プロローグ:3枚の絵葉書(工藤敬司の物語Vol.1)

「とうとう見つけたよ。私の海。 七海」

アルバイトの帰り、 コンビニで買った弁当を持った手とは逆の手でポストを開けた。
僕が“彼女”からの絵葉書を受け取ったのは、 これで三度目だった。
また今回もが写った絵葉書。

(今度はどこの海だろ?)

表の消印を見てみると、富士宮市となっていた。

(富士宮市?どこだろ?富士山の近く???富士山って海の近くにあるんだっけ?)

10年以上昔に習った日本地図を思い出そうとしてみるが、 思い出せるべくもない僕は、再び文面を見た。

(とうとう見つけたんだ、七海さん。 でも、「私の海」ってどういう意味なんだろ?)


僕が絵葉書の送り主の彼女を知ったのは、去年の春だった。
いや、「知った」という表現は正しくないかもしれない。
僕は彼女が「七海」という名前であるということ以外は何も知らないのだ。

2001年4月。

本来なら4回生となって、就職活動に忙しい時期のハズだったのだが、 就職活動をする気が起きなかった僕はその春、休学届けを出したばかりだった。
何となく気分を変えようと思い、今のこじんまりしたアパートに引っ越してきた。
前の住人が退去してから2、3ヶ月経っていたらしく、 新住居のポストには、溢れんばかりのチラシやダイレクトメールが溜まっていた。
どうせゴミとして捨てることになるんだろうと思いつつも、 馬鹿丁寧に一つ一つチェックしていたら、 その絵葉書を見つけたのだった。

遠く水平線まで広がった海と、 ちょっと吸い込まれる感じの印象的な空が写っていた。

絵葉書を裏返してみる。

「ここの海も何か違うみたい。。。
でもキレイでしょ、この海?
気に入ったから、しばらくここに泊まることにするわ。
渚もきっと、ここ気に入ると思うよ! 七海」

絵葉書の消印は、千葉県、南房総のとある町。
宛先は、
[兵庫県芦屋市*** 蒼井渚様]
となっていた。 当然、住所は僕の新住所と同じ。
前住人は転送届けを郵便局に出さずに引っ越していったのだろう。

(渚。。。男だろうか。。。)

今から思えば女性の名前でも不思議は無いと思うが、 なぜかそのとき僕は、男性の名前だと思っていた。 そこのアパートの住人のほとんどが男性だということを、 アパートを斡旋してくれた業者から聞かされていたので、 そう思い込んでいたのだろう。

「遅くなってゴメン、工藤君」

玄関のドアを開けるなり、“彼女”は部屋に向かって声をかけた。
僕は思わず、手に取っていた“その絵葉書”を 整理が済んでいた本棚下段の本の間に滑り込ませた。 べつに卑しい気持ちは無かったが、とっさの行動でそうしてしまった。

部屋に入ってきた彼女。
「仕事が遅くなっちゃってゴメン。
あれっ、思ってたより整理が終わっちゃってるじゃない。
私、本当に引越しの手伝いに来る必要あったの?」
もともと僕の荷物はそれほどなかったのだ。
僕は断ったのに、彼女が勝手に、手伝おうかと押しかけて来たのだ。
そのくせ、部屋の片付けがほとんど済んだ頃になって、やって来たのだった。

そうそう。いちおう念のため読者に断っておくが、 部屋に押しかけてきた彼女は、先に出てきた「七海」でも「渚」でもない。
アルバイト先の出版社の先輩。と言っても、彼女は正社員だけど。
べつに自分としては付き合っているという意識はないんだけど、 傍から見たら付き合っていると見えるかもしれない。

「今ごろ来ても遅いですよ、藍野先輩。
それよりも、お腹すいちゃったんで、どこか食べに行きません?」
「そうねえ。もうそんな時間かあ。
引っ越し祝いと言うことで、ワインでも飲めるお店にでも行こっか?」
「あまり高いところには行けないですよ。引越しで、お金ほとんどありませんし。」
「いいわよ。私が奢るわよ。」

そうして僕たちは夕食へ出かけて行った。


七海さんからの2枚目の絵葉書を受け取ったのは、2001年8月のことだった。
携帯の口座振替の封書と一緒にその絵葉書はポストに入っていた。
宛先にある「蒼井渚」の名前を見ただけでは記憶は蘇らなかったが、

「ここもなんか違うのよねえ。今度は九州の海に行ってみようかな。 七海」

という文面を見て、春に受け取った絵葉書のことをおぼろげに思い出した。
今回はどうやら高知県は桂浜の海らしい。

(そう言えば春のときも、違うとか何とか書いてあったっけ?
どこかの海を探しているのかな?
あの葉書、どうしたっけ?捨てたんだっけ?)

それほど荷物は無い部屋ではあるが、 見つけるのにはちょっと手間取ってしまった。
絵葉書は、本棚上段の哲学関係の書物の間から見つけることができた。


それから1年の月日が経ち、今回、3度目の絵葉書を受け取ったのだった。
2001年4月、2001年8月、そして2002年8月。
今年の春も、そして正月も、 “彼女”からの絵葉書が届くのではと思い、待っていたが、 夏になってようやく届いたのだった。

哲学辞典の間に挟めておいた1枚目と2枚目の絵葉書を取り出した。

南房総、桂浜、そして、、、富士宮??? どういうこと???
そう言えば2枚目に「九州の海に行ってみようかな」と書いてあったっけ?
この1年の間に九州に行ったんだろうか?)

僕の実家は九州は福岡、博多だ。
小さいころは両親と兄と僕の家族4人で、九州内はいろいろと旅行していたので、 九州の地理は良く分かっている。

(宮崎あたりの海かな? 天草? 九十九島? 壱岐対馬?  それとも沖縄まで行ったのかな?)

しかし、僕がいくら想像してみたところで、どれほどの意味もないことだった。
第一、本当に九州に行ったのかどうかも定かではないのだ。
それよりも、今回3枚目の絵葉書の海がどこの海か気になった。

(今度、バイトの休みをもらって、富士宮に行ってみよう。)