道 案 内
青い空に、鱗雲が広がる昼下がり。
夏の終わり、いや、秋の始まりに空は高かった。
灼熱の残滓と冷たい風の交互の愛撫により、大地は次第に秋の到来を予感している。
昼時の喧噪が落ち着いたひとときである。
「大丈夫ですか?」
月也は、たどたどしく歩く老紳士の手をとっていた。
月也は彼より少し前を、同じ歩幅で歩く。
「ありがとうございます」
小さな側溝、段差を越えるたびに、老紳士は月也に礼を言う。
「道に迷ったときは、どうしようかと思いましたよ」
にこにこと笑いながら、ゆっくり歩く。
「お名前を聞いていませんでしたね」
「香取と申します」
「香取さんが、行かれるところは、慈光幼稚園でしたね」
「はい。この先を確か----------」
香取は角のたばこ屋を指さした。
「右ですよ」
「そうそう、右ですよ右。いけませんねぇ、すぐに忘れてしまうのです」
「あ、見えて来ました。幼稚園です」
月也は香取の手をとったまま、ゆっくりと幼稚園へ歩いた。
カラフルな遊具が狭い園庭に所狭しと並んでいた。
園舎の中には三十名ほどの園児達がいる。
若い保母さんが、子どもたちにカスタネットの使い方を教えていた。
別の年組だろうか、十数名が園庭で遊んでいた。
香取と月也が歩いて来た道と、白いフェンスで区切られている。
フェンス際にはポプラの木が数本植樹してあった。
香取は、月也の手をそっとほどくと、自ら歩き、フェンスにしがみつくように、元気に遊ぶ園児達を見ている。
「あ、薫だ。あの子ですよ。ほら、赤い髪飾りをした、おさげ髪の女の子。私の孫なんです。薫というのですよ」
香取が指さす先には、砂場で遊ぶ女の子がいた。
年長組だろう。
しっかりとした顔をして、友達三人と砂場で遊んでいる。
その子がちらりと月也を見た。
「やっぱり可愛いものですね、孫って。いやあ、3ヶ月ぶりだもの」
香取は十分ほどそこにいただろうか。薫という孫をずっと見ていて満足したのか、
「さて、そろそろ帰ります」 と言った。
月也はたどたどしい足取りの香取の手をとり、ゆっくりと来た道を歩く。
「今日はありがとうございました」
「お孫さんに会えてよかったですね」
「はは、本当に孫に会えてよかった。ここで、あなたに会わなければ、孫の所までたどりつけないところでしたよ。
この辺で迷っていたかもしれない」
「帰りは大丈夫ですか?」
「ここまで来れば大丈夫です」
月也は、一人で歩いて行く香取老人の後ろ姿を見送った。
「ねえ、パパ、今日ね、おともだちの有紀ちゃんが砂場でころんだんだよぉ」
夕食時、香取家では会話が弾んでいる。
「ふうん、薫はころばなかったのかい?」
薫の父は日々成長する我が娘を膝に抱いたまま、ビールを飲んでいる。
「かおる、しっかりしてるもん」
おしゃまな薫は父の膝の上で一人前の口をきく。
「来年は小学生だもんね」
薫の母がサラダをつつきながら言う。
「あ、そうだ、今日ね、すっごいきれいなおにいちゃんが、幼稚園にきたよ!」
「きれいなお兄ちゃんだって?」
「うん、外からずっとこっちをみていたよ。ひとりできてた」
母が改まって言う。
「ねえ、あなた、明日でおじいちゃんが亡くなって丁度三カ月よ。今度の日曜にはお墓参りにいきましょうか」
「そうだな。親父、薫るがおきにいりだったからね。病院に見舞いに行っても、薫とばかり話しをしていたよな」
「うん!いくいく。かおる、お花をおそなえする」
香取家の灯りが、窓から外の淡い闇にこぼれていた。