−−−−−女−−−− −

彼女から電話が入ったのは夕方4時過ぎごろ、
ちょうど仕事も一段落したところだった。

「はい、内科病棟です」
「外線3番、吉本さんにお電話です」

「もしもし、吉本ですが」
「初めまして、高尾と申します。突然すみません。
ちょっと奥さんにお話があって・・・」

私の事『奥さん』って言うってことは、この人 主人の知り合い?

「あ、わたし御主人と同じ会社の者です。」
「話っていうのは?」
「電話じゃなんなので、今日の夜、お家にお伺いしてもいいですか?」
「はぁ。」

とても嫌な予感がした。

「じゃぁ、夜7時に伺います。」

主人と出会ったのは私が看護学校を卒業する少 し前だった。
私のタイプではなかったけど、主人のほうからがんがんアプローチがあり、
知り合って1年後に付き合いだした。
それから1年半後、私が23才、主人が26才で結婚。
結婚して10年、子供はいない。

主人はとても優しい人だ。
私のわがままを全て受け入れてくれる。
めったに怒らない。それが時折腹立たしくもあったが、
最近は喧嘩することもなくなった。
お互いの休みが合えば、一緒に買い物もし、食事にも出かける。
どこにでもある、平凡だが幸せな夫婦だと思っていた。

それが、去年の春突然主人が「離婚したい」と 言い出した。
私は何がなんだか分らなかった。
なぜ?私達夫婦はとてもうまくいっていると思ったのに。
セックスはないけど、二人でいると楽しいし、安心できる。
それは主人も同じだと思っていた。
私のどこが悪いのか、問いただしてみた。
「君をもう愛していない。君との間に子供を作る気がない。」
そんな理由だった。
子供をいらないと言うのなら別に作らなくても構わない。
夫婦間の愛なんて、年月が経てばだれだって分らなくなるものじゃないのか?
それが離婚の理由になるのか?
私はとても納得がいかなかった。
むろん出した答えは「ノー」。
私は彼が好きだ。愛している。それに今の生活に何の不満もない。
この状況を変える気にはなれない。

その後何度か主人から離婚の話を持ち出された。
そんな主人に時には怒り狂い、時には泣いてすがった。
主人に女がいるんじゃないかとも疑った。
でも彼は「絶対それはない」と言い放った。
一度だけ「もし俺に彼女がいたらどうする?」と彼に聞かれたことがある。
私は「その女を殺す」と答えた。
主人はやはり浮気を否定した。

ここ2、3ヶ月主人は離婚の話をしなくなった。
夫婦間の感情には、特に子供がいない場合は、波があるのだと思う。
主人はその頃波が荒れていたのだ。私はそう思っていた。
そんな矢先の電話だった。

7時ジャスト。玄関のチャイムがなった。
ドアをあけると「高尾」と言う女性が立っていた。
20代後半ぐらいだろうか、化粧気がなく、服も今どきの格好ではない。
どことなくあか抜けない感じの子だ。
「どうぞ、あがって」
「恐れ入ります」

リビングのソファに腰掛けさせ、私はお茶を入 れた。
心臓はどきどきしていた。でも彼女に動揺した姿は見せたくない。
私は必死で平静を装った。

「話ってなんでしょう?」
「実は、私御主人とおつきあいしてるんです」
やっぱりそうか。
私のなかにふつふつと怒りが込み上げて来た。
顔が紅潮したのが彼女にもわかっただろう。
「いつから?」
「2年ほど前からです」
「それで?」
「御主人と別れて下さい」
それはこっちの台詞でしょう!なんてずうずうしい女。
こっちは正妻なのになぜ旦那の浮気相手に『別れろ』と言われなければ
ならないのか?
「別れるのはあなたの方じゃないの?私は主人のこと愛してるし、
主人だって・・・」
「奥さん最近御主人とセックスしましたか?」
私は声をつまらせた。確かに主人とは寝てない。
セックスレスになってからもう3年経つ。

「私は御主人とセックスしてます。月に5〜6 回、奥さんが夜勤の時、
御主人は必ずうちに泊まりに来てます。ご存知なかったでしょ?
私は御主人に愛されています。あなたには情はあっても
愛はないと、御主人は私にハッキリ言いました。
なのにどうして別れてくれないんですか?」
彼女は泣き出した。
泣きたいのはこっちの方だ。
やっぱり主人は浮気していたのだ。
いや、浮気ではなく不倫なのかもしれない。
今まで信じていたすべてのものに裏切られた気分だ。

さらに彼女は続けた。
「結婚なんて紙切れ1枚の繋がりなのに、そのたった1枚のために
こんなにようチャンを縛っているなんて、奥さんはずるい。」
彼女は声をあげて泣き出した。
私がずるい?
結婚は二人の合意の下に行うことなのに、なぜ私がせめられるの?
それに『ようチャン』だなんて彼をいくつだと思ってるのかしら?
あの人が自分の名前をそんなふうに呼ばせてるなんて、
なんだかこっちが情けなくなって来た。

それでも離婚するわけにはいかない。
こんなことで離婚したんじゃ私は世間の笑い者。
第一、33にもなってバツイチじゃ行く宛がないじゃない。
実家にだって帰れやしない。  

「私は主人と別れる気はないの。私が言えるの はそれだけ。
悪いけどもう帰ってもらえないかなぁ。」
「奥さん、ヒック、前に『もし彼女がいるんだったらその女を殺す』っ て
ようチャンに言ったそうですね。ヒック」
彼女の顔はもうボロボロだ。目も当てられない。
私は彼女にティッシュを渡してやった。
「ええ、言ったわ。」
「だったら、ここで私を殺してください。
奥さんがようチャンと別れてくれないんだったら、私がようチャンと
別れるしかない。でもそんなこと私にはできない。ようチャン無しでは
生きていけない。だったらもう死ぬしかない。
ようチャンのために殺されるんだったら私も本望です。ヒック
殺してください。」
彼女の目は本気だった。
私はこの女と同じぐらい主人を愛しているのだろうか?
主人のためにここまでできるだろうか?
そんなことが頭を過った。

それでも離婚はできない、と思った。
結婚はそんな感情だけのものじゃない。
生活の上に成り立っているのだ。
今、この女が私の生活を壊そうとしている。
この女が現れなければ、主人は「離婚」なんて話を持ち出さなかったはずだ。

私は台所へ向かった。
包丁を取り出し、そのまま勢いで彼女の首の頸動脈を切った。
血が勢いよく吹き出し、体が痙攣した。
彼女が死ぬまであっという間だった。
人が死ぬのは今まで何度も見てきたが、こんな死に方は初めてだ。
リビングが血の海になった。

こんな女の血で先週買ったばかりのカーペット と、洗ったばかりのカーテンと、
皮張りのソファーが汚れてしまったことが、さらに腹立たしかった。
私は何度も何度も死んだ彼女を蹴った。頭を胸を背中を足をそして股の間を。

夜10時、もうすぐ主人が帰ってくるはずだ。
さぁ、次はどうしようか・・・


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