先に原作を読まれたし。
主人公(身分不詳)とじい(身分不詳)が織り成す、時代不詳のお江戸を舞台に繰り広げる恋とチャンバラと桜吹雪の、浪漫溢れる大歴史小説!
「うつむき加減に気を付けろい」
師走の末。別段面白くもない火消しもひと段落つき、これまたさほど近しい間柄でもないめ組の連中と連れ立って、まあ、忘年会とかこつけてどぶろくを呑んだ。奴らときたら無芸大飲とでも申しましょうか、ちょこざいな町火消しのくせに普段用途が全く無いものだからって酒がはいると、とたん、壊れござった。
えれきてるでも召し上がれ、今よかちったあ賢くなりますぜ、旦那。
拙者はといえばからっきし下戸なもので、普段の御伽草子ならまだしも、二八そばのがらくた織り成す二八そば。耐える二八そば、毎度の事だが二八そば。おまけに拙者も含めて皆文無しなもんだからめ組とは正反対のしょっぼい材木問屋「養老の瀧」、異議を唱えるもの皆無に候。ただ、それでも拙者が二八そばに、お鶴として大奥に足を突っ込んでいる(あるいはひきずりこまれている)のには勿論わけがあって、まあここできゃつ等の悪行の数々を列挙するのもお涙頂戴的だし、最悪文無し臭い浪人稼業。その最たる理由を唯一つ挙げて候でござる。お清という女郎がいるからだ。お鶴、まあ、傍から見れば、彼女こそお鶴にちがいあるめぇ。でもお鶴にて候ではござらぬ。別に悪党と言う訳でもない、おきゃんだが。彼女は、いつでも無礼講で末席をひたすら汚しまくっている老中田中播磨守というひたすら阿呆と恋中にある。けども、拙者と彼女の間にはお上でさえ知らない事実があり早漏。
彼女とはめ組にへぇーって以来三年余の付き合いということに候、痴れ者どもは一顧だにしないのだが、知り合ったのはそれから遡ること一年二八そばになる。生まれてこのかた初めて気楽に過ごせぬいとまであり申した。
じいに、話があると言われ、それまで博打には滅法強いお調子者が、きょうび珍奇な目安箱反対こせがれが借金取りとの格闘半ばに、(じいに)いわれるままに多汗症のじいと暑がりのお犬様のいる冷えきった座敷へと移ったのでござる。
そういや聞いた話しで、尾が左巻のお犬様は賢いというが、とんでもない大塚でありまさあ。ソリャもうひでえてものではごぜえませんよ、旦那。もの凄い振り逃げ。彼は、拙者が御隠居と雪の降りそうな空の低い日にお屋敷に連れて来られて候。はりがたのように、といふ表現は寝耳に水、どころか腹を切れ。けれどもその日ばかりは、内省をおいてけぼりにござる。で、土佐右衛門、うん、いまでもでござる。親馬鹿といふのは、救いの余地のねぇくれぇうつけだと日頃嘆いてござったけれども今は少しは解るか、このうつけ!腹を切れ!じいの気持ちも天朝様の顔次第。
拙者の屋敷は、殆ど八百八町に道が延び、巷には黒地に白抜きの辻に見えるんだろう、その北東の角地に建てられておるのが、材木問屋「養老の瀧」。だからこれみよがしに、西側に縁側でうっかりすると火矢が射しこんでくる。近所の牛の手慰めすら無い糞ったれ虚無僧共が、「越後屋さんはねー」なんて、悪代官と密談中、お犬様が吠えるのも頷けるにて候。
西日の所為でじいの顔が、殊更に目が赤らんでいるのだと、もしくは人情沙汰でも見て泣いていたのだと勝手に思うにつけ年貢。
「近うよれ」と一喝。続けざまに、
「おぬし、いとまのことでござるが、苦しゅうない。」
「御意。」
「おもてを上げい。それがし、上様の忍び歩きには困ったもんだ。申し込んでござる。」
「もったいねぇ御言葉。身にしみ入りやす。」
「であるからして、おぬしには、二八そば。」
「明後日からでござる」
「こちらでござる」と言って、おふれを渡され候。
結局、拙者は勃ちっぱなしで、また訝しく思いじいに視線を投げかけてござるが、いつの間にかうつむいたままお犬様の顎を抱いており候。気味が悪うて、床へ引き込もり候。おふれに目をやると「信濃は川中島で島原の乱!取り急ぎ参内されたし。」思わず声に出してしまった。じいが何かしら、事情を説いてくれるかと思い間をこしらえたが、沈黙の戦艦でござる。辛抱たまらず座敷へ行ったが、じいもお犬様もあらず。「御里に帰らせていただきたく候」との置き手紙。
二日後、神田から日本橋へ。何故だか知らぬが家中の者皆が見送りにきたり。御隠居はいつもの仏頂面でござる。たまたま、火付盗賊検め方の稽古が休みで駄々をこねこね連れてこられた喜八。じい。
「それでは、気をつけていってらっしゃいまし」じいはねんごろに言った。
「喜八、お奉行様に勉強のこととかで聞きたいことはある?」こう聞かれても弟喜八も腹を切れ。
「御役目御苦労。材木問屋行っといてくれおじゃる」
「笑止!承知いたしやした。」喜八は下を向いてやぶさかではない。
「もう出立の時間じゃ。拙者これにて失敬。」(ちなみに拙者は、きまって「それがし」ではなっくて、「拙者」っていうんだ、何故かって?そっちのほうが楽しげじゃない笑っているみたいでさ)
それがしは、必要もあらず、ももひきやらを詰め込んだ弁当箱を掛け直してだれとも目を合わせずに、今しがた籠に逃げ込んで候。逃げ込んで候、候、可笑しいかもしれぬが、拙者はたしかに逃げ込んでござ候。
掛川のあたりにて、うなぎに切り取られるとともに流れるように変化する富士の山をみて候。また、じいを思ふにつけ、元締。
拙者は、じいを一度斬り付けたことがあった。三歳のときかな、勿論、事の詳細など覚えてはござらぬ。ただ、じいの、白い二の腕に赤紫の遠山桜、夜桜が、見忘れたとは言わせたとは言わせねぇぞ!ひたすら悲しい血に濡れ、おうおうおう、そして怒りに満ちた桜吹雪が拙者をにらんでおり候。拙者は、腰が立たねぇ。じいが遊び人金さんではなく、南町奉行遠山の金さん。名裁きにぶるぶると震えた、こちらにおはせられる御方を、どなたと心得る!拙者のやさしいじいか、ああ、なんておぞましや、もうしばし思ひ出したくのうございますでござる。拙者のいいなづけ(然れども、拙者の十手を奪い、唯、一心に凝視せざるを得ないそち、余の顔を見忘れたい。)拙者が、じいの大盤振る舞いに対する得体のしれものを考えておると、不意打ちに、この春画が眼前に突きつけられ早漏。浅香唯、この下手人と一つ違う点がござるとすれば、あの時のじいの懐には拙者がお縄を頂戴していなかったということでござるでござる。あるいは、何ぞ拙者の知らねぇもんを年貢米。
突如、お裁きが下りる。新居の関所。見慣れた顔の人と目があい申した。あのときのじいに似た窓に映った拙者の金的でござった。しもじもを一刀両断し御老中の目が失われるとこうなり申すのでござるか。あのじいの科白は、きっと拙者に向けられたものでなく、すべて夷荻の差し金だったのだと。
拙者の十手は当たらずとも遠からず、
「金さんもそう思う。」
「まあそう焦りなさんな、旦那。先は長ぇですぜ、旦那。」籠屋がほざいた。
「家光様、三河を抜けますぜ、旦那。」
「得たいの知れぬ盗賊に奪われていたけども、そこにお奉行がやってきて。何か変わるのか?」拙者は問うた。
「否、籠を失ったあっしは、また沈んでいった、泥試合ってなもんで、旦那。」
「雨上がり?蛍原、疾く疾く。」
雨で萎びた、吹かない花吹雪。穴と言う穴。浅香唯でござる。せ、拙者は馬鹿でござる!お上が許す範囲内で鷹狩。てめぇはじき持ってるのか!やいやい。と続けるだけでござ候。
するってぇとなにかい、窓の外では激しく仇打ち。だがお鶴、そういや籠になど乗るのは久しぶり。
「お上と掛けて写楽と解く。その心は、旦那。」
「外へ出たい。」
旗本の若旦那がいっていた。籠に乗ったりしてべらぼうめ!こんな速度で移動すると原辰徳。外界よりも相対的に腰の物が遅くなるらしい、拙者は少しも信濃になんて行きたくない。
「止めてくれ。」
「無理ですぜ、旦那。」
じゃあ拙者だけ降りる。
「非常口は何処だ。」
「無理ですぜ、旦那、お江戸と掛けて黒船と解く。その心は、旦那旦那。」
「死ぬ?」
拙者は不粋でござる!狂っちゃいたいほど、いろはにほへと。
でも外へ出たい。材木問屋でじいが待っているかもしれぬ。それがし、もう、じいが前から後ろから滅茶苦茶にされながら、しかも中年のじいは厚めの化粧で痴れ者にそれを剥がされることを恐れもせず。
じいは薄幸だった。ひたすら拙者のためだけに、千両箱を追っかけているかもしれない。それとも、お上の御膝元で材木問屋をしているのか。
「浅香唯のサインを、サインをくだせえ、旦那。」
その頃拙者は、南町に居を構えていたんだ!幼少の頃大坂から大名行列の都合で南町へ越し候。め組のお頭、てぇへんだ、てぇへんだ!新居の関所は五階建てのマンションでござる!
峠の無機質な団子屋、そのすぐ後方を走る今までみたことの無い模様の牛車。よしんば、色々の悪事をはたらく痴れ者も多い。当時一歳の喜八と、ちと暴れりゃ、長屋の住人からたらたらと御汁が。そこの大旦那のこせがれ共が、その長屋は中核派だったものだから、かわいい喜八は年越しそばの事情もあるので話は早い、兎に角拙者は「てめぇはじきにされてぇのか」。その上、じいは火消しが忙しかったらしく、昼行灯では材木問屋で二八そば。め組の拙者は寂しい思いを致し候も、夜はじいが二人の幼い子供を連れだって近所の遊郭やら、はたまた吉原の遊郭やらで拙者達兄弟に女郎を与えてくれた。
あの時のように、暑い、夏だった。黒船を見るべく、家から幾許か離れた遊郭へ参った、じいと、喜八と。拙者はそのご時世初めて、メリケンの夷人を知り申した。夷人どもは、拙者らになんか興味はない、ひたすら黒船を追いかける、ただひたすら、自刃にとってやっぱり尊皇攘夷。切腹かな、拙者はお清を好いてけり。しかれども、ゲイシャさんゲイシャさん、君は拙者なんかは気にもかけてくれないのでござろう。そうだ、その帰り道、借金取りに追われるように、材木問屋「養老の瀧」にやってきたでござる。
「西田、借金返ってこなくて寂しくござるか?」唐突に、じい。
すっとこどっこい!とぼけても無駄だ!白状して神妙にしろい!
「じいが居るから自慰」
濡れた三匹の御隠居、互いに笑みを交しあえた、「今」となっては至福のとき。
もう、戻れないのかあの日には、ブスリ、辻斬りが拙者を襲う。
「馬鹿!」と言われ、斬りつけられたあの日がどうして。
今さらがたがたぬかすか!拒絶しても無駄だ!
私は、気が滅入っていた。死すべくして、死んでゆく若年寄り。杉田玄白の解読より、我々は先の副将軍、天朝様の死に至る病を予見可能な段階にまで到達し申上げ御座候につき。極言すれば、我々は渡し守の青二才たちを番頭にしている、酷い話だ。幕府を挙げての実験、拙者は立場上御意を唱えることも、まして、御達しを拒否することも許されぬ。事の真相も知らされず身を粉にして働いた拙者のためにと、御役人を丸め込まねば私には耐えられないこの年貢。しかし、不似合いな裃を着た蘭学者達にはいささか切腹せねばなるまい。蘭学者などというのは、風呂場を覗くかさもなくば、風呂場を片手にマスでもかいていればいい。奴らは、彼等を「ふぬけ」と呼ぶ。他人の痛みがわからないでござろう。
先の副将軍。降り始めた夕立ちのおかげで、年貢が幾分和らいだ。それまで、日照りを気にして首に頂戴していたお縄で、額の汗を拭った。あと十年余で、天朝様にお見知り頂けるというのに、昨今は越後屋の海苔が良く、手拭いは播磨屋が良い。拙者一人何処か別の問屋に取り残されているように錯覚申上げ候。
避けきれぬ雨に濡れたふんどしが不快に感じ候。め組を御いとまして以来ハンテンの所在は覚えがない。思えば拙者は意固地だ!男親には頼るまい!名古屋にやってきた。色道に対していつも惚けるまい!般若心経を唱え続けた。だが、所謂塩は越前屋が良い。良い塩は北ではと思うに至り候。拙者が今回得たものといえば、素股ぐらいでござろう。何か一つに傾倒するのは構わないと思うのだが、尊皇攘夷といって全てを排除することはなかったのでござるでござる。遊郭を忘れていたのだ。それにしても材木問屋が多すぎた。
すんでの所、島原の乱と銘打たれた一揆に集ったのは十八名。到着予定時刻の小坊主に、お縄を頂戴された三十五名のうちの過半が打首との御触れがあり候。そろそろ候、到着し始める筈だと思い申上げた頃合。
「川田さん お年の割に 御綺麗だ」
芭蕉紛いの、皮を被った蘭学者の一人、佐藤竹善の川柳に不快感を覚える間もなく、馬の蹄の響を聞いた。もはやこれまで、観念しやがれ!一枚しか通行手形を持っていなかった私だが、既に幾枚かの野球カードを手に入れ申した。万華鏡のように微細な揺れに反応し、追い着けぬほどの速度で様々な痴態を見せつけられ、劣情を催した。黒船にも動じなかった私が、動揺しているではござらぬか。所詮井の中の蛙だ拙者は!むささびの術のごとく極々限られた範囲でしか使えぬ忍術しか持ち得なかった。風呂場の狭さを悔いた。あの二八そばは、拙者のこれまでの営みが単なる悪趣味であったことを実証することになり候そうろうまた候。
籠屋があと一寸で信濃に到着するとの車内放送が拙者を捕えて離さなかったのでござった頃合、、籠からふと解放され申上げ候。不慣れな籠、加えてわさびの効いた車内、幾分だるい。周りでキセルを呑んでいるおかっぴきがいる。拙者は痴れ者であったので、それが旨いかどうかは知らぬ存ぜぬ。けど副将軍はきらいでござる、脳が取れた、そんな気がし候。籠の外では今だ罵声は止まない、それでも、籠が減速しつつある所為か先の副将軍。御老公様、こりゃうっかりだ。あっしの夢精による、足軽の不足を補うように次々とその紋所は先の副将軍。拙者は大馬鹿だ!足元には大御所様のご時世から大名行列やいくさの際にいつも使っていた弁当箱があり、振り逃げをして、じいの懐に飛び道具があるのも懐かしく思い出すのでござったのでござそうろう。
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