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身の内壁を這い上がる、厭わしい寄生虫のような感覚がまどろみを喰い破る。何対もの 毒針を持つ足が、ぞろりと身裡を揺さぶるのだ。
安らぎなど、永劫に許しはしないと。
眠りについてなお。
白い闇を夢見ているのかと思った。だが違った。白紙の裏側からにじませた絵の具の雫 のごとく、しみでてくる輪郭を見るともなく目で追うことができた。
眼球の表面が灼かれたように熱かった。ゆっくりまばたくと乾いて痛む。 涸れるほど泣くことが本当にできるとは、思ってもみなかった。
「・・・・・・っ」
酸素がうまく肺におさまらない。
血の気が引くのを味わいながら息をつめて躰を引きずり起こすと、あらゆる間接からズレた 骨が定位置へと収まる悲鳴が上がった。小人の島でがんじがらめにされたガリバーも同 じ苦痛を感じただろうか。筋肉も萎縮して身を起こす以上の動作を制約する。
細胞のすべてが、鉛のようだった。
自分がいるのはベッドの上だった。それもキングサイズらしい。とんでもなく寝乱れた シーツのさざ波が、足といわず腰といわずまとわりつき絡まっていた。
どこ・・・だった?
ぼんやりとそれはひどく他次元の現象のよう。
広い部屋だ。二十畳ほどもあるだろうか。床はフローリングで左側の壁が全面ガラス窓 という贅沢な作りの部屋だった。
知らない場所、のような気はするのだが。
レースのカーテンが透け込む陽光を包んで濾過し、厳しさを取り去った柔らかい光に変え て空間を満たすのに、どこか爛(タダ)れた汚染物質が澱のようにちらちらと漂いめぐっ て混在しているような、いやらしい不快感を覚えた。
記憶のつなぎめが解らない。
視線を泳がせているとアンティークな振り子時計とぶつかった。十一時二十六分。太陽 が高いということは昼間の・・・だ。
「・・・・・・」
誰かを呼びたくて口を開きかけたが、こみあげた欲求は声にならずそのまま心の奥底を たゆたい、沈んだ。喉もひりついていた。
『自分』を証明する何ひとつ、誰ひとりとして存在しないここで、誰の名を呼びたかった? 誰に名を呼ばれたかったのか。
だから解らない。自分が何処にいるのか。自分が『ナニ』なのかも。
空調のきいた部屋で肌の表面がぞくぞくする。理解しがたい嫌悪感。
嫌いな場所なのか?
もそり、とほとんど動物的な思考のみで動いた。今はそれしかできなかった。
どこかに移動しなければという衝動だけは、確かにわかる唯一のことだったから。
「・・・・・・っ!」
いきなり地面が抜けた。何が起きたのか認識できないまま衝撃がきた。大した段差でない とはいえ、まったくの不意打ちでは受け身などとりようもない。予期せぬ落下に声を上げ る間もなく肘や肩口を堅い床へしたたかぶつけた。
ベッドから落ちたのだと思ったのはそれから数瞬あとだった。
涙が涸れ視界が霞んでいた為、遠近感が狂った。
「・・・いっ・・・てぇ・・・」
たまらず、うめく。打ち身だけではない、肉や骨に刻まれた燻る熱源にも似た疼きへ。
ひどく鈍い、グロテスクなだるさをともなった痛みが下肢を・・・正確には腰を中心にした 上下を、茨のごとく取り巻いていた。
物も言えないほどの疲労感が手足の自由を奪っていた。
「そ・・・か・・・」
かすれた納得のつぶやきを洩らす。
眼前の床に脱ぎ捨てられ散らばる衣服はきのう(ただし意識のない間が一晩だけだったと しての話だが)確かに自分が身に纏っていたものだ。
向こう側の曇った記憶がようやく連続性を持った意味のある脈絡となって、立場を理解 することができた。
何処であるのか。
ナニであるのか。
誰であるのか。
「おい起きてるか」
『自分』を改めて確認させるかのようなタイミングでドアがノックされた。と同時に返事 を待たず、扉の向こうからカシャリと乾いた金属音がする。ドアの鍵をはずしたのだと ファランはごく自然に理解した。
二段の手押しワゴンを押しながら入ってきた人物は、およそ給仕が職業とは思いがたい、 硬質な鋭さを持った男だった。あらゆる感情の気配を閉ざした端正な顔は、殴りつければ 鉄板の固さが返るのではと思わずにいられないほど、生命独特の温かみというようなもの をいっさい排除した機会のようだ。いや、この男と比べればまだ今どきのロボットの方が 凡百に富む表情をするかもしれない。しかし、
「お前・・・」
部屋の有様を・・・というよりファランの有様を一目見るなり、舌打ちした仕種は意外と人間 くさい。白髪ではない、正真正銘のプラチナ・ブロンドが落ちかかって見え隠れする黒瞳も 苛立った不穏なものが閃くあたり、『中身』まで鋼(ハガネ)造りというわけではないようだ った。
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B級+GAME=ANARCHY-X
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