苦しい。
苦しい。
なんで、こんなところで。
どうしてあたしが。
苦しい。
「そうでしたか」
月也は彼を掴んでいるモノの手を握った。
シャ、シャ。という声に似た、息にも似た音が、口の中から漏れた。
その奇妙なモノは、月也から離れ、再び川に戻って行った。
川に入る寸前、振り返った。
その目が泣いているように見えた。
とぷん。
水に入った。
風も無いのに霧が動いた。下弦の月が顔を出した。
月也の顔を、月の灯りが照らす。
「さぞや無念だった事でしょう」
黒曜石の瞳には怒りの色が満ちていた。
黒い大きなワゴンが人気のない国道添いを走っていた。
「最近、いいカモがいないよなぁ」
運転席の軽薄そうな青年のセリフ。
「こないだのはよかったよな」
「おう。ありゃ良かった。警察に訴えてやる、とか言いやがったけどよ、写真撮って、これ
バラまいてやるっつったら大人しくなりやがった」
「半年くらいまえのは、後味わるかったかけどな」
「あれは、しょうがないぜ。自分で川にはいっちまったんだからな。俺達のせいじゃねえ。
そうそう、あの自転車はどうした?」
「捜索願とか出てたらやっかいだからな、バラバラにして、おれんちの裏山に埋めたぜ」
「お、ちょっとまて。今、女が道歩いてたぞ」
「どこだ?」
「うわっスゲぇ美人だ」
「久しぶりの上物だぞこれ」
「俺が最初にみつけたから一番な」
二人は、最後部席に隠れた。
下弦の月の下、少女が道を歩いていた。
瞳が大きい。唇は血のように紅い。闇の中、まるで少女自体が月のように光って見える。
車を止め、運転していた青年が車を降りて、少女に言う。
「このへん、暗くて危ないから、街まで乗せてあげましょう」
少女はちらりと車を見て言った。
「ありがとう」
少女の声は絹の様になめらかだった。これからの事を想像し、男はわき出してくる笑いをこらえながら、少女を車に乗せた。
すぐに、後ろの二人が少女を取り押さえた。
二本の華奢な腕は、抵抗する素振りさえみせない。
「なんだ、こいつ、ぜんぜん刃向かわないぜ」
「しっかし、綺麗だなぁ。こんな暗い室内なのに、浮き出て見えるみたいだぜ」
「おまえ、今から、いい思いさせてやるからな。ひゃっひゃっひゃっ」
「どこに連れて行くの?」
恐怖のためか、少女はたどたどしい口調で言った。
「河原だよ。この近くの川でね、人が滅多に来ない所さ。だから、どれだけ叫んでも、誰も助けに来ないからな」
「叫んでも無駄だよ」
三人は、少女の顔が、恐怖に引きつるのを楽しんだ。
しかし、小さな血のように紅い唇の両端が、きゅっとつり上がった事に三人は気づかなかった。
車が停まった。
「おい、始めようぜ」
一人の男が、少女のブラウスに手を掛けると、一気に引きちぎった。
形の良い乳房が露わになった。
「こいつ、ノーブラじゃん」
「たまんないなぁ、俺にも触らせろよ!」
「半年前のアイツみたいだな。アイツもお前ほどじゃなかったけど、可愛い顔してたぜ」
「自分で川に入っちまったけどなぁ」
少女の白い胸を、男の大きな手が鷲掴みにする。
「あなた達は、それが悪い事だと思わないの?」
凌辱に耐えながら、少女が絞り出す様に言う。
「これっぽっちも思わないさ」
「あいつが勝手に溺れたんだからよ」
男達の大きく開いた襟から、バラのタトゥーが見えた。
少女の唇がかすかに動き、何かをつぶやいた。
「何?今、なんて言った?」
「み・・つ・・け・・・た」
少女は押さえつけられていた上半身を起こした。
力ずくで抑えていたハズの男達ははねとばされ、車の内壁に強く身体を打ち付けられた。
少女は運転席に移動し、サイドブレーキをおろすと、車を動かした。
痛む頭や、腕を押さえた男達がやっと起きあがったとき、車は既に川の中へ入りつつあった。
「何て事するんだ、この女!」
しかし、男達の罵倒の言葉は既に遅く、ワゴンのシートの高さまで川の水が入ってきた。
少女はウインドガラスを開けると、鮮やかなの身のこなしで、ボンネットルーフに出て、岸へ飛んだ。
男達も、命からがら、腰まで川に浸かりながらも車を出る。
岸に立った少女に、下弦の月の光が当たる。
豊かな胸は、徐々に薄い少年の胸へ変わった。
張り出した腰が、男の線に戻る。
濡れた黒曜石の瞳が、月の光をうけて、妖しく輝いていた。
月也であった。
呆然と一部始終を見ていた三人の男達は、やっとの事で言葉を絞り出した。
「バ、バケモノだ・・・」
言葉が終わらぬうちに、
「ぐ。」
男の一人が、突然水の中に没した。
「なんだ、どうした?」
ばしゃ。
もう一人も水面に引き込まれた。
「な、なんだ、どうしたんだよ?おい、冗談はやめろよ」
一人残された男の後ろに、河童が立っていた。
後ろから男の胴に手を回した。
ずぶ、という音とともに、三人目も川に引き込まれた。
水面下で何かがもがく動きにより、さざ波がたっていた。
しばらくして、河童が水面から顔をだした。
月の光を背に立つ月也の方を見て、耳まで裂けた紅い口をぱっくりと開け、嗤った。
満足そうに嗤った。
そして、また潜り、二度と顔を出すことはなかった。
水面は何事も無かったように、穏やかで、下弦の月の黄色い光をてらてらと
映していた。