5−3


  青臭会                               2000・02・26
  通信
        青のくさみ         NO・05−3
 

 TAOの誘惑 3


老子は、あなた方の心(マインド)とはまったく違う
そして、それこそ変身の可能性なのだ
マホメッドでは
あなたは変身させられまい
回教徒にはなるかもしれない
善人にはなるかもしれない
有徳の人士にさえなるかもしれない
だが、あなたは同じ路線に乗ったままだ
次元は変わるまい
マハヴィーラではあなたは同じままだ
より良い
が、同じだ
修正されてはいる
が、同じだ
洗練され、塗装され、改善されてはいる
が、同じだ
老子では
あなたは完全に破壊され
そして、再誕するだろう
彼は死と復活だ
                     ーパグさんの『TAO 』p123
 
 
 自己解体という虚構の道程を辿ってきた私の半生は、解体する自我に呪縛され続けてきた半生であったのでしょう。虚構する自我を遂に解体できなかったドンキホーテー。あろうことかそのドンキホーテーは20世紀の魔物・パソコンに敢然と?挑戦しているという構図は、おや、大して面白くないですね・・・。

 そこで、例によって、私自身を TAO と変な男が叫んだとしても、「何かある!」と理解の触手を伸ばしてくれる知識を与えてくれた書物を紹介します。
 (・・・こういう言い方をするとき、いつも、既に読んでしまっているかもしれないと恐れる・危惧のは仕方ないことか?)

 リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』
           
(紀伊国屋書店)  2500円位か?

 これこそ正真正銘の一冊です。

  生物学とは、結局のところ、≪文学の科学的翻訳≫かもしれないと思わせてくれる名著の中の名著です。
 人に、≪TAO!≫と言うときの、超強力な{理論的・科学的}武器です。
 私は、いつも、同封の新聞記事のようなことを考えて暮らしています。
                         
            墓という次と間違ってしまった!!
                  (死期が近い?!)
                      ー02/11 毛利さんの手メール
 
 
 「同封の新聞記事のようなことを考えて暮らして」いるという毛利さんの「考え」を雑感風にでも書いてもらいたいという願望が強力な飢餓状態にまで高まってきています。私も又、死期が近いのでしょうね・・・。
 
 冬草に座していのちの在り処       仁
 
 死に際にはおおらかな自然の光景が現れると聞きます。
 レジャヴュゥ。思い返せば、何度も、そういう光景を見てきたような気もします。いつだったか、夢だったのか・・・。
 枯れた芝生の中に、一輪の蒲公英の花を見つけたとき、空に襲われました。
 一輪の蒲公英の花が眼前に大きく肥大して、私を呑み込んでしまうのです。しばらく真っ暗闇の中を彷徨って、現実に戻ってきました。一輪の蒲公英の花は元のままにありました。静寂そのもののように・・・。
 さよなら、たんぽぽ。
 又、日常に出て、日常を呑み込んでくるよ。