<他人の痛み>

はっと一息へ とっぷへ

え〜久々に辛口のコラムです。きっと反発を覚える人もいること
でしょうから、読まないことをお勧めします。これ、某パカURLでも
書いてあったので自分はかくまいと考えていたのですが
あまりにもひどいですからねえ、筆をとることにします。
2/22付の朝日新聞の「声」(一般投稿のコーナー)よんでいて
こんなのがありました。書いたのは19才男性大学生で、
 
はじめに世間のイジメなどのニュースをあげ、
他者の「痛み」に対する共感が欠けているように思います。
<中略>もしかしたら必死に波をかき分けつつ救助を待っていた
かもしれない「えひめ丸」の行方不明者のことがあるのにゴルフ
を続けた森首相。<中略>今なお戦争のもたらした痛みを抱える
人たちを侮辱するような発言をした野呂田氏。
どうしてそんなことが平気でできるのですか?
僕は、人のことをとやかく言えるような人間ではありません。
ただ、そういう風に他人の痛みを無視した行為を見るたびに
無性に悲しくなるんです。<後略>」(抜粋箇所は著者による
 ものですが意見を偏向させることはないと思います)
 
・・・読んでるこちらが悲しくなりました。
細かく言っていくといくらでもあるのですが、一番気になったのが
他者の「痛み」に対する共感っていうところです。私は生れてから
20年以上人間やってますが、残念ながら他人の痛みを感じたことは
一度もありません。もし人間が他人の痛みを感じることができるなら
お医者さんは「どんな痛みですか?」なんてことは聞かないです。
あくまで自分の経験した痛みを他の人もしているであろうという仮定
のもと他人の痛みを想像するしかないのです。人の心は掴めるようで
いて絶対に掴めない歯がゆい存在です。しかしながらそれだからこそ
そこに人間の尊厳というものが保たれているものと私は固く信じています。
 ゴルフの件は、板の方にもかきましたが、第一報時点でこれが危機
管理に当たるか微妙であると思います。
そんなことはさて置いても、私が溺れた人間であったとして
救助が遅れた訳でないのなら別に、私が溺れている間ずっと
庵を結んでそこで絶食して無事を祈願してほしいと首相には
望まないでしょう。
(・・・ここでちょっと考える。まあ、たまには長文かいてもいいだろ・・)
以下の段落は読み飛ばし可です。(また韓非子からの例。有名です。)
 
中国春秋時代の斉の国に景公という君主と晏子という宰相がいました。
まあ、よくあるパターンなのですが景公って人はのび太君、晏子は
ドラエもんを想像してもらえれば分かりやすいでしょう。晏子はドラエもん
よりももっとお堅い人ですが、身長が低いことで有名なのでそんな
イメージがついてしまいました。
で、ある日、のび太君とドラエもんが二人きりで部屋にいます。
のび太君「これちと寒い。すまんが、毛布でも持ってきてチョ」
ドラエもん「それは毛布持ってくる役目の人にいいましょう」
のび太君「これちと腹が減った。すまんが、羹でも持ってきてチョ」
ドラエもん「それはスープ持ってくる係の人にいいましょう」
その国の最高権力者の命令を拒否する部下に苛立ってこう聞きます。
のび太君「では、宰相であるあなたの役目はなんなんだ?」
晏子「宰相とは社稷の臣です。」と答えたそうです。
社稷の臣の意味が分からない人は辞書引きましょう(お
ともかく晏子は主君の命令を無視してでも宰相のあり方というものを
示したといえます。もっともは晏子は命懸けでかたやレジャーって点が
非難の対象になっているんでしょうけど。
 
ともかく一国の宰相は溺れた人間の無事を祈りつづける役目じゃあ
ないんです。そんなことより本業で晏子以上の働きをしてくれること
のほうがよっぽど人の痛みを取り除けると思うんですがねえ。
人の心を感じることは、そう簡単なことではありません。双方の気持ちを
少しでも理解しようといくら努力しても半分も感じることはできないでしょう。
ところがこの人の文章をみているとそんな努力のかけらも見当たりません。
そんな人間は、他人の痛みを語る資格はないです。
私はこの人間を人間とも思っていない投稿をみてひどく傷ついたのですが
この痛みは共感してくれないもんですかね?