単発小劇場『これからも』
書いた人:しおしお
「付き合ってほしい」
シンジに呼び出された中学校校舎屋上。
もう一度アタシの中で反芻してみる。
聞き間違い……。なんてことは無いわよね。
「ア……アンタ。自分が言ったこと、判ってんの?」
――違う。アタシが言いたい事はこんな言葉じゃない。
ホントはとても嬉しい……。何よりも聞きたかった言葉のはずだ。生来のひねた自分の性格が恨めしい。
「判って言ってるよ」
アタシの戸惑い交じりの発言をどこ吹く風のように受け流した様子のシンジ。本気なの? ホントのことなの?
「――わ、判ったわ。受けて――」
それに続く言葉……。
続けようとするけど、のどの奥に詰まったように何も出てこない。
そして大きな声を出そうとした時――
――目が覚めた。
はう……。
ア、アタシが必死で決心したってのに……。
それは無いわよ。
薄ぼんやりとした天井を見つめる。
枕元においている時計をふと見ると、時刻は7時前を指していた。
夏から比べると、まだ朝日が昇りかけと言う感じもある。
今日は12月4日。
14歳になるアタシの誕生日だ。
何かが変わるんじゃないか、いつもと違う誕生日になるんじゃないか……。
そんな期待感があんな夢をみちゃったのかな。
今は夢じゃないわよね。
一応アタシ自身の状況を確認してみる。
エヴァンゲリオン弐号機パイロットの惣流・アスカ・ラングレー。
うん、大丈夫。間違えてないわね。なんだかんだと使徒を倒しきった影響とかで、10数年ぶりに日本にも冬がやってきているらしい。
そして、アタシはドイツに戻ることなく、日本で暮らしている。
変わり映えの無い日常を楽しんでいるつもりだ。
同居人も相変わらず、30歳になる上司、そして温泉ペンギンに……。
「支度しないと学校遅れるわね……」
物思いにふけようかとも思ったけど、そんな時間はいつまでもあるわけじゃない。
平日なのだから、今日も学校はある。
自分の部屋をでると、キッチンとダイニングを通過してシャワーを浴びるために浴室へ移動する。
するといつもながらと言うか、当たり前のように台所に立っている同学年の……。
「アスカ。おはよう」
「……お、おはよう……」
判っていたけど、シンジが挨拶してきた。
さっきまであんな夢を見ていただけに、まともにシンジのほうを見る事はできない。
一方シンジのほうは、いつものように朝食とお弁当の準備でせわしなく動いている。
挨拶するときくらい、こっちを向けと思った時もあったけど、今日ばかりは向いてくれなくて正解だ。
多分、振り向かれるとアタシの顔は真っ赤になること間違いない気がする
気づかれる前にシャワーを浴びてスッキリしたほうが良いわよね。
シンジの姿をもう少しだけ見たかった気もしたけど、変に勘ぐられるのもシャクだもんね。
シャワーを浴びてさっぱりした後、自分の部屋に戻ろうとする。
その際、シンジを横目でみると朝食の準備が終わろうとしている様子が目に入った。
アタシも急いで支度しないと遅刻するわね……。
部屋に戻るとタオルを頭にまきつけたまま、制服に着替え始める。
日本に冬の季節が戻るということで、乾燥対策グッズとか販売されはじめた。
今アタシが持っているリップクリームもドイツにいたころは普通にあったけど、日本では乾燥すると言うことがあまり無かったのか、販売されている場所があまりにも少なかった。
今日も乾燥することは判っているので、唇に薄くリップクリームを引く。
中学校の校則は規制でガチガチに縛っているというわけじゃないけど、目立つようなことをすると後々面倒なことになるのは、散々味わってきた。
それにシンジ以外に見せるものもないしね……ってなにを考えてるんだアタシ。
朝食を終え、いまだに寝ているミサトに挨拶だけしてマンションをでるアタシとシンジ。
取り留めのない会話をいつもはしているけど、やっぱり今朝見た夢の影響もあるからか、シンジの顔をまともに見れないわ。
そう思いつつアタシの少し後ろを歩いているだろうシンジの気配を感じ取る。
多分、いつもどおりのボーっとした表情でいるのかなあ。
それとも、別の表情をしているんだろうか。
振り返ればすぐに確認できるのに、それさえも出来ないアタシ。
――アタシってこんなに弱かったかしら。
そんなこんなで午前中の授業が終わり、教室ではあちらこちらで昼食をとる準備をしている。
アタシはいつもどおりお弁当を渡して貰おうと、シンジの席に近づこうとする。
当初はこの光景が奇異に映っていただろうクラスメイトの視線も今では日常風景として認識されているのか、誰も気に留めない。
ここで、いつもどおりにシンジが用意していたと言う感じでお弁当をカバンから取り出すと思いきや、今日は違っていた。
「アスカ。ちょっと良いかな?」
「なによ……」
「いいから……」
アタシの返事も聞かず、シンジはお弁当が入っているだろうカバンを持って教室を出て行こうとする。
つまりは、シンジの後を付いて来いって事よね。
このアタシに指示しようだなんて良い度胸してるじゃない。
シンジに付いていくと、そこは屋上だった。
12月にもなって校舎屋上に行くなんて、普通はありえない。
だけど10数年ぶりの日本の冬だとはいえ、天候は不安定なのか、時折すごしやすい日もあったようだ。
昨日は20度近くまで上昇したらしい、シンジはそれを知っていて屋上に誘ったのかしら。
今日も昨日ほどではないにしても、それなりに過ごしやすい陽気のようだ。
「なーんだ。ここでお弁当を食べるつもりだったの?」
「うん。そうなんだ」
「だったら、ヒカリたちも誘えば良かったのに」
「きょ……今日はちょっと……ね」
歯切れが微妙に悪いシンジ。
たまに独占欲を出すときがあるのがシンジの癖なのかしら。
何か言いたいことがあるのか、シンジはお弁当を取り出そうとせずに柵の近くまで歩み寄った。
アタシはそんなシンジと少しだけ距離が出来た。
あれ……?
この構図って、今朝見た光景にそっくりな……。
まさか……ね。
同じことがあるなんて……そんな出来すぎよ。
アタシの脳内にフラッシュバックされる今朝の夢。
そして、ここでシンジの口から出た言葉……。
「アスカ。僕と……」
その先に続くだろうシンジの言葉。
うん。大丈夫、アンタへの返事は決まっている。
誕生日に告白してくるなんて、狙っているとしか思えないわね。
でも、アタシはそれでも嬉しい。
そこでふと自分の状況に気が付いた。
そう言えば、アタシ今日なんの化粧もしてない。
せめてグロスくらいは引いてくるべきだった……。乾燥するからって、リップクリームだけしか唇に引いていない。
頬とか、髪の毛とかも、もうちょっと気を使うべきだったかも。
今になって何もかも気になってくる。
ダメだ……。
いまのアタシ……。
ダメ……最悪だ。
こんなアタシがシンジの告白なんて受けられるわけがない。
一度マイナス方向に振られた感情は、そう簡単に戻せそうにない。
視線がいつのまにか自分の足元に向かれていた。
とても情けなく感じてしまっている。
今すぐ投げ出したくなってきた。こんなんじゃダメだ。
「……アスカ? アスカ、大丈夫?!」
「えっ?」
シンジに声をかけられてアタシは顔を上げた。
この時、アタシはどう言う表情をしていたんだろうか。
だけどシンジの不安そうな表情で判る。
「ごめんアスカ」
「え?」
「僕が変なことを言ったから、アスカがそんな表情になるなんて……。その……」
「ち、違うのよ。アタシ。シンジが何を言ってたのか。聞いてなかったの……」
シンジが不安そうな表情をしているのを察して思わず口から出ていた。
そう、シンジが最初に何か言おうとしていたのは覚えている、だけどそれに続く言葉は判らなかった。
「聞いてなかった……? 本当に?」
「う、うん……。だからその……もう一度……」
頷くと、そのまま上目遣いのような目線でシンジを見る。
顔を赤くしながら困った様子のシンジ。
そっか……緊張しているのはアタシだけじゃないんだ。
「ねえ。もう一度言ってくれる?」
「う、うん……」
アタシに促されるようにシンジは一度深呼吸してから、口を開いた。
「あ、あのさ。今日アスカの誕生日だよね?」
「うん。知ってる」
「それでさ……。今晩、アスカの誕生日を祝いたいんだ……」
「うん……」
それから……。
シンジが続けた言葉は、もちろんアタシの期待していたものだった。
「僕と……。こんな僕だけど、付き合ってほしい」
「……馬鹿ね。……ううん、馬鹿はアタシね」
「アスカ……?」
「こんなアタシだけど、喜んで」
自分を飾ろうなんて考える必要はなかった。
今のアタシで……。今のままで十分なんだ。
これからもよろしくね。シンジ。
<おしまい>
(2010年12月6日発表)