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彼と一緒にドイツへ行く夢を見た。成田空港でチェックインするところで、目が覚めた。続きが見られたらいいなと思い、「ところで今何時?」と時計を見たら8時!飛び起きる。「あ〜、怠けてきたなぁ」とちょっと反省。よく寝たせいか、鏡を見たら目がパッチリしてた。よしよし。今日は外の空気を吸いたくなった。彼は今日高尾へ仕事らしい。猿を見たくなったのっで、その旨をメールで伝える。
朝食を済ませ、大学近くの観光局へ行く。ついでに大学の図書間で資料探しをしようと思ったので、これは近くてええなぁと。しかし、観光局のスタッフと話をしていて判った。ここはタイ観光局ではなくて、バンコク観光専門の案内所だったのだ。知らなかった。近所だったので2週間に一度は訪れ、フリーペーパーを貰っていたものだったのだが。運の良い事に、教えて欲しかった村の近く出身のスタッフがおり、行き方を詳しく知る事ができた。しかし、その他農村ステイを行っている村の情報は、タイ観光局(TAT)へ行かねばわからないとの事。お礼を言ってフリーペーパーを貰い、バンコク観光案内所をあとにする。 その次行ったのは大学図書館。何か自分は悪い事をしてしまったような気がして、キャンパス内をうろつく時追われている容疑者のような気持ちになってしまった。どうかInt’l officeのスタッフと鉢合わせしませんように…。祈りは通じたようで(というか普通に歩いていても会うことはそんなにない)、無事に資料も探せた。コピーは明日の昼できるそう。部屋に戻って新聞や資料を読んでいると電話が。研究所の人からだった。来週の引越しの手伝いへ行く時間の話だった。私からも、そちらで持っている資料を頂けないものかお願いする。よし。来週の月曜には手に入りそうだ。嬉しくなる。 夜彼から電話。どうも飲むと声が聞きたくなるそうだ。そういえば、私は日本に居た時、飲み会の後一人になると無性に寂しくなって、泣きたい気分になっていた。勢いで友人に電話をかけ、「もう人生ヤダ」などと話して心配させた。その事を先輩に相談して「鬱病じゃないでしょうか」と聞くと、笑って「そんなこと誰でもあるよ〜」と言っていたが、誰でもあるんだろうか。未だに謎である。それはそうと、今日彼が一緒に飲んだ人が彼と同郷で、一村一品運動について故郷に資料を送ったりしていたという。こんな所に一村一品つながりが…とビックリだったそうだ。電話の後も引き続き資料に取り掛かる。 |
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今朝はどうしても早起きしたかった、というよりしなくてはならなかった。今日は洗濯の日だ。5時半に目が覚めたので、これはチャンスとばかりに洗濯物と洗剤と30バーツを手に階下へ降りる。よかった。空いてた!意気揚々と洗濯物を洗濯機へ放り込み、部屋に戻る。こんなに早起きをするのは珍しいので、ベランダに出てみる。するとお坊さんが托鉢している(ボールみたいのを持って、ご飯や物品を貰う)のが見えた。へぇ、こんな近くにも托鉢に来てたんだ。ここら辺の集まりはいいのかな、と思ってみる。一度後をつけてみようかな。 洗濯物を取りに階下へ降りて洗濯機を開けてビックリ。まだ回ってる。とっくに時間過ぎてる筈なのになぁ…と不思議そうな顔をしていると、「あなたのはこっちだ」との声が。見ると不機嫌そうなインド系のおばちゃんが、大きなタライを指差してる。中には私の洗濯物が…。とっくに洗濯が終わっているのに、いつまで経っても取りに来ないのでしびれを切らして自分のタライにあけたのだろう。スミマセン。タイではこういう事をやるのは普通なのかな。洗濯物を干してベッドにゴロンとする。案の定、眠気が。これでお昼まで潰れる。 昨夜は1時過ぎまで眠れなくて困った。相変わらず右腕と肩が痛む。どうも張り切り過ぎたらしい。私のいつもの傾向だ。湿布でも貼るかな。夜、彼から電話。仕事の話を聞かされる。私も今は気軽な学生の身分だが、論文を書き終え次第、かの有名な「就活」をするつもりなので他人事ではない。私のような人間を雇ってくれる所はあるのだろうか。もう歳も取ってしまったし…。ふと、父親から言われた「若いと言ってももう歳なんだし、いつまでもパラサイトでは困る」と、留学が決定した後に「実は留学が決まったんですけれど…」と送ったメールの返事にあった一文を思い出す。午後から夜にかけて資料を読んで過ごす。 |
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今日は父親の誕生日。しかし、先月も母親に取って付けたような「おたんじょうびおめでとう」メールを送ったが、返事が無かった事にコリたのと、「感謝は日頃の気持ちから」と思い、特に何もしない事に。向こうもこっちの誕生日に何をしたわけでもないし。 起床は8時半過ぎ。一度、6時半かっきりに目覚めたが、意志の弱さのため断念。昨夜12時過ぎまで資料を読んでいたが、昨日は午前中いっぱい寝てたから睡眠は足りてる筈。ただの「怠け」だと反省するが、時すでに遅し。スタートからつまづいたため、マイペースで過ごすことにする(いつも?)。ネットで北朝鮮のスパイ船が9月末まで公開だということを知り、俄然行きたくなる。そこで彼にメール。興味はなさそうだが、「お台場に近いから」と書いて誘ってみる。9月末だったらもう帰れてるし。新聞を読むと、"Suu Kyi under arrest"との見出し。「スーキーって誰?」と思ったらアウンサン・スーチーの事だった。朝からずっと日本から持って帰って来た資料を読む。 昼ご飯を食べた後はきっと頭の働きが鈍くなるだろうと考え、新聞を読むことにする。しかし、珍しい事に昼寝はせず。新聞の読後、資料読みを再開。大分のとある村の一村一品運動を検証する論文で、一村一品が「一損一貧」と揶揄されていて笑えた。かなりウケた。彼の故郷も一村一品やってることが新聞記事から判明。特産品作りを通しての地域振興策が一村一品運動に相当するワケなんだから、大抵の地域おこしは「一村一品」の範疇におさまるわけなんだ、という事と、なかなかそううまくいく運動でもないことを感想として持つ。いや、開発や発展の問題は難しい。だからこそやりがいがあるんだ。 私はアンダーライン魔のため、真面目に一日資料にあたっていると、さすがに腕が疲れてくる。案の定、今回も右腕が痛くなった。勉強はこれでおしまいにしよう。明日は早起きができるといいなと願いながら就寝。 |
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朝6時半頃、彼からの電話で起こされる。やっぱり心配かけたようだ。悪かったな…。「もう大丈夫」と話す。電話の後、洗顔のため洗面台の鏡を見てビックリ。目が腫れてた。元々目が大きい方ではないため、ますます変な顔になってしまった〜。「今日は観光局へ紹介された農村への行き方を聞きに行くぞ〜」、と意気込んでいたが結局、午前中いっぱい資料を読みながらゴロゴロして過ごす。 昼頃、昨日の展示会でフィルムが終わったので、近くのさびれたスーパーへ現像に行く。ついでに買い物もとモップを買う。2月に引っ越してからというものの、ずっと床にはいつくばって雑巾がけをしていたが、文明の利器が欲しくなってしまった。タイ語の表示なので細かい機能はよく解らないが、とりあえずしぼっている写真があるので購入。白くて四角いトウフが売っていた(タイで普通に見かけるトウフは玉子トウフで、しかもそれがチューブみたいのに入っており、見かけは太いソーセージの様になっている)ので衝動買い。しかも日本語で「有機」の文字が…タイでの有機の基準は知らないが、こういう表示に私はめっぽう弱い。「今日の夕飯は冷奴付き♪」な気分で2つ購入。 観光局へ行くのはやめて、部屋でノンビリ過ごす事に決める。新聞読んだり、アジ研で貰った資料読んだり、今日買ったモップの使い心地を確かめるべく、床を拭いてみたり。東京は台風の影響で大雨だというメールが来る。夕飯は待望の白くて四角いトウフ♪皿に盛り、日本から持参したおかかと近くのスーパーで買った醤油を。一口食べる。ビックリした。すごくマズイ。コゲくさくてヘンな味。我慢して8割食べたが、とても食べられたモノじゃない。仕方なくごめんなさいする。また彼から電話。弟さんの電話からかけてるそうだ。嬉しいけれど、弟さんに悪い気がするのと、最近電話が多いのとで新しい話題も特に無く、無駄話に終始する。この日は体操をせずに就寝。そして体操は中断された…。 |
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遅くまで資料を読んでいたのと、暑さのため何回か目が覚めたが、一応6時半に目が覚めたので起きる。今日も実家の夢を見た。で、目が覚めると実家の私の部屋の天井と違う白い天井が目にうつり、「あぁ、ここは家じゃない…」と寂しくなる。ホントにイヤになったら帰ればいいや。あまり自分を追いつめるのはやめ。 昼から一村一品運動の展示会へ行く。研究所の人が行くのに同行できたのだ。一人で行くにはけっこうな所だったのでホントに助かる。感謝。何とか村へ行くキッカケが掴めればとワクワクする。下手なタイ語を駆使し、何とかブースの人と話をする。やっぱり通じなくて焦る。でも質問にはとてもフレンドリーに答えてくれる。さすがタイ人。「もし、生産現場を見たいと言ったら見せてくれますか?」「ダーイダーイ(いいよ)」「どうやって行けばいい?」と、連絡先を貰う。やった!これがきっかけになってくれればと嬉しくなる。その後のブースでは、日本人デザイナーが指導した一村一品の品なんかがあったり、「目指すは世界マーケット」と意気込んでいるのが多い中での「脱力系」があったりと玉石混交と言った感じ。かごバッグ、衣類、食品がその殆どを占めているといった印象も受けた。一回りしたところで帰る。 アパートへ戻る途中、同じアパートに住むドイツ人の留学生仲間に会う。彼は今回の実習に行く。私の話はけっこう有名になっているようで、「君の専攻なのにね」と言われた時は、少し心が暗くなった。ホットイテクレ。部屋に戻ってからメールチェックをすると、せっぱつまった思いで出したメールの返事が届く。官庁で働いている人からだ。実習がダメになった時、「農村を紹介して下さい」とお願いしたのだ。返事は「荷が重すぎます」だった。当然だ。自分の研究テーマも煮詰まっていないのに、タイ語もろくにできないのに、調査地を紹介してくれなんて。何て図々しい。観光で行くんじゃないんだ。自分の甘さに腹が立つ。それにも関わらず、「どのようなものか見るんだったら」と農村ホームステイを行っている村を教えてくれたり、タイ語の資料が読めない私に英語の資料の紹介をしてくれた。丁寧な返事に感謝しながらも、自分の行いに赤面する。 そのような事を書き「ま、前向きに頑張るよ」と結んで彼にメールしたところ、暫くして電話が。どうも内容が暗かったようで心配したらしい。自分ではそんなつもりではなかったのだが…。どこかで無理してたのかな。自分の今の立場やこれからどうなるんだと思ったら、思わず電話口で不覚にも涙。しかし、泣きながらも一つの言葉が頭に浮かんだ。それは“NO PAIN,NO GAIN.”あかん、こんな甘ちゃんじゃ。電話の後、体操→シャワー→資料→就寝。 |
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この日も午前中まで超悶々として過ごす。メールをチェックする気にも送る気にもならず、何をするわけでもなく過ごす。昼思い立って某研究所へ行く。半年くらいろくに話してなかった、以前紹介して貰った人がいるのだ。アポなしで、しかもどうも6月で帰国するというので、「最後の挨拶になるかもな…思えば恩知らずだった」と、重い足取りでアパートを出てバスに乗る。そんなに多くの回数行ったワケではないのに、警備員は何故か私の顔を憶えておりにこやかにドアを開けてくれた。「コープクンカ」。エレベーターを出て、目指す部屋へ入ると人影が見当たらない。ウロウロし帰ろうかと思ったが「奥の部屋を覗かなければ」と覗いてみる。こういう時、別に悪い事してる訳でもないのに、緊張する。何て小心者だ。…いました(「生き物地球紀行」の柳生博風に)!!その後近況を話したりして和やかな一時を過ごす。どうも彼の帰国は6月1日ではなく、後半のようだ。良かった。ちゃんと話ができて。私の研究のアドバイスもしてくれたし。 研究所を後にし、近くのスーパーへ買い物に行く。買い物も終わってエスカレーターを降りると彼から電話が。「今日はなかなか前進があったよ」と報告。その後、バスに乗ろうと待てど暮らせどバスは来らず。いや、バスは数多く来るのだ。私のアパートの方向へ行くバスが来ない!!一時間ほど経過し、ようやくお目当てのバスが。しかし、そこには鈴なりの人。その上、ここで待っている人も「やっと来ました」とばかりにワラワラとバスへ押し寄せる。そうだよなぁ、私だってこんだけ待ったんだもの。おっと感心ばかりもしてられん。結局、アパート一つ手前の停留所まで座れず。 クタクタになって部屋へ帰る。自分から動かなければ何も変わらない、この滞在を生かすも殺すも自分次第、と思うようになり、動く事を決意。とりあえず体操を今日もして、日本から持ち帰った資料を読む。前向きになってきたゾ! |
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指導教授に現在の状況についてメールを打つ。何ともなるか判らないけれど、とりあえず「ほうれんそう」って事で。ほんとに何ともならない返事が返ってきて、「…」って感じだった。 相変わらずの無気力に捕らわれ、「別にいいや」と思いながらも「もしかしたら」との薄〜い望みをかけ、大学のInternational office(国際交流センターに当たる、留学生業務を行うところ)にメールしてみた。一応「吠え」ましたよ。涼しいアパートの部屋から。この時、外へ出ようとはちいとも思えなかったし。いわゆるプチ「引きこもり」入ってましたね。すると、一時間も経たないうちに「何も約束できないけれど、主催する学部の方へ掛け合うので、一日二日待ってくれ」という返事が。一抹の期待がかかる。これでダメだったらもうダメ。ま、どっちに転んでもいいふん切りにはなるわなと、とりあえず待つ。 夕方…メールチェックするとInt’l officeからメールが!!結果は…不可。不可〜!!ですよ。これで村へ行く道は断たれたわけ。ま、ハナからそう期待はしていなかったけれど、これでとりあえずこの件についての決着はついたってこと。ダメとなったら、どうするかなぁ?まずは愚痴こぼし。これがないとストレス溜まるし。あ、指導教授への「ほうれんそう」もぬかりなく。ボケの利いてる彼は「タイからの風ありがとう」という言葉で始まる超ホノボノ系メールをくれて、殺伐とした私の心を和ませてくれた。「あー…これって大した事でもないんだな」って。いっそのこと今話題のタイの風邪(SARS)でも送ってやろうかと思うが、そんな事を考えてみるも方法を知らないので断念。 彼からのメールに「これから風呂へ入る」とあり、「い〜なぁ〜、お風呂」と思う。先週の一時帰国で何が嬉しかったかと言えば、風呂。暖か〜いお風呂に雑誌読みながらグ〜タラ入るのって最高!ってつくづく思った。今のアパートには温水シャワーがついてるが、その前に居た大学寮の時は、冷水シャワーだったものね。疲れてシャワー浴びずに寝込んだ次の日にゃ、朝のシャワーでルームメイト(日本人)なんて悲鳴あげてたもの。かくいう私もそうだった。シャワーって立ったままだし、とっとと終わらせるべって感じでリラックスできない。汚れが落ちてサッパリっていうのはあるけれど、やっぱり風呂!風呂がいいなぁ。 彼からの電話の後、ふと思い立ち体操をする。しかもクーラーをきかせて。いえね、そのままの温度で体操したら、きっとひどく疲れるだろうし、熱中症の恐れもありそうなので…。 何となく喜太郎のテープをかけてみる。1月に入院した時、病院のベッドで郷愁にかられてNHKを観ていた。ちょうど「今日はテレビの誕生日」なるものの特番を一日やっており、日本ではそんな事ないが飽きる事なく観てた。夜は「シルクロード」の再放送をしており、その時喜太郎の「シルクロードのテーマから」を聴き、「そういえばこれ、小学校の時に音楽の授業でリコーダー吹いたなぁ。」と、涙腺もついつい緩んで懐かしくなった。というわけで、最近近所のデパートで「シルクロードのテーマから」が入った喜太郎のベスト盤テープ(お金無いので)を100バーツちょいで買い、癒されて貰ってる。体操には向いてないと思うが、まあ気に入っているんだから。 この時「次に彼に会う時はナイスバディに♪」と淡い夢を抱いていたが、ホントに淡い夢で終わった。ちなみに彼の体重は私より軽い…トホホ〜。 |
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この日も早起き。タイに来てからなかなか早起きができず、7時半過ぎが当たり前だった私には6時半前に目が覚めるのは殆ど奇跡(と言っても、日本じゃ8時半ですよね…タハハ)。年末年始に彼の実家へ行ってが、その時もそのパターンを崩す事なく8時過ぎにノコノコ起きて来て、堂々と彼の両親に「早安(おはよう)!」と言っていた。これが日本人の彼の実家だったらどうなってるんだろうか。「早く起きて朝ご飯の支度の手伝いくらいしなさい」と思われてただろうに。あーよかった。違う文化で。ちっとは恥ずかしいとは思うけれど、眠いんだもの。それに今の生活においては早起きする必要が無い。結婚したら生活改めよう。昔は早起きだったんだし。彼なんて学生時代は夜型人間で、昼まで寝てたなんてよくあったようだし。要は今の生活で必要か必要じゃないかなのね、きっと。 相変わらずの暑さと実習参加不可ショックで気が抜けた生活をおくる。これは両親が見たらきっと嘆くわな。隣りの部屋の人が一晩中クーラーつけてて、体を壊さないか心配になる。15分も連続してつけたら部屋の温度は20度を切ると思われるのに、それを一晩中だなんて…スゴイ。体の機能が違うんだなぁとある意味感心する。そんなんじゃなくて、大学へ吠えに行けばいいのになかなか重〜い腰が上がらない。「もういいんだ。どうせ…」みたいな気分に陥る。 何とか自力で村へ行ける方法を考えてみる。友人からのメールに、「自分が納得できるような研究ができる機会が得られた思って頑張って」とあり、「おう。」と思う。けどこれは20%くらいの気持ちで、あと80%は何とも言えない「無気力モード」だった。悶々とした気分で一日が終了。 |
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なぜか、旅行明けなど疲れている時に限って、妙に興奮してしまい寝付けない&早起きな私。 6時半くらいに目が覚めて洗濯をする。住んでるアパートの洗濯機は数はあれども、競争率が激しく「洗濯をするぞ」と決めた日は是非とも早朝、しかも私は月曜早朝を狙っている(以前、日曜早朝をやったらアカンかったので)。 アパートに入ったばかりの頃は、「もったいないから手で洗濯(洗濯一回30バーツ)」なんてしていたし、彼が来た時も私が学校行ってる間に手で洗濯させてた。彼は手で洗濯が好きなようで嬉々としてやっていたのがせめてもの救いだが、今考えると悪かったな〜って気が。で、最近はもう面倒くさくなりガラガラ回してる。ここの洗濯機は異常に洗濯力が強く、買ったばかりのパンツもダメにしてしまったという前科を持つ猛者。汚れ落ちに期待したいところですねぇ。 それにしても今日も超超暑い!!じゃないの。ほんの前まで涼し〜い日本にたった一週間だけれどいた体にはこたえるわぁ。と言う訳でクーラーガンガン。別にガンガンつけているわけじゃないけれど、ちょっとつけると異常に冷え→消す→暑くなる→つける…(以下繰り返し)。この極端さ、大分慣れました。ただ、体は慣れないようで時折悲鳴を上げるが…。 朝の内は「今日は学校で吠えたる!」と思っていたが、洗濯物干してちょっと横になったら熟睡したので、「これは無理はイカン」と中止。でも、プログラム参加不可はかなり手痛く、これからどうしようかと不安な日を過ごす。昨夜の電話でAさんに言われた「人生に起こる事は全て意味のある事だから。結果はきっとうまく行くよ。」という言葉を思い出す。この人こういう格言言うの好きなんだよなぁ…もう少し行動が伴えば説得力増すのに、と寝ながら苦笑。 結局一日寝て過ごし、夕方近所のシェーク屋へ。「アップンパン(りんごシェーク)」を買う。店の「半分お姉さん(この人はトムボーイなのだ)」に「日本はどうだったか?」とか「友達に会えたか?」と聞かれる。適当に答えていると、「顔色が明るくなったね。」と言われた。そりゃあ、あれだけ寝たら顔色も良くなるわな。 昼寝している間にいつの間にかアパートの家賃請求の紙が部屋に舞い込んでいた。見ると8000バーツ超。基本は4600バーツで、大体みな6000バーツくらいで過ごしているそうだから、この値段はかなり高い。見ると電話料金がダントツ。ネット使い過ぎだわ。一週間空けていたというのに、先月とあまり変わってないじゃん。こりゃ帰らなかったら先月の記録更新だね。もっとも、帰国の費用を考えるとこっちにいた方が断然安いんだが…。手持ちがあったのでソッコー払う。「ウボン(行く予定だったタイ東北地方の名前)はどうなった?」と聞くので、「ダメになった」と答えると、「ワーイ」とやや威圧的に聞かれた。思わずムッとくる。そんな込み入ったこと、タイ語はおろか英語でも説明するのめんどくさい。しかもこれまでの経験によれば、彼女はあまり英語が理解できないようなので、労力がもったいないと判断し、「マイルー(知らない)」と言って切り抜ける。 夜電話が。雑音が多くて全然聞こえない。どうも誰からか判らないので丁寧に「すみません、雑音が多くて聞こえないのですが…」と言うと向こうは「…フガフガ…フガフガ…」と言って切れた。変なのーと思って寝っ転がっていると、どうも彼からのような気が。案の定40分以上経ってから「いや〜、やっと繋がったよ」との電話が。実習参加ができないので、「する事がないんだったら、早く帰って来て」と言われる。帰りたいのはやまやまだけれど、どうも納得いかんのですよ…と説明して電話を切る。 |
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タイ時間23時過ぎ、ドンムアン空港に暗い顔をした女が独り…。ただでさえ、「プログラム参加不可ショック」で落ち込んでるというのに、迎えを頼んでおいた知り合いがいない!まぁ奴(以下、Aさん)は、ある意味かなりの人間なので、覚悟はしておいたが。しかも、運悪く私の携帯もすでにコト切れ(電池切れ)、しかも手帳に書いてある彼の番号はかけてみたら、どうやら他人様の番号だった。悪い事は重なるものだ。万事急す。タクシー使うかな。でも夜中のタクシー女性一人乗りなんてアンタラーイ(危険)っていうし。強盗、レイプ、果ては殺人なんてよく耳にするもの。こうなりゃリムジンでも使うかぁ。アパートから空港までタクシーだったら140バーツ。でも、リムジンだと500バーツ超。 「安全を買ったようなもの」と諦め、初リムジン。大して道は混んでないと見受けられるのに、高速使われたりしたが、もうとっとと帰りたかったので、勝手にしてもらった(もちろん料金はこっち持ち)。で、部屋に着いたら携帯に充電器を付け早速Aさんに電話。「あ、忘れてたぁ〜ゴメンゴメン。」…いーよ、あんたはそういう人だから。空港に来ていたのに会えなかったと考えたら、私はそっちの方が悪い気がするので、忘れていてくれて良かった、と言って電話を切った。もう12時を回ってた。荷物整理をして、今日は早よ寝よ…。 |
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なんだかんだで、結局10ヵ月の留学プログラムが終わってしまった…。
留学生仲間の大半は帰国。私はというと、大学のプログラムに参加して農村へ2ヵ月行こうと予定してた。「めったにないチャンス」と心を躍らせながらも、「ちょっとリフレッシュ」とばかりに日本へ一時帰国。彼とラブラブ過ごしていたところ、一通のメールが。そこには「あなたは、プログラムに参加できません」と呪いの文句が!オイオイ嘘だろう。またいつもの「ゴリ押し」で何とかなるだろうとタカをくくって、翌日帰国。しかし、壁は意外に厚く、何を言っても「参加不可」…。そして悟り(笑)。ここで(かなり年増の)少女は現実と向き合ったのだ。さーて、これからどう過ごそうっかな。どうにもこうにも、修論研究を進めねば話にならん。しかも独りで。こうなりゃ、やるしかないべ。おう、やりますとも。
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