| ■ バス観光 | |
| 15/Oct/2000 | |
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昨日市内観光のバスが走っていて気持ちよさそうで(2階建てで屋根がない!)俺も乗ってみたくなったので、チケットを買った。空が青くて暖かくて海が見えてロンドンとは全然違うヨーロッパだ。気分がいい。観光名所を行き来するバスで一日なんかい乗り降りしてもいい。アントン・ガウディの建物をしらみつぶしに見てまわる。丘に上がってバルセロナを見下ろしてみる。ガイドブックにのっている観光地バルセロナは端から端まで歩いて40分くらいだが、バルセロナという街はとても大きい。 | うっかり入った教会で結婚式をやっていた。聞き覚えのあるメロディが流れていて、それがウェディング・マーチだって思い出すのにだいぶ時間がかかった。どの人?どの人がお嫁さん?と人垣をよけて見てみる。あ、嫁さんが旦那より・・・ ガイドブックの入れ知恵だが、スペインの都市、バルセロナの公用語はスペイン語ではなくカタルーニャ語。カタルーニャ語はスペイン語とフランス語を混ぜたような言葉らしい。フランスともイタリアとも近いバルセロナは、俺が見てまわったガウディやダリ、ミロ、といった革新的、前衛的な芸術家を多く輩出した。バスの中で「バスのガイドはやっぱりスペイン語でしているけど、やっぱりいつもスペイン語が中心?」と聞かれたバスガイドが「カタルーニャ」と即答したのを見た。これと似たような経験が学校である。誰だったかスイス・ジャーマン(スイス内のドイツ人系住人が使っている言語)を「ジャーマン・スイス」といい間違えた時に「スイス・ジャーマンだよ。スイスのジャーマンだ。ジャーマンのスイスじゃない」とこれもまた即答だった。日本はいつアメリカの州になるのとからかわれて「え〜。来年かなぁ?」なんてヘラヘラ笑う俺とは大違いだ。 一晩\1,000くらいのユースホステルはもちろん相部屋で、今日は俺を含めて3人。2人ともバック・パッカーで、一人はホステルを出なきゃいけない10:00から15:00まであちこち歩いて、あとはずっと寝ている。経済的だろって得意げに話していた。もう一人はスコットランドからきた男の子で、各地でバグパイプを演奏して路銀を稼いでいる。これから東へ向かうらしい。 上から2番目の写真は丘の上にあったガイドの機械。お金を入れるとあっちが何であそこがそれとか言ってくれる。ウォレス&グルミットに出てきたあのへんなロボット?に似てない? 全然つながらないあれくさんどろの携帯は諦めて、事務所に電話してみた。あれくさんどろは明日から出社するわよ。といわれる。明日、彼と話が出来るかもしれない。 今日はいいこと尽くめだったが、これだけでは終わらなかった。21:00。ユースホステルへの帰り道。小雨が降っていた。通りを渡って大きな公園沿いをあるく。公園のフェンスは3mくらい。後ろの気配を感じて振り返ると2人男が同じ方向に歩いている。おかしい。通りを渡るときは誰もいなかった。おかしい。走るか?走ろう!と思った瞬間後ろの2人が走っている音が聞こえる。雨で聞こえなかったのか?すぐ後ろだ。両手が俺の脇に入ってくる。こっちはギリギリで緊張した状態にもっていけていたので、相手の腕を脇にはさんで前に振り倒す。はずだったんだけど失敗。2人で地面に倒れる。作戦変更。足と手で腰のバッグをはさんで団子になる。これでは絶対に俺のバッグは取れない。一人は左手で俺の肩をつかんで引き起こそうとする。右手はバッグをまさぐる。もう一人が腰のフックを外してそれを力任せに引っ張る。バッグを触ろうとする手に噛み付く。相手が手を引っ込める。それを何度も繰り返す。こっちは余裕が出てきた。相手が狙っているのは俺のバッグだ。わかりやすい。脅しに一発ほえる「うお〜!」(Policeとかなんとか叫べばよかったな・・・)。気がつくとさっきまでバッグを引っ張っていた奴がいない。左の後ろを覗くと、そいつが10mくらい下がったところで何か言っている(「そりゃダメだ。諦めよう」とか言ってたんだと思う)。もう一人が諦めない。肩を引き上げる。抵抗する。肩を引き上げる。抵抗する。肩を引き上げた瞬間、地面を蹴って後ろに飛ぶ。背中にへばりついていた奴が後ろに吹き飛ぶ。振りかえりざまにへなちょこエルボーを出すが空を切る(これはそうとう恥ずかしかった)。相手はもう取る意思は無い。こっちもどうこうするつもりはない。ようはどうこの騒ぎをおわらすかだ。1歩近づく。何歩も下がる。だいぶ距離が開いた。日本語で怒鳴る(絶対通じてないだろうなと思いながら言ったので日本語で怒鳴ったってのは覚えているんだけど、なんて言ったのか忘れた)2人とも走っていく。バッグの中身は無事。パスポートも無事。バスのチケットもデジカメも無事。騒ぎから50mも離れていないところでパトカーを発見。「あっちに強盗が出たから行ってみて」というと「額から血が出ているけど病院に行くか?」と聞かれる。へ?と思って触ってみると手が真っ赤。これはあれくさんどろにいい土産話が出来た。 宿に帰ってから、みんなで「あぶない経験」談義が盛り上がった。マドリッドから来た奴は「マドリッドに比べればバルセロナは天国だ」といっていた。彼はバス停で野宿していたところを石を持った男に追いかけられたらしい。もう一人は5人組みに首をしめられてぜ〜んぶ綺麗サッパリもって行かれたといっていた。夜にバッグを抱えて歩いていた奴はそれを取られて警察にいったら、「夜にバッグもって歩くのは自殺行為だよ」と注意されたらしい。 |
| ■ バルセロナ到着 | |
| 14/Oct/2000 | |
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6:00。バルセロナ到着。友達に教えてもらった地図を頼りにユースホステルにたどり着く。友達が言っていたとおり静かでよさげな場所だ。受付が開く7:00まで入り口で仮眠。ここから結局宿泊の手続きまで2時間待たされた。なんだかわからないけど、もさーもさーっとしていて手続きをするまで手が回っていない。俺はもうなれたが、一緒に待っていたアルゼンチンから来た男の子は相当怒っていた。手際よくテキパキやれっていっても無理なんだよねこっちの人はたぶん(とくにスペインだし・・・) | 眠いんだか疲れているんだかよくわからない。15:00まで掃除をしたりするので、全員表に出なくちゃ行けないといわれたので、表を歩くことにした。最初にバス会社の受け付けへ。あれくさんどろが会うのに都合がいいといったのは16日の日曜日なので、月曜日にとっととローマに行きたいといったら、月曜日は満員でダメだといわれる。次のバスは水曜日・・・。 バルセロナなんてちっとも来たくなかった。あれくさんどろもつかまらない。だいたいニコラって誰だ?しかも水曜日までここに足止め!最悪だ。とかブツブツ言いながら、バス会社を後にする。雲が一気にはれる。むわっと気温が上がる。まわりを見まわす。ヤシの木だ・・・。いつも通り太い道から太い道へまず歩いてみる。すごい数のヨットが並んでいる。海だ!(すっかり上機嫌) 気温がグングンあがる。この太陽! 土地鑑をつかむために歩く歩く。とってもヨーロッパな家々と生活感と海が楽しい。ただすこしだけ警戒はしていた。ロンドンではそう見かけないおかしな雰囲気がある。ロンドンよりもパリの方がそれは強くて、バルセロナではそれがさらに比べ物にならないくらい強い。せっかく楽しく歩いているのに気がそがれる。細い路地を入ったちょっとした広場でいきなり左腕をつかまれた。「Hey Friend! Do you speak english?」「Yes, I do. So what?」と返して奴の腕を振り払う。英語で話し掛けて、話し込んでいる間に他の仲間が取り囲むという話をどこかで聞いたな。もう一つ。通りでラテンのバンドの演奏を見ているとき俺の左にいた奴が後ろに目配せしたのを見た。その瞬間、後ろの奴が、俺の肩につばを吐きかけた!これは俺がビックリして服をどうこうしているあいだにバックをひったくるって手口。もう「やるぞ!やるぞ!」って雰囲気丸出しでまったく話にならない。やるならもっと自然にやれ。後ろの奴が「ごめん!こんなに服を汚しちゃった。ちょっとみてくれ」って始まった。もう手口はわかっているので、「That's OK」といって無視するが「Look! Look!」としつこく食い下がるので、逆に俺の左にいた奴の肩をつかんで「後ろの奴がみろって言ってるから変わりに見てくれよ」という。そいつは俺を無視する。お前それは「私は彼とグルです」っていっているようなもんだぞ?と思った。けど、もう面倒くさいので、その場を離れた。あとで背中を触って調べたらなんともなってなかった。クソ。警察呼べばよかった(つばを吐いたといって後ろをみろと言ったが彼は俺につばを吐きはしなかった。じゃ、なぜ後ろをみろって言ったの?って警官の前で説明させたかったな) 夜の食事は面白そうなところに入った。パンの上に魚とか野菜とか具がのっている。パンには串がささっていて、その長さで後で精算するから捨てちゃダメだよって教えてもらう。メインにFideuaという黄色い麺の料理を食べる。貝と海老とメリハリのある味がなつかしい。 あれくさんどろに会えなくてもしょうがないかな。せいぜい楽しもうという気になった一日(多少不愉快ではあったが) |
| ■ 移動日 | |
| 13/Oct/2000 | |
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まだまだ歩き足りないパリを発つ。15:00のバスに乗って6:00に到着。出発間際にあれくさんどろに電話をしてみるがやっぱりつながらない。そもそもバルセロナなんて行く予定じゃなかった。ただあれくさんどろと遊びたいと思っていただけなのに、会えるのかどうかもあやしい。ちょっと気分が重い。 | バスは普通の観光バス。特殊なものは何もない。休憩時間のタイミングを警戒して水とパンを買いこんでおくが、休憩は3,4時間に一回くらいのペース。とは乗ってからわかった話で、20:00。生まれて初めての長距離バスの休憩(ってすげぇ大袈裟な書き方だ)。バスの中のアナウンスは当然フランス語とスペイン語。「%&*$$&。ぼなぺてぃ」と冗談めかした声で運転手が告げる。何分?座りっぱなしだった俺は何分外で立っていられるんだ?とまわりにききまくる。みんな口をそろえて「からん。からん」っていっている・・・。なんだかわっかんない・・・。(休憩の後で聞き直した。フランス語で40はQuaranteという。つまり40分の長い休憩)。バスの中はいろんな人がいる。目があうとニコニコ会釈をするおばさんやら、なんだかおっかない顔をしているおじさんやら、いろいろ。 21:30。リオン到着。まだフランス。お客さんが乗ってくる。 3:00。何度目か忘れた休憩。サービスエリアのガソリンやらコーラやらの表示がPts(ペセタ)に変わっていることに気がつく。フランスからスペインに入った。パスポートのチェックすらない。 6:00。バルセロナ到着。もしこのバス停を寝過ごしたら?話は簡単で、最悪、Murciaまで行くことになる。Valenciaのもっと下(地図でスペインの東海岸ぞいを見てみて)。もし寝過ごしてそこまでいっちゃったらどうするのか?たぶん俺だったら最初に泣くだろうな。 写真は俺を見送ってくれたあるびえるとの弟のむすめ。 |
| ■ あれくさんどろ登場 | |
| 12/Oct/2000 | |
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今日書くあれくさんどろはフランス人のあれくさんどろ。今日が金曜日だと思っていたのが、木曜日ということが昨日判明。一日ぽっかり空いてしまったので、パリに住んでいるあれくさんどろに電話。「3時から学校だけど、それまで暇だから遊びにおいでよ」。あれくさんどろのマンションはすごい。東京でいうと、田町あたりか?広さも半端じゃない。両親と弟とすんでいるが、広すぎ。居間でCradle Of Filthを爆音で流していた(彼もメタル好き)。 | 「昼飯食った?」「食ってない」「じゃ、俺これから作るから一緒に作ってやるよ」といって出された皿は羊の肉のステーキに、にんじんとじゃがいも。柔らかくておいしいのはいいのだが、か、彼らは毎日、普通にこれを食べているのか・・・?(サンドイッチじゃなくてフランスの家庭料理が食べられると密かに期待していたのだが・・・すてーき・・・家庭料理といえば家庭料理だが)。食後は彼の部屋にあったギターをいじる。MetallicaもZeppelinも世界共通なのがいい。あれくさんどろはデザインの学校に通っていて、今は学校の課題としてマンガを書いている。ギターのあとはDream Cast。ヨーロッパのDream Castにはあのねずみのゲームがおまけでついてくる。それをした。面白かった。冷静な時は英語で野次とか飛ばすんだけど、熱くなると、あれくさんどろも俺も母国語で悪口の言い合い。 あれくさんどろは相当ゲームとマンガにいれこんでいる。パブで飲んでいた時にコスプレというものをこの目でみてみたいといったのはあれくさんどろだったか。絶対に日本にいくからねって約束をもらった。 3時にあれくさんどろとわかれて、ポンピドゥー・センターに行く。この中にはMusee National d'Art Moderne(国立近代美術館って訳すのか?)が入っている。美術館のチケットは25歳以下だと少し安い。チケット売り場のお姉さんに年を聞かれた。「25歳以下?」「25歳」「35歳?」「・・・・・」。ここはそふぃーもあれくさんどろも一押しの美術館だ。俺とモダンアート・・・。それでもロンドンのテート・モダン・ギャラリーで(イタリア人の)あれくさんどろ鍛えられただけあって、何がなんだかわからなくてつまらん。という風ではなくなっている。見て感じた印象をふくらませてみたり、作品にまかせっきりにしてみたり。楽しかった。 イタリア人でいまバルセロナで働いているあれくさんどろに電話する。やっぱり電源が切れている。しょうがないので、実家に電話してみる。前回はお袋さんが出てイタリア語で四苦八苦したが、今日は姉ちゃん?妹?が出て英語で話す。あれくさんどろは今休暇を取っていて、バルセロナにいない(これは俺も知っている)。あれくさんどろは携帯電話を買い換えた!って衝撃の事実を知らされる。彼女もあってるか間違っているかよくわからない、新しい電話番号を教えてもらう。それと念の為彼の仕事場の電話番号も教えてもらう。これで十分だと思ったら、ニコラの電話番号も教えてあげるといわれて、それも教えてもらう。ニコラはあれくさんどろの親友らしい。 テレビで中東関連の特番が組まれていた。何かあったな。 写真は上から、フランス人のあれくさんどろ。その弟。あれくさんどろのマンションからみたながめ。彼の書いているマンガ。最後はあるびえるとの親父と弟(親父はあるびえるとと同じ193cm。弟も負けず劣らずデカイ。彼の奥さんもデカイ) |
| ■ 観光 | |
| 11/Oct/2000 | |
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今日は自由だ!あるびえるとはロンドンにアパートを探しに行った。一人って素敵。今日しなくちゃいけないことは、バスの会社に行って明日のバスの詳しい話を聞くことと、今バルセロナで働いているあれくさんどろに土曜日にバルセロナ行くからねって電話を入れることだけ。早速バスの会社に。バス停の場所と詳しい時間を聞く。バルセロナからローマに行くバスの時刻表がここにはないといわれる。同じ会社なくせに変なの。あれくさんどろの携帯電話は電源が切れっぱなし・・・。バルセロナで会いたいのにな・・・。 | 地下鉄の駅Hotel de villeで下りてセーヌ川づたいに、歩く歩く歩く。風邪は土砂降りにやられたせいかだいぶ良くなった。サン・ルイ島、シテ島、ノートルダム大聖堂、ルーヴル美術館、観光名所を縫うようにあるく。 ルーヴル美術館!明日バルセロナに出発する俺は時間がない。けど、どうしても見たかったので、2時間だけと時間を決めて中に入った。あるびえるととそふぃーとお茶してた時。あまり時間がない俺の事情を知っているあるびえるとがそふぃーにきいてくれた「ルーヴル美術館をザッとみるだけだとしたら何時間必要?」「1週間」「1週間!!違う違う。見るだけ。見るだけ」「うん。みるだけ。あたしだって大学入ってから、暇を作ってあそこいってるけど、まだまだ全然見たりないもん」2時間って決めたときそふぃーの顔を思い出した。けど、そふぃーなら分かってくれるだろうし、見るのと見ないのとの違いだってでかい。それにこりゃ、俺の旅行だ。 ルーヴル美術館はデカイ。大英博物館もデカイが、比べ物にならないくらいデカイ。メソポタミアや古代ギリシャの彫刻なんかを中心にみながら、館内をあるく。彫刻は楽ですき。正面からみてハッとして、これ横はどうなってるんだろ?って横からも見れる(わけがわからなくなってきたぞ)。絵画は正面に立って、距離をはかってみる。これ全部俺と同じ人間が作ったんだなぁ。ルーヴル美術館には「モナリザ」がある。どうしてこれが重要な絵なのかは他の人の説明を聞くしかない。館内には家具や装飾品なんかも展示されている。 ルーヴル美術館で腹が減ってどうしよもなかったので、念願のフランス料理を!と思い、ガイドブックに載っているレストランに足を運ぶ。2、3見て周ったが、「気さくな」とか「リーズナブルな」とか紹介されている割には、ちょっと俺一人では入りづらい。ので、レストラン中止。ルーブル美術館のとなりのこれまたアホほど広い公園でサラダとサンドイッチと買って食べた。空は晴れてて、ロンドンよりも暖かいような気がする。サンドイッチのパンはフランスパン。サラダにもフランスパンがついてくる。ロンドンで食べたフランスパンは固くて固くて大変だった。俺がパリで食べたフランスパンは外はもちろん固いけど、サクサク。かんでる音まで楽しい。パンの香もいい。やっぱりこっちも公園はハトやら小鳥だらけ。俺のパンを狙っている奴らを振り払いながら食事。途中でギブアップ。やるやる。このパンやるから、こっちは勘弁して。 エッフェル塔に上って、シャイヨー宮を抜けて再び凱旋門。19:00。いい時間だ。あるびえるとの弟のフラットへ帰る。あるびえるとには電車のなかで絶対に人と目を会わせるなと注意された。学校でもパリは危ないから気をつけろとさんざん言われた。どこにいっても警官や警備会社の男が立っている。電車の中にまでいる。あるびえるとと乗った同じ電車も一人で乗るとまったく別の乗り物のように感じた。 家についてあるびえるとの弟に、どこにいってきたかとか話す。「明日はいよいよ出発なんだ」「OK。楽しんでおいでよ。バスの駅とか大丈夫?」「うん。今日見てきた」「Hisashiはおっちょこちょいだから、助けてやれって兄貴に言われたんだけど、大丈夫そうだね」「大丈夫だよ。ガキじゃあるまいし」「バスのチケットってどんな感じなの?」「これがバスのチケットだよ。安っぽいだろ?」「・・・出発は明日?」「うん。明日の15:00」「これ金曜日ってなってるよ」「うん。今日は木曜日」「今日は水曜日」「???え〜!」シェーバーの充電器だけもってきたり、オートロックかかって中にはいれなくなったり、いきなりずぶぬれで帰って来たり、曜日をわすれたり、Hisashiはホントに日本のマンガから飛び出してきたみたいだといわれる(誉められたと思っておこう)。 |
| ■ パリでの話 | |
| 10/Oct/2000 | |
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オレハふつぅ〜の観光がしたい。あるびえるとに言った。「バルセロナ行きのチケットを取ったら観光しよう」。と、家を出る間際にあるびえるとの携帯に電話が入る。「Hisashi! Hisashi! そふぃーだよ。そふぃー」「そふぃー!」地下鉄の駅で学校帰りのそふぃーと待ち合わせ、俺のバルセロナ行きのチケットを買いに3人でOTSっていう旅行会社にいく。そふぃーもSt Gilesで知り合った仲間だ。彼女は大学で美術に関するジャーナリズムを勉強している(っていってたから将来は美術ジャーナリストになるのではないだろうか?ライターとどう違うのかは不明)。3人で街を歩いていると、立ち止まって、「あの小さくて可愛い噴水は16世紀のものなのよ。パリの建築物は12世紀あたりのものと16世紀以降のものと混ざり合っているから注意して見てみて」なんて面白い話がたくさん出てくる。OTSって旅行会社の人はもちろんみんな英語が使えるが、俺の財布の事情とか、バルセロナに友達がいることとか、ローマに行きたいとか、あれこれ説明するのが面倒なので、事情を全部知っているあるびえるとにフランス語で話をしてもらう。 | 失礼なことを書いてしまっているだろうか?そふぃーに再開した時の話。そふぃーはフランス語であるびえるとに挨拶した。パリで育ったそふぃーがパリでフランス語を話している姿はとても説得力がある。ピッタリだ。あるびえるとはカリブ海に浮かぶマルティニークというフランス領の小さな島の出身。肌の色はブラウンだ。そふぃーのフランス語とくらべると、素人耳にもそのアクセントの違いが分かる。前に学校で、「俺のフランス語がフランス人に通じない時がある」って話をあるびえるとにされた時がある。あるびえるとらしく豪快に笑いながらいっていたけど、ちょっぴり寂しそうだった。彼はそのあと続けた「Hisashiはロンドンで外国人だけど、俺はどこにいっても外国人なんだよ」 そふぃーにあった時、うっかりほっぺにキスをされる。こっちでは普通。前にも書いたけど、それされた後どんな顔したものか普通に出来ないので、たいていしないでもらっている。今日はそふぃーが自然にしてきたもんで、うっかりしていた。してもらったあと大喜びしていたら、あるびえるとに「挨拶なんだから、そんなによろこぶってのもどーかと思うぞ」ってたしなめられた。そふぃー苦笑。 長距離バスのチケットを取った。パリ->バルセロナ->ローマ->パリ。バルセロナからローマはオープン。つまり俺が日付と時間を現地で決定しなくてはいけない。パリは金曜日の15:00に発つ。それにしても気になるのはヨーロッパのサービス業の接客のノロさだ。遅い。遅い。日本人の俺だとイライラする。旅行会社の人がチケットを手配してから実際にチケットが出てくるまで3時間くらい待たされた(そのあいだはまたしても喫茶店でトークトークトーク。またぁ〜)。こっちもそのつもりでいれば待たされても多少気がまぎれるが、今日はたくさん歩きたかったのに!(せっかくそふぃーもいるんだぞ!) 喫茶店で話すことなんて日本人と変わらない。彼氏がガキみたいでむかついているとか、あそこのレストランは美味かったとかそんな感じ。ただそふぃーは絵とかもくわしいので、美術館とかの話もしてもらう。俺がロンドンの美術館で聖書を読んだことがないために絵のつながりについては理解できないというはなしをそふぃーにした。「あたしが日本に行ったら、宗教的な絵の意味が理解できるかしら?」出来ません。あは。なんか気が楽になった。その後「東京には歴史的な古い建物ってもうほとんどないんだよ。だから、みんなが来てくれても、いい観光名所がない」っていったとき、またまたそふぃーが「だからいいんじゃない!見てよ!このうっとうしい古い建物!はっきりいって、あたしは飽き飽きしてんのよ!ロンドンいったってどこいったって、どこもかしこもこんなんなのよ。あ〜なんかパーっと全然違うところに行きたい」これもだいぶ気が楽になった話。 チケットが手に入って、22:00にクラブで会う約束をしてそふぃーといったんお別れ(電話で彼氏に呼び出された。この時そふぃーはその電話にそうとうむかついていた)。あるびえるとの友達5人と合流してインド料理を食べに行く(またしてもフランス料理ではない!) その後、あるびえると一昨日会った彼の友達とPigalleという街に連れて行かれる。Pigalleが何かというと、パリの風俗街だ。東京の歌舞伎町とか横浜の関内(漢字あってるか?)といっしょ。派手なネオンとすごい看板がこれでもかぁ〜!って並んでいる。あるびえると達は俺が大喜びでブロンドの娘を買いに走るのを想像していたらしい(こっちは安い\5,000以下)。急に連れてこられてビックリしたのもあったけど、通りの雰囲気にもなれた。「どこはいる?」「しない」「え?」「しないよ」どうしてそういう気分じゃないのかを、ポン引きを無視しつづけながら、周りの風景を無視しつづけながら、不器用な英語で説明した。ブロンドだろうが黒髪だろうが女は女っていうふうにも思っているが、それよりも頭にあるのは日本人のオヤジどものことだ。日本がバブル経済で浮かれていた頃、使いきれない金をもてあました奴らは、アジアツアーとかなんとかと称して、海の向こうで女を買いあさった。彼らが日本に持ち帰ったのはエイズだが、綺麗な島々や歴史的価値のある寺なんかをチラリと見ようともせずSexだけして帰ってきたやつらに呆れていた。俺は絶対やつらとは違う。奴らと同じにはならない。今日は外人に示すいい機会になった。もちろん興味がないっちゃウソになるが、興味に走らせなかった自分を奴らよりもましな人間なんだと満足している。で、今はちょっと後悔している・・・???そふぃーと待ち合わせのクラブにいく地下鉄の中、あるびえるとたちはそうとうガッカリしていた。わざわざ不便なPigalleまで行ったのは、俺を喜ばせようとしてくれたからだった。あるびえるとが友達いう「Hisashiは難しいよ。すっごい日本人なところもあるけど、他の日本人にも理解できないような行動をする時もある」こういう類の話はよくされる。「Hisashiは変だ。変わっている」そう言われてもゆずらないものはゆずらない。 その後クラブへ。クラブといってもラテン系のクラブ。シャンゼリゼ通りからひょいっと小道にそれたところにあるImpalaというお店。ものすごいオシャレなお店。扉が開いて中が見えた時、俺だけひき返そうかと思った。クラブというか大正時代の倶楽部という感じ。なかの雰囲気は全然スカしていない。とてもいい。みんな音楽と酒を楽しみに来ている。23:00からスペインのバンドのサルサのライブが始まる。俺は風邪でしんどかったので、後ろで座ってみていた。あるびえるとがほんとに楽しそうにステップを踏む。そふぃーはまだきていない(彼氏とトラぶったにちがいない)。しばらくぼけーっとしていたら、あるびえるとがすっ飛んできた。「電車がなくなる!!」そういうことは早く言え!!店を飛び出す。外は土砂降りの雨(なんで!)。大雨のシャンゼリゼ通りをあるびえるとと走る。「どこにむかって走ってるの!」「わからない!」「???」2人で近くの軒に逃げ込んで回りの人に聞きまくる。「ないない。ちかくに駅なんかないよ。あっちもこっちも歩いて10分以上かかる」走って3分。結局地下鉄から電車の乗り換えに間に合わず、バスをつかう。深夜バスはロンドンより本数が少ないが、それでもきちんと帰れる。あるびえるとがバスの中で「明日風邪が良くなっているといいね」「I hope so.」 |
| ■ パリで | |
| 09/Oct/2000 | |
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あるびえるとの友達とカフェで話し込む。その友達というのは就職フェア(のようなもの)であるびえるとが電話番号を聞き出した中国人の女の子で、俺が気がついた時には2人とも手をつないでいた。その子はフランス語とドイツ語と英語が話せるので問題がない。なぜ就職フェアに顔を出しただけでそういう事になるのかは謎。ピカソ美術館のそばにあるそのカフェは「L'pparemment」という名前で、そうとうかっこいい。それもスカした感じがしないのがいい。座り心地の良いソファーとやさしい照明で、ついダラダラする。最初は英語で3人で話していたんだけど、そのうちフランス語に変わっていて、ボケーっと店の中をグルグル見ていたら、キ、キス?(なぜ友達づれの初デートでそんなことになるのかは不明)。その中国人の女の子の友達の待ち合わせもしていたので、そのグループがくるまで一人で外に出た(たまらんからね)。またしても霧雨。フランス人はイギリスの天気の悪口を言うが、まったく一緒。全然かわらない。天気の変わりやすさはロンドンと大差ない。細い路地をグルグル練り歩く。やっぱりどうみてもロンドンよりきれいだ。雰囲気がいい。 | 歩きながら考えていたのは「日本料理食ったり、喫茶店で何時間も粘ったり、ホントにパリに来たのかしら?」って事じゃなくて、中国人のアニーのことだ。ちなみにこれから書くことに差別的な意図は一切ない。たぶんアニーはベトナム人だ。顔の感じだけで判断すればそういうことになる。ただ中国は広く南と北ではかなりの違いがあるので、それだけでは断定できない。アニーはベトナム人じゃないかな?って考えた時に、思い出したのが、グリニッジでみたベトナム・レストランだ。あのレストランは中華となのっていた。日本人の俺からするとベトナムって名乗った方が、説得力があるのにとおもうが、こっちの人はベトナムを知らないかもしれない。それに加えて、人間の目が文明に向くというのも事実だ。インドよりも中国は響きが文明的だ(歴史的な経緯でいえばなおさら)。で、またここからローマにもっていこうと試みた。ローマは文明的だ(文化的でもある)。ローマの周辺の目立たなかった国はみんなローマを名乗りたがったかもしれない。アメリカは人類史上屈指の文明国だ(文化とはいっていない)。アメリカを名乗りたがるのは・・・。話が飛びすぎたかな。 1時間カフェの回りの路地をグルグル回ってパリのなんでもない風景をながめた。生活くさい路地までパリだった。喫茶店に帰って、さすがにキスは終わったらしい。アニーの友達がきた。中国人の女の子が2人(一人は本当に中国人だったが、アニーともう一人はベトナムの人だった)フランス人の男の子が1人。会話は全部フランス語・・・。これは昨日の日本食レストランで相当なれた。フランス語のセンテンスの中から英語と同じ単語をみつける遊びを一人ではじめる。しかしよくしゃべる。これがフランスなのかな?とか考える。喫茶店でしゃべるしゃべる。 家に帰って、あるびえるとが作ってくれたカリビアン・カレーを食べる。フランス料理はまだ食べていない。 |
| ■ je suis a paris maintenant. | |
| 08/Oct/2000 | |
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夢をみた。俺が朝5:30分に起きて目覚し時計を止める夢。朝起きた。7:30。俺の乗る電車は8:10。家からユーロスターの駅まで1時間はかかる。寝坊した。かなり行く気がうせた。風邪もよくなっていない。そこら辺にあるものをそこら辺にある袋に突っ込んで出発。Waterloo到着。9:00。窓口に行って当日券を買う。45ポンド(\7,700)。11:43発に乗る。ロンドンからパリまでユーロスターで11:43〜15:59。4時間。ユーロスターの中で韓国人の男の子と話しこむ。彼はバックパッカー
で、イギリスから始めたらしい。前にカナダで俺みたいに英語を勉強していたといっていた。海底トンネルは10分ちょっとで通過。14:59。パリに到着。1時間も早いなんてずいぶんいいかげんだなと思ったら、ロンドンとパリは時差が1時間だった。その韓国人の男の子も気がついていなくって、周りに聞きまくっちゃった。パリ到着。あるびえるとおらず・・・。電車に乗る前に電話したのになぁとかブツブツ言いながら駅の中をフラフラ歩く。構内のトイレは2F(ポンドじゃなくてフランにかわる)。やっぱり金を取るのか。 | あるびえると登場。地下鉄に乗る。地下鉄の駅から出る。歩道の向こうが車道。右手から車がくきて目の前をかすめる。「あぶないなぁ。パリにはセンターラインがないのか?」と思いながら目で車を追いかけると、とんでもなく広い道路。銀座も広いが、こっちは歩道も広い。ずっと向こうに観覧車がみえる。直後に車が右側通行なことを理解した。右側通行だと思ってみると、普通の車の動き。目が慣れてあたりを見まわそうと右を振り向くと、大きな門。「It's CH. DE GAULLE ETOILE」あるびえるとがいう。けた違い。ロンドンとはけた違いに建物に雰囲気がある。ロンドン内にも無数に荘厳な建物はあるが、パリはそれを超えている。「地球の歩き方」には凱旋門と書いてある。ナポレオンが作らせたらしい。ナチスも凱旋した?(凱旋って言わないのかこの場合)。この「地下鉄の駅を出て、ぼさっと振り返って凱旋門に度肝を抜かれる」って体験はとても分かりやすい。ちなみにその広い道路ってのはAv des Champs Elysees。あるびえるとに「Do you know?」とか聞かれたが知っているわけがない。カタカナではシャンゼリゼと書くらしい。そういえば近所の商店街がシャンゼリゼを名乗っていたような気がする。 そのでかい通りをセンターに向かって歩いて、国際車展示会?みたいなものを見にいく(日本でも幕張でやるじゃん)。体力が限界で、ちょっとみただけですぐ出る。20時。夜のセーヌ川を歩く。テムズ川より川幅が狭いが、それにしてもきれいだ。大きな建物が見えた。「ノートルダム?」「いや、あれは少し小さいな。ノートルダムはもっとでかい」とあるびえるとがいったそばから、「あれがノートルダム」という標識があらわれる・・・。(この時から少なくともパリの位置情報についてあるべるとを信用しないことに決めた)。「俺はマルティニーク島出身だからパリは知らない」とは今日のあるびえるとのお気に入りのセリフ。その後あるびえるとの友達と焼き鳥を食べに行く。パリ初日の食事は焼き鳥だった・・・。これがかなりおいしかった。日本のおかしな焼き鳥よりもずっといい。寿司を食べている人もいたが、ロンドンで見たものより数段しっかりしている。やっぱりフランスで食わせるというのは、それなりに意味のある話なのかもしれない。 0時前後。あるびえるとの弟のフラットに到着。荷物をほどく。家を出る時そこら辺にあったものをつかんで、リュックとスーパーの買い物袋に詰め込んできたけど、わりと抜け目ない。シェーバーの充電器だけとか、電気の変換コネクターとか、何に使うんだ・・・?重大なわすれものがあったが、人に言わなければバレないようなものなので、まぁ、いいか。 あるびえるとは弟夫婦と親父さんと弟の奥さんの妹と住んでいる。パリから電車の急行で30分位。土地感としては東武東上線で埼玉に向かっていくような感じ。パリと呼ばれているエリアは広い。日本と違ってフラットはそうとう広い。倒れるように寝こむ。 |
| ■ Oxford | |
| 07/Oct/2000 | |
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朝からのどが痛い。バスの中ではOxfordのパンフレットも読まずにずっと寝ていた。Oxford到着。霧雨。どうやら風邪をひいたらしい。アイススケート場のそばの駐車場に16:30に再集合。気力がなく建物の名前とかほとんど把握していないが、歴史を感じさせる町並みで、ヨーロッパにいるという感覚はロンドンよりもずっと強い。ただ日曜日に行ったため学生を見ることが出来なかった。 | ハンガリーからきた別のクラスの男の子と仲良くなった。彼はドラキュラのTシャツを着ていて、非常にわかりやすい。彼はそれはもうたいそうなメタル好きで、今度いっしょにライブに行こうという話になった。 俺の机の上にあんどれあすの手紙があった。彼は今日スイスに帰った。手紙の書き出しは「I just want to say good bye to you」。11時の飛行機だったから朝バタバタしていた。彼がトイレに入っている時に「Hurry Up!!」っていつものようにドアをガンガンたたいて俺は家を出た(毎日だいたい同じ時間に起きてたから朝のトイレは戦場だった)。きちんとさよならをしなかったな。おかしな事に携帯電話の5ポンド分のカードが置いてある。このカードは携帯電話で電話をかける時の権利になるカードなんだけど、あんどれあすって携帯持っていないのに・・・?って、俺も携帯持ってないのに・・・??? パスポートとかまとめただけでダウン。 |
| ■ 第一幕 | |
| 06/Oct/2000 | |
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今日が最後の授業(10月30日にまた再開するわけだが)。見送られる立場の予行練習。4時間目の授業はパブで。 | 午前中のクラスにいたイタリア人の女性(名前忘れ)は、俺が出会ったイタリア人中ではじめての難しい人物だった。が、じょじょにその印象も変わっていった。お別れになってしまう今日彼女が言った「イタリア人は確かにフレンドリーかもしれないけど、本心とはかけ離れてフレンドリーすぎている場合があるから気をつけるんだよ」。 上から3つめの写真は俺とすー。すーは韓国人の女の子で俺と同じ年。ずっと同じクラスで勉強していた。今日でお別れ。 今日はBob Dylanのコンサート。場所はWembley Arena。横浜アリーナよりちょい小さい。日本人を見かけなかった。年齢層はやっぱり高めだが、俺と同年代もしくはそれより下の数は全体の4割くらいか(20代、10代)。日本でやったら?1割もいないんじゃないかな?メディアがDylanを持ち上げれば若い人も見にいくだろうが、日本では一過性のブームとして終わってしまう。これについては今度書く。俺がDylanのコンサートに行くとJackieに言ったときJackieは息子にさそわれた別のコンサートがあっていくことが出来ないことをしきりに残念がっていた。「絶対にいいわよ!いいにきまっている!26ポンドも悪くない値段ね。はぁ〜あたしの分も楽しんできてちょうだい。何にもなければあたしも行ったのにぃ〜!」。 開演は8時予定で、10分ほど遅れて始まる。待っている間となりに座っていたおばさんと話したりして過ごす。俺の席はステージ前にあるスタンディング・エリアの後ろから13列目。Dyalanが出てくる。熱烈な拍手。が、俺の周り誰も立たない。やった。Dylanはできれば座ってみたかったので好都合。スタンディングではもちろん、モッシュもボディー・サーフもない。やっぱりすこし大人のコンサートという雰囲気が漂う。開始1時間は、たぶん新めの曲をやったんだと思う。1曲も分からなかった。最初はアコースティックセットで何曲かやったあとエレキにもちかえる。もちろん2000年のロンドンのオーディエンスはDylanがエレキをもったって、文句なんか言わない。バンドは多分MTV UNPLUGGEDでやっていた時のメンバーと一緒。今のバックバンドのドラムはDylanの曲に合わないと思うが、これが俺は大好き。合わないと思う理由はずばり「元気よすぎ」MTV UNPLUGGEDのビデオを思い出す。ニコニコしながらガンガンたたく。今日もギターソロの所で、ツーバスをボコボコつっこんでいた。まるでメタルのよう・・・。 一回退場。再び出てきて、Like A Rolling Stoneを始める。その後立て続けにAll Along The Watchtower、I shall be released、Highway61、Blowing in the windを演奏(ここらへんの曲をやらないと暴動になることは明らかだもんね)。Blowing in the windの後鳴り止まない拍手。それをよそに場内の電気がつく。コンサートは約2時間だった。内容的にはとても充実したものだったと思う。有名な曲なんかは派手に手が入っていて、歌詞を知らないと同じ曲だと気がつかない。これはMTV UNPLUGGEDの時もそうだった。ただ、それくらいしないと何十年も同じ曲をやてて飽きちゃうんだろうな。 「神と共にインディアンと戦った。神と共にFirst World Warで戦った。神と共にドイツともロシアとも戦った。神と共に戦って、戦って、戦い抜いた。けど、神が実在するのなら、彼は次の戦争を止めてくれはしないのか?」(With God On Our Side(俺の意訳なので間違ってるかもぉ))。「俺達はメッセージソングを作る必要がないんだよ。だってBob Dylanがいるんだもん」と言ったのは確かブルース・スプリングスティーンだったか? ジョン・レノンが死んで、ジミー・ヘンドリックスが死んで、Bob Dylanが生きている。中学校の時に初めてきいてからずいぶん長い時間をへて、彼のコンサートをみた。 コンサートの後クラブに行った。家に帰ってきたのは5時。7:30に起きてOxfordに行くことになっている。 |
| ■ CHICAGO | |
| 05/Oct/2000 | |
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最近評判のいいCHICAGOというミュージカルをみた。キャバレー(日本のキャバレーじゃないよ)で踊る女達のドタバタをJazzyに黒く描いた作品(だと思われる。英語わかんないからね)。舞台の中央にどーんとバンドが陣取っていて、結構インパクトがある。演奏は気持ちのいいわかりやすい構成で、それをバックに踊っているところをみているだけで、こっちまで楽しくなってくる。ただ無難といえば無難。映画でJazzyなフィルムノワールといえば、ウッディ・アレンだが(CHICAGOもJAZZで黒い舞台だったので、「ブロードウェイと銃弾」を思い出した)、直球といえば直球。ただ英語が理解できていないので、もっともっと見所の多いミュージカルだった可能性は大いにある。それにしても演じている女優は当然みんな薄着なわけだが、スケベ心というより、もっと別なかっこさ圧倒された。
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| ■ International Food Evening | |
| 04/Oct/2000 | |
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Today. We had International Food Evening. We can eat a lot of dishes. Korean Food was best today. But I couldn't eat Kimuchi..... | 今回のInternational Food Eveningは特別だ。韓国の生徒がかなりの料理を作ってくれた。学校にポスターを貼ったりレシピを印刷したり、相当大変だったと思う。ほんとにレストランなみに韓国料理がそろった。俺は8月にやきそば作ったきりだったから何かしようかな?って考えていたところ、「手巻き寿しをつくってあげるよ」って奇特な方々がおられたので、今回は材料を集めただけ(俺が作るよりも全然いい。大賛成)。カニかま買うの苦労した。Jackieがよく使っているので、簡単に見つかるだろうと思ったのがまちがいだった。スーパーの店員に向かってはさみチョキチョキさせながらトホホな顔して「Where is this animal?」俺の姿は異様だった似違いない。他の日本人の友達が、お好み焼き(今度作ろうかと思ってたけど出ちゃったので中止)、唐揚げ(を甘辛く煮たやつ)。他の国からは・・・。覚えきれないくらいたくさんの(にげ)料理が出てきた。 最近写真が少ないので、ちょっと多めに。上から、ごった返したキッチン。8時スタートなんだけど、8時にキッチンに入ったのでは間に合わない。手巻き寿しは友達の家で事前に作っておいてもらった。その下は食堂の賑わい。これは序の口で、これからドサドサ生徒が入ってきたり、皿が運ばれてきたりした。その下は手巻き寿しを生まれて初めて見る外人さん。その下はブラジル人がカクテルを作ってくれているところ。けどそのでかいグラスと棒はどこからもって来たんだろ?その下は俺と同じクラスのLuis。彼がどれだけかわいいかって話はしたっけか?それはまた今度。彼もこの日生まれて初めて寿司を見た。その下はその手巻き寿しを作ってくれたMihoさんとYukikoさん。手前は姉ちゃんが送ってくれた亀だの柿の種。その下は出来上りはじめたブラジル人のりかるど。その下はあんどれあすと寿司。彼も生まれて初めての寿司だった。その下はスイス人でフランス語をつかい、来年イスラエルに住むことになっているざびえ。と、俺。 みなさんお疲れ様でした。 授業から。「Wine Fine Vine」日本人なら簡単。スイス人の友達が苦戦していた。発音で苦戦しているとつい嬉しくなっちゃって(イヤな奴だな)、からかっていたら、あんどりゅーに「Hisashiは別にこれを練習しろ」とかいわれて「Fry Fly」を言い渡された・・・。とほ。たぶんドイツ語圏はFとWとVが難しいんだとおもう。「Wolf」をヴォルフと発音したりする。 いろんな国の生徒がいるので、いろんな言葉が習える。ただやっぱり汚い言葉とかHな言葉を習っている時が一番楽しい。ブラジル人(ポルトガル語)にク○だのF**kだの&$@*#だの教えてもらって、みんなでゲラゲラ笑っていたら、ものすごい顔してブラジル人の女の子が目の前を(足早に)通りすぎていった・・・。 イスラエルの人が使っているのはアラビア語?ざびえが「えいぶるぅ」って教えてくれた。 しゃろむぅ(Hello) まぬぅしま(How are you?) べせだ(Fine) ってこれだけ言い合るってだけでも十分楽しい。(まぬぅしまの「し」はスィ、けど正確には書けないのね) |
| ■ 嵐の前かも | |
| 03/Oct/2000 | |
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週末からこっち非常に生活が落ち着き始めた。多少勉強が出来るくらい落ち着いている。けど、明日は学校でInternational Food Evening(日本人の女の子が手巻き寿しを作ってくれることになった。俺は材料あつめるだけ)。木曜はミュージカル。金曜はSwiss Village。土曜はOxford。で、日曜はパリ。もちろん準備はなんにもしてない。 | 午後のあんどりゅーは評判通りごきげんな先生だった。あんどりゅーが英語教師の難しさを語った。前に教科書の出版会社は神経をすり減らして教科書を作っているという話を聞いたことがある。共産圏、イスラム教、熱い国、寒い国、季節がない国、いろんな国に英語を勉強したいと思っている人がいる。あんどりゅーが実際に教えた生徒の話。自分の家族について話しましょう。「お父さん。お母さん。兄弟。いれば子供とか」って授業をしている時、アフリカの方からきた30代の生徒が「子供3人いたけど全員殺した(killed)」といったいたらしい。もちろん家族について話すってのは即刻中止。別の話題にすばやく切り替えてしのいだらしい。 今日Inspectorがやってきた。何人来たのかしらないが、St Gilesに点数をつけに来たみたいだ。Inspectorは抜き打ちで教室に入ってくることもあるので午前のすざんなは教室の扉が開くたびにまいっていた(そんなもん来ないにこしたことないもんね)。先週学校の壁のペンキを塗り替えていたことと、観葉植物がいきなり増えたことの説明が、今日ついた。あ、なんか床もピカピカになっていた。 ところですざんなだが25歳だ(22/Sepの真中の写真)。 今日授業中じゅりあなの質問によって発覚。あれすたも25歳だった(24/Augの一番上)。ついでにこの前知り合ったイギリス人の友達も25歳だ。だからなんだって分けでもないんだけど、世界中に25歳っているんだなぁ。と。思った。22歳とかそれより年下の日本人より、25歳の外人の方が話がはずんだりして、不思議な気分。なんか一緒なんだよね意識の変化とか。 さて、昨日はGreen Dayの新譜の発売日だった。昨日は買わなかったんだけど今日結局買っちゃった。日本に帰ってから買おうと固く誓っていたんだけど、レコ屋に入ったとたんそれを忘れた。こっちでの扱いはあまり大きくないかも。もちろん大きいか小さいかでいえば、でかいんだけど、RadioheadとかBjorkとかマドンナとかあれこれ新譜が出ていて、置き場がないといった感じ。13曲目に86のLiveトラックが入ってるけど日本盤と一緒? Slash's Snake Pitの新譜が出た。けど、視聴する機械に入っていない。こっちではヤマギワに行くとか西新宿のロック街に行くとかそういう感じの対応が出来ない。何がどこにあるのかわかりずらい。たぶんハードロックばっかりの専門店とかもどっかにあるはずなんだけど、わっかんないなぁ。海賊盤CDっていったら西新宿が世界的に有名。そのSlash's Snake PitがAC/DCの前座としてツアーをまわっている。どうやらイギリスにもそのまま来るらしい。ん〜。ん〜。ん〜。 |
| ■ To go to Paris | |
| 02/Oct/2000 | |
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I'll go to Paris on sunday. And I'll come back London at the 21st of Oct. | パリ行きの電車の券を買った。往復で75ポンド(\12,750)。探せば59ポンド(\10,000)くらいであるらしい。けど、日にちも差し迫っているし、今週は予定がたて込んでいるので、まぁしょうがないかと。問題はちゃんとあれくさんどろとバルセロナで会えるかどうかだ。今回ローマ行くのは諦めるかなぁ。 まりあが来るという話だったが、See you soon!ってメールをもらっていこうサッパリ音沙汰成し。あれ? Jackieは今週末、誕生日祝いってことで息子がコンサートを招待されたらしい(なんか日本語が違う用な気がする)。 今週であんどれあすとお別れ。次の生徒の情報がボツボツ入り出す。次はイタリア人の男の子らしい。日本人の女の子はうちには絶対来ないらしい。何でかっていうと俺がいるから。って変な意味ではなく、それが学校の方針。同じ国の生徒は極力さけて、少しでも英語を使うような環境を作るのだそうだ。Jackieがそう言ってた。「あたしのせいじゃないわよ。学校がそう決めたの」って。ちっ。けど、イタリア人の男の子ってのはそれはそれで楽しみだ。 悪魔の囁きってわけでもないが、イギリスの入国規制緩和はどうやら本当になるかもしれない。イギリスのIT分野の遅れは深刻で、専門技術者の移民を奨励する構えを見せている。これは新聞でも読んだが、昨日イギリス人の友達が「CとかC++でプログラムしてたんでしょ?じゃひさし永住できるかもよ」っていっていた。うっかり試しに業務経歴書でも書いてみよかな?なんて気になったりならなかったり。審査通っちゃったらすごいね(なんか宝くじみたいだな。って、住まない住まない。俺にとってイギリスは住む場所ではない)。ITといえば学校のLANもひどい。しょっちゅうつながらない。ただダイアルアップ・ルータ(日本と一緒ISDNね。ASDLは新聞広告だけで実物を見た事がない)があるだけなんだけど、どうしてそんなにトラブルか?学校の事務所ではWin98でDOS窓ひらいて帳簿をつけている。まぁ技術者が作ったわけではない、うん○VBアプリよりは1,000倍ましか(動けばOKってアプリを押し付けられてムカムカしている事務職の人がどれだけいることか)。 |
| ■ Return of English friend | |
| 01/Oct/2000 | |
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ほぼ一月ぶり(前回は9月6日)にイギリス人の友達とあった。来週の水曜日にあるInternational Food Eveningに向けて食材の確保に付き合ってもらう。日本食を作るための材料はだいたい買える。高いけど。おっどろいたのは「いいちこ(下町のナポレオン)」が20ポンド(\3,400)!!居酒屋で安く飲むためだけにボトルでとるいいちこが・・・。なら、ウォッカを買うよ。チャイナタウンにあるスーパーにも立ち寄る。「男と2人だけで、スーパーに来たことは一度もない。ゲイにみられるかも」と言われた。日本ではしょっちゅうするよねぇ?しないっけ? | その後はお勧めのデートコース(俺と彼のじゃなくて、俺と未来のGirl Friendって意味)ということで、Tower of LondonのそばにあるカフェだのPubだのレストランだのが密集しているところにつれていってもらう。前に書きそびれたが、ロンドンの東側はモダンな建物がたくさんある。古い建物のあいだから突然ビルが突き出てたりして、おもしろい。そのまま北に歩いていくと、俺の入りづらい(つまりオシャレな)カフェとかがたくさんある。 3時間くらいしゃべった。日本人(特に若い子)が、自分を失っていることをしきりと説いていた。現実ではなくてメディアに洗脳されたイメージの世界に住んでいるから、おかしな事が起きる。西欧の男の一部は東の女性は、おとなしくて、従順でやさしいと思っている(思いこんでいる。そうであって欲しいと思っている)。なんなら自分の都合の良いようにコントロールできるはずだとも思っている。日本人の女の子は、アホみたいに働いて、家でビールすすって、休日家の中でゴロゴロするだけの日本の男に嫌気がさしている。もっとやさしくていっぱい話いろんな話が出来て頼り甲斐があって、人に自慢できるくらいかっこいい男が欲しいと思っている(旦那は彼女たちが持っているたっかいバッグと似たようなもん)。で、その2人が出会って、結婚するとどうなるか?彼はこれをCulture Clashといった。2人とも完全に逆の場所にいる。結婚式。青い目の旦那さんは結婚式で袴をはきたがっている。が、一通り友達に自慢し終わった日本人の奥さんはもちろんウェディングドレスを着たがる。青い目の旦那さんは猛烈な反対意見を日本人の女の子からこの時初めてくらうかもしれない。「絶対教会じゃなきゃイヤ。教会じゃなきゃしない」彼がいう。これで何年もつと思う?It's funny isn't it. 彼は洞察力に富んでいて、いちいちもっともな具体例を出してくるので、俺は聞いてばっかりいた。日本はHだという話も、まったくもってその通りだと思う。職場で堂々とHな話が出来るし、Hな広告はそっこらじゅうにあるし、TVでは平気でHなことをしゃべる。高校生のほとんど全員がHしたくてしたくてしょうがないって感じだ。彼が日本に住んでいてパパになって娘が出来たとしたら、それは悪夢(Nightmare)だといっていた。もちろん彼は日本人全員がそうだと言っているわけではない。それに日本だろうとイギリスだろうと1000年後だろうと4000年前だろうと、男同士の猥談なんてのはどこだってある話だ。ただイギリスと比べると、日本はかなりHなものが手軽過ぎる。 世界中どの国の男もHだが、女の方は国によってかなり違う。日本人の女の子は外人に対して、外人の想像を超えるほど積極的だ。もちろん。もちろんこれも人によって違う。彼は他のタイプの日本人の女の子もたくさん知っている。ただその印象が強いという話。 同じ25歳なので、こう、話が合うわけだ。ちと具体的には書かんけど。 日曜なのになぜか9:30に起床。昨日泊まったびっきーに折り紙でクジラ(と思われる何か)を作ってあげる。紙に海の絵を描いてクジラの潮を描いてあげる。その後、びっきーが持っていたパズルで遊ぶ。なんか正三角形の紙にねずみの絵が書いてあって、完成すると全部でまたおっきな正三角形が出来るのだが、難しすぎ。「まだ出来ないの?」とかさんざん聞かれる。あんまり出来ないんでムカムカしてきた(もともとパズルとかだいっ嫌いなのね)。結局びっきーに手伝ってもらって完成。 もちろん、Jackieの孫はJackieのことをJackieって呼ぶ。 今日ヴァージン・メガストアでGreen Dayの新譜をチェックする。無料ライブのセットリストに相当抜けがあることが判明。曲の作りがとっても良くなってる。ちゃんと通しで聴きたいな。発売は明日だから今日は売っていない。視聴は出来る。日本ではフライングが当たり前なのにねぇ。 |