|
|
|
|
|
(1) ある海に、人魚がいました。人魚は、陸と、「人魚姫」のような恋に憧 れていました。 それから、人魚は、歌うことが大好きでした。 だから、時々、浜辺に座って、歌っていました。 ある日のことでした。人魚が歌っていると、少年が三人、やってきまし た。 「うわっ、人魚だ!」 「知っているぞ、こいつの歌声が舟をひっくり返すんだ」 「ここから出て行け。怪物め」 少年達は、人魚をいじめました。 「やめて、私は、舟をひっくり返したりなんかしていない」 「人魚のくせに、人間の言葉をしゃべるぞ」 「生意気だ。やっつけろ」 少年達は、容赦なく、人魚をいじめました。 人魚は隙をみて、少年達から逃げました。 ……コワイ……。 人魚は、その日から、人間の男の子が怖くなりました。 陸に憧れ、恋に憧れ……でも、人間の男の子が怖くて、浜に近づけなく なりました。 人魚は、朝焼け色に染まる波にゆられながら、歌っていました。 浜を時々眺めながら、少し近づき、でもまたすぐに波と一緒に沖へ戻 り……それを繰り返しながら、歌っていました。 ぱちぱちぱち。 波の中から拍手が聞こえました。 拍手の主は、茶色に髪を染めた少年でした。 ……イジメラレル! 人魚は慌てて逃げようとしましたが、怖くて身動きが取れませんでし た。 「君……歌、うまいんだね」 少年は人魚に微笑みかけました。 「聞きほれて、波から落ちちゃったよ」 「ご、ごめんなさい。でも、私、あなたを落とすつもりなんてなかった」 人魚はじりじりと逃げながら、必死でいいました。 「わかってるよ。俺がどじなだけ。気にすることないさ」 少年はさらに、笑いました。 「俺、ここにはよく波乗りにくるから……また会えたら、歌を聞かせて よ」 少年はそれだけいうと、人魚の返事も聞かずに浜へと帰っていきまし た。 それから、時々、少年は波乗りにやってきました。 人魚は、そのそばで、歌を歌いました。 はじめは少年が怖かったけど、少年の笑顔を見るたびに、恐怖は薄れ、 だんだん仲良くなっていきました。仲良くなるにつれ、人魚は少年がくる のを楽しみにするようになりました。波の中に隠れて待ち、こっそり少年 の足をひっぱったり、昆布を少年の背中にかぶせたり、そんないたずらを することもありました。少年は一度も怒ったりせず、人魚のいたずらに笑 い、お返しに波をかけたり、サーフボードに人魚を乗せて波乗りをさせよ うとしたりしました。 そんな風に楽しく過ごす日々に、終わりがきました。 少年が、故郷に帰り、家の仕事を継ぐことになったのです。 「すごく、楽しかったよ。ありがとう」 「私も、とても、楽しかった。元気でね」 人魚は少年と握手を交わすと、浜まであがって、少年を見送りました。 浜にあがるのは、いじめられて以来、はじめてのことでした。 人魚の目から、涙がぽろっと落ちました。 涙は真珠になりました。 人魚は涙を砂浜に埋め、少年の未来を祈りました。 そんなことがあって以来、人魚は再び浜にあがって歌を歌うようになり ました。 もう、人も、浜も、怖くなくなったからです。 人魚は再び浜で歌えることが、楽しくて仕方ありませんでした。 楽しいあまり、まわりが、何も見えていませんでした。 そう、人魚を、じっと静かに見つめている若者がいることさえも……。 「絵を描かせてもらえませんか?」 若者は、人魚に声をかけました。 朝日の美しい日曜日でした。若者の頬も赤く染まっていました。 「あなたの、歌っている絵を、描きたいんです」 「……どうぞ?」 ここ数日、若者が人魚を見ていたことなど全然知らない人魚は、なんで わざわざそんなことを言うんだろうと不思議に思っていました。 それから、若者は毎日、朝六時になると海にきて、人魚の絵を描きまし た。人魚は、若者が絵を描いているそばで、歌を歌っていました。時々 は、おしゃべりをしたりもしましたが、大抵、若者は黙々と絵を描いてい るだけでした。それが気まずいどころか逆に心地よく、人魚はいつも以上 にのびやかに歌を歌うことができました。 三ヶ月がたちました。 「ところで、絵は、まだできないの?」 人魚はふと、歌うのをやめて、聞きました。 「えっ、いや、まだ」 「でも、もう、ずいぶんたつわよ?」 「できあがりが満足できなくて……」 「ねえ、ちょっと見せて」 「だ、だめだよ」 「いいじゃない、ちょっとだけ」 人魚は無理やり若者から絵をうばいました。 人魚は、びっくりしました。スケッチブックに何枚も何枚も、人魚の絵 が描かれていたからです。 「あなた……ずっと、描いていたの? 何枚も?」 若者の頬が、朝日よりも赤くなりました。 「実は……あの……」 若者は、じっと人魚の目を見て言いました。 「ぼくが、絵を描きたいって言ったのは口実で……あ、もちろん、絵が好 きなのは本当だし、君を描きたいのも本当だけど……でも、本当の理由 は……君と、一緒にいたかったんだ」 若者はそれだけ言って、うつむきました。 「もし、自分でも満足できるような絵が描けたら、ちゃんと、好きだって 言おうと思っていたんだけど、なかなか描けなくて……」 「好き? 私を? 人魚でも?」 若者は、黙ってうなずきました。 「私は……」 人魚は、一生懸命考えました。 若者といて、心地よかったこと。若者が微笑みかけてくれると、とても 嬉しくなったこと。毎朝、会えるのを楽しみにしていたこと。……この人 に、振り向いてほしくて、わざと、大きな声で歌ったこと。 「ねえ、私が陸にあがったら、いろんな、人間界のこと、ちゃんと教えて くれる?」 「え?」 「もし、あなたと一緒にいるために、人間になるわっていったら、ちゃん と、人間の世界で、私がやっていけるように、手伝ってくれる? それ は、すごく、大変なことだけど、私、あなたのためなら、がんばるか ら……支えて、くれる?」 「もちろん。約束するよ」 「じゃあ、私、人間になるわ」 人魚はにっこり微笑みました。 「そのために、まず、私に名前をつけて。人間の名前を」 若者は、一生懸命考えて、透子、と名づけました。 透明な声と透明な心を持つ君だから、それが理由でした。 人魚は、魔法使いの人魚に自分の髪を売って、薬を手に入れました。 赤い薬は、人間になるための。青い薬は、人魚にもどるための。 「ただし、本当に人間になりきってしまったら、青い薬は効かないよ」 魔法使いは、そういいました。 「髪、短くなっちゃったんだね。きれいだったのに」 腰まであった、人魚の髪が、耳がみえるほど短くなったのをみて、若者 がいいました。 「短い髪は、嫌い?」 「いや。透子なら、どっちでもいい」 若者は耳まで真っ赤にして答えました。 こうして、人魚は、人間として暮らし始めました。 (2) しかし、人間の生活は、人魚が思う以上に大変なものでした。 何度も何度も 「海へ帰る! 帰るんだから!」 と、泣きわめき、若者を困らせました。 だけど、若者は、そんな人魚を優しく包み込みました。 人魚は、若者の胸で泣き、少し元気になって人間の生活に戻る……を、 繰り返していました。 その度に、人魚の心にあたたかいものが生まれ、あたたかいものが生ま れる度に、足が痛くなりました。 そうして、三年の月日が流れました。 人魚は、もう海に帰るといって泣くことがありませんでした。そして、 足が痛むこともなくなりました。 ある日のこと、いつもよりも少し遠くのパン屋まで買い物に行ったとき のことでした。人魚は、ふと、海に寄ってみようと思いました。今まで は、海を見ると帰りたくなると思って、近くを通ってもわざと海を避けて きましたが、なんだか久しぶりに潮の香りをかぎたくなったのです。 久しぶりの海は青く、心があらわれるようでした。 もう帰りたいなんて思わないけど、やはり、ここが故郷なんだなあ、 と、人魚は大きく伸びをしました。 潮の香りが人魚の鼻をくすぐりました。 久しぶりに歌いたくなりました。 人魚はあたりを見回し、誰もいないことを確かめると、歌い始めまし た。 歌っているうちに、どんどん心が伸びていくような気がしました。 そうして、何曲歌ったでしょうか、ある曲が終わったとき、後ろで拍手 が聞こえました。 「君、歌上手だね」 そこに立っているのは、背の高い青年でした。 でも、普通の青年ではありませんでした。 青年の背中には、透明な、翼が生えていたのです。 「あなた、誰?」 人魚は眉をしかめて訊ねました。 「ぼく? ああ、音大の生徒なんだ」 「嘘。その背中に生えている翼はなあに?」 青年は目を丸くしました。 「……君、人間じゃないね」 「え?」 今度は人魚が目を丸くしました。 「ぼくの翼は、人間の目には見えないはずなんだ。それが見えるっていう のは、君が人間じゃないからだ」 「いいえ、私は人間よ」 だって、もう、足が痛くないもの。それって、人間になったからじゃな いの? 人魚は、心の中でつぶやきました。 「いや、違うね。人間には、絶対見えないはずなんだから」 「……元、人魚よ」 人魚は、元、というのを強調して言いました。 「そっか。なるほどね」 「そういうあなたは誰なのよ」 「ぼくは……天使だよ。天界の音楽隊の楽長をしている。人間のふりをし ているのは、音楽の勉強をするためさ。だから、音大生っていうのも、本 当」 「ふうん」 人魚は興味なさそうにつぶやきました。 「ねえ、君、ちょっと、ぼくのあとについて歌ってみてよ?」 「え?」 「昨日、新しい歌を思いついたんだ。ソプラノのパートでさ、ちょっと、 女性の声の感じを知りたいんだ。いい? いくよ」 人魚がいいとも悪いとも言わないうちに天使は歌いだし、つられて人魚 も歌いました。はじめはなんとなく、だったのですが、天使の作った歌は 素晴らしく、いつの間にか夢中になって歌っていました。 「今の歌、覚えた?」 「まあ、なんとか……」 「これに、テノールがつくんだ。ぼく、テノール歌うから、今の曲、もう 一度歌ってくれないかな? いくよ」 人魚は、自信はなかったけれど、なんとか歌いきりました。天使のテ ノールがつくと、音に深みが出て、さらに素晴らしい曲に聞こえると人魚 は思いました。 「ありがとう。おかげで曲の感じがつかめたよ」 「ううん。とても、いい曲ね」 「へへ、実は、自信作なんだ」 天使はいたずらっ子のように笑いました。 「ねえ、君、時々、ここにきて、ぼくの歌の手伝いをしてくれないかな ?」 「え、私?」 「うん。君のようないい歌い手ってなかなかいないんだ。頼むよ」 人魚は首をかしげ、しばし考えました。 「いいわ。歌うの、大好きだから」 それに、もう、海を見ても、心がざわめかないから……。 「じゃあ、約束。毎週、この曜日、この時間に」 「ええ」 人魚は天使と握手をして、海をあとにしました。 それから、毎週、人魚は海に歌を歌いに通いました。 そのことを、若者にはいえずに黙っていました。 海に行っている、といったら、ホームシックなんじゃないかと、若者が 心配するような気がしたからです。 天使は、次々と新しい曲を持ってきました。 人魚は、それを、時には怒られながらも、歌いこなしていきました。 いつしか、人魚は、その曜日を心待ちにするようになりました。 「ねえ、君、天界にこない?」 ある日のこと、天使は人魚にいいました。 「うちの楽団、今、歌姫がいなくてね。探しているんだ。君なら、きっと やれるよ。ねえ、ぼくと一緒にこない?」 人魚は目を丸くして、天使を見つめました。 (3) 天使の誘いを受けたあくる日、若者が人魚に言いました。 「あのさ……海のそばじゃなくても、生活できるか?」 「なんで?」 「仕事で、転勤が決まった。一緒にきてくれないか」 「ここを、離れるの?」 人魚は不安げな目つきをしていたのでしょう、若者は、優しく人魚の髪 をなでながらいいました。 「大丈夫。ぼくがついているよ」 人魚は、目を伏せました。 ちがうの、海がないところに、行くのが不安なんじゃなくて、この海を 離れたくないの……だって、もっと、歌っていたいんだもの……。 人魚の心が、ずきっと痛みました。 チガウ……ウタジャ、ナイ……ハナレタクナイダケ……。 人魚は、心の奥のほうから聞こえてきた言葉に震えました。 まさか、私……!? ううん、違う。歌うのが好きなだけ。 チガウワ。テンシニ、アイタイノヨ。 違う。天使が作る曲が好きなだけよ。 チガウワ。ワタシハ、アノヒトガ、スキナノヨ。 「痛っ」 人魚の足に激痛が走りました。 人魚を心配する若者に、人魚は大丈夫、とだけ答え、横になりました。 布団の中で、人魚は眠れずに、自分の心に耳をすましました。 どうして、こんなことになっちゃったんだろう。 私は……ただ、歌っていたかっただけ……ウウン、イツノマニカ、テン シヲ、スキニナッテイタワ……だけど、秀ちゃんが一番大切なの……デ モ、テンシト、ワカレルノハ、イヤ……。 わがままだ、私。秀ちゃんが一番大切なのに、天使のそばで歌っていた い、だなんて。すごく、わがままだ。 デモ……ヒカレテ、ヤマナイ。ニンゲンデ、ナクテ、ニンゲンノ、フリ シテ、ワタシト、オナジヨウニ、イキテイル……。 なんで、こんなことに、なっちゃったんだろう。 もし、少年に会わなかったら。 少年が、私の心をほどかなかったら。 浜で、歌なんか歌わなかったら。 人間になる、なんて、言わなかったら。 あの日、海になんか行かなかったら。 海で出会ったのが天使でなかったら。 ……砂浜で出会ったのが、秀ちゃんでさえ、なかったら! 「帰ろう……」 人魚は一人、つぶやきました。 海に、帰ろう。 私の故郷に。 人間の生活を捨てて、秀ちゃんとの生活を捨てて、天使の歌も捨てて、 わがままな、人魚に戻ろう。 人魚はこっそり布団をぬけだすと、海へと急ぎました。 満月が、海を照らしています。 心は、不思議に穏やかでした。 人魚は波打ちで、靴を脱ぐと、一歩、二歩と海へと入っていきました。 「ごめん、秀ちゃん……」 人魚は、うつむいてつぶやくと、青い薬を飲み、さらに、海へと入って いきました。だんだん、足に、うろこが浮かび上がってきました。 もうすぐ、人魚に戻れるわ……。 にんぎょは、さらに足を進めました。 「痛っ!」 急に激痛が走りました。足だけではありません。手も肩も胸も顔も…… 全身あらゆるところに、痛みが走りました。 イタイ、痛い、イタイ、……痛い、痛い、痛い、痛い! それ以上、足が進まず、うずくまりました。 大きな波が、人魚の体にかぶさりました。 人魚は、水を飲んでしまいました。 もしかして、死んじゃうのかな……それでもいいや……。 人魚が痛む体の向こうで、ぼんやりそう思ったときでした。いきなり、 強い力で体を持ち上げられ、そして、気がつくと、浜に座っていました。 「ばかやろう! 何やっているんだよ」 ぼんやりと顔をあげると、そこには、今まで見たことのないほど、険し い顔をした天使がいました。 「まさか、死ぬ気だったのか?」 「違うわ」 「じゃあ、なんで、こんな時間に、海の中に入っていくんだよ」 「……帰ろうとしただけ。海に。人魚に戻ろうと思ったの」 「どうして」 人魚は、泣きそうになりました。 それは、苦しかったから。あなたへの気持ちと、秀ちゃんへの想いと、 せめぎあって、苦しかったら……。 でも、人魚は、涙をこらえ、言葉を飲み込んで、微笑み、いいました。 「なんとなく」 家に帰ると、電気がついていました。 「どこ行ってたんだよ! こんな夜中に。心配するだろ」 若者は、顔を真っ赤にして怒りました。 「秀ちゃん……」 人魚は、若者の顔を見たとたん、なんだか、ほっとしました。そして、 涙があふれてきました。 「秀、ちゃああん」 人魚はそのままかけよって、若者の胸に顔をうずめ、子供のように大き な声で泣き始めました。 「ど、どうしたんだよ。一体」 「海に、帰ろうと思ったの。人魚に戻ろうと思ったの。でも……」 それだけいって、さらに、泣きました。 「お前、帰りたいのか?」 「わかんない……わかんないの……。自分のことなのに、わかんない」 人魚は、それ以上、何もいえませんでした。 若者も、何も聞かずに、ただ、人魚を泣かせてあげました。 「ゆっくり、考えればいいよ。簡単に故郷を捨てられないもんな」 若者は、それだけ言って、先に転勤先へと旅立ちました。 人魚は、それまで住んでいた家の中で、じっと、自分の気持ちを、考え ました。 もう、逃げない。自分の気持ちから、逃げたりしない。 私は、秀ちゃんが大事。でも、天使にも心ひかれた。それが、事実。 人魚は、考えました。 そして、もう、人魚にも、戻れない……あの時、薬は全部飲んでしまっ たんだから……。 私は、どうしたい? 私は、誰と一緒にいたい? 人魚は、ずっと、考えつづけました。 そして、決意をしました。 人魚は、手に荷物を持つと、海へと急ぎました。 海には、天使が待っていました。 「やあ。ようやく、決めたみたいだね」 人魚は、こくりとうなずきました。 「私……あなたとは、行かない」 人魚は、じっと、天使の瞳を見つめました。深い緑色でした。 深い海の色だわ、と、人魚は思いました。 「私は、秀ちゃんのところに行く。そして……」 人魚は、微笑んで言いました。 「人間として、今度は、自分の歌を歌うわ」 天使は、その答えを聞いて、微笑みました。 「そういうと、思った」 あの日、君が、なんとなく、って答えたときから、ね……。 天使は、人魚にも聞こえないほど、小さな声で言いました。 「ぼくも、天界に戻って、ちゃんと歌姫を育てることにするよ。もう少 し、ここで勉強してからだけど」 「がんばってね」 人魚は、素直に言いました。 「ありがとう。君も、幸せにね」 天使は、それだけ言うと、翼を広げました。翼の色は白。そして、空高 く飛び上がりました。 人魚は、その姿をじっと見つめていました。 涙がひとしずく、頬をつたい……そして、砂浜に落ちて消えました。 それから、人魚は、すぐに電車に乗って、若者のところへ行きました。 若者は、おかえり、といっただけでした。でも、それが、若者なりの喜 びの表現であることは、すぐにわかりました。 そして、その数ヵ月後、若者と人魚は、結婚式を挙げました。 ウエディングドレスは、マーメイド・タイプ。 これを脱いで、私は、人間になるの……そんな気持ちをこめて、選んだ ドレスでした。 教会を出た時、空から、一枚の羽が舞い降りました。 真っ白な羽でした。 天使のものだ、と、人魚にはすぐ、わかりました。 「ありがとう」 人魚は、羽を手に取って、つぶやきました。 羽は、人魚の手の中で、すっと溶けて、消えました。 人魚は、小さな声で、歌を歌いました。 その歌は……人魚が自分の心で作った、初めての歌、でした。 (終わり) |
|
2002年08月27日 00時10分13秒
|
|
|
|
思えば、初めてこの目に映ったときからの思いだったかもしれない……。 あれから三年。 まさか、こんなにも、私の心に住みついてしまうなんて思わなかった。 「あなたの心にホームステイ!」 あの日、あなたは叫んだ。そして、それは本当にそのとおりになったというのに、もう会えないなんて……。 ああ、プラスドライバー……なんで、活動休止なんだよおおおおおおおお!! いきなり何かと思うだろうが、プラスドライバー……若手のお笑いトリオ。基本的には、二人がボケで、一人がつっこみ。 はじめて見たのはNHKの「爆笑! オンエアバトル」 コンビニで万引きしようとする青年の前に現れる、黒尽くめの男。 「お前の心の中の悪魔だ!」 悪魔が去った後、 「万引きなんておよしなさい」 と出てくるのが「お前の心の中の天使」 ここまでなら、よくあるネタ。 でも、ここからがプラスドライバーなのだ。 次々に、いろんな「お前の心の……」が出てくる。 「お前の心のトップブリーダー」 「お前の心の体育教師」 挙句に、 「あなたの心にホームステイ!」と叫ぶエセ外人。(ちなみに放映されなかったものの中に「お前の心のジャニーズジュニア」がいたらしい。角田さんと太田さん、どっちがやったんだろう。見たかった) はじめのうちは、うかったり落ちたりを繰り返していたプラスドライバーだが、回を重ねるごとによくなっていって、最近では 「トリオといえばプラスドライバー」と番組ではいわれるくらいになっていた。 これからがすごーく楽しみで、誰がなんと言おうと、私は応援するぞ!! って思っていたのに, いきなり、今年の5月で活動休止なんて……。 ああ、プラスドライバー……あなたたちを忘れるなんてできない……。 |
|
2002年07月13日 21時57分02秒
|
|
|
|
7月8日月曜日、晴れ。 夕べ、とあるMLに送ったあじさいの物語です。 梅雨のはじめ、あじさいは、やさしい水色の花を咲かせました。 そして、あじさいの向かいの軒先に、白いテルテル坊主がつるされました。 「はじめまして、よく降りますね」 「ええ、梅雨ですからね」 あじさいとテルテル坊主は、ひとしきり、話をしました。 おしゃべりできる友達ができてよかったと、あじさいは嬉しく思い、水色の花を揺らしました。 雨が続きます。 「ぼくは、役立たずです。テルテル坊主なのに、うちの人に、お日様を見せてあげることができずにいます」 「テルテル坊主さんは、役立たずなんかじゃないですよ。多分、明日は雨があがります。ほら、西の雲の中に、光がみえるでしょう?」 あじさいは、テルテル坊主のために嘘をつきました。 嘘をついたあと、空に向かって何度も祈りました。 「どうか、テルテル坊主さんのために、明日、雨があがりますように」 あじさいが祈るたびに、あじさいの青が深くなりました。 あじさいの祈りが届いて、次の日は晴れました。 「やあ、嬉しいな。今日は晴れた。なんてきれいな青空なんだろう」 テルテル坊主は、うきうきしていました。そして、その視線は、空に向けられたまま、あじさいを見ようともしませんでした。 あじさいは、寂しく思いました。 あじさいは空を見ました。とてもきれいな青でした。 青くなりたい。テルテル坊主さんが、私を見てくれるように。 あじさいの青はますます深くなりました。 また、雨になりました。 「こんにちは、あじさいさん。きれいな青ですね」 テルテル坊主がにこにこと話し掛けてきました。 「ありがとう。でも、空の青に比べたら、私なんて……」 「そんなことをいうのはおやめなさい。あじさいさんは、あじさいさんで、とても美しい。空と比べるなんて、ばかげています。もっと自信を持って、咲いてください」 あじさいの心は、どきどきしました。 嬉しいと恥ずかしいのと、半分半分で、テルテル坊主をまともに見ることができませんでした。 あじさいの青に、どきどきの赤が混じり、きれいな紫色になりました。 梅雨が明けようとしています。 「もうすぐ、お別れです。あじさいさん」 「どうしてですか、テルテル坊主さん」 「家の人がいっていました。もうすぐ梅雨が明けるから、テルテル坊主も燃やしてしまいましょう……って」 「そんなの嫌です。せっかく、仲良しになれたのに」 「仕方ありません、梅雨が明けたら、ぼくの役目は終わりですから。あなたのおかげで、とても楽しかったです。ありがとう」 あじさいは、泣きました。 テルテル坊主ともう会えなくなってしまう……それが悲しくて、はらはらと泣きました。 紫色が、少し薄くなりました。 次の日、軒下のテルテル坊主が外され、庭で燃やされました。 あじさいは、ずっと泣いていました。 突然、強い風がふき、煙があじさいを囲みました。 『泣かないで、泣かないで、あじさいさん』 テルテル坊主の声でした。 『ぼくは、君とおしゃべりできて、とても楽しかった。君は、ぼくにとって、地上の太陽だった。だから、泣いてはいけないよ。太陽が泣いていたら、おかしいだろう。さあ、ぼくのために笑って、美しく咲いておくれ』 あじさいは、りんと頭をあげました。 そして、笑いました。テルテル坊主のためだけに、笑いました。 その色は、青くて赤くて紫で……とても、美しい色でした。 あじさいの色が薄れていきます。 近くを、高校生の女の子が二人、歩いていました。 「梅雨ももう終わりだね」 「うん、あじさいも枯れかけているね」 「知ってる? あじさいの花言葉。『移り気』っていうんだって。ほら、色がころころ変わるから」 「なるほど。マキちゃんみたいな花なんだ」 「きれいな子はいいよね。別れてもすぐ彼氏できるんだからさ」 でも、あじさいには二人の声は聞こえていませんでした。 あじさいは、テルテル坊主との会話を思い出しながら、静かに、枯れてゆきました。 |
|
2002年07月08日 22時13分25秒
|
|
|
|
7月6日土曜日。曇。 ここしばらく更新していなかったから、というわけではないが、英語のレッスンにての話。 リスニング問題五問目。 「She just がばっく from San Francisco」 「先生、あの、がばっくって聞こえるんですけどぉ」 「がばっく……ヨーロッパの古いスポーツか何かですか?」 先生、大爆笑。 「でも、ありそうですよね、がばっく」(←先生、笑いつつ) 「音楽に、似たものもありますね」(←私、やけ) ちなみに正解は 「She just got back from San Francisco」 本当にがばっくって聞こえるんだい。 |
|
2002年07月06日 20時51分44秒
|
|
|
|
7月6日土曜日。曇。 今日の英語のレッスンは、TOEIC対策のリスニング。 問題をひとしきり解いた後で、じっくりリスニング。 テープから聞こえてくるのはこんな感じ。 「I びとれあーな business trip……」 「どうですか、わかりますか」 「せ、先生。どう聞いてもびとれあーなにしか聞こえないんですけどぉ」 「びとれあーな……」 先生は笑っているけど、本当に、「びとれあーな」としか聞こえないんだよぉ。 ちなみに正解は I’ve been away on a business trip でした。 でも、本当にびとれあーなって聞こえるんだよ。 |
|
2002年07月06日 20時50分16秒
|
|
|
|
「いらっしゃいませ……おや、お久しぶり」 「こんにちは、兼平さん」 喫茶店「黒猫」の扉を開けたのは一月ぶりだ。あれ以来、なんだかんだと忙しくて、遊びに来られなかった。なんだか、ここ最近、心が乾いているなあ、という気がしていた。些細なことで、友人とケンカしそうになったり、つまらないことで腹を立てることがふえた。こういう時は、ゆったりとした時間に自分をおくに限る、それには、ここに来るに限る、と、今日はほかのすべてのことを差し置いて、開店と同時にやってきたのだ。 今日は時間が早いせいか、店には兼平さん以外いなかった。 ……いや、いる。 扉を入って、まっすぐ目を伸ばした先の白い壁。そこにかかっている、白い額縁の中の、一枚の絵。 私は席ではなく、その絵を目指した。 絵の中で、そいつは、黒い帽子をかぶり、白いスーツを着ていた。瞳は、右が金色、左がブルーグリーン……。 「ルークだ……」 なるほど、彼の言ったとおり、私は確かに、ルークに「お会い」していたのだ。 私は、その絵がよく見える場所に座った。 「昆布茶をください」 いつものように注文すると、水を飲みながら、じっと絵の中のルークを眺めた。 ルークは手品をしていた。右手の中あるのはカードだろう。あのときと同じ色をしている。頭の上を通り、それは虹のようにきれいで……。 ふと、違和感を感じた。 席を立ち、絵のまん前までいって、じっと見る。 頭の上で躍っているのは、カードじゃない、もっと不思議な色合いのものだ。赤いような、青いような、紫のような……。 「アジサイの花びら!!」 間違いなかった。色といい、形といい、間違いなく、アジサイの花びらが、頭上で舞っている。 「そうか、成功したんだ」 ふと兼平さんを見た。兼平さんは、いつもの顔で、昆布茶を入れている。 「お待たせいたしました」 ちょうど、入れ終わったところだったらしい。兼平さんが、昆布茶とぜんざいのセットを運んできた。 「よかったね、ルーク」 私は昆布茶の湯飲みを高く掲げた。 その時、絵の中のルークの瞳がこちらを向いた。 そして、一瞬、金色の瞳を閉じて見せた。 (終わり) |
|
2002年06月24日 23時42分23秒
|
|
|
|
しばらくの間、誰も何も言わずに、ただ突っ立っていた。 はじめに動いたのは、兼平さんだった。 「お茶をいれましょう」 兼平さんは踵を返し、カウンターの中へ戻った。 次に、ルークが腰を落として、カードを拾い始めた。 私も、一緒にカードを拾った。 ふと、手を止めた。カードと一緒に、花びらが落ちている。割と大きな、不思議な色。……赤いような、青いような、紫のような……。 「アジサイの花びらです」 ルークはそれだけいって、花びらを拾い、帽子の中にしまった。 席に戻ったものの、なんと声をかけていいかわからずに、黙って座っていると、兼平さんが私とルークの前に茶色の飲み物を置いた。 「ココアです。どうぞ。……私からのサービスですよ」 兼平さんの緑の瞳が、細くなった。 私は黙ったままそれを手に取り、一口飲んだ。 「……おいしい」 「でしょう? 今度からメニューに入れようと思っているんで、勝手に試飲していただいてしまいましたが……。いかがですか?」 「是非、入れてください。そうしたら、私、今度はこれを注文します」 そういって、もう一口飲んで、ルークを見た。 ルークは、ココアを飲まずに、ただうつむいていた。 「ルーク、飲んでご覧なさい」 兼平さんの言葉にうながされて、ルークも一口ココアを飲んだ。 「……私には、才能がないんだろうか……」 長い長いため息のあと、ルークはつぶやいた。 「いつもそうだ。もう少し、というところで失敗する。何度も練習して、今度こそ完璧、と思って挑むのに、いつも最後で失敗する。もう、何度練習したかしれやしない。なのに……」 ルークは顔を上げ、兼平さんの瞳を見つめた。 金色の瞳には、涙がにじんでいる。 「なあ、兼平、どう思う? もう、俺は、手品師なんて、やめた方がいいんだろうか」 「ええ」 兼平さんは、白いお皿を拭きながら答えた。 「やめた方がいい。君には才能なんかない。努力は認めるけど、努力ではどうにもできないことがある。ここらで見切りをつけて、他の道を探したほうがいいね」 兼平さんの声は、冷たかった。 ……ルークの金色の瞳から、一筋、涙がこぼれた。 私の目も、熱くなる。悲しいのか、悔しいのか、よくわからないけど、兼平さんに何か一言いってやらないと気がすまない、と思った。 そう思って、きっと兼平さんをにらみつけたときだ。 「そう、私が答えたら、君はやめるのかい?」 兼平さんは、お皿を拭く手をとめ、じっとルークの顔を見た。 「私は、君をよく知っている。君の中には、はっきり答えが出ているんだろう?」 さっきとはぜんぜん違う、あたたかい声だった。 「私にいえるのは、一つだけだ。……この店は、どんなに散らかしてくれてもかまわないよ。紙だろうと、ハトの羽だろうと、花びらだろうと、どんなにまき散らしてくれても、一向にかまわない」 緑色の瞳が、すうっと細くなった。 「……ありがとう」 金色の瞳に、もう一筋、涙がこぼれた。 ルークはココアを飲んだ。 「そうだ、あそこで、こうすれば……そして、ここで……」 ルークは口のなかでぶつぶつとしばらくつぶやくと、がたっと立ち上がった。 「そうだ、それでやってみよう。ありがとう兼平。早速やってみるよ」 「がんばれよ」 ルークは入り口の扉をあけて、それから、こちらを振り返った。 「おじょうさん、いい時間をありがとう。また、お会いしましょう」 ブルーグリーンの瞳をあけたまま、金色の瞳だけ閉じ、彼は飛び出していった。 「……ルーク、成功するといいですね」 私はつぶやいた。 「彼は、優秀な手品師ですよ」 兼平さんはそれだけいって、再びお皿を拭きはじめた。 (つづく) |
|
2002年06月14日 22時58分11秒
|
|
|
|
ルークは帽子を取り、その中からトランプを一組取り出し、それから帽子をかぶりなおした。 トランプの背表紙は、赤。それが、手首を軽く返すと黄色に変わる。それから、緑、青、紫……手首を返すたびに色が変わる。 色が変わるたびに、私は拍手をする。しかし、兼平さんは、身動きひとつしないで見ている。 ルークは、カードを表にして、手から方のほうへとトレースした。そして、カードをもう一度、手の中に納めると、パラララララ……と、いい音を立てて右手から左手にカードを移動させる。そして、今度は左手から右手へ、まあるく頭の上で半円を描くようにカードを移動させる。 (虹みたい……) 私は、カードの美しさにうっとりとみとれていた。 と、突然。 ばらっと、嫌な音がして、カードが床に落ちた。 床を見つめるルーク、そのルークを見つめる兼平さん。私は、二人を交互に見た。 「……失敗です……」 ルークは、床を見つめたまま、つぶやいた。 (つづく) |
|
2002年06月11日 23時07分57秒
|
|
|
|
「では、よくご覧ください」 ルークはコインを私に渡した。 コインを受け取ると、なんどもひっくり返してみた。ごく普通のオーストラリアドル。カンガルーの模様が、いかにもオーストラリアな1ドルコイン。これを手品で使うのが意外であるという以外は、別に何も問題のない、普通のコインだ。 納得した上で、ルークにコインを返す。 ルークは、コインを軽く二、三回振った。手の中から、もう一枚、コインが生まれる。えっ、と目を見開いているところにもう一枚、瞬きしている間に更に一枚、もう一枚、と、コインが五枚になる。 声にならない叫びをあげて、拍手をおくる。 ルークはにっこりと微笑むと、五枚のうちの三枚をポケットにしまい、二枚を手の上で重ねて、軽くはじいた。 持ち上げたコインは一枚。もちろん、手の上には何もない。 「どうぞ、お確かめください」 ルークは私にコインを渡した。 見ると、やや小ぶりのエリマキトカゲの模様……二ドルコインだ。 「すごい!」 私はコインをルークに返した。 ルークは手の中にコインをしまい、軽く手をふった。すると、今度はコインが消えてしまった。 ルークは、おや、と首をかしげ、それから自分の前の白いカップを手に取り、逆さにふった。 「お茶がなくなってしまいました」 ルークはそういって、ティーポットからお茶を注ぎ、砂糖をひとつ入れると、軽くかきまぜてぐいっと飲んだ。 そして、また、首をかしげ、手を口の中に入れる。 出てきたのは、二ドルコイン。それを軽く手の中ではじくと、コインが二枚になった。模様は……カンガルーだ。 「すごいすごい!」 私は思いっきり拍手をした。 「ありがとうございます」 ルークは嬉しそうに微笑んで、紅茶を飲んだ。 「他には、どんなマジックをやるんですか?」 「そうですね、色々やりますよ。例えば」 ルークは背もたれにかけた帽子を取って、逆さにして振った。 「こんな風に」 帽子から、ハトが飛び出した。 「すごい!!」 さっきから、それしか言葉がでない。 「これ、営業妨害ですよ」 「それは失礼」 ルークが口笛をふくと、ハトはおとなしく帽子の中に帰った。 「あとは……そうですね」 帽子を軽く振ると、今度は赤いガーベラの花束が出てくる。 「お近づきのしるしに、どうぞ」 「え……いいんですか?」 「どうぞ」 ルークは金色の方の瞳を開けたまま、ブルーグリーンの瞳だけ閉じた。 「じゃあ、遠慮なく。……ありがとうございます」 「ルークは女性には優しいんですね。私とは長いつきあいなのに、何もくれたことがありませんよ」 兼平さんは私の前に昆布茶の入った湯飲みと小さなお椀を置いた。お椀の中には、おしるこが入っている。昆布茶には必ずついてくる嬉しいサービスだ。 「おや、君にはとっておきのものをあげているじゃないか。友情、というかけがえのない、素晴らしい宝物を」 「そうですねえ……アイスカフェオレだと称して麦茶にカルピスを混ぜたものを飲ませたり、マジックの練習と称して店の中を花びらや紙で散らかしたり、しかもそれを掃除しないで帰ってしまったりすることが、友情だというのだったら、確かにいただいていますよ、ええ」 「そうそう、新しいマジックが完成しそうなんだよ、兼平」 ルークの金色の瞳が光った。 「話をそらしましたね」 「いや、今度こそ、間違いなく、うまくいく」 「……はいはい」 兼平さんは、軽くジャンプして、カウンターの向こうからこっち側へやってきた。そして、近くのテーブルと椅子を動かして、スペースを作り始めた。 「こんなものでいいですか」 「充分だ、ありがとう」 ルークは椅子から立ち上がると、帽子を手に取り、一端かぶった。 「それでは、これより、私、ルークの新作手品をごらんにいれましょう!」 ルークは、私と兼平さんに向かって、お辞儀をした。 (つづく) |
|
2002年06月08日 23時03分53秒
|
|
|
|
カウンター999を踏んだくらげちゃんに捧ぐ。 いつもの散歩道を歩き、右側の小道を入る。そのつきあたりにある木の扉。 『喫茶店 黒猫』 その扉を開く。 「いらっしゃいませ」 にっこりと笑って出迎えてくれる、黒猫紳士の兼平(かねひら)さん。そろそろ暑くなってきた今日この頃なのに、兼平さんは涼しげな顔でタキシードを見事に着こなしている。 「昆布茶をください」 いつものように注文し、いつもの席に座ろうとして、ふとカウンターに座っている客に気がついた。 真っ白なスーツ姿、椅子の背もたれのところに白い帽子がかかっている。 この田舎には、兼平さんのタキシード姿と同じくらい不釣合いな格好だ。 「こんにちは、お嬢さん」 客がこちらに気がつき、軽く頭を下げた。 大きな瞳は右が金色、左がブルーグリーン。 「こんにちは」 私も軽く頭を下げた。 オーナーが黒猫であるこの喫茶店では、多少のことでは驚かない。 そう、例え、客が白猫であっても、だ。 「よかったら、おすわりになりませんか」 白猫は、ブルーグリーンの方の瞳だけ、細めていった。 「じゃあ、せっかくですから」 私はいつもの席ではなく、白猫とひとつ席を明けたカウンター席に座った。 ……それにしても。 「あの、どこかで、お目にかかったこと、ありますか?」 「おや、ナンパですか? お嬢さん」 白猫の金色の方の瞳も細くなった。 「いいえ、そういうわけじゃ……」 頬があつくなる。本当にそういうわけじゃなくて、どこかで見たような気がしたのだ。でも、それを強く言うのも気がひける。 「こら、ルーク。大切なお客様をからかってはいけませんよ」 兼平さんがカウンターの向こうからルークのおでこをぴん、とつついた。 「はは、すみません。素敵なお嬢さんでしたから……。ええ、確かにどこかであっていますよ。お嬢さん」 ルーク、と呼ばれた白猫は、右手を差し出した。 「申しおくれました、ルークといいます」 「あ、どうもはじめまして」 私も挨拶を返した。 「ルークはね、優秀な手品師なんですよ」 「へえ、手品師」 「いえ、まだまだ見習いですよ。そうだ、せっかくですから、ひとつご覧に入れましょうか」 ルークはそういって、ふところから金色のコインを出した。 (つづく) |
|
2002年06月06日 23時29分16秒
|
|
|
|
6月5日水曜日。晴れ。 しばし、英語の方に専念していた。 おかげでノルマを達成した。 1000時間やると変わると言うが、気のせいか、吸収力が良くなっているような気がする。 なんとなく、楽しくなってきたかも。 また、今日から更新していきます。 よろしく |
|
2002年06月05日 20時04分06秒
|
|
|
|
5月29日水曜日。晴れ にわか雨あり 犬の散歩道を変えてみた。 田んぼが青々と茂るいつもの道ではなく、この間見つけた「アジサイの小道」を歩く。 この間は、少ししかないように感じたアジサイだが、よく見ると、思った以上にたくさんのあじさいがつぼみをつけていた。この間よりも咲いている花も多い。一箇所だけ、赤く色づいているものの、あとはすべて白いアジサイ。(に、見える。今のところ) これからの季節が楽しみになった夕方であった。 |
|
2002年05月29日 22時37分56秒
|
|
|
|
5月28日火曜日。晴れ 思うままに、詩のようなものを書いてみる。 十六夜の月明かりの下、 お茶会を開きましょう。 部屋の電気を消して、コーヒーに少しだけブランデーを入れて、 月のうさぎと一緒に お茶会を開きましょう。 あなたの空と私の空は遠く離れいるから、 二人向かい合ってのお茶会はできないけれど、 同じ十六夜の月明かりの下、 二人、月のうさぎを眺めながら、 楽しいお茶会を開きましょう。 あなたからもらった手紙の束を 月明かりに透かして読めば、 あの時感じた鼓動が、光に溶ける。 コーヒーの香りに身をゆだねれば、 魂も光に透けて、 月明かりの下、あなたと二人、 時間の海の中で、向かい合ってのお茶会も叶うでしょう。 だから、今日は、月明かりの下、 十六夜の中の月のうさぎを眺めながら、 窓辺に座って、お茶会を開きましょう。 時間の海の中、あなたに会えるまで……。 |
|
2002年05月28日 22時42分31秒
|
|
|
|
5月27日月曜日。晴れのち雨 昨日、今日と不安定な天気である。 天気に揺り動かされたわけではないが、私の心も多少揺れ動いている。 まろっちとよっしー、どっちにしようかなあ。 それが、目下の揺れ、である。 どちらの男性も私には興味深い。 よっしーの方が前から知っていて、興味があった。まろっちはついこの間知ったばかり。 やっぱり昔馴染みのよっしーにするか、それともここで一気に火のついたまろっちにするか。 ……どうしようかなあ……。 って思っているだけで何もしないで終わる可能性も高いけど。 ちなみにまろっちは高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)、奈良時代初期の人で、『万葉集』には彼の詠んだ浦島太郎の歌が収録されている。伝説と旅に取材した歌が多く、特異な伝説歌人といわれている人。(大久保廣行先生著 『文法全解 万葉集』旺文社) よっしーは木曾義仲。平家物語の義仲のくだりが高校生の頃から大好きで、特に彼の従者今井四郎兼平君のファンだった。義仲の恋人、巴御前も好きだ。まわりに、これだけ忠誠を誓う人がいたよっしーは、ただの木曾の暴れん坊ではないような気がして仕方ないのだ。 どっちを先に調べようかなあ……。 乙女心(!?)は揺れるのであった。 |
|
2002年05月27日 22時21分17秒
|
|
|
|
5月26日日曜日。晴れのち雨 普段は参加しない地域のゴミゼロ運動に参加。 パンとジュースをもらった帰り道、いつもは通らない道を通ってみた。 林の木漏れ日の下、白いアジサイが花をつけていた。 家のアジサイはまだ少し色づいてきたかな? というくらいだが、ここのはひとつだけ、見事に咲いていた。まだまだ堅いつぼみがあるから、梅雨時が楽しみだなあ、なんて思いながら少し行くと、反対側にもアジサイが花をつけている。 「アジサイの小道」 普段通らないその道に名前をつけた。 これからは、時々通ってみよう。楽しみがひとつ増えた。 そのまま家へと向かう。途中から舗装道路ではなく、ただ草を刈って道にしているだけのところを通る。 地面をみると、小さな、白い花がたくさん咲いていた。 花の名前などには詳しくないので、なんという花なのか、名前はわからないが、花びらは五枚、真ん中だけほんのりと赤くなっている。 ふと、小田空さんのマンガ「空くんの手紙」の中で、雪の中で咲いていた小さな花が、「いたいよ、踏まないで」と言っていて、空くんがその道を通るのをあきらめたエピソードが頭に浮かんだ。 だから、花を踏まないよう、気をつけて足を運ぶことにした。 そして、その花に 「夏雪の絨毯」 と、あだなをつけた。 なんだか、心躍る帰り道だった。 |
|
2002年05月26日 23時56分36秒
|
|
|
|
5月25日土曜日。晴れ 先日から「六の宮の姫君」を読み返している。 といっても、芥川龍之介のものではなく、北村薫の「私」シリーズの四冊目、ジャンルとしては推理小説である。 北村氏の「私」シリーズは、血なまぐさい殺人事件の犯人とトリックを主人公がさぐっていくようなものではなく、日常生活の中で起こるささやかだけれども「あれ」と、思うような謎を「私」が見つけ、それをパートナーの円紫師匠が解いていく、という作りの、さわやかな推理小説である。 その第四冊目の「六の宮の姫君」は、少し変わっていて、主人公が、アルバイト先の出版社で、 「芥川の『六の宮の姫君』は、玉突き、もしくはキャッチボールみたいなものである、と、本人が語っていた」と聞いたことをきっかけに、では「六の宮の姫君のキャッチボールの相手はなんであったのか」を、文献をあさって探っていく、というもの。 ……ところで、これ、面白いのだろうか……? そんな疑問が湧く。 いや、私にとっては面白い。国文出身、自分自身も芥川研究に足を突っ込んできた人間にとっては、こういう観点もあるのか、と納得もするし、本の中で取り上げられた文献、作品の数々には心あたりもあるし、読んでみたくなるものも多い。(そして、前に読んだときは、それにつられて菊池寛を読んだ。俊寛については、芥川、菊池、倉田百三にとどまらず、謡曲と平家物語にも手を染めた) そして、何より、自分自身だったら、どう研究するかなあ、とわくわくしてしまう。研究の虫、みたいなものが自分の中にいるらしく、うずうずする。その「うずうず」が快感なのだ。 私にとっては「私」シリーズの最高傑作だし、正直に言うと、他の北村作品は、読んでみたけれど、あんまり興味をそそられることがなかったので、私の中では、この作品が「北村薫の最高傑作」なのだ。 だが……。 これ、他の人が読んでも面白いのかなあ……。 芥川に対しても大正文壇に対しても特にこれといって興味もない場合……面白いかなあ。そして……国文研究が好きで、目一杯やっているような人って……推理小説って、ほとんど読まないんじゃないかなあ。 と、すると、この本読む人って……。 でも、文庫化もしているし、重版しているのだから、読んで楽しんでいる人がいるってことなんだろうけど……。 そこで、お願い。 この本を読んだ人で、国文じゃなくて、「面白い」と思った人。 どこがどう面白いと思ったのか、具体的に教えてください。 |
|
2002年05月25日 22時18分56秒
|
|
|
|
5月24日金曜日。晴れ いきなり、壁にぶち当たった。 「毎日の中の感動を」などと思って書いていたのだが、ふっと気がつくと、純粋に感動したことではなく、「感動したネタ」を探して歩いている自分がいる。 今までだったら、「ものを書こうとする人間の宿命よね」とかいって軽く流していたのだが、今はそんなことをいっていられない。 ネタ探し……そのものが、自分の行く先を見えなくしているからだ。 そんなわけで、ここしばらくは日記を休んでしまっていた。 書きたいと思う気持ちがある限り、ネタ探しはやめられないだろう。でも、そこで開き直っていては、この迷路は抜け出せないと思う自分がいる。 この辺の兼ね合いが、とても難しい。 自然体で素直にものを感じる……そんな簡単なことができない自分が、ここにいる。 |
|
2002年05月24日 22時07分23秒
|
|
|
|
5月19日日曜日。晴れのち雨。 久しぶりに青空を見たような気がする。 今日はわが村のプラネタリウムを見に行く。 村のくせに、プラネタリウムがある。ついでに、郡と隣の市との共同で作った温水センターにはプールとお風呂がある。小さいけどトレーニングルームもついている。田舎のわりに、結構贅沢なのだ。 村人は無料、という、とても嬉しいプラネタリウムは、実は先週も見に行った。普段は一度見たら、数年単位で見に来ないのだが、今回は二週連続で通っている。その理由は、特集番組が「銀河鉄道の夜」だからだ。 今週は、先週よりも少しだけ、人が多い。(といっても十人に満たない)近くに4・5歳の女の子とお母さんが座ってこそこそとおしゃべりをしている。女の子は、ここがこれから星空になるのが信じられない様子。 時間がきて、まずは春の星座の紹介からはじまる。 先週も見たのに、結構忘れている。覚えていたのは、おとめ座のスピカとカラス座とカラス座にまつわる伝説くらい。 春の星座の紹介が終わって、特集番組「銀河鉄道の夜」が始まる。 イラストに映し出されるのは藤城清治氏の影絵。 個人的には、ますむらひろし氏のネコのジョバンニとカンパネルラが好きだが、影絵というのも雰囲気があってよい。 限られた時間と空間の中で、何を残し、何を加工するかで、その人にとっての「銀河鉄道の夜」がわかるのも面白いなあ、と思う。 今回のプラネタリウムの場合だと、まず、完全に「銀河は星の集まり」を肯定している。ジョバンニには「小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方なかった」んだけど、それは抜いていた。 それから、白鳥座の停車場で出会った発掘現場は完全に削除。プラネタリウムなら仕方ないか。 鳥取りのこともかなり削られているけど、登場人物がもう一人完全に消えている。氷山にぶつかって船が沈んでこの汽車に乗った三人……青年、少女、少年、の中の少年が消えている。 どうやら「銀河鉄道の夜」の中に出てくる星座と、その大まかなストーリーと、賢治の思想「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」を伝えようとしているようだ。(最後に映し出していた)そのせいか、ジョバンニとカンパネルラの「本当の幸い」についての語りは妙に印象に残る。 それはさておき、やはりプラネタリウムならではの魅力は、後半、登場人物が見えたものを、星座の中に発見できることだ。ちゃんと、ここにそれがあると、星座の形を示してくれる。 「そうか、ジョバンニとカンパネルラもこれを見たんだなあ」 なんて、うっとりと見入ってしまう。 そして、ジョバンニが目覚めたときに、空にさそり座のアンタレスが燃えているところが、原作どおりで嬉しい。 ……やっぱりこの世界、好きだなあ……。 すっかり満足して体を起こしたときに、そばにいた女の子が 「怖かった」 と語っているのを耳にした。 そうだろうなあ。 「銀河鉄道の夜」の世界を、本当に体感すれば「怖い」と思う。 子供の感性はあなどれない。 帰りに同じ場所の1階にある図書室で、「宮沢賢治 星の図誌」を借りて帰る。 マイブーム 宮沢賢治 ……になるかならないかはわからないけど。 |
|
2002年05月19日 22時58分25秒
|
|
|
|
5月18日土曜日。曇。 今日は英語の日。先生のお宅まで歩いて10分くらい。のんびりと歩く。 唐突だが、関東は寒い。ここ最近、本当に寒くて、昨日は布団を二枚かけて寝たくらいだ。天気も悪い。一足早い梅雨のよう。初夏のさわやかさなんて、すっかり忘れてしまいそうだ。 そんなわけで、今日も春用の白いコートを着て、歩いていた。 鳥の声が交差する中、唯一、季節を思わせる田んぼの緑を見ながら歩いていると、どこからかふっとさわやかな、良い香がした。 なんだろう? 立ち止まってぐるりと首を左から上へ、それから右のほうへ、そして右上でぴたっと止まった。 濃い緑の中に、夏みかん。 ……この香だったんだ。 嬉しくなって、夏みかんに向かってにっこりと笑ってしまった。 今は、初夏。それを思い出させる夏みかんに、ありがとう。人の家のものでなければ食べるんだけどな。 でも、そんな寄り道をしてしまったせいで、すこーしだけ、遅刻してしまった。反省。(あんまりしてないけど) |
|
2002年05月18日 21時21分10秒
|