
今日も雨。鉛色。切り取られた風景。
窓。
彼の詩によく登場する。家にいる時間が長いから、そういうことを思いつくのだろう。じっと、まなざしを外に送る。それ以外、外との接点がない長い時間。だからといって、彼らは、外に出ることを望んでいるわけではない。
いろんな国を回ったけれど、外を感じたことはあまりなかった。夜の光はどこも似ている所為かもしれない。それに比べて、昼の光はなんとにぎやかなことか。これが、北西の空、雲、そして光。
「帰ってきてたんだっけ」
その通り。1週間前、ロッドは自分の家に帰ってきた。瀟洒、といえるかもしれないが、実際はそれ自体大きなガラクタという一軒屋。150年前の福音主義に突き動かされた市民の結晶体である不動産、セカンドハウス。建物や土地は確かに動かない。動くのは名義人の項。そしていまは、ジョーンズ家の立派なファースト・オンリー・ハウスだ。その二階部分――とはいっても、前の持ち主はここを使用人部屋として使っていたらしい――にロッドはいる。彼が帰宅するやいなや、彼の両親はさっさと出かけてしまった。つまり、留守を預かり、猫や犬の世話する人足が来たという訳だ。だから、いまもロッドのいるところは、使用人部屋。
机や床には紙片の散乱、そして電線が剥き出しになったコード。
ギタリストなのだからしょうがない。
そこに声。
「ロッド!」
彼の声はよく響く。
――やっぱり、ドラムなんてやらなくてよかった。
眠い頭で、考える。彼の目にはぼんやりとした天井。花柄のクロス。9歳のときから変わらない。細かいチューリップの柄。彼はこれをみてちょっとした王様気分を味わった。とはいえ。もう王様は、このロデリックではない。
「ロ―ッド!」
ガラクタから、童話から、思春期に携わったあれこれ。全部、まだ、ここにある。
――もう少し、待ってみようかな。
声の主、ロディは、彼と同じ名前だ。
ロデリック
スコットランドでは良くある名前。
そのロディは鍵が開いているというのに、ここにはこれない。犬嫌い、というよりむしろ動物全般が嫌いなのだ。
「ローッド」
ちょっとだけ「ざまみろ」と思う。フロントを成り行きに見せかけて、目論見通り手に入れたロディは、少しずつ、だけど、確実に、バンドを組み立て始めた。
おかげで、今はもう、ファン投票とか、新人賞とか、チャート1とか、レーベルの大黒柱とか、いいプロデューサーだとかそういう声がわずらわしい。
――ああ、いやだ。また、きっと。
こんどは厳重に彼はいうのだ。ソロをやれ、と。
――あと、五分。帰るんだったら、まあ、そういうことさ。
見えなくてもよくわかる。玄関先で、さあ、拾え、とふてぶてしく空き箱に収まる捨てられた子犬のように待っているのだろう。
「ローーーーーッド!ふーくーがほーしーいー!!あした、着る服がなーい!」
――ばーか!
ということで、また、ロッドは5分も持ちはしなかった。
「こんにちは」
勢い良く開かれたドアの向こうには、犬に猫に鳥に怯えるロディの引きつった笑顔。
「どうぞ」
だが、ロディはもじもじとするだけで、動こうとしない。隙間から目線で合図を送り、「犬」という。背後でははふっはふっという荒い呼吸音を出す犬が、全身でロディを出迎える準備をしていた。
「なんにもしないって」
「するとかしないとかじゃなくって、もう、犬であるってことがだめなんだ」
「ちゃんと、しつけてあるよ。それにこいつ、ロディのことすごく好きだし」
「犬は犬。しつけても人間にはならない、うわーこっち見るな!」
「まあ、そうだけど」
玄関での押し問答で、ちょっとしたいじわるに成功したロッドは、「しょうがないなぁ」とわざとらしく呟いて、犬の首輪を手に取った。ロッドにキッチンへ引きずられていく大型犬にむかって、ロディはぶっーとなんだかよくわからない摩擦音を立ていた。
――似たようなもんじゃないか、人間も犬も
そんなロッドの思いを余所に、ようやく、人心地がついたロディは、「おじゃまします」と呟きながら入った。今日は、いつもどおりのことだから今日もなのだが、ロディは、ロッドの服を強奪しにきたのだ。そして、そのまま、多分、翌日まで居着く。
――まあ、寝るのは床だし。
ロッドはもうかれこれ3年前には、隣室のソファをすすめるのをやめた。それは、ロディはどんなにすすめても床に寝るためでもあったが、しかし、自分の眠るベッドの傍ら、ちょっと顔を出せば眺められる、そこに丸くなって深く呼吸するロディの姿があるのを、ロッドは決して嫌いではなかった。ツアーのときだったら、大体がともに同じ部屋で寝ることが多いが、実家ではそうもいかない。犬は彼の代替物かもしれない、ということに気付くことが厭だったので、ロッドは現実を直視した。視界には、遠慮をしているかのように、後ろ手に組んでクローゼットとそこからはみ出した洋服群をじっと眺めているロディ。
「この赤いシャツ、いつ着るの。ステージ衣装?」
「いつでも」
「本気?」
――お前に言われたくない。
服をじっと物色している。
――どうして、それを店でできないんだろう。
経済的ってわけでもないんだろう。端に服を選ぶ堪え性がないのだ。
ロッドは、どちらかといえば着道楽で、自分であちこちみて選び出すのがとても楽しいと思う。ロディとは、もう数年来のつきあいになるが、買い物に一緒にいったことがない。いや、一度行ったのだ。渋々ついてきたロディは、結局、何も買わず、そのままロッドの家まで付いて来て、「新しく買ったのを入れるために場所を空けなくてはならない」と主張し、いつものとおりになった。
人ごみを嫌うし、そもそも服というか、外皮に興味がない。それならそれで店でぱっぱと選べばいいものだが、そういうのもだめらしい。結果的に、ロッドは買い物に行くたびに、これはロディに合うかもしれない、などと思いながら細い濃紺のストライプのシャツを買ったりする。どうせ、よくわからないTシャツの上に羽織られて、どうしてか、ジーンズに裾の半分だけがしまいこまれて、まったく色違いの靴下を合わされ、申訳として朝、というか昼、霧吹きをかけられた髪(これで、寝癖が治ると思っているのだ、ロディは)そこからぼたぼたと水滴が落ちて、ストライプは、どっかの民芸品みたいな、水玉に邪魔されるに決まってるというのに。
紅茶を入れに行って、帰ってきたら、ロッドのベットにはロディが寝そべっていた。
うつ伏せで。くんくん、と布団を臭っている。
「犬くさい」
これ以上ないというくらいのしかめっ面をロッドに向ける。
「まだ、一緒に寝てるの」
「まだって、だって」
「くさい。服も臭うかも」
「知らないよ。だって、感じないもん」
「僕が着るかもしれないのに」
「赤いシャツ?」
「あれは着ないよ、カルメンの踊り子みたい」
「着てみろって」
「だって、ロッドと違って、僕、変なの好きじゃない」
――変なのって!
「そうだ」
「なに?」
ロディは、文句を言いながら、再びクローゼットに戻った。着たい服をぽんぽんと外に投げ出しながら、何気ないそぶりを何気なく装い、言った。
「ルィズが帰ってきてたよ」
「……そう」
「結婚するって。」
「へえ。」
「会わないの?」
「会わないよ。」
ロディは、青いストライプを自分にあてながら、言った。
「これ、着た?」
「着た」
「じゃあ、頂戴」
「なにそれ」
これが彼らの日常だ。
だけど、徐々に日常は侵食されつつあった。
一方では、外の明るい虚像によって、もう一方では、内の暗闇の真実によって。
私のなかではちょうどhope is 〜が出たころと思うとります。ロディが「友達の家に行って、服をもらって、眠る」ということで、ロッドはおされさんなので、その友達って結局ロッドなんじゃないの(っていうかロッドしかいないのかも)と、邪推。でも、なんだか、会話体がいまいちつかめません。インタビュー、ロディばっかりなんだもん…。朴訥ぶってすごくヤな人ってのが私のロディ イメージ(すごく勝手)。ロッドはかたまっとらんです。大学時代を書きたい。