<意志について>
| 今日、人の心がわかるとかいう本を立ち読みしました。 私はこの手の眉唾ものの本がが大好きなのです。(お いわく「相手の言ったことより相手の行動を観察せよ」 とありました。なるほどこれはそうだと納得してしまいました。 ただ、これだけの範囲にとどめちゃうのはちょっと勿体ない 気がしたので私なりに補足するとこうなります。 まずは次の例を見てください。 例1 現在の法律では「お前を殺してやる」というだけでは殺人罪に は問われませんが実際に殺してしまうとそんなことは一切言わ なくても殺人罪に問われます。つまり大事なのは相手のとった 行動であり言う等の表現の内容が犯罪を犯していても罪は問え ないのです。ただしこれには微妙な境界線があるということが 指摘出来ます。 こないだ、道を横切ろうと道端で車が途切れるのを待っていた ときでした。ついでに眼鏡をかけようと右手に眼鏡をもって顔 にかけようと右手を持ち上げたとき、タクシーが停まり掛けた んです。不景気なんだなあと感じました。この例でも分かると おり、道側で手を上げることはタクシーを停める行動と取られ る可能性を秘めているのです。ただ右手を挙げる理由は、人に より選択肢が複数あるので、端からみるときには、その点を注 意する必要があります。だから、相手の首に手を掛けることが、 相手を殺そうとした行動なのかということを断定するまえにワ ンクッシュン置く必要があるのです。 冒頭の 「相手の言ったことより相手の行動を観察せよ」 はその曖昧さの上に成り立っていることを理解してはじめて 有用な人間観察の道具となりえるのです。 ただ、誤解のないように言っておくと行動により人間の気持 ちを判断するなというわけではないです。むしろ、これ以外 にはないです。だって誠意誠意と連呼するよりも、その人の やったことで判断しないと誠意も陳腐なもんになりさがりま すからねえ。つまり私が言いたいのはこの本にあることは本 当だとは思うけど、その考え方全体が理解出来てはじめて役 に立つといいたいのです。次の例はこの考え方の拡張したも のです。 例2 いつもは「面倒だから手紙は書かない」といっている 人がいてかつその言っていることが信頼に足るのであれば、 その人が書いた手紙は「面倒でも書かなきゃいけなかった手紙」 という事になり、内容は見なくても重要であることはサッシが つくでしょう。 これは、何かを言うってことも相手のとった行動のひとつである ことの例。 例3 自殺と思われる死体があってもその側に遺書がない場合、他殺 の可能性を疑ってみる必要があります。 例2と例3は本来すべき行動を“しなかった”ことによる判断 の例です。 といくらでも応用利きくんです。この本みたいに言ったこと を重視しないだけが能じゃないんです。 ね、勿体ないと思えてきたでしょ?(笑 |