秋のテキストまつり'04 第一話 お題「スポーツ」

title:運動会ピクニック



1.

お風呂場のノブを回してドアをひくと、アキラさんが器用に首だけこちらに向けた。
アキラさんは白いウサギだ。
本名、イチカワアキラという。
この変てこな名前はお父さんがつけた。
家の中に放すと、コードとかそういういろんなものをかじってしまうから、だめなので、
お風呂場で飼っている。
(けど、ホントはしのちゃんがぼーっとしていて踏んでしまうからだと、思う)

白いタイルの上に裸足で座り込むと、アキラさんは耳をねかせて足にすりよってきた。
ふわふわ白い毛。
アキラさんはたまに散歩に連れていってもらう以外、こんなせまいとこに一日中いて、
退屈している。
でも今の私には、すこしうらやましい。
だってアキラさんは無理しなくていいから。
それはとても素敵なことだと思う。

「あしたね、運動会なの」
口にするとよけい気が重くなった。
でもだれかに聞いてもらいたい気分。
アキラさんは、首をかしげた。
「いやなんだ。私走るのキライだから、みんなは喜んでるけどいやなの」
クラスの子たちはとても嬉しそうだった。
だから、担任のモモハ先生が「明日は楽しみだね」って言って、
みんな「うん!」って言う中、私も「うん」としか言えない。
ホントはゆううつなのに。

後ろでドアを開く音がした。
振り返るとお父さんが不思議そうな顔をして立っている。
「ちさ、何がいやだって?」
「アキラさんにお話ししてたんだもん」
「……父さんは言いたくないんだ。ちょっとショック」
お父さんは悲しそうな顔を作ったけど、すぐににっこりして、
「それはいいとして、夕ごはん。今日はちさの大好物です。さあ何でしょう?」
「ハンバーグ!!」
「ぴんぽーん」
そういえば、お風呂場にまでいい匂いがする。
お父さんの作るハンバーグは、寝てるしのちゃんを起こすほどおいしい。
私の、運動会がいやだって気分も、なんとかしてくれるかも。


2.

めずらしくしのちゃんが起きてきて、おばあちゃんとお父さんと4人で夕ごはんになった。
「あーもう美味しい!!白(あきら)くんさすがエキスパート!!
プロね!料理のプロだわ!!お嫁にもらって良かった!!」
しのちゃんは、お父さんの料理を食べるとすごくご機嫌になる。
心から嬉しそうに、ごはんを食べるすがたを見ると、こっちまでご機嫌になってしまう。
「信乃ちゃん、こぼしてる。お行儀悪い」
「ワタシのお行儀は生まれるときにちーちゃんがぜんぶもってったの」
「信乃より、ちさとのほうがお行儀は良いわよ。あなたは昔からそんな感じ」
「まったくですお義母さん。ほら、裾汚れるって!」
お父さんは、しのちゃんの面倒を見るのが,
赤ちゃんの世話みたいだってたまにためいきをつく。
でもこういう時、不思議とお父さんはなんとなく嬉しそうだ。
おばあちゃんもにこにこしている。
普段、しのちゃんはこの時間、寝ているか仕事で絵を描いているかだから、
こんな夕ごはんは久しぶりだった。
なので、私は思いきって言ってみることにした。

「明日、学校で運動会があるの」

だから、来てくれる?
そこまで言わないでもう後悔した。
しのちゃんとおばあちゃんはきょとんとしてこっちを見てるし、
お父さんなんかひきつったままこっちを見ない。

「だから、お弁当お願いします」

…他の家の子は家族みんなで見に来るの。
…スヌーピーのピクニックシートがいいな。
…私、走るの遅いけど、おばあちゃんが見ててくれたらがんばれるかも。
ハンバーグといっしょに、飲み込んだ。
私は失敗したんだろう。


3.

夜、緊張して目がさめた。
明日はみんなお昼ごはんをお家の人と食べる。
去年はモモハ先生と二人で、教室で食べた。
それだって楽しかったけど、
クラスの子たちが外でピクニックみたいにしてるのを窓から見ると、
ドキドキして胸のあたりがチクチクした。

冷たい階段をおりていくと、居間からしのちゃんの声がした。
「なんで嫌がるの白くん」
「だって、みっともないもん」
みっともないというお父さんの言葉に、ぎゅーっとお腹が苦しくなった。
私は運動もできないし、しのちゃんのようにきれいな絵も描けない。
お父さんみたいにてきぱきお家のことだってできない。
やっぱりこんな子はみっともないのかな。
悪いことをした気になって、そおっと階段をのぼって、部屋に戻った。
喉がかわいていた気がしたけれど、どうでもよくなって、そのまま寝てしまった。


4.

そうだ!雨が降っちゃえばいいんだ!と夢で思いついたのに、
次の日はピカピカのお天気だった。
下におりるとキッチンでお父さんがジタバタしている。
お父さんは本当に主夫のカガミみたいな人なので、こんなことはあまりない。
居間に顔を出しておはようだけ言うと、またキッチンに立てこもった。
昨日の夜聞いたことが、頭の中にべったりこびりついている。
なんとなくうつむいたまま、朝食をもそもそ平らげた。
「ちさと!」
キッチンからあせったような声。
「な、なに?」
「お弁当、ちょっと間に合いそうにないんだ!だから、悪いけど」
「うん平気。なんとかします」
いてもたってもいられず、残りの朝ごはんをいそいで食べ終えると、
私はランドセルをしょった。
お弁当はコンビニで買っていこう。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
キッチンから、お父さんが不安な顔をして見送っていた。
なんでそんな顔をするの?


5.

ただただ気が重かった。
モモハ先生は、
「きっとお父さんは父兄対抗リレーに出るのがイヤなんだよ。
ちさとちゃんのこと、見に来たくないわけないもん!」
とかいい加減なこと言うし、
やっぱりみんなのお父さんやお母さんはもれなく応援に来てる。
お昼が近づくにつれ、例のチクチクとドキドキがどんどんひどくなった。

「今日、かーちゃん甘いたまごやき作ってた!おもちのお弁当は?」
「しゃけのおにぎりと、ミートボール」
「うわ、ゴーセイ!俺もミートボール頼めば良かった!」

コンビニのだけどね。
うらやましがる同じクラスの三井君が、逆にうらやましかった。
(でも、甘いたまごやきはしのちゃんが嫌いだ。「邪道だ!」って言ってた)
おもちというのは、三井君が私につけたあだ名。
なんでおもちなのかわからないけど、このあだ名はあんまり好きじゃなかった。
ぷくぷくしてるってこと?
そうでもないと思うんだけどなあ。

気が付いたのは、80メートル走の順番が回ってきたときだった。
他の子の名前を呼ぶ声の中に、私の名前が聞こえた気がした。
「ちさ!」
「お父さん?」
もう目の前の子たちがスタートした。
声のしたほうをちらちらさがす。
心臓がドキドキしているけど、
それは昨日の夜やさっきまでのチクチクしたやつじゃなかった。
すぐに見付かった。
小さく手を振るおばあちゃん。
いつものようにメガネをして、赤い顔をしてるお父さん。
ニコニコして大きく手を振るしのちゃん。

うれしい。

んだけど、お父さんはどうしてあんなに赤くなってるんだろう。

ちょっと考え込んでいたら、スタートのてっぽうがなって、あわてて走り出した。
ビリだったけど、うちの人たちはみんな嬉しそうにしていたので、
6等の旗もいつもより、恥ずかしくなかった。


6.

「ちーちゃん聞いてよ、
白くんリレーに出るのがどうしても恥ずかしいから運動会来たくないとか言ったのよ!」
昼ごはんの時間にしのちゃんがお茶をわたしてくれながら言った言葉に、私はびっくりした。
私がみっともないからじゃないの?
「ちさがみっともない?ちさはどこをとってもステキだしかわいいよ」
お父さんはそう言ってくれたけど、赤い顔をしたままきょろきょろしている。
周りにも何組かピクニックシートの家族が座っている。
それぞれの家の子を中心に、とても幸せそうな笑顔ばかりだった。

たぶん、うちのスヌーピーのシートの上にも同じような笑顔がみっつ。
なぜだかお父さんだけが落ち着かない。

「白くんは超運動音痴だからね」
「普段は外に出ないし、主夫に運動神経は必要ないじゃないか!」
「そうかしらね」
おばあちゃんが楽しそうに返事したので、お父さんは肩をおとした。
「そのうえ、このあがり症じゃとてもじゃないけれど、
ちさのお父さんとしてこんな人の多いところに来られないと思ったんだよ」

「私は」

勇気を出してここまで来てくれたお父さんのために、私もきちんと声に出して言おう。
「私は、お父さんが来てくれてうれしいよ」
もちろんしのちゃんとおばあちゃんも。

今度こそ、レジャーシートの上に並んだ笑顔はよっつになった。

「ところで白くん、この卵焼き甘いんだけど」
「ごめん今朝は緊張してて、夢中で作ったから」



父兄対抗リレーの結果は言うまでもない。
今日のような天気を秋晴れというのだと、おばあちゃんが教えてくれた。
秋晴れの空の下、真っ赤な顔をしてリレーのいちばん後ろを走るお父さんは、
スーパー主夫をしているときのお父さんと同じくらい、格好良かった。



2004.11.8 來知
第一話完





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