★雨の少年★

第1話 アキラとユキト

ボクは雨の日が嫌いだった。
傘を差すのがめんどいとか、靴が濡れるからだとか、そーゆーことじゃなくて。
ただ何となく、雨の音と雨雲に覆われた暗い空がイヤ。
天気が悪いだけで、その日一日が楽しくなくなるじゃない。
「でもね、アキラ。雨の日にだって素敵なことは起こるのよ」
昔、ボクが雨の不愉快さを力説したときに、お姉ちゃんはそんな風に言った。
「雨が降ってるから楽しくないんじゃないのよ。雨が降ってるから楽しくない・・・そう思い込んで、自分で楽しくない気分を作り出してるだけなの」
お姉ちゃんの言いたいことはわかった。
でもさ、どうあがいても晴れてる日に勝らないじゃない。
「雨の日にしかない楽しさ、幸せ・・・そういうものもあるのよ」
例えば?
「・・・大人になればわかるわ」
お姉ちゃんはそういって話を終わらせたっけ。
・・・・・・ずるいよなあ。
あれから随分経って、もうボクも中学生。
未だに雨の日の良さはわからない。
特にさ、傘も持たずに出かけて、帰りには雨が降ってたりしたら・・・もう最悪。
とどのつまり、何が言いたいのかというと。
「アキラ、なにボ〜っとしてんのさ? あ、わかった。傘忘れたんでしょ」
そういうことだ。
「でもゴメンね〜。アタシも忘れちゃって〜・・・ダーリンと相合傘で帰るの。じゃ〜ね〜♪」
ミカはそういって、足早に下駄箱の前から去った。
“幼なじみ”って意外と儚い絆・・・
ボクはまた、雨音響く暗い外に目をやった。
ああ、イヤな音・・・・・・
「傘、ないなら貸そうか?」
不意に背後から、聞き慣れない声がきた。
「僕は使わないから」
ユキト。
女子の間では隠れファンが多い、そりゃもうキレイな顔立ちのクラスメイトだ。
ただ、いつも独りで本を読んでる姿しか見たことがない。
暗く、冷たい印象を受けてしまう、そんな感じのコだった。
その“影のある感じ”がまた人気の秘訣なんだろうけどさ。
何にせよ、まともに話したことのない相手に、いきなり傘のレンタルを勧められて、ちょっとドギマギ。
「い、いや、いいよ別に。いくら使わないからって・・・・・・え、使わない?」
言ってる途中でヘンなことに気が付いた。
使わない・・・って?
「うん、使わないんだ。じゃ、これ」
そう言ってボクに無理やり傘を渡した。
そして、ユキトは雨の中へ消えてった。
ボクは何故か、呆然とそこを動けないでいた。
どーゆーやつなんだ、アイツは。
「・・・使わないなら、持ち歩くなよな」
そんな馬鹿な独り言が口をついて出た。
なんか、してやられた感じで悔しかった。
ほんと、なんか悔しいんだけどさ。
「雨の日にしかない楽しさ、幸せ・・・そういうものもあるのよ」
お姉ちゃんの言葉を思い出していた。
明日、ユキトに傘のお礼を言って、話しかけてみようかな・・・
ちょっと、大人になった気がした雨の午後。


もちろん。
ヒネクレ者のボクは傘を差さずに家まで帰った。

第2話 ユキトとゲーテ

ボクはその日、珍しく放課後の図書室を訪ねた。
別にボクは読書家ではない。いや、ほど遠い。
単にね、ヒマ潰し。
今日はミカと待ち合わせがあり、彼女の「ダーリン♪」の誕生日プレゼント選びに付き合わされることになってるのだけど、美化委員とやらの会合があるらしく、ミカが解放されるまで待ってなきゃいけなくなったのだ。
「本は知識の泉よ」
お姉ちゃんは言う。
「見たことないもの、行ったことのない場所、体験したことのない出来事・・・すべてが本の中にはあるわ」
でもね、やっぱり活字って苦手だなあ・・・
そんなことを考えながら図書室に入った。
いつ来ても活気がない・・・まあ当たり前だけど。
中を見渡すと、カウンターに陰気な図書委員の男子、そして小説コーナーの前のテーブルに眼鏡の女生徒が座っているだけ・・・・・・
あれ、奥にもう一人。
・・・ユキト。
彼はいつもどおり(教室にいるのと何ら変わりなく)憂いを秘めた視線を目の前の書籍に向けていた。
ああ、なんて放課後の図書室がサマになるヤツだろう!
数日前、傘を借りた時のことを思い出す。
翌日、傘の返却とお礼はしたものの、結局それ以上の会話はできないでいた。
・・・どんなヤツなのかわかんないんだよなあ。まあヘンなヤツなんだろうけどさ。
いつの間にか、ボクは彼の方へと歩き出していた。
ボクに気づいたユキトが視線を送ってくる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
やばい、お互い無言!
な、なんか言わなきゃ・・・
「・・・・・・な、何読んでるの?」
口をついて出たのは、我ながら何の捻りもないベタベタな質問だった。
「ゲーテ」
・・・予想はしてたけど、やはりそれっぽいもの(?)を読んでいた。
どうやって会話を続けたものやら。
「・・・ウソだよ」
「・・・・・・・・・へ?」
今度は予想外の彼のセリフに戸惑う。
「う、ウソ?」
「うん。本当は『マンガ日本の歴史』」
そう言って彼は本の表紙を見せた。
・・・なんか、キャラ違うぞ。
「どうしたの、黙っちゃって?」
君の本質を掴めないで戸惑っているだけなんだけどね。
「・・・・・・君ってひょっとして、けっこうオチャメな人?」
「あはははは」
ボクのマジメな質問を、ユキトは「笑い」で返した。
でも、初めて見たかもしれない・・・・・・彼の笑顔。
「やっぱり君は面白いなあ」
何が「やっぱり」なのかわからないけど、とにかくユキトはボクにそんな感想を持ったようだ。
ボクに言わせりゃ、君の方こそ面白いんだけど。
ユキトは、今度は「笑う」のではなく、微笑むような顔をボクに見せた。
「君とは友達になれるかもね。いやきっと、親友と呼び合える仲になれるかもしれない」
真顔でそういうことを言うヤツなんだということは、充分わかった。

ミカの「ダーリン」へのバースデープレゼントは、結局ボクの意見は何一つ取り入れられず、趣味の悪いマフラーに決まった。
ミカの手編みよりは、マシか。

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