書評(あ行の作家)

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「巫女の館の密室」  (愛川晶)  2001. 11.2 UP
宮城県警の刑事、桐野(愛称キリン)は、先輩の娘にして超人的美少女探偵、根津愛 とともに愛の友人の別荘を訪れる。
途中から車に乗り込んで来た教師、藤井との 話によると、10年前にその別荘の日輪館という奇妙な建物で完璧な密室殺人が起こ ったという。
別荘で秘かに推理を進めていた愛は、あっさりと謎を解明するが、 ”ミステリ史上初のトリックかも知れない”という言葉を残し・・・

原書房から新たに刊行され始めた書き下ろし本格ミステリシリーズ「ミステリー・リ ーグ」の第一回配本。
美少女探偵根津愛シリーズ3冊目の作品である。
500P 近くの大作であるが、内容的にもかなりの力作である。
「ミステリ史上初のトリ ック」「前代未聞の密室の動機」「模型の館に人形を出現させるトリック」と華々し い言葉が並ぶが、トリック・構成ともに非常に良くできた本格ミステリである。
トリックの骨格は確かにあまり例のないものであるが、何より小トリックの組み合わ せが実によく練られている。
動機・人物関係・時系列などがうまく噛み合うよう に伏線もしっかり張られており、かなりレベルの高いミステリではないだろうか。
年末のベスト10などに顔を出すかと言われれば、必ずとは言えないが、それは愛 川晶という作家の作風がまだ浸透してないからであって、作品そのものは個人的には 押したい。
根津愛と桐野のコンビも板に付いてきた感じで、ストーリーによく溶 け込んでいる。
細かい点で強引だったり、日輪館のトリックが面白くないなど、 多少不満なところはあるが、インカ帝国の挿話を取り入れるなど、読んで面白いミス テリに仕上がっている。
「堕天使殺人事件」や他の根津愛シリーズを読んだ後に この作品を読むとまた格別の楽しさがあるかも知れない。
原書房、なかなかやる なあ、という感じ。
今後のミステリリーグが楽しみである。

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「赤ちゃんをさがせ」 (青井夏海) 2002. 1.10 UP
フリーの助産婦である児島聡子と見習いの亀山陽奈の二人が遭遇するお産に絡む事件を、伝説のカリスマ助産婦明楽友代先生が安楽椅子探偵のごとく、解き明かして行くという構成の三作品が収められている。
しかもタイトルが「お母さんをさがせ」「お父さんをさがせ」「赤ちゃんをさがせ」という凝った趣向である。

巻末に川出正樹氏の実に丁寧な解説が添えられているので興味のある方はそちらをお読みになっていただきたいが、待ちに待った青井夏海さんの第二作である。
助産婦を主人公にして、お産にまつわる日常的な題材をとりあげた異色作である。
登場人物のユーモア性がストーリーを面白くしているのだが、全体的にやわらかなほのぼのとした感じがあり、それがこの作品の最大の魅力であろう。
安楽椅子探偵の推理もなかなかのものだが、少々、こじつけ論理のようなところがあるのが、本格ミステリとして捉えた場合のマイナス点であろう。
「スタジアム虹の事件簿」も一貫したさわやかさがあったが、この作品はよりあたたかみがあるように思う。
解説で述べられている三つの作品の第四の共通点が一体何なのか気になるが、おとぎにはいまだによくわからない・・・

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「ダブ(エ)ストン街道」 (浅暮三文) 2001.UP
恋人タニヤを探して、世界最後の謎の大地ダブ(エ)ストンに着いたケン。
そこは、迷い込んだが最後、決して出られない土地で、言葉を喋る動物や、ハシゴを抱えてポストを探す郵便屋など、変わった人や物にたくさん出会う。
王様の一行や幽霊船の挿話も組み合わせながら、ケンの冒険行を綴った異色ファンタジー。

第八回メフィスト賞受賞作。
メフィスト賞の中で唯一の単行本出版であり、ファンタジーというのも際だった特徴である。
ダブ(エ)ストンという架空の土地の謎が少しずつ明らかになってゆくのだが、この土地が一体どういう意味を持つのかが一番の主題であって、その解明の部分に作者からのメッセージを感じた。
王様の存在や幽霊船にも深い意味が込められていることも考えられるが、そこまで深読みは 出来なかった。
メフィスト賞の中では、やや目立たない作品ではあるが、面白さでは他の作品に比較して決して見劣りしないと思う。
ただし、ミステリでは無いのだが・・

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「孤島パズル」(有栖川有栖) 2001.1.6 UP
嘉敷島が舞台。三つの連続殺人事件の謎におなじみ英都大学推理研のメンバーが遭遇する。
読者への挑戦状つきで前作「月光ゲーム」よりさらにパズル性を強めた作品である。
また、有栖とマリアの青春小説としても楽しめて、このあたりが有栖川氏の魅力であろう。

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「探偵映画」(我孫子武丸) 2001.1.6 UP
これを本格ミステリと呼ぶのはどうか?
ただし、その仕掛けには光るものがある。
探偵映画の監督の失踪という謎が提示され、出演者がそれぞれ解決編を考えるという発想が面白い。
映画を利用した意外な犯人も用意されており、「殺戮にいたる病」の前座的作品と位置付けることもできるだろう。

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「時計館の殺人」 (綾辻行人)  2001.4.2 UP
密閉された時計館旧館で繰り広げられる連続殺人。
新館では島田(鹿谷門実)たちが、館と十年前に死んだ少女の謎に迫る。
この設定、読み進むだけでわくわくしてくる。
十角館、霧越邸、この感覚、これぞ綾辻。
クライマックスの逆転劇は超スペクタクル。
?質量共に、本格ミステリの醍醐味が満喫出来た。とにかく素晴らしい。
読者に対して非常に優しいのが綾辻氏の長所だ。さらに、真面目に向き合ってくれる。
メイントリックはある程度推測できるが、その理由には感動した。
また、ミスディレクションも用意され、この「落とし穴」には、まんまとはまってしまった。
動機についても、細かい裏付けがなされており、丁寧である。
作品全体としては、謎の提示の仕方がグッドタイミングで、その解決もはっとさせるものが多いのに驚かされる。
ここらあたりが面白さの主因なのではなかろうか?
なぜ、時計が凶器として使われるのか?なぜ、犯人は仮面をつけた姿を見せたのか?
なぜ、江南にとどめを刺さなかったのか?
これらは、一点に集約されていく。まさに芸術だ。
また、場面描写が巧い。トリックの伏線になる表現が随所に散りばめられている。
トリックのネタが割れやすいという難点はあるものの、問題点を極力解消しようとする努力の跡が見られる。

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「だれも猫には気づかない」(アン・マキャフリー 赤尾秀子訳)  2001.9.16 UP
エスファニア公国の若き公、ジェイマス5世の老摂政マンガンが息を引き取った。
マンガンは自分の死後も、国の繁栄を守るため、生前に様々な策を講じていた。
摂政の飼い猫、ニフィもマンガンの意志が乗り移ったかのごとく、ジェイマス5世の片腕として密かに活躍する。
そんな中、ジェイマス5世に婚姻の話が持ち上がるのだが・・・

猫好きのための中編ファンタジー。
ストーリー自体はそう複雑でなく、極端にひ ねりやオチがあるわけではないが、ジェイマス5世を囲む人々が面白く、ニフィの活躍がこれまた痛快である。
気晴らしによむのにふさわしい本であり、猫好きなら尚のこと気に入るに違いない。

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「オーデュボンの祈り」 伊坂幸太郎  2001.4.2 UP
コンビニエンスストアで強盗をはたらいた伊藤は、逮捕されるが、逃げだして気付くと、荻島という150年も鎖国状態にある島に来ていた。
案内役の日比野によると、外部からの来訪者は、3週間前に来た曽根川と伊藤だけだという。
そして、村の預言者でもある喋るカカシと面会する。
公然と人殺しが出来る桜と言う男、反対の事しか言わない園山 など不思議な人物にも出会う。
そして、ある朝カカシの優午が殺された。なぜ、自分が殺されることは預言出来なかったのか?

第5回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作。
外界と遮断された島、喋るカカシという現実離れした設定で、最初から興味深く読めた。
途中から、カカシはなぜ、未来がわからなかったのか?或いは、自分の死を防げなかったのか?という謎が提出され、より面白くなった。
隔絶された社会であるために、中の人々の心情はなかなか読みとれない。
桜や日比野はある意味魅力的な人物であるが、感情移入するには、やや薄っぺらいか。
伊藤にしても、あまりにも、簡単にこの世界を受け入れすぎのような気はする。
城 山の存在が際だって強烈だが、やや本筋から浮いているように感じた。
最後まで読み終えると、なるほどと納得出来る仕上がりであった。
あまりにも非現実過ぎて、感情移入して泣くことはなかったが、心理面で筋の通る解決を用意したのはフェアと言えよう。
殺しはあるものの、全体的に悲壮感が無く、ぼんやりした感じで読めるのが良い。

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「あなたがいない島」 (石崎幸二)  2001.11.30 UP
おなじみ石崎と、ミステリ研所属のミリアとユリが、古離津島で心理学研究のために5日間のイベントに参加する。
このイベントの決まりは、「たったひとつの物だけを持ち込んで5日間過ごす」というものだった。
ミリアの学校から数人が参加するなど、10人たらずのメンバーでイベントが始まったのだが、石崎のパソコンが壊されたのを皮切りに、参加者の持ち物が次々に紛失してゆく。
そしてついに女子高生の一人までもが消えた・・・

メフィスト賞の「日曜日の沈黙」に続く」石崎・ミリア・ユリシリーズ。
石崎とミリア・ユリの漫才のような会話で話が進んで行くのは、前作以上に面白い。
作者もかなり開き直って書いているようだ(笑)。
おとぎにとってはかなりレベルが合いそうな作品であり、読みやすさ、面白さともに次第点だった。
またしても変な条件のイベントの中で、なかなか面白くかつ鋭い推理が繰り広げられているが、本格ミステリとしてきちんと評価した場合、粗雑さはあるが、それでもかなり好作品であると思う。
無難に終わるのではなく最後まで飽きさせないストーリーは新本格としての性格を備えていて、ユーモア性とともに忘れてはならない要素である。

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「日曜日の沈黙」 (石崎幸二)  2001.9.28 UP
美和ホテルの開設した「ミステリの館」で、二年前に死んだミステリ作家、来木来人原案による企画が行われた。
次々と起こる事件を解決すれば、来木来人の「究極のトリック」を含む未発表原稿が見られるというのだ。
メンバーは仕事で来た石崎の他、推理作家や大学のミステリ研のメンバー、女子高生のミステリ部員などがいた。
そして、自己紹介が行われ、終わった直後、早くも第一の事件が起こる。
参加者の一人がパンを食べて苦しみだしたのだ・・・

メフィスト賞受賞作。
「究極のトリック」というミステリファンには実に興味深い謎が提出されている。
しかも、ミステリの館で起こる疑似連続殺人は、何が目的で、何を示しているの か?という異色の展開である。
石崎と女子高生のミリア、ユリが主人公的役割だが、彼らのノリは超現代的で、ある意味まっすぐ素直である。
特にミリアはめちゃくちゃ要領が良く、実は頭が良かったりするので、羨ましくなるぐらいだ。
書き方そのものに抵抗を感じる人もいるだろうが、おとぎ的にはすごく面白かった。
推理展開もよく考えられており、紛れもない本格ミステリだと感じた。
異色といえば異色だが、次の作品が楽しみな作家である。

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「長く短い呪文」 (石崎幸二)  2001.11.10 UP
ミリアとユリの後輩のまみちゃんが補講を受けてたのだが、まみちゃんの友人の美希が、呪いをかけられた、というメッセージを残して帰郷してしまったので、まみちゃんの替わりに、石崎とミリア、ユリが硫黄島に向かう。
美希の姉が事故死したことや、双子の妹が次の当主に決まっていることなど、不自然な事実が次々に明るみになるが・・

石崎氏というのは、どういう路線で行くのだろうかと思っていたのだが、本当直球勝負だ。
ユーモア本格推理は過去にもたくさんあるが、現代的なギャグと突っ込みで、かつ新本格ミステリを維持しているという真に驚くべき人である。
これが3作目であるが、ますます冴え渡るボケと推理に、いやはや感心するばかりである。
受け付けない人も多いと思うが、ツボにはまる人には、もうやめられないだろう。
結構、素人にも書けそうな内容なのだが、幾重にも練られたプロットの妙は、なかなか真似できないと思う。
ユーモアと本格ミステリ、一粒で二度美味しいミステリである。
残虐なシーンが全くないのも凄い。
伏線もたくさん張られているが、途中でおとぎにもピンとくるぐらいだから、読者サービスといったところか?
今回は、ユリが少し目立っていたし、まみちゃんのボケも面白く、益々、このシリーズの次回作が楽しみである。
といいつつ、他の書評読んでみて思ったのだが、確かにこの作品、やたらだらと長くて、ギャグも中途半端といえなくもない気がしてきたのはなぜだろうか。

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「袋綴じ事件」 (石崎幸二) 2002.9.24 UP
おなじみミステリ研の石崎・ミリア・ユリの三人は、ミリアの友人仁美とともに、仁美の父のいる八丈島に行くことになる。
仁美の父新堂は石崎たちを別荘に案内するが、台風のせいで彼らは外部から孤立してしまう。
そしてダイアル錠の取り付けられた部屋で新堂が何者かに襲われ・・・

冴えないサラリーマン石崎と、ミリア・ユリの女子高生コンビが活躍するシリーズの密室本である。
孤島ものというか、嵐の山荘ものであるが、事件そのものは大掛かりなものでなく、割と平凡な事件である。
しかし、後半のミリアや石崎による推理と芝居ぶりが堂に入っていて、そういう面ではしっかり本格ミステリである。
伏線の提示の仕方がうまい。冗談にはしてあるが、彼らならではの推理が展開されるのも面白い。
講談社の密室本をネタにつかうなど、なかなかタイムリーな作品で、短いけれど読む価値のあるミステリだと思う。

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「アイルランドの薔薇」 (石持浅海)  2002.9.21 UP
雨の夜、アイルランド・スライゴーの宿屋に偶然集まった男女。
そこで起こった殺人事件。
殺されたのは、北アイルランドの武装勢力NCFの副議長だった。
同行していたNCFのメンバーは直ちに宿泊客を拘束するが、日本人科学者フジは彼らと対等な位置で交渉した末に事件の謎を解くことになった・・・

西澤氏推薦の本格ミステリであり、思ったより面白かった。
アイルランドが舞台ということで、海外ミステリのような設定だが、ただ一人の日本人フジが印象深い働きをしており、日本人が読みやすい作品になっている。
北アイルランド問題についての解説が非常にわかりやすく、ポイントを押さえてあって、社会派ミステリとしても面白い。
フジの推理も鋭いし、ジェリーやトムを語り手とした彼らの心情の推移も興味深い。
驚くべき要素は少ないが、まとまりがあり、本格推理のツボを押さえた掘り出し物のミステリであると思う。

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「匣の中」 (乾くるみ)  2001.2.19 UP
「匣の中の失楽」の類似品であると作者はことわっているが、それにしても内容的 にパワフルである。
推理合戦という言葉がふさわしく、確かに「失楽」と同じ世界観 の中で、知的に繰り広げられるドラマは、読む人を飽きさせない。最後の作中作の不 思議な結末は、アンフェアとも言えるが、アンチ・ミステリなのだから、それさえも お見事と言いたい。
現実味のある推理・トリックもバラエティに富んでいる。陰陽五 行・地名・殺人方法などすべてが絡んでいたり、複数の密室があり、どのページにも 新しい推理が展開され、そのどれもが一理あるなど、神業のような構成である。
人間が描かれていない、という批判はあるだろうが、これだけ無駄のない内容で、こ れだけの厚さなのだから、すごいというほかないだろう。
めちゃめちゃ褒めてしまっ たが、一般的にはほとんど評価されてないのは何故だろうか。

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「オルファクトグラム」 (井上夢人) 2002.8.23 UP
バンドをやっているミノルは、初めて作ったCDを持って、姉の千佳子の家を訪れた が、そこで姉の死体を発見すると同時に、後ろから殴られ気を失った。
1ヶ月も あとに意識を取り戻したミノルは、匂いを感じない代わりに、目の前をクラゲのよう なものが泳いでいるのが見えるようになっていた。
その色とりどりの模様が、匂 いの姿であると気づいたミノルは次第にその能力を高めてゆくが・・・

「嗅覚」をテーマにした貴重なミステリである。
北川歩実の「嗅覚異常」も同テ ーマの傑作ミステリであるが、そちらが本格色が強いのに対し、本書は「嗅覚」その ものの姿を徹底的に描きながら、ストーリーの面白さを前面に出している。
姉を殺された少年が、その脅威的な嗅覚で犯人探しをするわけだが、論理的推理でな く、科学的推理になるところが、面白い。その結果、とても読みやすくなっている。

匂いが眼に見える形になってあらわれるというのは、科学的に見て真実性が あるかどうかあるかどうかはわからないが、漠然となりがちな匂いの描写を具体的に 表現する手法としては非常に的確だったと思う。

半にん王、犯人像などは、やや安易ともいえるが、全体として、テーマの特殊性を十 分生かした良質のミステリに仕上がっていると思う。

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「七人の中にいる」 (今邑彩) 2001. 11.6 UP
葛西家に三人組の泥棒が押し入った。
幼い一行とお手伝いの登喜子を残して、一 家は食事に出掛けていた。
犯人の一人がはずみでお手伝いを殺してしまうが、丁 度その時一家が戻ってきて、興奮した犯人によって一家は惨殺されてしまう。
「 21年後、ペンション「春風」オーナー・晶子のもとに復讐予告が来る。
犯人一 味の一人だった晶子は、あの事件の生き残りの一行が復讐をはじめたのだと思い、恐 怖におののく。
そして宿泊客の一人である作家の見城に疑いの目を向けるが・・ ・

宿泊客の中に犯人がいるという限定された状況での主人公の心理を描く息詰まるサス ペンス。
ドラマ化できそうなまとまりのある作品である。
その分、新鮮さが あまりないのだが、読者にばれやすい真犯人を巧妙に隠す工夫が随所に施されており 、本格ミステリとしてもきちんとしている。
途中で宿泊客の真実が明らかになっ てゆく様子には、涙を誘う感動的なシーンもあり、小説として付加価値のある作品に なっている。
デビュー時に比べ、筆力が格段にUPしているように感じた。

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「卍の殺人」  (今邑彩)  2001.11.3 UP
卍型の旧家では、安東家と布施家がバランス良く暮らしていた。
安東家の匠が恋 人亮子を連れてきたときに、その微妙なバランスが崩れ、ついに殺人事件が起こる。
一度崩れた関係は崖が崩れるがごとく修復不能になる。
惨劇は尚も続いて行 った・・・

創元社の書き下ろしシリーズ「鮎川哲也と13の謎」の最後の椅子に座った著者のデ ビュー作。
「卍型の屋敷」という特殊な設定を利用した見事な本格ミステリに仕上がっている。
この当時、既に綾辻行人氏が「十角館の殺人」で新本格の口火を切り、以後館シリーズを書き続け、我孫子氏の「8の殺人」や歌野氏の「長い家の殺人」など、奇形の館での殺人が新本格の一つの スタイルになっていた感がある。
勿論それは島田氏の「斜め屋敷の犯罪」の影響が大であるが。
本書は、卍型の屋敷に加え、二つの家系がいがみ合いながらもバランスをとっているという分かりやすいがかなり限定した設定であり、優しいミステリなのだが、新本格というより割とオーソドックスなミステリである。
これは、ある古典的名作を念頭に置いていると思われるが、やや犯人バレバレである。
ストレートすぎる点や、デビュー作の荒削りの面が目立つが、言い換えれば、まとまりのある良質なミステリとも言えるだろう。

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「ネグレクト」  (海野真凛)  2003.1.2 UP
1986年、宮澤麻里子は、我が子「愛」を産んだ。
荒川病院の一人息子、翔太郎を愛し、捨てられるも、二人の愛の結晶である子供を産んで幸せになろうとするのだが・・・。
2001年、成長した愛は、高校進学と同時に養護施設「慈光園」を出て一人暮らしを始め、希望に燃えていた。
そして、ある日、一人の少年に出会うのだが・・・

かつてこれほど号泣した小説があっただろうか!
後半の登場人物たちの叫びはいつまでも胸に響いてやまないだろう。
本書は幼児虐待をテーマにしたあまりにも過酷なドキュメント小説である。
母親に育児放棄され、生死の境をも経験した少女は成長してどうなったのか?
現代の病巣ともいえるこの実態は、小説の中だけでなく、現に各地で幾例も見られるという。
主人公、愛や亮の心からの叫びを受けとめるには、あまりにも自分は無力である。
いわゆる普通の人生を生きる大多数の人々にとっては、あくまで他人事であり、どこまで行っても彼らには成り得ない。
苦しむ彼らを目前にして、己の無力を痛感する恭子は、その大多数の人々の代表であろう。
普通の人々にとって当たり前である母親の愛情がない状態、それさえも想像できないのが現実である。
恭子や梶原弁護士のような親身になろうとする努力も結実するかどうかわからぬ不安定さがあるのに、一般の人々は悪気はなくとも彼らに一様に冷たくしてしまう。
それは自己保身優先の当然の考え方故である。
つまるところ、常識の異なる世界、決して交わらない世界に互いが離れて存在しているからである。
ごく当たり前の人生を手にした者と、スタートからそれを許されなかった者との違いは、単に「運」の違い、要するに「たまたま」というだけなのに、あまりに理不尽ではないか。
この問いに答えが出せる日が来るのだろうか?

ところで本書は、文芸社から出版されており、たまたま手にとってもみると作者が三重の人だったので読んでみたのだが、おそらく数量的にはあまり読まれていないに違いない。
これだけの重みのある作品がこのまま埋もれてしまうのはあまりに惜しい。
同様のテーマでは「永遠の仔」(天道荒太)という大傑作があり、それには及ばぬまでも、人物の描き方やストーリー構成などしっかりした掘り出し物なのは間違いないであろう。

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「三人目の幽霊」  (大倉崇裕)  2001.10.20 UP
落語専門誌「季刊落語」の編集部員は、この道30年のベテラン編集長の牧と、新入 社員の間宮緑の二人だけ。
落語界を舞台に、はたまた、シティホテルんぽワイン バーで、様々な事件に遭遇する二人だが、牧の鋭い推理でが事件を鮮やかに収束させ る・・・

第四回創元推理短編賞佳作に輝いた表題作他、同じく第三回の最終候補作である「崩 壊する喫茶店」など計五編を収録した初の連作短編集。
読んでみての感想は、ま たまたすごい新人が出たものだ!という感嘆の思いだ。
嬉しいことに村上貴史氏 の解説つきで、創元賞、落語ミステリ、刑事コロンボという視点から、この作品の評 が述べられているが、少なくとも北村薫氏の影響を濃く受けているのは間違いないだ ろう。
主人公が若い女性でおまけに落語ミステリとくれば、二番煎じと言われて も仕方ないだろう。
もし、10年以上前に、この作品が「空飛ぶ馬」のかわりに なれたかと問われれば、美しさにおいて及ばないのではないかと思う。
しかし、 会話の妙、ストーリー展開の練りなど素人離れしている感じも確かにあるのである。
それに北村氏の場合、かなりあからさまに悪意を描いている作品も混在している が、本書の場合、犯罪であっても、人間の心の美しさが描かれていて読後感が良い。
日常ミステリの領域から逸脱している事件もあるが、残酷さのかけらもない点は 、より日常ミステリに近いと言っても良いだろう。
これから注目したい作家であ る。

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「ツール&ストール」  (大倉崇裕)  2002.10.13 UP
お人好しの大学生、白戸修が次々と事件に巻き込まれてゆくユーモラスな日常の謎系ミステリ集。
「ツール&ストール」「サインペインター」「セイフティゾーン」「トラブルシューター」「ショップリフター」収録。

これは文句なしに面白い。
主人公白戸修というのが大変好ましい人物なのである。
すごくお人好しながら、イザという時に結構頼りになったりする。
それでいて、常にトラブルを避けようと考えてるから始末に終えない。
あまりにおいしいキャラである。
探偵北条や、銀行で一緒に奮闘した芹沢、ステ看貼りの日比など脇役陣もなかなか粋なメンバーぞろいである。
ストーリーの中の格好いい部分はほとんどこの脇役陣に奪われながらも最後にビシッと締める主人公。
5編のストーリーも多種多様でありながら、何かしら共通した雰囲気があり、心地よく読める。
「三人目の幽霊」とはまた違う著者の魅力あふれる短編集である。

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「空色勾玉」 (荻原規子) 2002.4.9 UP
羽柴の郷に住む狭也は、偶然、月代王に会い、宮の采女に採り立てられた。
折り しも豊葦原の国は、光である男神大御神の御子、照日王と月代王によって殺戮が繰り 広げられ、それに対し、女神を母と仰ぐ闇の者たちが戦いを仕掛けていた。
光と 闇の大戦の中で狭也は、大御神の末子でありながらも悲運の境遇の稚羽矢と出逢い、 二人で宮を脱出しようとするが・・・

何せ古語が多く使われているため、最初は読みづらく戸惑ってしまった。
しかし 、読んでみて今思うと、何と壮大なファンタジーであることか。
主人公である狭 也は勿論、稚羽矢、月代王、開都王、科戸王、伊吹王、鳥彦といった面々がそれぞれ 精一杯物語の中で躍動している。
光と闇のあまりのダイナミックな展開には(特 にラストには)唖然とするばかりであった。
これだけのすばらしいファンタジー を創造し得た作者には敬意を表する。
あとがきにある「自分の一番読みたいもの は、ひとに期待せず、自分で書けばいいのだ」という言葉には共感を覚えた。
難 があるとすれば、主人公の狭也が、やや我が儘な点か。
あっけらかんとしている 稚羽矢はともかく、周りの状況を斟酌せず、我を通そうとし、それがすべての悲劇の 原因となる狭也は、ある意味悪役とも言えるのかも知れない・・・。

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「噂」(荻原浩) 2001.9.20 UP
企画会社コムサイトの女社長杖村は、化粧品メーカーミリエルの日本進出において、 WOM(口コミ)の力を利用しヒットさせようとした。
ミリエルの宣伝に使われ た噂の中には、ミリエルの香水をつけていないと、レインマンがあらわれて、女性は さらわれ足を切られる、とうものがあったが、その噂と同じ状況の女性の死体が発見 される。
目黒署のベテラン小暮は、本庁の女性警部補名島と組んで捜査するが・ ・・

噂というものの特性にスポットをあてた作品だが、完全にミステリの形態である。
足を切られた女性の死体が続くという点では サイコものである。
事件その ものはかなり陰鬱であるが、この小説のもうひとつの主要テーマは、娘と二人暮らし で制服勤務へ戻ろうかと考えている所轄の刑事小暮と、階級こそ警部補であるが、初 めて殺人を担当する息子と二人暮らしの本庁警部補名島のふれあいである。
これ がとても心地よい。
荻原の作品は、男女の仲がさりげなく描かれており、ねちっ こくなくて好きだ。もちろん、この作品も。
乃南アサの「凍える牙」と似ている 設定だが、あちらは女刑事が主体であるのに対して、本作品は男の刑事が中心である 。
しかし、どちらかというと、サイコ・ホラー好きな人にこそおすすめの作品か もしれない。

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「オロロ畑でつかまえて」(荻原浩) 2001.8.30 UP
秘境ともいわれる牛穴村の村おこしに、8人の青年団員が立ち上がった。
団長の 慎一と悟は東京に出て広告代理店に企画依頼をすることに。
仕事不足で困ってい たユニバーサル広告社が、偶然この依頼を引き受けることになり、とんでもない企画 を立てるが・・・。

ミステリではなくユーモア小説。
要は村おこしにまつわる面白エピソードなのだ が、途中ハラハラドキドキする場面があったりして結構楽しめた。
ラストがきれ いにまとめられているのが気持ちよかった。
かなり、状況はひどいのに暗さがな いのも良かった。

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「神様からひと言」(荻原浩) 2003.1.30 UP
「タマちゃんラーメン」の新製品のプレゼンで失態を演じた佐倉涼平は、「お客様相談室」に配置換えになってしまう。
配属された途端、客からの苦情の激しさに打ちのめされながらも同室の篠崎や神保らと接するうちに徐々に仕事に慣れて行くのだが・・・

サラリーマンの悲哀を皮肉ったユーモア小説というところか。
読者によっては笑い話で済まされない面もあるかもしれない。
お客様相談室での様子は実にコミカルで庶民的で親しみやすく、読んでて面白かった。
主人公の涼平が色んな騒動に巻き込まれながらも打たれ強く生きてゆくさまは、とても勇気付けられる。
ちょっと距離は置いているけれど実は情の厚い人間関係という荻原さんらしい面は、本書でも存分に発揮されている。
最後のほうは痛快であるが、ちょっとドタバタ過ぎてもう少しで戸梶圭太並みの混乱に陥りそうだった(笑)。
涼平とリンコの関係も含めて読後感の良い小説だった。

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「誘拐ラプソディー」 (荻原浩) 2002.1.22 UP
斎藤工務店に勤める前科三犯の伊達秀吉は、親方を殴ってしまい借金も嵩み、ついに 自殺を決意する。
しかし、もたもたしているうちに、車の中に一人の子供が乗り 込んできた。
秀吉は天啓とばかり誘拐を実行に移すが、何とその子供は暴力団八 岐組組長の一人息子だった。
こうして、秀吉と八岐組の駆け引きが始まるのだが ・・・

荻原氏の作風は、独特のユーモア性と飽きさせないストーリー、そして忘れてならな いのが登場人物のあたたかみである。
この作品でもヤクザやマフィアが絡んで結 構やばい話なのだが、一人一人の人物像に親しみが持てるのが良い。
誘拐ミステ リーには多くの作品があるが、スタンス的に近いのは天藤真氏の「大誘拐」であろう 。
これは誘拐ミステリーの傑作で残念ながら未読なのだが、荻原氏の念頭にこの 作品があった可能性大であろう。
主人公の犯人・伊達秀吉は間抜けでやさしく憎 めない人間である。
デンスケと秀吉のあたたかみのある交流がこの作品の柱であ る。
また、八岐組の面々、特に桜田が非常に格好いい。
どうなるのだろうか 、とラストまでハラハラさせられたが、最後も荻原氏らしいまとめかただったと思う 。
ユーモア性、スピーディさ、人情あふれる作品世界を特徴とする本作品は、「 ドミノ」(恩田)ほどでないにしろ、確実に楽しませてくれるミステリである。

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「邪魔」 (奥田英明)2002.5.18 UP
本城署の刑事、九野は、妻の早苗を数年前に事故で亡くして以来、独身のまま早苗の 母親の世話を時々するという暮らしをしていた。
暴力犯係の花村に女のことで恨 まれている。
ハイテックス本城支社で起きた放火事件の捜査で第一発見者に疑惑 の眼を向けるが・・・。
一方、その対象である及川の妻恭子は、夫の容態を気遣 いながらも徐々に夫に不信感を抱くとともに、自らは勤め先のスーパーでパートの勤 務条件の改善運動に加わってゆく・・・。

この小説の評判はよく眼にしており、「このミス」で2位になったことで読む決意が 出来たのだが、読む前は「ヤクザ小説」という印象で、ちょっと苦手としていた。
読んでみると、確かに少々手荒な場面もあるが、九野や恭子の人間像が丁寧に書 き込まれており、しっかりとした小説だと感じた。
事件は放火というシンプルな ものだが、それをここまでじっくり練って書き上げた実力は評価してよいだろう。
ラストはあっけなさを感じたものの、後半の恭子の心情の描写には迫力がある。
警察内部の事情が最後に明らかになって悲しい結末を迎える。
九野自身のこ とには全面解決したとは言えず、謎が残ってしまったが、一体どうなっているのだろ うか?
気の利いた会話も巧く、総合的に見ると評判どおりの面白い作品であった。

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「桂侯爵邸の事件」 (小倉餡) 2001.5.11 UP
慶大の学生香月順一郎は、先輩にあたる桂文彦侯爵からある事件を解決してくれるよ う頼まれた。
過去に桂が関わったデリケートな事件を友人の霧原貢とともに解決 した実績を買われてのことだった。
洋館から離れた撞球室で文彦の妹波留子つき の女中キクが死んだ、とのこと。
雪の上に足跡のない密室状況で。
ただし、 洋館につながる地下室のルートが存在していたのだが・・・。

一年前の事件であるために捜査と推理を進めるのもあまり緊迫感がない。
本格推 理的要素は充分満たされているが、あまりに真っ向勝負の感じでもう一工夫欲しい。
素材と内容からすれば短編でも充分楽しめたのではないだろうか?
ただ、霧 原と香月の関係が微妙で心理面の奥深いところに作者の言わんとすることが込められ ている可能性はある。

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「死者の微笑」(尾崎諒馬) 2001.1.6 UP
「思案せり我が暗号」で横溝賞佳作となった著者の渾身の880枚。
いきなり、読者への挑戦状と奇妙な数式の暗号のオープニングには驚かされる。
ホスピスで遺作の執筆にかける老作家と鹿野・尾崎が絡み合う複雑な物語。幽体離脱は本当に起こっているのか?全国各地から投函される多数の手紙の謎。
トリックもそれなりにすごいが、それ以上にストーリー展開が考えられている。
「すべてはFになる」(森博嗣)風の夢空間が違和感無く表現されていて、読んでいて面白かった。

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「ブラインドフォールド 」(尾崎諒馬) 2001.1.26 UP
DeepSkyという無敵のチェスプログラムにorishという日本人青年が勝ってしまった。
正式に挑んだブラインドフォールド(盤なし)の64面勝負でも引き分け、さらに日本でも、将棋でプロ棋士たちと互角の戦いを演じる。
orishとは何者か?DeepSkyを超えるスーパーコンピュータが存在するのか?・・・
読者への挑戦状も何回か挿入されているが、トリック自体はそう難しくはないだろう。
しかし、作者お得意の入れ子構造の叙述トリックも使い、フェアたらんと苦心している様子がうかがえる。
チェスや将棋の対戦というテーマのとっつき易さもあって、後半は面白く、一気に読んでしまった。
ミステリー的にはややネタが貧弱とも言えるが、それを補うべく、形式に趣向を凝らしている点はかなり評価出来る。
作者のいう本格推理小説三部作の最後の作品となるが、三作とも、従来の本格ミステリの枠を超えようとする意欲が見られる力作である。

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「石の目」 (乙一) 2002. UP
山に入って行方不明になった母の遺体を探しに友人と山に登った私は、遭難しそうに なり、気がつくと古びた民家に寝かされていた。
その家の主の女性は決して顔を 見せず、家の周りには人型の石像がたくさんあった。
これは、見たものを石にす ると言い伝えられている石の目なのか?
表題作ほか「はじめ」「BLUE」「平面い ぬ」の全4編を収録。

ジャンルとしては一応ホラーであろうが、それぞれの作品は既存のホラーとは微妙に 色合いが違う。
確かに、怪物が出てきたり、人形や絵が動いたりするという常識 はずれな設定はホラー的であるが、そこで述べられているのは、母への愛情だったり 、自分のことを犠牲にしても相手を守る心であったり、と何かしら大切なメッセージ が込められている。
文章自体はまだまだ粗雑に感じられたが、それは逆にいえば 若々しいとも言え、読み物としては十分面白く読めた。
「はじめ」に関してはよ くわからなくてちょっと消化不良だが、他の3作には感動したし、また感心した。
ストーリーメイキングの技術は、若手作家の中でも、1,2位を争うのではない だろうか。

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「きみにしか聞こえない−CALLING YOU−」 (乙一) 2003.1.16 UP
「Calling You」「傷」「華歌」の3編収録。
女子高生リョウは携帯電話を持っていなかったが、頭の中で毎日想像していた。
ある日、リョウの頭の中の電話の着信メロディーが鳴った。
驚きながら、頭の中で電話をとると、相手は野崎シンヤという少年で、向こうも頭の中で通話しているという。
その後二人は度々通話するようになるが・・・

3編とも超常現象が絡む物語である。
どれもせつなくしみじみとしたストーリーであるが、特に「Calling You」が印象深い。
女子高生の孤独を癒す頭の中の携帯電話。
それがつながり、孤独な相手がいることがわかったら、二人の心が近づくのは当然であろう。
テレパシーだと味気ないが、携帯という手段が新鮮でロマンティックで現代的で乙一らしい発想といえるだろう。
さらに、年上のユミの存在がワンポイントになっていて、この物語を締まったものにしている。
ラストはせつない系の真骨頂。
ちょっと哀しいけど、感動する作品だ。
残りの2編も、心の結びつきを描いた秀作で、全体として本書は見事な出来栄えだと思う。

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「暗いところで待ち合わせ」 (乙一) 2002.9.23 UP
本間ミチルは以前父と暮らしていたが、視力を失うのと同じ頃、父も亡くなり 、今は友人のカズエに助けられながら一人暮らしをしていた。
駅のホームでの墜落死事件の犯人として追われたアキヒロは、以前から目をつけていたミチルの部屋に忍び込み、ミチルに気づかれないように静かにうずくまる・・・

目の見えない主人公の女性、そこに殺人犯が逃げ込む・・という設定に最初から引き込まれた。
目を通して入る情報がない分、ミチルの心理状態が細やかに描写され、ミチルに感情移入せずにいられない。
アキヒロがそっと行動を起こす時の緊迫感がリアルでなおかつ心地よい。
二人が言葉も交わさないまま心を通わせてゆく様子は、もどかしいが感動的である。
ミステリとしての全体の構成もおざなりでなくしっかりしていて感心したが、小説としての完成度も高い。
シンプルな生活ではあるが、非常に映像的で、途中、ミチルがカズエの家まで歩くシーンやラストの場面は、いつまでも印象に残りそうだ。
個人的には乙一氏の最高傑作と呼んでよいと思う。

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「失踪HOLIDAY」 (乙一) 2003.2.2 UP
借りた部屋に以前住んでいた少女の幽霊が出る「しあわせは子猫のかたち」と家を飛び出した少女が狂言誘拐を計画する表題作の2編収録。

たくさんの方から「良いよ」と薦められた「しあわせは子猫のかたち」。
短いながらもとても感動する物語だった。
乙一が「せつなさの達人」と呼ばれるようになったのは、この作品からであろうか?
幽霊物という題材はよくある手法であるが、姿は見えず、猫を媒介して心が通じ合うというのは新鮮な発想である。
「暗いところで待ち合わせ」とシチュエーションは似ているが、本作品のほうがより切ないかもしれない。
「失踪HOLIDAY」は中編だが、乙一のユーモアセンスとミステリ的アイディアが光る作品である。
こちらはせつない系ではないけれど、ナオやクニコの行動に明るさがあり、前向きな作品だと思う。
タイプも長さも異なる両作品を同時に収録したのは、バランス的には良かったかもしれない。

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「五年の梅」 (乙川優三郎) 2002. UP
5編からなる時代小説短編集。それにしても文章の巧い人だ。特に情景描写には天才的なものがある。

「後瀬の花」
店の金を盗んで逃げた矢之吉とおふじの逃避行談。
乙川氏にしてはめずらしいつくりになっている。
時代小説ではあるけれども、乙川氏の遊び感覚が垣間見られる作品で、良いとも悪いとも・・・

「行き道」
亭主が重病になったが、既に愛情は冷めており、冷たく夫に接するおさいが、おさななじみの清太郎と再会し・・・
非常にわかりやすいストーリーで、小説の基本パターンのひとつである。
それ故、出来すぎ感もあるが、作品としては無難な出来である。

「小田原鰹」
鹿蔵のひどい仕打ちに長年耐えてきたおつねであったが、ついに・・・
おつねと鹿蔵の両方の視点で書いているので、やや凝った構成になっている。
それだけに却ってメインテーマが何なのかわかりづらい印象を受けた。

「蟹」
二度も離縁された志乃が嫁いだ岡本岡太は志乃に優しくしてくれ、一番夫らしさを感じたのだが・・・。
蟹を食べるシーンがユーモラスで乙川氏としてはちょっとめずらしいが、とても良かった。
割と平坦なストーリーなのだが、ラストあたりはなかなかすがすがしくて読後感も良かった。

「五年の梅」
表題作にふさわしい感動的な作品である。
藩主への進言により蟄居させられた助之丞がその際別れた弥生を思う気持ちが読み取れるが、助之丞のまっすぐな生き方が気持ちがいいし、直に心情が述べられていない弥生の心の動きが想像できて実に奥深い作品になっている。

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「図南の翼 十二国記」 (小野不由美) 2002.7.13 UP
豪商の家庭に育った娘珠晶は、先王が亡くなってから妖魔が徘徊し荒れ果てる恭国を救うべく、自ら王になろうと決意する。
騎獣を操る珠晶は、旅の途中で知り合った頑丘・利広とともに黄海に入り、昇山を目指すのだが・・・

十二国記シリーズ番外編になるが、なぜかシリーズ初読み作品(笑)
本書は発表順からいけば、5番目ということになるのだが、ほぼ独立したストーリーなので、物語世界にはいるのに何ら問題はなかった。
十二国が並び立ち、妖魔や騎獣が生息する仮想世界なのだが、ベースとしては中国の春秋時代あたりであろうか?
歴史もの、王朝ものの好きな創作家なら一度はチャレンジしてみたいようなファンタジーである。
異世界ファンタジーは、小説、漫画、ゲームなど数多くあるのだが、舞台世界の完成度の高さと個性的な魅力によってマニアックなファン層を得やすい。
その世界に一度はまってしまうと、ストーリーが2倍3倍と楽しめるのが特徴である。
この十二国記が多くの人に支持されているのはなぜなのか?
本書だけではその謎は解明できないが、珠晶の一途な行動力と頑丘の堅固な生き方は、本書の大きな魅力の一つであろう。
黄海という謎めいた場所の不可思議さを存分に利用したドラマチックな冒険ストーリーになっているとともに、、季和・聯紵台という脇役を配することによって珠晶の心の純粋さを際立たせている。
後半は長さを感じさせない面白さがあった。
今後、他の作品とどう関連してくるのか興味深い。

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「沈黙者」 (折原一) 2002.1.24 UP
洋輔は、新聞配達の途中、ある家で違和感を感じ、家に上がると、そこには血塗れの 女性の死体とそばで震える若い女性を発見し110番通報した。
到着した警察が 調べてみると、2Fでも父親が殺されており、別棟でも老夫婦が殺されていた。
行方不明になっている長男が最有力容疑者となるが・・・。
数日後、洋輔はまた も新聞配達中に殺人事件に出くわす。
一方、『沈黙者』と題する章では、池袋で 窃盗・傷害容疑で逮捕された少年が、名前・住所に関しては一切沈黙を守り通すとい う奇妙な出来事が進行する・・・

田沼家・吉岡家の連続殺人事件と沈黙者の事件が交互に描かれており、途中、幕間に おいて読者への挑戦状的注釈が加えられており、そこまでの展開は非常に興味深いも のがあった。
なぜ、沈黙するのか?犯人は誰なのか?という謎は本格ミステリに ふさわしい謎であった。
真相も負けず劣らず意外なものだったのだが、おとぎの 読み方では一部不明な点があり、傑作と評するには?マークがついてしまう。
多 分、おとぎの読解力の問題だと思うのだが・・・
ただ、折原氏は初期の作品に比 べ、近年明らかに小説としてのレベルが上がっている。
魅力ある登場人物が活き 活きと動く様子がよく伝わってくる。
トリック小説の域を越え、ストーリー自体 楽しめる上質のミステリに仕上がっているのは評価したい。

以下ネタばれなので反転・・
沈黙の理由は、祖母との関係のみなのだろうか?
だとすれば、少し弱いように思 う。
もう少し捕捉が必要ではないか?
また、吉岡家の前に住んでいた高山家は、何の必然性があって登場するのか?
こ の2点が気になったのだが、誰かわかる人がいたら教えてもらえないだろうか・・・

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「水の殺人者(水底の殺意改題)」(折原一)2001.6.11UP
中年の課長牧原は、営業の百瀬がコピー機に忘れていた殺人リストを発見し、そのト ップに百瀬の名を入れるいたずらをする。
さらに、百瀬のかつての恋人、美代子 の夫の名をリストの最後に加え美代子のデスクに置く。
波紋を一人で楽しんでい た牧原だが、数日後百瀬が自殺してしまう。
リストの二番目に名前がある牧原は 不安になり、美代子に連絡をとるが、牧原も殺されてしまう。さらに次の被害者が・ ・・。

「殺人リスト」が存在し、それに沿って殺人が起こるという設定は非常に分かりやす い。
人物がのっぺらぼうのような均一した描き方で現実味が乏しいが、それが逆 に読みやすさになってるところが、折原氏の良いところである。
殺人リストに人 物を加え殺人を行って行くのは誰か、という興味で最後まで引っ張る。
一番可能 性のある人物は最初に死んでしまっているという謎めいた状況なのでなかなか犯人を 予想しにくい。
結局、複雑なパズルでよく考えられているという印象だったが、 驚きは少ないか?。
サスペンス作品としては感情移入出来ない人物像にしては、 割と成功しているのでは、と思う。

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「上と外 全6巻」 (恩田陸) 2002.2.3 UP
両親の離婚で離ればなれに暮らす練と千華子だが、久しぶりに家族4人で中央アメリカに旅行に来た。
ところが軍事クーデターが勃発し、練と千華子はヘリコプターからジャングルに投げ出されてしまう。
ピラミッドを目指し歩き回る二人は、ニコという少年に会い、謎の成人式に参加することになったのだが・・・
隔月刊の全5巻の予定が、結局6巻になってしまったのだが、それだけ書きたいこと が増えたということで、ファンにとっては嬉しかった。
毎回、続きが楽しみにな るような展開で面白かった。
練と千華が無理やり参加させられた成人式の謎、シ ティで起こるクーデターの行方、「楔が抜ける時」とは何を指すのか?
幾多の 謎と事件で最後まで手に汗握る緊迫感があったが、ラストはやや物足りない感じがし た。
常識的な範囲内に納まっている印象で、例えば映画にするには、家族愛とす れ違いのテーマもあることから、かなり良心的なサスペンスフルストーリーとして成 功するだろうが、恩田作品としてはプラスαが欲しかった。
しかしながら、物語 の壮大さは今までの恩田作品と比べても抜群のスケールで、またひとつ作家としての 実力をつけてきた証と言えるだろう。
文章について一言言及しておきたい。
この作品ではジャングルや地下道が舞台になっているわけだが、その描写がことさら 詳しくないのにもかかわらず、大体の様子が想像できるため、ストーリーの流れを止 めることなく物語世界に没頭できてしまうのは、その文章表現のコンパクトさによる もので、それは恩田氏が人気作家としての地位を確立した理由のひとつであろう。

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「黒と茶の幻想」  (恩田陸)  2001.6.13 UP
600Pもある1冊単行本では恩田陸の最大長編。
主人公の4人による4つの章で構成されている。
「4人」というのは恩田さんにとって特別な数のようだ。
「ネバーランド」や「MAZE」など多くの作品で4人グループが話の中心となっている。
しかもその4人が個性的でそれぞれに悩みを抱えているところなど、この作品はネバーランドの大人版と言えようか。
しかも少年だけの「ネバーランド」や女性だけの「木曜組曲」と異なり、男女二組による微妙な関係を扱っているあたりが、洗練された雰囲気を感じる。
ある意味、この系統の作品の集大成と言えるかも知れない。
梶原憂理という謎に包まれた怪しい存在が、この物語を謎めいたものにしているあたりは、恩田さんの持ち味がよく出ている。
全編に宝石のように散りばめられた「美しい謎」がミステリとしての本書を高級なものにしているのだが、逆にいえば、謎の切り売りをしている印象も受け、テーマの散逸と無意味な作品の長大化の元凶となっているような気もする。
「幻想」という表題に相応しい不可思議さを醸し出すポイントになっているのは間違いないのだが。
それでもラストのおさまりは非常に良く、すがすがしさを感じる終わり方には大満足。
再読すればかなり味の出る小説には違いない。
やはり、恩田さんの才能は素晴らしいし、この作品も傑作と言えるだろう。

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「三月は深き紅の淵を」 (恩田陸) 2001.2.4 UP
幻の小説「三月は深き紅の淵を」をめぐる四つの物語。
第一章「待っている人々」で は、春のお茶会で幻の本を探すよう挑戦された若者が、推理の末、ある結論に達する が、実は・・・。
最も軽い話で、ミステリ短編としてとても面白かった。幻の本がど んどん読みたくなってくるので不思議だ。
第二章「出雲夜想曲」では、幻の本の作者 に逢いに、二人の女性が出雲へ向かう話。
作者が誰か推理する過程も興味深いが、全 体に美しく哀しさが漂うストーリー。
第三章「虹と雲と鳥と」は、一番恩田陸らしい 。
高校生年代の描き方に特徴がある。実は結構残酷な物語である。
第四章「回転木馬 」は、この本の書き出しが幾つも重なるメタ・ミステリ。
四つの物語が複雑に絡み合 い、どれが現実で、どれが創作なのかわからないのが神秘的。おとぎの故郷である松 江・出雲を舞台にしているのも嬉しかった。
恩田陸の中でも最も好きな作品の一つで ある。再読の価値有り。

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「図書室の海」  (恩田陸)  2002.6.1   UP
ミステリ、ホラーなどの短編集。
考えてみれば、連作でない恩田さんの短編集はこれが初である。

「春よ、こい」
恩田さんらしい作品。短いが幻想的で懐かしく哀しい。最小限の言葉で書き綴ってるために、状況を把握するのに少し戸惑ったが、それだけ読者それぞれの想像力にまかせ、読者の数だけ物語があるという点を意図したのではないかと思う。アイディアの一本技である。

「茶色の小壜」
OLの奇妙な仕種に興味を持った私。これも恩田さんらしさが現れているホラー。名詞止めを効果的に使い、不気味さを表現している点が印象に残るが、短編ではコンパクトになり過ぎて怖さがまり伝わってこないような気がするのだが・・・。やや物足りないかなという感じ。

「イサオ・オサリヴァンを捜して」
LURPと呼ばれる斥候部隊の一員、イサオ・オサリヴァンについて書かれた作品。非常に難解。大長編SFの予告編らしいのだが、これだけでは味わう以前の問題だ。

「睡蓮」
「麦海」の理瀬が主人公。「麦の海に沈む果実」を読んでいればかなり理解できるが、やはりこれだけでは謎が多すぎて解釈に困るだろう。

「ある映画の記憶」
岩の上に居た叔母が水死する不可能犯罪。「大密室」に収録されていたので、本書の中では唯一の既読作品であった。その時はあまり良いとは思わなかったが、この「図書室の海」の中では最も本格ミステリであり、幻想性もあり、非常に完成度の高い作品だといえる。

「ピクニックの準備」
ピクニックと呼ばれる学校行事の前夜の心境が描かれている。これも将来発表される大長編の予告編らしいのだが、なかなか面白そう。謎だらけなのだが、長編の予告編としてはわかりやすくお得だと思う。

「国境の南」
かつて友人と訪れた喫茶店。初老のマスターとしっかり者の女性ウエイターの記憶。そこで起こった事件が・・・。ミステリでもホラーでもあるこの作品は、めずらしく構成や意図が明確で一応完成形である。非常に日常的な世界であるが、恩田さんらし着眼点で味のある短編になっている。

「オデュッセイア」
旅する城塞都市「ココロコ」の長い長い物語。シンプルかつ悲喜こもごものファンタジー童話。集約された物語なので、読みやすく、走馬灯のように流れる場面が目に浮かぶ。ラストも印象的である。こういう話は大好きで、SFも得意とする恩田さんらしさも出ている。

「図書室の海」
「六番目の小夜子」の番外編。さすがに本編を読んでない人にはわかりづらいだろうが、番外編としてはなかなか面白いエピソードであり、ファンにとっては非常に嬉しい。図書室が舞台なのも身近で親しみやすい。

「ノスタルジア」
懐かしい気分になって、記憶の断片を語り合う謎の儀式。幻想的なホラーじみた物語が語られるこの趣向は非常に謎めいていてふわふわと浮いたような短編になっている。解釈は読者に委ねられているような奥深い作品である。ホラー作家としての恩田さんの特徴がはっきり出ていると感じた。

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「ドミノ」  (恩田陸)  2001.10.25   UP
買い出しに出掛けた女子社員、オーディションを待つ小学生の女の子、怪しい計画を 胸に抱く女、初めて東京に出てきた老人、推理ゲームに興ずる大学生、「試作品」を 手にした爆弾魔、俳句仲間の警察OB、契約を成立させた営業マン、別れ話を持ち出 す策を練る男女・・・。
彼らの運命が接触した瞬間、事態は思わぬ方向に勝手に 流れ出し、止まらなくなる・・・

キャハハハ。これは傑作である。もう笑いが止まらない。
出来過ぎも出来過ぎ、 こんなことは実際には絶対無いが、極端なまでにデフォルメされた状況がめまぐるし く変わる展開に息つく暇も無かった。
一気に最後のページまで読んでしまった感 じ。
これって本当に恩田さんが書いたの?
最初の方は幾つかの状況の説明が 続いていて、一見真面目な小説のようだが、一通りの顔見せが終わってからはすさま じいギャグ小説となる。
登場するキャラが個性的で面白い。
中でも一番面白 かったのは、関東生命社員がらみのシーンかなあ。
でも、他のシーンも全部、何 かしらウケた。
麻里花と玲菜の所作も何となくかわいげがあって、この小説をほ のぼのとした物にしている。
警官隊がかなりコミカルに描いてあったのも、緊迫 感がなくて良かった。
『ドミノ』 という題名から話の内容の予想は出来たのだ が、こんなに面白い本だとは思わなかった。
さりげなく、ミステリの要素も混ぜ てあるのが、半分ミステリ作家の恩田さんらしい。
この小説はどう転んでもミス テリとは呼べないが、今年のイチ押しと言っても過言ではないだろう。
今度は、 ユーモア小説の師匠として恩田さんを崇めなくては、と思ってしまった(笑)

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「ネバーランド」  (恩田陸)  2001.4.9 UP
冬休みの間、帰省しないで 、男子校の年代物の寮、松らい館に残った少年達。
美国、光浩、寛、そして 寮には住んでいないが遊びにきた統の4人で過ごす日常生活の中で 様々な人間模様 が繰り広げられる。
罰ゲームでの統の告白は、過失で母親を死なせたことだった・・・。
翌朝、 バットマンのお面をつけた人形が、首吊りを模してぶらさげられていた・・・。

真面目な美国、しっかり者の光浩、おおらかな寛、お調子者の統の4人の姿が実 に活き活きと描かれている。
読み進むにつれ、それぞれ深刻な過去・現在を抱え ていることが明らかになってくるが、4人でいることでそれを和らげたり、新たな方 向を見いだしたりしてゆく。
決して明るい解決ばかりではないのだが、終幕には 「希望」という文字が似合う。
女性でありながら、こういう形の男の友情が描け る恩田陸という人は本当にすごい。
内容的には悲惨な話も含まれているが、全体 として恩田作品の中でも最もほのぼのとした作品といえよう。
ファンタジーとも ミステリとも違う青春小説だが、やはり恩田ワールドならではの物語である。
余 談だがあとがきが非常に気に入った。
何か変な文章なのだが、すごく正直で恩田 陸という人が身近に感じられる。
作者自身、重要な小説だと言っているが、これ からが非常に楽しみである。

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「puzzle」(恩田陸) 2001.6.17 UP
長崎県鼎島で三人の男性の死体が発見された。
三人の身元もつながりも判明しな かったが、離れた場所で死んでいたにも拘わらず、死亡時刻が近いのも不思議だった 。
黒田志士と関根春の二人の検事が現場の島に降り立ち、調査を始めるが・・・ 。
男性の一人が持っていた新聞記事に何かが隠されているらしい・・・。

会話の雰囲気に恩田陸らしさが見られるが、短い作品なので構成はシンプル である。
離れた場所でほぼ同じぐらいの時刻に死亡した三人の男、というとびっ きりの謎が用意されており、新聞記事のコピーが重要な鍵となっている。
言葉遊 びのパズルと意外な真相がこのミステリの骨格であるが、印象としてはすごくあっさ りしている。
冷静に分析するとしっかりした本格ミステリなのだが、関根春の人 柄のせいだろうか?、却ってその価値が隠されてしまっている。
そう言う意味で はやや物足りない気がする。

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「光の帝国 常野 物語」 (恩田陸)2001.3.11 UP
不思議な力を持つ常野一族を描く短編集。
『大きな引き出し』
毎日限りなく、”しまい続ける春田一家。長男の光紀にも、その力が備わっていたが、やっと、彼も引き出しの中身が響いて来だした。
そして、さるすべりの木のある家のおじいさんの死に関わる。
春田一族の温かい家風と、おじいさん一家の心あたたまる物語が、うまくマッチした読後感の良い作品だった。
『二つの茶碗』
三宅篤が、取引先の部長に招かれて入った飲み屋の娘と目が合ったとき・・・。
そして、出されたお茶の意味は・・・?
妻、美耶子の不思議な過去と能力が語られているが、純真であまりにもストレートなラブストーリーでもある。目に浮かぶような美しさがある。
『達磨山への道』
泰彦と克也は、神かくしの山とも呼ばれる常野一族の聖地を登る。
泰彦の元を去っていった藍子のことを考えていた泰彦は、山の中で1人の少女と出会うのだが・・・。
泰彦にとってはつらい物語である。
『オセロ・ゲーム』
仕事の出来る女性として、オフィスで認められている拝島映子は、”裏返す”という特殊能力を持っていた。
しかし、それは、常に裏返されることとの戦いだった。
何も知らない娘に伝えるべきか悩む映子だが・・・・
あっさりしているが、親子の情が描き出されている。
『手紙』
寺崎から倉田にあてた手紙によって語られる物語。
「ツル先生」についての調査が主題であるが、他の物語の伏線になっている部分も多い。
単独で読むより、他の作品とのつながりの中で読むと味わえる。
『光の帝国』
ツル先生を中心とした分教場の物語。
平和な暮らしが始まるが、ツル先生のいない間に、軍隊に襲撃されてしまう。
ほのぼのとした分教場の様子から、一転して後半の悲しいストーリーがなんとも言えずせつなくなる。
表題作たるにふさわしい内容の作品である。
『歴史の時間』
春田記美子によって過去の記憶を思い出す矢田部亜希子。
二人の運命的な結びつきを暗示させるストーリー。
「オセロゲーム」もそうなのだが、これも、後の「月の裏側」につながる手法が見られる。
恩田陸ならではの世界だなあ。
『草取り』
ビルに覆い被さるツタが見える男。
それが一度見え出すと、つぎつぎと・・・・・そして、人にも草が・・・
これは、結構怖い。前向きな終わり方をしているのが救いだが。
『黒い』
矢田部亜希子が再び登場。
過去の記憶の核心に迫る。
少しづつ謎が解かれて行くと共に、たくさんの人が関わっていることに驚いた。
これも、この短編集の中心となる作品であろう。
『国道を降りて』
川添律と田村美咲のエピソードだが、最後に番外編のような形でつけ加えられていると考えるのがよいか?
ちょっと毛色が違う感じがする。

全体を通して、優しさ、哀しさ、せつなさなどが豊かに表現された力作である。

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「MAZE」(恩田陸) 2001.9.18 UP
灰色の小高い丘の上にある白い直方体の建物。
その場所はいつからか、『存在し ない場所』『有り得ぬ場所』と呼ばれ、建物の中に入った人間が消えてしまうという 事件が幾度も起きていた。
友人の神原恵弥とともに、この地を訪ねた時枝満は、 安楽椅子探偵の役割を与えられ、この謎に挑戦するが・・・

SFである。
作風としては「月の裏側」に近い感じがある。
突如あらわれる 謎の巨大物体、それは人為的にしろ、自然発生にしろ、人類の常識をはるかに超える ものだった・・・というパターンは、有名SF作品でも幾度となく採用されてきた常 套手段だが、この種のものは、結末に謎が明かされるものと、結局何なのかわからず じまいで終わるという2パターンに大別される。
本作品がどちらかは、ネタ晴ら しになるので言わないが、「人が消える」という恐怖と謎で、読者をぐいぐい引っ張 る力技の作品であると感じた。
興味を持続させるような謎の使い方は、並のミス テリ以上という印象を受けた。
全体としてやはり恩田色が強く、外国人が登場す る点は「ライオンハート」、少人数の仲間を招くという点では「ネバーランド」や「 木曜組曲」、調査に訪れるという点で「PUZZLE」など、基本的には、いままでの作品 の延長線上にあるが、神原恵弥というキャラは、やや特異な存在であり、今後、再び 登場する可能性があるかも知れない・・・

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「ライオンハート」(恩田陸)2001.8.31 UP
舞台はイギリス。
時を超え、記憶さえ夢のようにしか残らない幾つもの場面で逢 瀬を繰り返す二人の男女。
エドワード・ネイサンとエリザベス・ボウエンは、そ の時代で紡ぎ出す物語の中で自分たちも気付かぬまま重要な役割を演じ、逢瀬の輝き とそれに続く別離の絶望を経験する。
彼らにはなぜ一瞬の逢瀬しか与えられない のか?

SF的な愛の物語。
ラブストーリーと言ってしまうとあまりに陳腐で、もっと適 切な表現があるだろうが、うまく言い表せない。
連作集のような形をとっている が、物語全体に漂う幻想的な雰囲気は一貫している。
二人の逢瀬の謎が最後に明 かされるが(と解釈している)、各年代の登場人物とストーリーがいずれも美しいた めにラストも実にきれいに着地している。
それは物語のスタートでもあるけれど も。
恩田さんはこれをSFメロドラマと表現しているが、確かに場面が自然に目 に浮かぶという点ではドラマ的かも知れない。
イギリスが舞台であることもこの 小説の成功の一因である。
恩田さんの作品で海外を舞台にしたものは読んだこと がなかったが、最も純粋に愛を追求した異色の作品であると言ってよいだろう。
ミステリではないが、こういうタイプの作品も好みである。

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「ロミオとロミオは永遠に」 (恩田陸) 2003.1.4 UP
人類は新地球に移り、日本人だけが残された近未来の地球。
生活の保障される卒業総代を目指して全国各地から厳しい入試をクリアしてきた若者が「大東京学園」に集まってきた。
兄の脱走の真実を知りたいアキラも入学してくるが、そこは恐怖の学園だった・・・。

近未来SFと学園小説が融合したミステリ色豊かなエンターテイメント。
設定についてはそれほど詳しく説明されているわけではないが、日本人だけが罪を負って地球に取り残されるという笑えない設定からして度肝を抜く。
徹底した統治され社会で、20世紀のサブカルチャーに憧れを抱く若者。
これは今を生きる我々の世代文化に対する皮肉でもあり、評価でもあり、一種の文化論になっているのがすごい。
危機感は「バトルロワイヤル」の系列につながるもので、エンターテイメントとしては非常に面白い。
世相を反映した恩田さんらしくない(?)ギャグの度重なる使用には閉口する向きもあるだろうが、思わずニヤリとするだろう。
ラストはちょっと予想できなかった。
読み物としては、恩田作品では「ドミノ」に次いで面白かった。
恩田さんが一番書きたいのは、このような作品かも知れない。

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