■ Helloween!!
31/Oct/2000
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It's Halloween today. The first picture is my landlady's granddaughter. She is very very shy. So very difficult to take picture. The next picture is my landlady and children. And next is my house mate robelt.(spelling???)

今日はHalloween。5組のちびっこがJackieの家に来た。Screamのお面はたいそうな人気だ。化粧をしてくるのはごく少数で、みんなすっぽりお面をかぶってくるので、ちょっと味気ない。今日のびっきーはそれはそれは可愛いだろうと思って待ち構えていたが、お面するんだもんね、可愛いわけないじゃん・・・。Jackieは子供がくると「きゃ〜!どうしましょう!ひさし!ろべると!」とかちゃんと大騒ぎしてあげるので、子供も喜んで「お菓子よこせ!」って迫ってくる。来た子みんなの写真を取らせてもらったが、大失敗だったのはお面をとったところの写真を忘れていたこと。途中で気がついて、「Could you take your mask?」っていってお面をとってもらったら、ものすごいかわいい男の子(たぶんお兄ちゃん)と女の子で写真を撮り忘れた(なんのためにとってもらったんだか・・・)。

ろべるとの写真。イタリア人らしくとてもフレンドリー。それ以上にまじめなところが好印象な兄さんだ。

今日Jackieからむこう2週間前後でPetrol Strikeがまた始まるという話を聞く。前回の日本の報道のされ方はよく知らないが、Newsweekで初めて知ったという話があったので、ぜ〜んぜん知らないって人も大勢いるだろう。距離を感じる。

Helloweenの新譜が10/21に日本では発売されたというのに、こっちではまったく音沙汰なし。寂しすぎる。Tシャツを着ている人も街で一人見たっきり。

■ 台風一過
30/Oct/2000
Jackieに7:30に起こされる。「交通機関が麻痺しているから今日は早く出なさい」月曜日なのにJackieがなんでまだ家に居るのかは謎だが、「OK.OK.Cheers.」といって渋々起きる。土曜からの嵐はさった。シリアルをボリボリ食べてろべるとと一緒に家を出る。Jackieのいったとおりバスがぜぇ〜んぜん来ない。バス停のそばのNewsagent(コンビニみたいな店)で立ち読みして、バスを待つ。いつもは10分も待たないバスが30分で登場。バスに乗るとこれがまたサッパリ動かない。この前のオイル・ショック以来だ。ロンドンでは車通勤の人がかなりいて、朝の出社と夕方の帰宅ラッシュは泣きたくなるほどの渋滞が起きる。今日はそれに輪をかけて池のような水溜りで立ち往生する車。倒木があって、動かない動かない。結局バスで行くのは諦めて歩いて登校。ロンドンは東京以上に天災に弱い。嵐が去ってもどんより曇っているのはさすがイギリスだと思った。

イギリスに限らず、フランス、スペインでもそうだったが、こっちのサービス業は本当にいいかげん。長距離バスのチケット売り場のお姉さんはタイムテーブルがわからないから、ここに電話して聞いてみてと同じ会社の電話番号を教える。なんでフランス後が話せない俺に?お姉さんが聞いたら5秒もかからんでしょ?ライブのチケットもそう。Infoの電話番号に電話したら、ライブハウスに聞いてみろっていうし、ライブハウス行ったらエージェントに聞けとかいう。俺はどっちにも聞いてんの。日本でもこういうたらい回しはよくある話(救急病院のたらい回しとかはやめてほしい話だ)。もうすこしサービス業らしくサービス業務に踏み込んで欲しいな。こういう発想はたぶん超日本人的な発想なんだと思うが、それが次の商売にも結びつく。とっても大事なことだと思う。彼は日本企業のサービスの虜だ。ベストの温度で出てくる缶コーヒーとかね。商品知識ゼロの馬鹿販売員。マニュアルがないと応対できないアホ受付。一番困った子ちゃんはロンドンでたまに見る日本人。絶対に英語圏を勘違いしている。「そんなことあたしが知ってるわけないでしょ!」「そんなもんあるわけないだろここには」みたいな言い方をよくする。イギリス人の対応の方が彼らの対応より1,000倍はまし。アメリカ系の店舗の対応はさすがに徹底している。GAPとかは日本のGAPにくらべると不気味なほど愛想がイイ。なんかの店に入って店員が日本人だとホント緊張する。「やつも勘違いちゃんだろうか?」

■ ラテン
29/Oct/2000
今のHouse mateのろべるとはイタリア人。ラテン、ロマンシュに属するイタリア・スペイン・ポルトガル・フランスはドイツや北ヨーロッパの人々と比べると屈託がない(ような気がする)。俺の個人的な話。学校の先生は当然大学で語学を専攻した人が多い。一番多いのは一番需要が見込めるスペイン語(南アメリカではブラジル以外は全部スペイン語だ)ではなくて!!イタリア語。フランス語もイタリア語なみに多い。ドイツ語は知っている中ではわずか1人に過ぎない。Jackieは大学でラテン語!を勉強した。ろべるとも高校生の時ラテン語で書かれた詩を勉強したらしい(日本人が漢文を習うようなものなのか?)。今日、ラテン語を使っているのは科学者と神父くらいか?ろべるとの話では結婚式でも葬式でも教会でラテン語が使われているのを聞いたことがないといっていた。ラテン語とイタリア語はそれはそれは相当違うらしい。

これもまた俺の経験の話。ロンドンからパリに行った時。何となく似ている単語がたくさんある。パリからバルセロナに行った時。これもまたフランス語に似ている単語がたくさんある。バルセロナからローマに行った時。スペイン語に似た単語がたくさある。ただ、ローマまで来ると英語から単語の意味を推測することはほぼ不可能になる。

金曜からJackieは旅行(サンセットだっけか?サマーセット?)にいっている。俺の部屋は「日曜日にかたそう。日曜日に」って決めていたので、それはそれは大変なことになっていた。ギリギリJackieが帰ってくる前に片付いた。危ない。危ない。

こっちの学校で知り合った友達のメールに返事を書く。ずいぶんためてしまって、全部書くにはまだだいぶかかりそう。

彼が日本に来て初めて買ったCDはカヒミ・カリ(カリィ??)のアルバム。俺がカヒミ・カリィを知っていたことを驚いたが、俺はカヒミ・カリを知っていた彼にビックリだ。

昨日から嵐。ニュースで嵐に家を吹き飛ばされた人のインタビューを見た。

ちょっとここには書けないが、変な日本人にあったので、その代わりに「アメリカ素描」から引用(意味不明で申し訳ない)

どこかで読んだ日本の雑誌の座談会のなかで、出席したアメリカ人の教授が、大学の新入生に日米戦争の話をすると、おどろいたな、そんな戦争があったんですか、という学生がいたという。念入りにもその学生が身を乗り出してきて
「それでどっちが勝ったんです。」
小咄のようで、おもしろすぎるのだが、大国が生む若者というのは、小国や途上国の若者とちがい、自分以外のことに屈託がないのかもしれない。むろんこういう若者は、地質時代の片岩のことならきっと知っているに相違いない。

■ 武士道
28/Oct/2000
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イギリス人の友達とあの結婚する友達のプレゼントを見にいく予定だったのだが、どーにもコレ!ってものが決まらない。2人でフラフラ歩いている途中、刀の話で盛り上がったので、今日は世界の刀を見にいくことになった(また理由になっていないかも)。

イスラム(正しい言い方がわからないのでイスラムと書くがおもにペルシャ・中近東地域ということ)の刀を見学するために大英博物館へ。途中イギリス人の友達の説明をきく。「見るべきポイントはいくつかある。まず刀の表面。それと先っぽ。それと背中。日本の刀で戦う時は盾がいらないよね。背は刃がなくて、柔らかい金属を使っているから、刀の背が盾の変わりにもなる」彼が刀の話をすると、止まらない。膨大な知識を持っている。

大英博物館で、イスラムの湾曲刀をみる。表面。色の濃い鉱物と薄い鉱物が渦を巻いている。「この地域の刀は3種類の鉱物を混ぜながら鍛えるから表面にこういう模様が出来る。それと先端。日本刀と同じ片刃だけど、先端だけ両刃になっている。だからこの刀は剣道で言う「突き」も出来るんだよ」武器・兵器とは今も昔も最先端の科学だった。イスラム世界の展示物を見学している時彼がアラビア文字(っていうのか?)を読む「%$@*^$ No power without god.って言う意味だよ」「あの文字も読めるの!」「少しだけ」俺も単語一つだけ教えてもらう「アラー」。英語のつづりで「AL...」はアラビア語の「THE...」なのだそうだ(一番大事な具体例を忘れた・・・algorithmとかだっけ?)。その後日本。今はモダンな陶器の展示をしている。前来た時は茶器と浮世絵だった。こんかいの陶器はおそらく日本から借りてきたものだろうが、大英博物館いったいどれだけの史料を蓄えているのか。

日本刀を見るためにVictoria & Albert Museumへ移動。世界中(やっぱり世界中!)の工芸品や装飾芸術が主な博物館。ドレスとかバイオリンとかカーペットとかもある。が、俺らの目的は日本刀。ここでイギリス人の友達の日本刀の解説が30分くらい入る。彼はホントに刀が好きだ。彼の説明を全部書くのは無理。俺の知らない日本語もガンガン飛び出す。

V&Aの後は家に泊めてもらうことになった。夜中までいろんな話をする。日本はやっぱり外人の女の子には危ない国だ。殺傷という事件は少ないが、そのかわりおかしな奴(変態)がうようよいる。痴漢なんてのはその最たる例だ。彼が修めた剣道・居合の話。「もしブルー・スリーがいなかったら空手なんて誰も習わないよ。日本なんてただ金儲けと手先が器用な隅っこの国ってイメージになってんたんじゃない?」

写真をたくさんみた。2年間先生をしていた高校は神戸にある高校。彼ももらった卒業アルバムのヘリからとった神戸の街の写真はどの建物もピッカピカ。強烈な震源を近くに持つ東京人なので、緊張した。彼と俺は同じ歳。彼は世界中を旅行してまわっている。ついこのあいだもモロッコに行って来た。俺はずーっとオフィスでパソコンと格闘していた。彼がうらやましいか?いいなとは思う。彼は世界中のいろんなことを知っている。俺は狭い日本でせっせと生活していた。彼はTVゲームを作ることが出来ない。彼はどのメタルバンドが今一番イカしているか知らない。同じ年月だ。彼にも俺にも何も特別な、うらやんでくやしがるような違いは何にもない。

サマータイムが終わる。時計を一時間遅らせろと言われた。サマータイムってなぁに?

写真。彼は日本刀を一振(ひとふりってこれであってるっけ?)所有している。

■ 防犯対策
27/Oct/2000
一昨日あたりから風邪がぶり返していて、今日も今日とてダラダラすごした。バルセロナで襲われたわけだが、パリもフランスもホントに警官だらけだ。警官の数を増やしたところでなんの役にも立たない。警官がいない瞬間を狙うわけだから。ゲリラなわけだから。数の問題ではない。日本でもこの種の犯罪が増えていると聞く。私服の警官ってわけにはいかないのか?私服の警官が発生率の高い場所を写るんですか何かを隠し持って防弾チョッキを着て、バッグ(バッグは福袋みたいに何が入っているかわからないからイイ餌になる)を抱えてウォークマンを聴きながら歩く(ウォークマンを聴いているっていのは周りの状況がわかりませんよって言っているようなもんだ)。バッグは持っていかれてしまってかまわない。身の安全が第一だ。集めて欲しいのは逃げる瞬間の犯人の写真。これをネットに公開する。何区のどこどこでこいつが出たなんて感じで、毎日毎日集計をだす(声とかも録音できたらいいね)。家庭で使わなくなったバッグを募集していますなんて新聞で言ったりして、なるべく広く、夜道にカメラを持った警察官が歩いていることを告知する。ウォークマンにPHSかなんか仕掛けておけば、盗品を売っている店を摘発出来るかもしれない。ウォークマンみたいなものは犯人が使いつづけるかもしれないし。犯人があっちに逃げたって言っているのに、病院行くかい?なんて聞いてきた、気のいいバルセロナの警察官を思い出して、考えてみた。

返事もキチンと書けていない俺にみなさんからメールがたくさんくる。学校の友達からもたくさんきている。日記ホントは英語で書かんといかんのになぁと反省。

日本の書籍の先週のランキング。
第1位 新・人間革命(8) 池田大作 聖教新聞社
第2位 太陽の法 大川隆法 幸福の科学出版
第3位 君ならできる 小出義雄 幻冬舎
第4位 話を聞かない男 アラン・ピーズ 主婦の友社
第5位 十津川警部 西村京太郎 角川春樹事務所
若者の活字離れはいいとして(活字離れを平安時代の貴族が嘆いていた。ってことは、本ってそういうものなのね。今も昔も)、こ、これはいったい・・・。俺が日本に帰る頃には全体どうなってしまっているのでしょうか?

■ だっせん
26/Oct/2000
ましゅーお勧めのDinosaurをみにいく。「知らないの!It's so good!俺2回も見ちゃった」。配給がディズニー・・・。古生物に関する大胆な仮説や恐竜が英語をしゃべっているのは良いとしよう(じゃないとディズニー映画にならないもんね)。ただ、どこをどー切ってもディズニー。美しい(ということにしたがっている)友情。純(本能的な性をなんとか隠した)愛。尊い(でも薄っぺらな)自己犠牲。こういうアメリカチックなものも好きだというのは面白い標本にはならないか?Jackieは絶対にこれがいいとは言わないだろう。

映画始まるまでのこ一時間、館内にあるゲームセンターで時間を潰す。俺のお気に入りはスターウォーズのバンバン打つゲーム。1パウンド入れるが機械が反応しない。何度か思いっきり叩くとコインを食った(これがいけなかったらしい)。わりと難しいゲームで10分程度でGame Over。が、なぜかコインがまだ入っているという事になっていて、Continue。???あそこの日本人がずっとやりつづけているぞ?さすが日本人みたいな感じで、黒山の人だかり(9割ちびっこ)。まわりに説明する「ちがう。ほら死んでるだろ?でも続いちゃうんだよ!」玉なんか打たなくたって俺の勝ちなんだといって両手を離したりするが、いかんせんオーディエンスが若すぎて、俺がとんでもない奴だと勘違いしている。え、映画の時間が・・・。変わってくれぇ〜。「Do you want to play?」「やだ。おじさんがならないと先の絵が見れないじゃん!」

パールハーバーという映画の予告を見る。来年の夏公開らしい。これJackieと見にいけてたらなぁ・・・。should be interesting。ブレアウィッチ2が始まる。Romeo must die今やってるけど、これって去年日本でやってなかったっけ?

あるびえるととマンガの話をしたとき、彼はINVADE(侵略する)という言葉を使ったが、これは大袈裟な表現ではない。戦争ではアメリカにやられ、車でやり返し、コンピュータでやられ、ぴかちゅうでやり返す。こっちのポケモン人気も恐ろしいものがある。映画館でポケモンTHE MOVIEの予告編をみた。こっちの学校休みなもんだから、ちびっこだらけ。ぎゃーぎゃーさわぐさわぐ。なんか映画の主題歌まであるらしい。外人がポケモンの歌うたってる・・・。パリとバルセロナとローマに行ったが、マクドナルドと同じくらいの頻度でぴかちゅうを目撃。日本人はどーしたわけか、この浸透力を評価しない。アメリカなら、2番手、3番手を繰り出して、その市場を食い破るまで止めないだろう。ぴかちゅうとソニーのプレステで育っていくちびっこをInvadeしてしまえ。

■ 難航
25/Oct/2000
今週はなぜだか知らないが、こっちの学校がお休み。なので、びっきーもましゅーも家でゴロゴロしている。今日はましゅーをつれてナイスなお土産をゲットすべくセンターに出かけた。昨日何時でもいいよと俺が言ってしまったため、ましゅーは15時に登場(それまで寝ていたというのだから末恐ろしい)。ましゅーの英語は聞き取りにくい(というより聞き取れない)。それでも面倒くさがらずキチンと話をしてくれる。ましゅーがバイトする自転車屋。ましゅーのお母さんが受付している歯医者さん。ましゅーの学校。小遣いがたまると気になるエアーガン・ショップ。いつものロンドンにまた少し色がついた。

ましゅーがセンターを案内してくれるということだったのだが、どうやらセンターは俺のほうが詳しいらしい。ただどこでましゅーの履いているような、イカシタ15ポンドの靴が買えるのかとか、安くておいしい紅茶はどれかとか、お菓子を買うならどのスーパーとか、そういうことは俺は知らない。

ましゅーを連れていつものインターネットカフェへ。ましゅーはここに来るのが初めてだという(パソコンありゃこんなところ来る必要ない)。もちろん英語が読めるましゅーと徹底的に宮崎関連のビデオを検索。み、みつからない・・・。アメリカ版はあるのに。

晩飯時に、ホラー映画の話をJackieとろべると(あんどれあすの次のhouse mate)とした。Jackieは「サイコ」だ。ろべるとはホラー映画がみれない人らしい。俺はホラーらしいホラーを見た事がない。そんなもんで、ホラーの話は盛り上がらなかったので、イタリアの映画の話になった(俺は全然ついて行けなかった)。Jackieがみた中で一番印象に残っている映画は「終戦後のイタリアで極貧の家族が一生懸命働いて買ったバイクを盗まれてしまう」という映画らしい。なぜ印象に残っているかというと、バイクを盗まれて映画が終わってしまうから。「なんだったの〜!この映画〜!」とその昔のけぞったらしい。「ライフ イズ ビューティフル」の監督はイタリア人?そんな話も出た。マカロニ・ウェスタンの話をしたら「スパゲティ・ウェスタンはスペインの映画」とJackieに一蹴されてしまった。???

■ きまらな〜い
24/Oct/2000
新婚になる友達の土産がまだきまらない。Jackieに相談。「友達は男?」「そう。男友達」「奥さんが喜びそうなものを選びなさい。それが賢明よ」「あ〜は〜」「スペインのテーブルクロスとかそんなに高くなくてきれいよ」「帰ってきちゃったじゃん!」「紅茶?Harrodsの?」「え〜」「あれも普通のくせして高いのよね」「はぁ」

イギリスでは結婚祝は必ず結婚する前か結婚式にあげることになっているらしい。なぜか?結婚式にそれらプレゼントされたものを並べるのだそうだ。「誰がいくらの何を買ったかみんなにバレちゃうのよ!最低!最悪!なにこの安物のテーブルクロス!とか言われんのよ!バカが調子に乗って300ポンド(\50,000)のディナー・セット贈ったり!やめて〜」この習慣Jackieはそうとう嫌らしい。

14歳のましゅーが自転車屋でバイトを始める。1ヶ月で100ポンドくらい稼げるかな?って。今日はましゅーとTVでCON AIRをみた。2人で筋のあてっこをした。ましゅーはドクター・ペッパー。俺はビール。映画は誰といったか、どこに行ったかを思い出すが、その頃どんなだったかを思い出す助けにはならない。音楽は文字通り流れているので、その頃の状況を思い出す。CON AIR。もうずいぶん前の話だ。

ましゅーの夢は金持ちになって、デカイ家をつくって、その中の一部屋に世界中のTVゲームを集めるのだそうだ。彼は今プレステ2が欲しくて欲しくて気が狂いそうだ。

■ Harrods
23/Oct/2000
学生なもんで、こうキチっとしたお土産は勘弁してもらう(変なものはコソコソためこんでいるが)としても、11月に結婚する友達にはさすがにキチっとしたものを上げないと失礼だろうということで、あれこれ友達に聞いてみた。「どこいったら、こう、ちゃんとしたものが買える?」「Harrodsじゃない?」さんざんきいてまわった。「どこがいい?」「Harrodsかねぇ」。「どこで買お」「Harrodsかねぇ」Harrods。Harrods。Harrods。なので今日はHarrodsだ!

Harrodsの名前は前に出たか?Harrodsのなんたるかをちっとも知らなかったので、ガイドブックで調べた。

イギリス社会には現在も中世の封建制度のもとで出来あがった階級制度が生きている。文化、教養、マナーから、住むエリア、家、車まで、すべての面において階級による歴然とした違いが存在する。言葉一つを例にとっても、私立のパブリック・スクールに通った人と公立のステート・スクールに通った人では話す言葉が異なり、また、ロンドンの下町の労働者階級はコックニーと呼ばれるなまりの強い英語を話す。上流階級が読む新聞は「インディペント」「ファイナンシャル・タイムズ」中流階級は「ガーディアン」、労働者階級は「サン」「デイリー・ミラー」と、生活に関するほとんどすべてに、その属する階級色が表れてくる。上流階級の人は決してパブでダーツをしたりしないし、労働者階級の人はハロッズへ買い物に行ったりしない。

ようは金持ちのためのデパートだということらしい。それにしてもどこかで聞いたことがある。Jackieの誕生日の時だ。向かいのおばさんが日本人はHarrodsの袋だけもって帰るとかなんとかいってたな。それと別の日にJackieがいってたのは、年明けの初めての開店で限定一台大型テレビ1ペンスなんてこともするらしい。ガイドブックの印象と違う・・・。

地図で調べていってきた。来た来た。ここ来たことある。前に通ったことがあった(中には入ってない)。ショーウィンドウの中に故ダイアナ妃のでっかい写真がガーンとあって、その前に赤いバラがドサっと並んでいて、ずいぶん下品な趣味だな(死んだ人をダシにしようという魂胆が見え透いている)なんて思った、あの建物だった。金持ちのデパートって読んでたもんで、恐る恐る近づく。ふつーの人が出たり入ったり。俺も中に入ってみる。ただただデカイ。デカイ。デカイ。お土産売り場っぽいところを発見。やっぱり紅茶か?なんて眺めてみるが、スーパーでうっていたあの紅茶とどう違うのかサッパリわからない・・・。Harrodsって名前は入ってはいるが・・・。紅茶中止。と、ここで自分が何階のどこにいるのかわからなくなる(年甲斐もなく迷子になる)。女物の下着売り場とかレストランの中とかをウロウロ歩く。おもちゃ売り場発見(この時すでに自分がなぜここにいるのかを忘れている)。「お前そりゃ高すぎる。予算オーバーだ」なんて言われている子供の顔とか楽しみながら散策。レゴ・ブロックの売り場にピンク色の箱を発見。どうやら女の子向けのレゴというのも存在するらしい。おそるべし。前に友達からもらったメールでHarrodsには1ポンド(\170)払って使うトイレがあるという話を教えてもらった。ようをたしにトイレへいってみた(これも案内が中と半端で歩いた歩いた)。1ポンド払え。え?トイレ全部?どうやらトイレ全部1ポンド払う必要があるらしい・・・。しょうがないので(しょうがない?)我慢した。パブならタダだし。

結局行っただけで終了。金持ちご用達という振れこみなわりには、庶民的だった。たぶん状況が変わってきているんだろう。なんでダイアナ妃の写真があったのかとか、1ペンスのテレビとか、納得できるような気がする。ロンドンの移ろいは早い。彼が2年間ロンドンにいなかったあいだに、刺青がかなり普及していたことに驚いていた。町並みもずいぶん変わったなんてことも言っていたっけ。俺が鈍いのか、様変わりしてしまったのか、俺はまだ階級社会というのを肌で感じる体験をしていない。うかうかしているとなくなってしまうかもしれない(なんて言いながらなくなりゃしないんだよという確信を持っている)。

あー。何あげようか・・・。

■ Motorhead
22/Oct/2000
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俺がどうしても帰ってきたかった理由はMotorheadのライブだ。Motorheadは俺が好きだったMetallicaのお父さんって感じ。70年代後半から80年代なかごろまでイギリスで起こったNWOBHM(New Wave Of British Heavy Metal)で、生き残った数少ないバンドの一つ。NWOBHMはNew Waveっていうくらいで、この時期、本当にいろいろなタイプのバンドがあらわれた。実験的な試みがたくさんなされて、実験どまりで消えていったバンドもたくさんある。イギリスで初購入となったCDのDiamond HeadもこのNWOBHMの時期のバンド。この時期ホントにいいバンドが出たが、それはまた別の機会に。Motorheadの音となりは簡単。ブルースが好きでエレキを買いました。練習に飽きちゃったのでアンプのボリュームを目いっぱい上げてみました。それでもやっぱりつまらないので、思いっきり早く弾いてみることにしました。Motorheadの出来あがり。Motorheadは、パンク、ロック、メタルなどうるさい音楽をやるバンド連中から熱く支持されているバンドであるということと、今年結成25周年でこれからヨーロッパツアーに出るくらい今でも元気(12月21日までほぼ毎日どこかでやる。さすがにクリスマスは家でゆっくりするのかな)であるって、この2点が重要。

会場はBRIXTON ACADEMY。BRIXTONとは黒人街だ。ダンス系の音楽雑誌にBRIXTON周辺のクラブがたくさん紹介されているが、俺一人でいくのはちょっと危ないかも?と思って夜には近づいていない。今日の客層がすごい。たぶん平均年齢は30代前半か?若い子もたくさんいるが、40、30代に混ざっていると言った方が正確。Jackieくらいの人もたくさんいる。これはすごいと思った。ゴリゴリのロックバンドライブに中年があつまるっていう、同じ風景を日本で見るためには、あと10年はかかるか?(つまり俺が40代にさしかかるあたりってこと)明日会社で、「昨日Motorhead行ってきちゃった」とか会社で自慢したりするのかな?

前座はMisfitsのようなバンド。音がちゃんとパンテラを通過した後の音で、ヨサゲな感じだったが、いかんせん、Motorheadの前なので、早く終わって欲しかった。

21:30。さんざん待たせて、Motorhead登場。まわりのおじさんたちが暴れる暴れる。まわりのおじさんはきちんとお金を稼いでいるので、結構な量のマリファナとかハシシを吸い始める。ラリッたおじさんに抱きつかれて、「どこからきたぁ〜!あんなクソが日本人にも好かれてるのかぁ〜!」とかいって、モッシュ・ピットに突っ込んでいく様はかなりよかった。そうかと思うと、じっと目を閉じて腕を組んで聞き入っている人もいて、ホントに楽しい。レミーはやっぱりベースをコード弾き。演奏力というより圧倒的な力で押して押して押しまくる。実を言うとMotorheadの最近の作品はチェックしていない。レコ屋で視聴どまり。今日のセットリストは古い曲が多かったので助かった。会場にはTVカメラも入っていたから、たぶんこのツアーのDVDか何かが来年に出そうな気配。

Motorheadはこの前ベスト盤がでた。これでヨーロッパ中をまわろうって魂胆(日本には6月にきている)。だいぶ長い間かけてされてきたポール・ウェラーの再評価ブームはさった(The JamのもStyle Councilのベスト盤も出しちゃっし、もう打つ手がない)。こういう大御所クラスのミュージシャンが出にくい。

シメはもちろん名曲Overkillなわけだが、事件が起こった。ゲストのギターリストにブライアン・メイが入ってきた!最近のブライアン・メイはあちこちに顔を出している。ミッションインポッシブルのサントラにもFoo Fighterといっしょに一曲作っている。どうしてもバンドをもう一回やりたいという思いがヒシヒシと伝わってくる。再結成というと金儲けとすぐレッテルがついてくるが、たぶん多くのロック・ミュージシャン(他のジャンルは知らんからね)は、金よりもなによりも、また音楽がやりたいって気持ちがいつもあるんじゃないだろうか?完全にやめるってことは血がさせない。けど新しく何か始めるにはThe Queenのプレッシャーが大きすぎて、昔のものをまた引き出してくるには芸がなさ過ぎて、とりあえずサポートって形でロックしてみるっていう位置に、今、彼はいるのかも。下の写真がブライアン・メイ。ウズウズしているブライアン・メイをみた。生きててよかった。

■ ロンドンへ
21/Oct/2000
9:00。パリに到着。あるびえるとに電話をして、これからあずかってもらっていた荷物の一部を取りにいくことを告げる。

17:10。ロンドン Wortarloo行きのユーロスターが出発。電車ってこんなにゆれないのかと感動。

ロンドン時間の19:30(パリの時間では20:30。つまり3時間ってこと)。Wortarloo到着。パリも寒いがロンドンも寒い。パリは夕焼けが綺麗だったが、ロンドンは雨。なぜだかわからないけど、ロンドンに帰ってきたのが嬉しくてしょうがない。入国審査。何にも聞かれない。「英語勉強しに来たの?」「Yes」だけ。ユーロスター開通からロンドンの治安がさらに悪化したという話もあったな。Wortarlooで勝手知ったる地下鉄Northern Lineに乗り換え。いつものLeicester Square。大英博物館の最寄駅Tottenham Court Roadをすぎて、Camden Townをすぎて、Highgate。Highgateで降りて134番のバスに乗ってFriern Barnet。もうJackieの家。俺の家。ドアを開ける。Jackieが飛びあがって喜ぶ(喜ぶ?)「Hisashi!あんた帰ってくるの22日だっていったじゃない!」「え?今日は?」「今日は21日よ!」お茶が出てきてあれこれ話が尽きない。「え〜!じゃ、バルセロナで勝ったのね!」「うんうん。負けなかったよ」「きゃ〜すご〜い!」(ましゅーに電話しに行こうとするJackieを止める)

旅行の総括は今度まとめて書こう。書くのも大変だし、読むのも大変でしょ。いろんな人にあった。話もいろいろしたし。バスでどれくらいの距離なのかってのも体で知った。ロンドンにはあと3ヶ月。English Senseを吸収しよう。

■ 移動日
20/Oct/2000
朝9時のバスは時間通り出発。バスには男4人しかのっていない。自然みんなで話し出す。一人はどうみても顔が日本人なカナダ人。で、発音が聞き取れない。citiesを「しぃでぃず」という。カナダの発音なのかな?思いながら話をしていて、途中、話が中国の毛沢東や文化大革命あたりに飛んで、彼のおじいちゃんが中国人であることを聞いた。なっとく。学校にも2人だけ中国人がいる。もう一人はオランダ人のバックパッカー。「ガキにこの椅子触るなっていうだろ?(といって俺の椅子をパンパンたたく)けど、どうせ触っちまうんだよ。気になって。マリファナだって売春だって一緒だ。やるなっていややっちまうんだよ。とくにフランスみたいにガミガミいってりゃそりゃみんなやるって。解決方法はやるなって押し付けることだけじゃない。ただFreedomはProblemって言葉と完全におきかえることが出来る」というような話をきく。オランダはマリファナも売春も合法だ。彼は比較的物価の安い国々をまわっている。「なんで俺がQueenに金を払わなきゃいけねぇんだ。あいつらがどれだけ溜め込んでるか知ってるか?イギリスにはもちろんいってみたいけど、それはまぁ俺がリッチになったら考えよう」

彼らからイタリア人の仕事事情も教えてもらった。「他の国に比べればのんきにやってるとかなんとかいろいろ言われてるけど、そりゃホントにごく一部だ。外人の目から見えたごく一部が、イメージ通りのイタリア人なだけで、最近は土日に働く奴だっていっぱいいる。贅沢するためじゃなくって生活するために働かざるを得ない奴が山ほどいるんだよ。アメリカで家も車も持っていた友達がこっちで働いているけど、物はなーんにもなくなっちゃったっていってた」

1:20。フローレンス到着。15:20。ボローニャ到着。ここでドドっと人が入ってくる。中に日本人の男の子がいた。彼は造園の勉強をしにイタリアに来たらしい。これからロンドンの知り合いのところにいって、イギリスのあちこちの庭園を見てまわるといっていた(こ、このバスロンドンまで行くのか)。19:00ミラノ到着。まだまだイタリア。23:15。トリノ到着。3:30。南フランス、リオン到着。9:00。パリ到着。実に24時間バスに乗っていたことになる。ケツは痛いが、そんなに長くは感じなかった。

■ ローマ
19/Oct/2000
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2:30。ローマ到着。滞在時間が19時間を切っているので、ユースホステルを探すのはやめて、バス停のすぐそばのホテルをとる。一晩\6,000。荷物を部屋において地下鉄でローマの中心駅テルミニへ。地下鉄を降りてツーリスト・インフォメーションで地図をもらう。最初はコロッセオだ〜!

途中道に迷う。地図もあてにならんなぁと思って、誰に聞こうかフラフラ歩いているうちに、家と家の隙間からあの壁が見えた。その隙間を行くってわけにもいかないので、大回りして、到着。デカイ・・・。外側は武道館くらいあるんじゃないのか?10.000リラ(\500くらい?)払って中に入る。昔コロッセオの写真を見て不思議だったのは、闘技場なのにどうして壁が立っているのかってこと。これは映画グラディエータをみるまでなぞだった。あの映画で下から虎が出てきたとき、飛びあがって驚いた!あの壁の上が床なのか!床の下にいろんなものをしかけられるのか。虎だって、蛇だって、新手だって、炎だって、武器だっていいわけだ。コロッセオの客席を歩きながらこれはすごいエンターテイメントだと思った。ここで、人の殺し合いを、これだけの人数で観戦していたのか。

コロッセオを出てその隣の古代ローマ遺跡、フォロ・ロマーノに。今ではボロボロの廃墟だが、神殿や凱旋門がある。午後の日の中、元気いっぱいの俺よりちょっと若そうな女の子のガイドがイタリアなまりの英語で体をぶんぶん動かしながら説明していたのがかわいかった。

ローマにも当然、川がある。あれくさんどろに教えてもらった散歩コースを無視して、川沿いをあるく。これはロンドンでもパリでも観光名所を巡る常套手段なんだけど、ローマでは通用しないらしい・・・。ふつーのヨーロッパの建物がずーっと続く。途中、ボッカ・デラ・ヴェリタに立ち寄る。って真実の口と呼ばれているもの。夕方に行くと写真のような光加減なので、午前中か曇りの日に行くことをお勧めする。

川沿いに歩いてどこに行くのかというと、ヴァティカン市国だ。面積44ヘクタール。人口1,000人。8億人のカトリック信者の総本山。ヴァティカン。ついたのはもう夕暮れ時で博物館には入れなかった。サン・ピエトロ寺院だけ見てまわった。が、ここだけでも相当広い。見ごたえのある石像がそこかしこにある。跪いて祈りをささげる人も大勢いる。フラッシュ撮影は当然禁止なわけだが、この雰囲気の中でシャッターを切るのもそうとう勇気がいる。チキンの俺は取りたい写真も取れぬまま退場。

ホテルへの帰り道はあれくさんどろ指南の散歩コースをとる。が日が落ちて街がよく見えない。途中ふらっと入ったレストランは英語とフランス語のメニューがあった。サラダとカルボナーラを注文。出てきた皿のでかさといったらない。まりあの食いっぷりを思い出して一人でくすくす笑った。途中で食えなくなって、あっぷあっぷしている俺をみた前に座っていた外人が「Have you had enough?」と笑いながら聞いてきた。「Yeah. So big for me.」「Where do you come from?」「Japan」「I see」残しちゃった理由をウェイトレスにきちんと説明してレストランを出る。ホテルに着いたのは21:00。そのまま眠る。

■ 移動日
18/Oct/2000
街中ではバックパッカーのあの大きなバックパックは目立つ。ユースホステルの中では長い旅で汚れたバックパッカーだらけで、逆にロンドンから飛び出してきたまんま、普通のリュックにスーパーの買い物袋しか持っていない俺の装備はユースホステルでは異様だ。

ユースホステルのチェックアウトを済ませ(って何にもしないんだけどね)、出発時刻の17:00まで港でぼけーっとして時間を潰す。キラキラ光る海を見ながら日向ぼっこをするおじいさんや、ひとっ言も聞いていない孫にずーっと話し掛けているおばあちゃん。バルセロナは予想以上に滞在しちゃったな。あれくさんどろと会えたから、まっ、いいかと思って、手帳を眺める。今日が18日でローマ到着が19日の14:00だろ。ローマ出発が20日の9:00・・・。あれ?ローマに19時間しか滞在できない・・・。一番行きたかったローマが一日も滞在できないってのは残念だったが、バルセロナの港をぼけーっとみていると、それもそれも面白いかって気になる。バルセロナからローマにいく月曜日が満員だといわれたときも、これはこれで滞在してみて楽しんでみなって誰かに言われたような感じがした。

バスが一時間遅れの18:00に到着。遅れると俺がプラットフォーム間違えたんじゃないかとか、ものすっごい気になるのでやめてほしい(やめられるもんなら)。19:00。バルセロナの2つ目の駅(バルセロナってデカイんだ)。20:00。休憩。21:30。バスが止められて、フランス人の警察官が3人入ってくる。ここでこの旅初めて、パスポートの提示を求められる。なんでフランス人なんだと思ったが、スペインからフランスに入ったのね・・・。その次はフランスからイタリアだ。このあと映画「コップ・ランド」の上映。この音がうるさくて、眠れたもんじゃない。意図としてはこの映画が終わった後に睡眠をとると翌日、活動しやすいかもねっていうことなのだが、余計なお世話だ。しかもスペイン語吹き替えだし。4:00。ニース到着。ん〜。まだまだフランス。眠い・・・。12:00。ローマ130Kmの標識を発見!あと時速130Km/hで1時間。1:00。休憩。ガソリンの価格が2.205Lになっている(リラになっている)。それとスペインとイタリアは「,と.」が逆なので、買い物とかは注意が必要。最初はホントに「え〜!この皮のジャケットが100円もしないのぉ〜!」とか本気で驚いた自分が可愛そうで・・・。2:30。ローマ市内ティブルティーナ駅到着。バルセロナ同様25度はありそうだ。

■ バルセロナとべスパ
17/Oct/2000
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昨日した約束通り今日はバイクで街を走った。Penitentsって駅までヘルメットを取りに行く。最初の目的地はティビダボ。旧市街から2つの山が見える。一つは丘程度で、モンジュイックの丘。もう一つはちゃんとした山で、ティビダボ。あれくさんどろはモンジュイックの丘に連れて行ってくれようとしていたんだけど、俺が昨日行ったといったら、こころよくティビダボに変更してくれた。ティビダボまでの道のりはわりと遠い。あれくさんどろが運転するべスパのケツにしがみついて峠道を走る。頂上に到着。頂上に小さい間抜けな遊園地があって、せっかくの景観を損なっている。あれくさんどろらしいバルセロナの解説が入る。あれくさんどろはバルセロナが気に入っている。街も人も自然もとても調和がとれている。旧市街と新しい部分の成り立ちの話はこの時聞いた。バルセロナ・オリンピックのスタジアムを設計したのは日本人だとか(俺が知らなかった)。山のふもとに見えるあのアンテナはイギリス人ノーマン・フォスターのデザインで彼はロンドンのウェストミンスター駅やミレニアムドームのデザインで有名らしい。

頂上には教会がある。取りたててどうという教会ではないのだが、中に入った。中に入ると白い器に水が張ってあって、あれくさんどろが右手をつけて十字を切る。俺も真似してやってみる。最後になめてみたら塩水だった。聖水?「うわ!それみんな手入れるからキタナイよ」ってあれくさんどろにおどろかれた。

あれくさんどろの友達が勤めている美容院があるから、そこを襲撃して料金をタダにさせてしまえ!って話になって、美容院へ。あれくさんどろの友達はお休み。ただの客になってしまった・・・。俺の髪を切ってくれたのは元気で明るい女の子だった。「今ロンドンで英語の勉強してるんだよ」というと「いいなぁ!あたしも3年前までロンドンに住んでたんだよ。帰りたぁ〜い。ロンドン」「バルセロナは?」「飽きた。だって何にもないんだもん」建築家のあれくさんどろと美容師の女の子ではまた違ったバルセロナ観が出てくる。ちなみに料金は2,000ペセタ(\1,400くらいかな)。

あれくさんどろの事務所をチラッと見学して家に行った。ここであれくさんどろの姉ちゃんが電話番号を教えてくれたニコラが出てくる。ニコラは建築を勉強していた頃の友達で、今会社で同じプロジェクトに携わっていて、一緒に住んでもいる。ニコラは人懐っこいイタリア人で会って5秒後には旧知の仲のように接してくれた。晩御飯はあれくさんどろが作ってくれたパスタ。ハムをパスタみたいに薄く切って、白いソースをかけるやつ。

明日ローマに出発する。あれくさんどろと遊べるのも今日まで。「今度休みとったらイタリアにおいでよ。その時は俺も休みを合わせてイタリア中をガイドしてやる。べスパでね」「べスパで!」「いやか?」「とんでもない!」

■ あれくさんどろ登場
16/Oct/2000
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昨日のひったくり?の話だが、同じユースホステルを利用している人で俺のほかにあと2人、近い場所で襲われたらしい。それとゾッとしたのは、フックが外されたのではなくて、ナイフで切られていたということだ。彼らはナイフを持っていた。もし俺がはっきりとした歯形が奴の腕に残ってしまうくらい噛み付いていたとしたら?逆にもし俺もナイフを持っていたとしたら?ニュースで流れる定番フレーズだ「○○さんをカッとなって殺害」ナイフで刺されるというよりナイフを持つという状態こそが恐ろしい。

10:00。あれくさんどろの仕事場に電話をする。彼が電話に出た。「ぎゃ〜!会えないかと思ってたよぉ」15:00に会うことになった。それまで美術館めぐり。海とゴミゴミした街とかっこいい建物がそうとう気にっていたのだが、そふぃーじゃないが、正直、見てまわるのは飽きた。ガイドブックで下調べして出かけた。

ピカソ美術館。少・青年期の作品が主な展示物(ピカソはスペイン人)。子供の頃のいたずら書きがたくさん。小鳥が着地する瞬間とか、道で話している人とか、精細に大きな動きをもってかかれている。俺が11歳の時にこんな絵かいたらなぁ・・・。病院つれて行かれたかも・・・。

カタルーニャ美術館。「ロマネスク壁画の宝庫として世界でも高く評価されている」綺麗なものならみようじゃないか。って事で出発。200ペセタ(\140)払って中へ。やけに安いな?最初の部屋はネアンデルタール人の骸骨。なぜ?おかしい。土器や青銅器や鉄器が館内を埋め尽くしている。なんなんだ?結局その広くもない建物を全部まわって、表に出た。Museu d'Arqueologia de Catalunya。カタルーニャ歴史資料館!(たぶん)。MuseuとCatalunyaだけを頼りにしていたから、間違えた!Museu d'Art de Catalunya到着。800ペセタ。教会の壁画ということもあり、9割9部9厘神様の絵。このポスターみたいな色使いはあまり好きではない。2000年?神の絵を描きつづけてまだまだ飽き足らないというエネルギーはなんなんだろう。

ミロ美術館。「ダリと並ぶスペインの代表的なシュールレアリスト」だそうだ。何かを現した作品が並ぶ(芸術作品に対する言葉での説明の限界だ。もうかけん)

15:00待ち合わせのインターネットカフェの前。やっぱりこない。イタリア人だからな。カフェの窓際の席を取って、Webサーフィン。やっぱりイスラエルが焦げ付いているらしい。15:40。あれくさんどろがべスパで来た。これもまた説得力のある風景だ。イタリア人がイタリアのバイクに乗っている。

バルセロナで一番古いパブにつれていってもらう。ここは俺が腕をつかまれた広場だ。あれくさんどろといると同じ街がまったく違う街に見える。彼はスペイン語もしゃべれる(カタルーニャではない)。俺はたぶんほっとしたんだろう。まともにみてまわることが出来なかったその広場が青空に映える。昨日の話をする。「あ〜。あそこらへんは危ないよ。俺も車で赤信号まってたら、わけのわからん奴がドア開けてきて、俺の助手席をあさられた。怒鳴って追い返したけど、変なのが多い」「昨日のはスペイン人には見えなかったよ」「黒かったろ?どうせモロッコ人だ」「一部のモロッコ人ね」「そう一部のモロッコ人」

その広場に面したパブでビールを飲みながら、あれこれ話す。一昨日食べた、フランスパンの上に具がのっている料理はタパスというらしい。あれくさんどろはスペインの建築会社のヘルプを今していて、9:00〜15:00の契約で働いている。一日6時間なんてうらやましい。その後、岸をかえて、EL Portalonというパブにいく。ここのチョリソがメタメタおいしくて場所を覚えようと思ったんだけど、とても無理。バルセロナは旧市街と新しい街とにわかれる。旧市街は昔からある村で、その周りの村を吸収するように大きくなっていった。吸収する時にこの街をデザインした建築家は160m平方の正方形でブロックをわけた(というか、分けることしかしなかった)。だから新しい部分は整然として歩きやすいが、旧市街地はとても複雑な道になっている(ここらへんは全部あれくさんどろが教えてくれた)。もちろんEL Portalonは旧市街地の中の中にある。

あれくさんどろはバルセロナが好きだ。ロンドンではただの学生だったにも関わらず、あくせく働く雰囲気を感じて、ずいぶん息苦しかったらしい。ロンドンにくらべればバルセロナはリラックスできると大喜びだ。あれくさんどろは東京では働けないなと、あれくさんどろが日本の会社に勤めている様子を想像して可笑しくて笑った。俺からするとロンドンでもモタモタしすぎて逆にイライラするのに。

2人で昔話(といっても3ヶ月もたっていないのに)をしている最中に、電話してくるといってあれくさんどろが席を立つ。なんだか楽しそうに話していて、15分くらいだって戻ってきた。彼女に電話していたらしい。「もう付き合ってだいぶたつけど、なんで年がら年中、元気だった?今日何してたの?明日何するの?なんてくだらない電話を入れなきゃいけないんだ」「あははは。日本人の男も同じ事をしてるよ」「結婚すれば?」「俺はまだ28だぞ?結婚なんてごめんだ」「じゃ、わかれれば?」「む〜」

あれくさんどろとわかれて一人で帰る道。バルセロナが昨日までとは違って見える。明日も同じ時間にあう(って、きっとやつは遅刻するってことね)