2001/10/26
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「 富士山登頂 −1」 せっかく日本で生まれたんだから 1度は登っとかないとウソでしょう。 晴れた日、ビルとビルの間からたまに ひょこって顔を覗かす「フジヤマ」。 江戸時代の古い地図には決まってはるか後方、 街を見下ろすように描かれている「フジヤマ」。 外国人でも日本って聞かれると「サムライ」の 次ぐらいには出てくる「フジヤマ」。 なんてったって日本一の山である。 それにたんに一番高いというだけでなく、 昔から畏怖され、独特の存在感を示してきた山でもある。 と、別段むりやり富士山を持ち上げようって訳ではない。 ただ単純に浪人時代、受験で初めて新幹線で東京に来た時以来、 富士山のスケールにドキモを抜かれ、惹きつけられている1人なのである。 その気持ちは東京に移り住んで以来、日増しに強くなってくる。 しかしそういう純粋な気持ちは、素直に同僚に吐露してみても よっぽど普段の俺の口からは似合わないのか、 「現実逃避か」って一蹴されるだけで、 今まで日々の生活に圧殺されていた。 しかし、ついにこの時が来た! 転職の合間、ぽっかり空いたこの時期。 今しかない。 不意に思い立った。 (そういえば、昔は「思い立ったが吉日」なんてのを座右の銘にしてたっけ) この機会を逃すと今度はいつになる事やらって事で あわただしく登頂することにした。 しかも、「現実逃避か」って一蹴した張本人である元同僚を掴まえて・・・ たまたまその元同僚も俺と同じ時期ぐらいに前の会社を見限った1人である。 したがってこの10月という中途半端な時期に時間を持て余している。 「日本で一番高い所から下界を眺めてみたらなあ。 それまでの自分と、それ以後の自分は確実に違うよ」 なんて、登った事もないクセに、 スキューバを勧める時の常套文句のようなセリフを吐きつつ仲間に引入れた。 「よっしゃー 日本一になったろーぜ」 って士気も高まったところで一応色々と下調べ。 富士山関連のホームページや市販されている本など 異口同音に7〜8月が登山シーズンで それ以外は危険である。 プロの登山家以外は辞めたほうがよいなどと書いてある。 「なーにを寝ぼけたことを・・・ 軟弱なこと書くなよ!」 多少の不安がよぎりながらも、いったん盛り上がったこの士気に 冷水を浴びせる訳にはいかない。 「だいたいこんなんって責任負いたくないし、いちゃもんつれられても しゃれならんから、あえて大げさに書いてあるものや。」 というもっともらしい理屈をこねて、 それを多少の不安をかき消す材料とした。 というか、「あの有名な富士山やで 雪が積もってたら さすがに無理かもしれんが、 そうでなければいけるやろー」 って安易に考えていた。 サクサクっと登って、デンついて降りてきたらええねん」って。 が、しかし・・・ それが後にどえらい事になろうとは その時には夢にも思わなかった。 1度でも登ったことのある人は分かると思うが 10月というオフシーズンに、初登山でしかも 日帰りという予定はあまりにも無謀だった・・・ らしい。 |
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「 富士山登頂 −2」 6時起床。 新宿西口から川口湖行きの始発に乗り込む。 川口湖到着までは約2時間。 川口湖といえば、山梨側から登頂を目指す代表的なルートである。 富士山登頂を目指すルートは静岡側も合わせて他に3つあるのだが、 残念ながら河口湖ルート以外はシーズン終了という事でアクセスの手段がない。 したがってこの河口湖ルートを選ばざるを得なかった。 川口湖に到着すると今度は富士山5合目行きのバスに乗り継がなければならない。 が、しかしこれは現地で初めて知ったのだが、 そのバスの始発がなんと10時過ぎなのである。 そのためせっかく早起きして出発したのに、1時間も足止めをくらう事になる。 まあ、それぐらい下調べしとけよって言われるとそれまでだが・・・ その事実が判明した瞬間、連れから若干の白い視線。 「ホンマに日帰りで行けるの?」 「いやー 小走りで登頂したらなんとかなるんちゃうかなー」 なんとも苦しいリアクション。 この時、まだ富士山をなめていたと言える。 5合目行きのバスはほぼ満員。 乗客のほとんどはじいちゃん、ばあちゃん。 比較的若手といえば、 外国人グループ1組と俺らだけだ。 どうにも緊張感がない。 よっしゃ 登るぞ! って鼻息荒いのはどうやら俺ら二人だけのようである。 この時点でこのなごやかさを疑ってかかるべきだったか。 まあ何にせよ、約1時間で5合目に到着。 とりあえず眺めがサイコーだ。この5合目ですでに2300M。 多分始めて味わう高さだろう。 眼下に広がる樹海がまるで草原の草のように見える。 見上げると、太陽の光を背に威風堂々とした富士の頂きがもうすぐそこである。 じいちゃん ばあちゃんはこの5合目の景色を堪能して下山するのだろう。 まあそれでも充分過ぎてお釣りが来るぐらいの眺めなのだが。 この5合目は神社があり、その他、 お土産屋やペンション、喫茶店も2,3軒あり 客も多く観光地さながらに賑わっている。 もし日帰りが無理だった場合、この5合目のどこかで 宿泊したらいいかなんて安易な青写真が頭に浮かぶのも また無理のないハナシではないかいな。 天気も薄い雲があるだけで晴天といっていい。 ベストのシチュエーション。 俺らはお気楽な観光客を横目にストイックに 小休止もする事なく頂上を目指すべく登頂ルートの スタート地点に急いだ。 この時、心の中では川口ひろしのテーマが浮かび 探検隊よろしく意気揚々と前進の1歩を踏み出していた。 ちなみにこの時、すでに午前11時半。 |
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「 富士山登頂 −3」 スタートから約1時間。 5合目から6合目。 比較的揺るやかな登り坂が続く。 ルートの脇には頂上まで続いている豪快な急勾配、 いやガケといってもいいような斜面がある。 (ここをスノーボードで降りてったらすごいやろなー) なんて考えながら歩いていた。 この時点でははまだ、 「歩くの面倒だから頂上までこのガケをつたって行こうか。 ミッションインポッシブルのトムクルーズみたいに・・・」 なんて軽グチもたたける遠足気分。 俺ら以外に出発したのはバスでいっしょだった 比較的体格のいい外国人3名だけだった。 もっともこのうちの女性は(3人のうち1人は女性だった) 登り始めてまもなく吐気をもよおしたようで1人で引き返していたが。 さらに30分程経過し、 ふだんの運動不足を見事に露呈しながらも、 なんとか7合目までたどり着く。 この7合目には最初の山小屋がある。 ガイドブックによるとシーズン中はずいぶん賑わっているらしい。 俺らは登り始めてから、とっとと先を歩いていった外人グループ以外、 誰とも会っていなかったから、この7合目山小屋で 他の登山家との触れあいや情報交換みたいなのも若干期待はしていた。 が、しかしその期待は見事に裏切られる。 山小屋は、完全に閉め切られ、っていうか ホントにそんな山小屋存在するのってぐらいだった。 外人グループは遥か先を行っており、 俺らの話し声以外あたりはシーンと静まりかえっている。 ひとっこ1人いない。 だが、この時点でも寂しいなあとは思うものの それほど気にはしていなかった。 7合目から8合目へ。 ここからはかなりの急勾配ではっきり言って試練である。 体育会現役バリバリの人だとまだ平気かも知れない。 が、ふだん不摂生を重ね、 タバコもバンバン吸ってる俺らからすればかなりキツイ。 あたりはもはや生物の気配はまったくない 短いペンペン草みたいなのが石ころの間からわずかに生えているぐらい。 もう3000mは超えている。 途中、何ヶ所か山小屋がある。 山小屋へ到着する度に開いているか、誰かいるか、 とにかくなんらかのシチュエーションの変化があるのでは? と期待する。 全部で4軒ぐらいあっただろうか。 俺らは、とりあえず「次の山小屋 次の山小屋」 ってな具合に、山小屋を目安にひたすら登った。 しかしことごとく完全に閉まっている。やはりひとっこ1人いない。 山小屋に着くたびに期待と落胆が交差する。 さすがに「こりゃーちょっと様子が違うぞ」 ってヤバイ雰囲気を感じ始めていた。 山小屋の形跡だけが残ってる場所でしばし小休止。 もうヒザはガクガク。 あと急激な気圧の変化のせいか、 しゃべるだけで胸の鼓動がバクバク。 (そういえば、ガイドブックにも高山病には気をつけるようにって さんざん書いてたっけなって思い出す。まあ、気をつけろって 言われてもねえ。じゃあ どうせえちゅうハナシなんだが) しかしそんな体力的な事よりも何よりも、 このドでかい富士山にもしかして俺らだけ?! っていう精神的な不安のほうが大きかった。 遥か下界に薄っすらと見える人間界から もはや完全に引き離された、または異空間に迷い込んだというような 今までに味わった事のない種類の寂しさに襲われる。 逆にシーズン中であたりが登山家で賑わっていたなら こんな気持ちにはならなかっただろうし、 体力的にもここまでしんどいと感じなかったかも知れない。 富士登山がこんなにも肉体的にも精神的にも ハードだとは思いもよらなかった俺は ミスチルの現在のヒット曲の1部分だけを取り出して、 「後悔のウター」なんて必要以上にでかい声で歌いながら カラ元気をかましていた。 そんな中で、天候だけが、俺らの味方だった。 青空と下界の見通しのよさ。雲がよりリアルに見え、 こりゃ 頂上はさぞかしサイコーの眺めだぞ ってことが唯一俺らの支えだった。 再び登り始めた。 3200M付近だろうか。 とっとと先を行ってた外人グループとすれ違う。 えっ 頂上まで行くのと違うの? それか頂上まで行って戻ってきたのだろうか いずれにせよ初めての人間との遭遇なので、 親しみがこみ上げてくる。 すれ違い様 「You're toughness ! Did you get the top of fuji ?」 日頃の英会話の成果を試す。 すると拍子抜けするぐらいベタベタな日本語で 「ノボッテナイデス。3400Mグライマデデス ガンバッテネ」 (そ、そうなん? 俺らと共に頂上目指してたんちゃうん。) これで本当に俺ら2人だけになってしまった。 その時、心細さに拍車がかかったのは言うまでもない。 その時、午後3時半頃。 |
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| 「 富士山登頂 −4」 8合目より上はもはや これホントに正規のルートか?って疑いたくなるくらい。 ほとんどロッククライミング状態。 岩から岩へ足場を確保しながら登っていく。 頂上はもう、すぐそこにあるんだけど、なかなか近づかない。 そうこうしているうちに唯一の味方だった天候もどんどん悪化。 もはや、会話はない。 数時間後には日が暮れる。 天候はいつの間にか最悪。 体力も限界。 俺ら以外だーれもいない。 その俺らときたら、富士山はおろか そもそも登山自体初心者。 多分、頂上に着いてもなんにも見えないだろう もう完全に厚い雲の真中にいるようだ。 数メートル先しか見えない。 俺らを支えていた唯一のモチベーション 頂上からのサイコーの景色ってのも望むべくもない。 しかし、しかしである。 もうすぐそこが頂上。 こんな所まで来て引き返すわけにはいかない。 俺らにも意地がある! 「富士山行ってきたよ。」 と 「富士山登頂したよ」 では天と地の差。 「勇気ある撤退」っていう都合の良い言葉も世の中にはあるが、 その時はまったく思い出せなかった。 心の葛藤を続けながら、重たい足を引きずり、 ほとんどボロ雑巾のようになりながらも、 最後の鳥居をくぐり、 やっとめでたく富士山登頂。 いや決してめでたくなんかはない。 確かにある種の達成感はあったが、 想像していた感動より、 やっとこれで下山できるっていう安堵のほうが大きかった。 一息ついたところで、とりあえず 頂上と記した石碑があったので、おたがい2,3枚づつ写真だけは撮っておいた。 その後、少し冷静になってまわりを見渡しながら歩いてみる。 正直ブルッときた。 自然に対してここまで恐怖感を味わったのは初めてだ。 日本のてっぺんどころか地の果てにたどり着いた感じ。 シーンとしたところにゴウゴウと風の音だけが響いている。 たぶん噴火口からだろう地の底から吹き上げてくるような物凄い風、 ちょっと気を抜くとどこか飛ばされそうだ。 幾度となく台風を経験しているが、そのどれよりもすごい風圧。 おまけに深い霧に小石まじりの雨。 後から聞いたのだが、 そのころ富士山の頂上付近は低気圧のど真ん中だったらしい。 こんな所に人がいるはずもない。 いたら逆に恐怖を感じただろう。 その時、このどでかい富士山には頂上に俺ら二人がいる以外 だーれもいないことを再認識する。 俺らは我にかえるように、あわてて下山を始めた。 その時すでに5時過ぎ。 無事下山出来るのか? |
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「 富士山登頂 −5」 ガイドブックでは登りは5時間半で下りは3時間らしい。 俺らは半分滑り落ちるように降りていったので、 9合目ぐらいまでは通常よりかなりのハイペースだったんではなかろうか。 あれだけボロボロになっていた体も動けているから不思議だ。 火事場のクソ力とはまさにこの事だろう。 しかし風はさらに勢いを増し、だんだんあたりも暗くなってきた。 これ以上はライトなしではちょっと無理だろうってところで 用意していたヘッドライトをリュックから取り出した。 ところがだ。問題はここからである。 行きしなに1度、5合目付近でチェックしたはずのライトが まったくつかないのだ。 「これ どういう事?!」 「悪い冗談やで 」 何回も電池を入れなおしたりしながら試すがやっぱりつかない。 その時、初めて「これはただことじゃないぞ」って実感し、 それと同時に腹をくくった。 いや 決しておおげさではない。 誰もいない富士山頂付近で、 天候も最悪に近い状態、 しかも素人同然で初登山の俺らがライトも持たず 真っ暗闇の中をどうやって下山しろというのか。 途中でロッククライミングさながらのポイントもある。 これ下手したら「遭難?!」って事も充分考えられる。 しかしウダウダなんてしてられない。 とりあえず下山しない事には仕方がない。 真っ暗闇の中、遥か下界のかすかな街のあかりだけを頼りに、 なんとか手探りで下っていった。 まったく、この時期こんな3000M級の山中でライトも 持たずさまよってるのってタリバンと俺らぐらいだったろう。 途中、I-mode が通話可能になり、 SOSを発信する事も考えた。 しかしそうなると別の問題が発生する。 ひょっとしたら、捜索隊といっしょにマスコミも出動してきよるんじゃなかろうか って事だ。 悪天候って分かり切ってんのに中州に取り残されて ヘリからアホ面で救助されてるヤツをテレビで何度か見た事がある。 「バカなヤツ。そのまま死ね!」って思ったりしたが、 この場合、それとまったく同じパターン。 俺らのアホ面映像が全国に発信されるとなるとそれも恐怖である。 結局、種類の違う恐怖を天秤にかけ、 出来るところまで降りようってことになった。 1番難関だったのがやはり例のロッククライミングのところ。 なんせガケ同然のところをロープだけを頼りにして降りていくのである そのロープというのは何も手探りで掴みながら下りていくためのロープではない。 間違ったところに迷いこまないためのロープなので 持たれる事など前提にしてない、むしろ持たれたら困るっていうぐらいのもの。 したがって命綱にしてははなはだ心もとないシロモノなのである。 しかも、困った事にすべての場所で張ってあるわけではない。 ところどころ、そう一番肝心な急カーブなどでは ロープが途切れているのである。 その場合、命綱を失った状態となる。 なんとか真っ暗闇の中から次のロープを 探し当てる作業をしなければならない。 どれだけの時間を費やしたのだろうか。 全神経を集中させていたので、もはや時間の感覚はなかった。 ボロボロのはずの体の痛みもなかった。 しかしなんとか乗り切った。 目が暗闇に慣れてきたせいもあるかも知れない。 あのすさまじい難関を切り抜けた俺らは ちょっとしたレンジャー部隊の気分。 これでなんとかいけるぞって勢いづいた。 ちょっと集中力が途切れると、とたんに以前に見た 「ブレアウィッチ」や「死霊のはらわた」の映像なんかが浮かんで来る。 「よう考えたら 俺ら今 めっちゃ怖いシチュエーションの中におるねんなあ」 つい言ってしまった。 えらいもんで口に出すとその恐怖は増幅されるものである。 その矢先、連れが 「ちょっと待って! 何あれっ!」 数メートル先、暗闇の中ちょうど自分達の顔ぐらいの高さ、 空中にゆらゆら揺れる白い影。 その時は正直、心底ビビった。 ビビりながらも、よーく見据える。 「野犬ちゃうか?」 「こんな所におらんやろー」 考えたら、どんな獣が現れるか分からない。 そしていったん現れて襲ってきたら一環の終わりだ。 いや獣だけではない。 変質者とか殺人者とかいずれにせよこのシチュエーションで出くわすとしたら それはまともなヤツではあり得ないだろう。 「もしそうなったら、逃げずに絶対戦おうなあ」 なんて今から思えばかなりサムいセリフもその時はマジだった。 結局、恐る恐る近づくと、なんてことない。 白いプラスティックの看板が強風でゆらゆらゆれているだけだった。 まあ、そんなこんなありつつ、なんとか、ホントになんとか 5合目付近まで下山することが出来た。 行きしなに見た5合目のあの観光地さながらの賑わいを頭に描きながら、 やっと人間と出会える。人里に辿り着ける。 単純にそれがうれしかった。 待ち遠しかった。 直前自然と早足になり、 やっと安堵感に包まれたか・・・と思いきや 俺らが出発したあの賑やかな5合目とは明らかに違う場所となり成り果てていた。 |
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「 富士山登頂 −6」 ここは確かに俺らがスタートした地点、 あの観光地さながらに賑わっていた5合目なのだろうか。 シーンと静まりかえり、人の気配はまったくなく、 まるでゴーストタウン。 時は午後9時半。 強風はいっそう強まり、そのうち横殴りの大粒の雨。 しかし雨宿りするような場所などどこにもない。 マヌケなハナシだが、 俺らがペンションや旅館と勘違いしていた店は どうやら単なるお土産屋だったらしい。 あとドトールを模したような喫茶店も完全に締め切られていた。 都会の24時間という日常に浸りすぎていた自分を責めてみても後の祭り。 とにかく、俺らは完全に富士山中腹の5合目で孤立してしまった。 少し、上を仰ぐと深い闇の中にでかい富士山がせまってくるようだ。 ついさっきまであそこの闇の中にいたとは考えられない。 さっきまでがあまりにひどかったので、5合目でついほっとしてしまったが、 以前キツイ状況であるのは変わりない。 明日の朝まで嵐に吹きさらされながら過ごすなんてことは考えられない。 公衆電話を探す。 しかしどこにも見当たらない。 すべて閉め切られた店の中だ。 携帯を確認する。俺の携帯 CDMA One は圏外。 連れの I−Mode はどうか。なんと I−Mode まで圏外。 ああ 万事休す、もはやジヘンドか。 ここから自力で降りるなんてどう考えても不可能。 諦めの悪い俺らは、 嵐にさらされながらも、なんとか携帯がつながるポイントを探す。 どうにかわずかに電波が触れる場所を発見。 さっそく元同僚にTEL 。 「富士山でえらいことになってしもた! 後で説明するからとにかくタクシーを富士山5合目までよこしてくれ」 仕事中だった彼はあまりに唐突なTELに 「ハァー?」 って感じだったが、こっちは必死だ。 それにいつまた圏外になるかわからないので、詳しく話している時間もない。 しばらく待つ。 こういう時って1分でも、とてつもなく長く感じる。 待ちきれなくなった俺らはある事を思いついた。 「そうや 110番や パトカーに来てもらおう そうすれば、タクシー代も浮くし」 「やれやれこんなときまで金勘定かい」 なんて思ったが、よく考えるとタクシーだと軽く1万は超えるだろう。 たしかにバカにはならない。 が、いうまでもなくパトカーはタクシー代わりでもなんでもない。 国民の血税によって初めて動くのだ。 はたして俺らが電話したところで着てくれるのだろうか 不安は消えない。 そこで多少オーバーアクション気味に、 命からがら頂上から下山してきたことを告げ、救助を求める。 「すいません! 富士山5合目で取り残されてしまったんです! ものすごい嵐の真っ只中でにっちもさっちもいかないんです。 足もケガしてます! お願いします。来てください!」 でも、よく考えると事実である。 それに、ホントに考えるにそれしか手がなかった。 「わかりました! 無事ですか? すぐ一番近くの署に連絡を取って そちらに向かわせますから、もう少し辛抱して下さい!」 どうやら来てくれるようだ。 警察って思っていた以上に、親切である。 パトカーが到着する1時間ほど、 わずかながら風雨をしのげるポイントを見つけそこでひたすら待つ。 その状況はまるで遭難中に洞窟を見つけ そこでひたすら救助を待っているような感じだった。 いっしょにいた連れが俺とよく似て、神経が図太いヤツでホントよかった。 ろくな計画性もなく誘った手前、 もしかぼそいヤツだったら、この待ってる間も気ィ使ってしゃあないところだった。 「しかしごっつい体験したなー このネタで1時間は飲めるで」 なんて、言いながら数時間前の武勇伝?を口々にしゃべくっていた。 まあ、無言になってしまうと、単純に怖いってのもあったかも知れない。 やがて赤々と点灯させながらパトカーはやってきた。 この時ほどパトカーがカッコよく見えた事はない。 「だいじょうぶですか!」 なんと温かそうな毛布まで用意してくれていた。 俺らは小型犬のようにプルプル震えながら パトカーの後部座席で毛布にくるまった。 よく考えるとスピード違反で切符切られたときに停車中のパトカーに乗ったぐらいで、 走行中のパトカーに乗るのは初めてだ。 まあ決して誉められた経験ではないんだろうが。 そうして嵐の中、富士スバルラインという自動車道を 俺らを乗せたパトカーは下っていった。 スバルラインの入口まで戻ったとき知ったのだが、 スバルライン自体が閉鎖されていた。 これだとあの時、もしタクシーを呼んでいたとしても 来てもらうことは不可能だったのだ。 やはり早い段階でパトカーを読んだことは正解だった。 富士吉田署というところの人だった。 署についたのは夜11時。 署内に連れて行かれ、一応の事情聴取。 署員の人たちは俺らの報告を受けていたようでみんな知っていた。 それで口々に声をかけられた。 「だいじょうぶか! 」 「この季節に登るのは自殺行為。頂上5時? そんなの無理に決まってんじゃん」 その中でもごっつい人で一際目立つ比較的えらいさんの一言はやたら耳に残っている。 「都会の常識。 田舎の非常識!」 なるほど俺らは「日本の常識。世界の非常識」以前に 国内においても非常識だったのか。 「迷惑かけて本当にすみません」 俺らはひたすら平謝り。 さて、俺らはどこかで宿泊しなけらばならない。 体中ボロボロである。 考えてみたら食事もろくにとっていない。 パトカーを待ってる間、 「ついでに警察署に泊めてもらおうか」 なんて甘い事を半分冗談で言っていたのだが、 それはさすがにかなわなかった。 しかし警察の人もこの時間に放り出すのはちと可哀想かなって思ってくれたんだろう。 なんと近所のビジネスホテルまで予約して段取りしてくれたのだ。 なんといい人たちだ。 その時、今後警察の悪口を言うのはやめようと誓った。 テレビでも警察に批判的な報道をした局には苦情の電話の1つでもしてやろう。 その後、山梨県のとあるラーメン屋でビールとラーメンをすすり、 やっと生きて帰れたことを実感し、 俺らの富士山登山は幕を閉じたのだった。 しかし考えるに、初登山で、シーズンオフに、夜 ライトなしで 富士山頂上から下山ってのをやってのけたのは日本でもほんの数人ではなかろうか。 とりあえずの収穫は 今回の1件で、準備不足のマヌケさと、 追い込まれたときの意外な冷静さ、図太さを発見した事かな。 それとパトカーに乗れたことね。 |
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