なんちゃって公務員の憂鬱
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9月19日より
☆ただいま入院中!
(代打・撮影:MASUMOTO Tsuyoshi)

9月18日
☆草餅を頬張る幸せ
 今日は診察日。とりあえず現状維持できているので、このままの生活を続けていれば大丈夫との言葉をもらう。もちろん「でも何かあったらすぐ対応できるように毎週きてくださいね」とも言われているのだが、久しぶりに医者から「大丈夫」との言葉をもらって嬉しくなり、調子に乗って出かけたくなる。結局つれあいを引っ張り出してドライブに。曳船まで行って草餅を買う。大変おいしかったが、空腹の為あっというまに食べ尽くしてしまう。もっと味わえばよかった。

9月17日
☆我が家のスクリーンセーバー
 うちのデスクトップパソコン「simplem」のスクリーンセーバーは広末涼子の写真集。もちろんつれあいが勝手にインストールしたもの。しかも起動時間が短いので、ちょっとぼんやりしていると、あっという間に広末に占領されてしまう。でも、私は寛大でサービス精神旺盛なので、そんなことで怒ったりしない。時々つれあいの証明写真を画面の所において、「広末涼子 & SATO Tsuyoshi」のスクリーンセーバーにしてあげている。我ながらできた妻だ。

9月16日
☆台湾土産の烏龍茶
 先月父が台湾へ出張へ行き、土産に烏龍茶を買ってきてくれた。日本のお茶のようにこなごなに砕かれてなく、お湯を注ぐと1枚の葉っぱの形に戻る。香りもよくさっぱりとしているが、調子こいて濃く入れたりすると大変。30分ごとにトイレに行くはめになる。特に冷めたのを飲むと効果覿面。ミイラになってしまうのではないかと心配になるくらい大量の水分が排出される。この強烈な利尿作用が脂っこい中華料理を食べてもスリムでいられる秘訣なのだろう、と実感。

9月15日
☆敬老の日なので
 今日は敬老の日なのでおばあちゃんの話。私のおばあちゃんは母の養母なので、血はつながっていない。目が不自由だったが、それでも当時の女学校を卒業し、結婚して小料理屋を経営し、たばこ屋の店番をしていた。小料理屋は朝ご飯から夜の居酒屋までやるという長時間営業で、休みも正月だけだったので、祖母の睡眠時間は1日4時間だった。祖母曰く「目が見える人はたくさん寝なきゃいけなくて不便だね」だそう。しかも格安だったこともあり、かなり繁盛していたらしい。裏の大学病院のドクターが、若い頃に通っていて、偉くなった後、お礼に相撲や歌舞伎の一番いい席のチケットをくれたり、大トロのものすごい高いやつをくれたりしたそうだ。ただ私が大きくなってからは、体も弱り、時々店番する程度だったので、本当のすごさを私は目の当たりにしてない。
 エピソードはいっぱいあるが、祖母の実家の九州へ行ったときのこと。飛行機を利用したのだが、乗る時も降りる時も一番最後。しかも人気のない通路を案内された。赤いじゅうたんの敷かれた通路を歩きながら、「ここは偉い人が歩く道なんだなぁ」と思った覚えがある。祖母がいたため、外出は少ない我が家だったが、普通の人には体験できないこともけっこうあったのである。

9月14日
☆我が家の神棚
 うちの神棚は玄関の靴箱の上。ハンコとか虫除けスプレーが横に置いてあり、あまりありがたみが無い。供えてあるのは、お坊さんをやっている伯父が送ってくれた護摩と、水天宮の安産祈願と、サイパン土産にもらった草の実で作った願い事がかなう人形。二人とも信仰心のかけらも無く、特に私は「いたかいないかもわからないあやしいオヤジの言うことがどうして信じられるんだ」なんて思っているから、信じる者は救われる、としたら私には全く効果が期待できない。
 でも、信仰というのはものすごいパワーを持っている、とは思う。宗教に入って人柄まで変わった人を何人か見ている。いいか悪いかは別にして、みんな強くなった。不幸な出来事が起こっても、レベルアップのための試練と思えるからだ。カウンセリングなんかよりも、よっぽど効率よくて、とてもじゃないけどかなわない。テロ事件や中東紛争のニュースを見ていたって、信仰はパワーを与えている(攻撃性は高いが)。信じる者は強い、でも私はひねくれ者なので、信じなくたって強くありたいし信じるくらいなら弱くてもいい。それに私には自分だけの神様がいる。が、これについて語ると長くなるので、またそのうち。

9月13日
☆アイスクリームは赤ちゃんの食べ物に非ず
 今日は母親学級に行ってきた。病院の栄養士のおじさんが講師。昔は食べ過ぎないよう指導していたそうだが、今は体重が増えない妊婦さんが多いので、とにかくちゃんと三食食べろという指導に変わってきているそう。確かに私もつわりでやせて以来、まだ妊娠前の体重にもどっていない。でもアイスとか菓子パンは高カロリーの割に、五大栄養素があまり含まれてないからダメなんだって。こういう食事をすると、お母さんは太っても子どもが未熟児なんてことになるそうだ。今栄養を取っておけば、産まれてから楽に育てられる、と何度も繰り返す。すごい説得力はあったけど、ただでさえ行動制限が多いのに、お菓子やアイスを食べるなというのは拷問に近い。
 おみやげに森永とか明治とか雪印が出している、妊婦が飲むといいスキムミルクのサンプルを山のようにくれた。妊婦だけじゃなくて栄養が偏っている人にはいいらしい。ほしい人にはわけてあげます。

9月12日
☆想像を絶する恐怖
 昨日からテレビはアメリカのテロの模様を流しつづけている。世の中にこんなに恐ろしいことが起こるのかと、真剣に怖かったが、テレビから目が離せなかった。怖くて怖くて心臓がドキドキした。いつも元気に暴れるチビもおとなしい。崩壊するビル、ビルから落ちていく人々、逃げ惑う人々、そして大喜びしているパレスチナの子どもたち・・・。一つ一つの映像が、私の中で処理しきれないで渦巻いている。子ども達への援助をやってきた時間が一晩であっという間に吹っ飛んでしまったような気がする。あまりに大きな破壊と憎しみの前に、心理アプローチは全く無力だ。っていうか、立ち向かおうとも思わないけど。
 私の友達がアメリカで働いている。心配でメールを打ったら、すぐに大丈夫との返事があった。でも彼女の友達が貿易センタービルで働いていて、連絡がとれないそう。日本で彼女の名前が報道されてたらすぐに教えてほしいという。やはり遠い国の出来事ではないんだな、と思う。

9月11日
☆チビが人間になった日
 お腹のチビはいつから人間扱いされるのか。それは、妊娠22週目からである。それまでは産まれても生きられないからだ。人口妊娠中絶ができるのも22週未満までである。お腹のチビは明日で23週を向かえる。私は22週まで中絶できると勘違いしていたので、明日が「人間になった記念日」だと思い込み、ひそかにビールで乾杯でもしようかともくろんでいた。が、よくよく調べてみたら、とっくに人間になっていたらしい。ちょっとがっかりである。
 それはともかく、今日は診察日。母の子宮状態は相変わらずよろしくないが、チビはすこぶる元気で、心音を計測する助産婦さんがあまりの心音のでかさにびっくりしている。また性別も判明。ドクターが股のほうから証拠超音波写真を撮ろうとしたら、手で隠していた。「見ないで」って感じ?顔のパーツもはっきりしてきて、写真をもらうが、ただの心霊写真にしか見えない。とほほ。

9月10日
☆台風といえば・・・
 あれは小学校1,2年の頃。台風接近のため、学校は午前授業となり、下校途中のことであった。私の家は小学校の学区境にあり、子どもの足では片道20分以上かかった。私は背中にランドセル、片手に給食の白衣(当番の人が週末に洗濯をし、週明けにもっていくシステム)、片手にカサを持って、風雨の中を友達とよたよた歩いていた・・・と、その時足に障害物が!!なんてことはない、歩道の段差なのだが、両手がふさがっていたのとランドセルの重みが手伝い、そのまま顔面からすっころぶ。洋服や白衣袋はびちょびちょ、手足は砂まみれ、体のあちこちがひりひりするが、まだ道のりの半分もきていない。それにぼんやりしているとカサが飛ばされそうになる。仕方なく立ちあがり、荷物を持って歩き出す。友達が心配して家の前まで送ってくれる。が、この時はまだ、なんでこんなに心配されているのか私は気づいていない。
 家に着いたものの、いつもなら1階の店舗にいるはずの母がいない。(後で妹の保育園に迎えに行き、妹の友達を送り届けていたと判明。)2階へ上がり、ひりひりする膝を見ると、なんと血だらけ。靴下まで血で汚れている。びっくりして涙目になるが、家にいるのは盲目の祖母だけなので、仕方なく自分で救急箱を出す。でも傷口に砂がいっぱいめり込んでて、どうしていいかわからない。途方にくれていると、なぜかいつも夜中に帰宅する父が帰ってくる。私の顔を見るなり「どうしたんだ、その顔は。」・・・顔って?と思い鏡を見ると泥まみれの顔、鼻付近にすり傷。痛みよりも顔から血が出ていることにショックで、とうとう泣き始める。すぐに母と妹帰宅。母は私の顔を見て、「バカだねぇ、あんたは。転ぶ時は手を前につけっていっつも言ってるでしょうが・・・」怒られつつ消毒されている時も、その後も、涙が止まらなかった、ある台風の日の午後でした。
 今でも私の左ひざには当時のすり傷痕が残っているのであります。 − おしまい

9月9日
☆もう一度ピアノをはじめよう
 
実は保育園の時から中学校に入るまで、ピアノを習っていた。でもピアノというのは弾かない期間が長ければ長いほど腕が落ちる。今の私は「猫踏んじゃった」しか弾けない。胎教にもいい(はずだ)し、この機会にもう一度始めてみようと思い、楽譜を買ってきて、実家のピアノに触れてみる。が、全く指が動かずすっかり嫌になって5分でやめてしまう。やっぱりバイエル(※ピアノを習うお子様が始めに使う教則本)からはじめないとだめかも。
☆重たい本を読んでみよう
 ようやく読書をしようという気分になってきた。通勤していた時は重たい本は肩がこるので、もっぱら文庫本ばかり読んでいた。でも今だったら重たい本も読める。というわけで、手始めに「心的外傷と回復」に手をつける。心理職のくせにまだ読んでいなかったのか、とつっこまれそうなくらいの必読書。何年も前に買い、最初50ページは10回くらい読んでいるが、いつも挫折。今回は新記録をねらうぞ。

9月8日
☆ホームページに参加させていただく
 つれあいにページを設定してもらってから、早数日。ようやくアップまでこぎつける。私は気まぐれでいいかげんなので、つれあいのように毎日更新できるとは到底思えない。なんて書くとページを抹消されそうだ・・・善処させていただきます(役所言葉)。

9月7日
☆黄金のピザ
 
近所のイタリア料理のお店で、日本じゃめったに手に入らないパッキーノというトマトを使ったピッツァをいただく機会に恵まれる。かなりおいしい。トマトの名前が覚えられず、店の人に3度も言わせる。それはともかく、たまにはいいこともあるもんだ。

9月6日
☆千と千尋の神隠し
 行動制限の多い私にとって数少ない夏のイベントで、かつ宮崎監督の映画はほとんど目を通していて、前々からすっごい楽しみにしていた映画。でも宮崎監督の毒気にすっかりやられて帰ってくる。見ていない方のために詳しくは書かないけどね。おもしろいのは確かなんだけど、カオナシや坊はかなりエグイ。特にカオナシは心理判定員を絶望的にさせるキャラだ・・・と思うのは私だけかもしれないが。あれを万民向けに世に出す宮崎監督はやはりただ者ではない。
☆テルミン
 NHKのトップランナーでテルミンという楽器の奏者が出演。なぜかお腹のチビが反応して、テルミンの音がテレビから流れるたびに、笑っちゃうくらい大暴れする。よっぽど不愉快なのか、気に入って大興奮しているのかどちらかなんだろうけど。視覚聴覚能力の獲得は30週くらいだそうで、22週のチビに聞こえるとは思えない。変な電波でも出てるんじゃないだろうか。

9月5日
☆とうとう・・・
 私が切迫流産というものものしい診断を戴いてから、1ヶ月が過ぎた。最初の頃は診断名にびっくりして、仕事に行けない事にものすごくあせって、それを考えないようにするのに精一杯だったように思う。診察に行くたびに「仕事に行けないのは困る」と医者に食ってかかり、帰ってはゲームのクリアに専念し、時折思い出したように仕事の記録を書き、なんてことを繰り返すうちに、とうとう恐るべき(?)事態がやってきた。あせる気持ちがゲームでごまかしがきかない。あたりまえのことだが、飽きてしまったらしい・・・。
 いくら不幸話に慣れていて「まぁ、なるようにしかならないよね」と思っている私でも、やることが何も無いと、人並みに鬱になり、「赤ちゃんが死んじゃったらどうしよう」ってめそめそして暮らしかねない。なんかやること見つけなくっちゃ、というわけで思いついた一つが、ホームページ。「書くなら10年続けろ」を条件に、つれあいに場所をつくってもらう。10年かぁ…。
☆切迫流産
 恐ろしげな診断名にもかかわらず、自覚症状があまりない。本には下腹痛とか微量の出血とあるが、私の場合はお腹が固くなる(お腹が張るという)なあ、くらい。全然気にしてなかったけど、実はお腹が固くなるというのは子宮が子どもを押し出しているということなのだそう。しかも私の場合は子宮口が一部開いてしまっているらしく、医者が言うにはあぶないんだって。ひねくれものの私は「本当か?」とか、「あんたが休めって言われたって休まないでしょうが」と思って、ずいぶん医者に食ってかかったけど、超音波の写真を見せられて「ここの黒い部分が開いているんですよ」と言われたときには、「ありゃ、これはまずいかも」とようやく素直に納得。
 休んでみてはじめて、これまで自分のお腹が固くなっていたことにいかに無自覚だったかを痛感する。仕事していたときは全然分からなかったなぁ。そりゃ、医者も休めって言うよなぁ。