プロローグ
いつからこの世界に入ったのだろうか。1万年前なのかそれとも数分前なのか。
なぜこんなことを始めたのかもはっきりしない。とにかく私は<あいつ>の臭いを追ってネットを駆けめぐり、<あいつ>の言葉を拾い集めている。なぜそれが<あいつ>の言葉だと判断できるのか確かな根拠はない。とにかくそうだと感じるのだ。そうだと感じた言葉を集め、私の感性でつなぎ合わせる。そうすることによって<あいつ>の<全体>に会えるはずだった。しかし今、作り上げつつあるものは<あいつ>の姿に似ていると言えるのだろうか。それさえも私には判断できなくなっている。
私はネットに飛び交う無関係な言葉をランダムにかき集め、妄想という接着剤でつなぎあわせ、醜悪なキメラを作り上げつつあるのではないのだろうか。そんな思いに捕らわれた時、私は思わず頭を抱えてうずくまる。
孤独と自己嫌悪が私を責める。
だが、私は現在の行為を中止することはできない。行動を停止することは私の存在の意味を危うくするように思えて恐ろしいのだ。他になにをすればいいというのだ。何もない。情報交換をする仲間も相談する友人もいない。無限のようにある言葉の海で、ただ自分の感性だけを頼りに、一つ一つの言葉を手に取り感じ、より分け、立体構造化してゆく。そんな作業を一人やり続けるしかないのだ。立ち止まった時、暗黒の宇宙に一人彷徨う自分を感じる。限りなく落下しているのか、それとも上昇しているのか、それを判断する確かな感覚がない。
平衡感覚を失った時、突然の嘔吐に襲われる。だが、もう吐くものはなにもない。胃液さえも枯れたのか。苦しさで出る泪がかろうじて自分がまだ生きていることを教えてくれる。
「お前はなんのために存在するのだ」
私は自分に対して弱々しく答える。
「私は<あいつ>の<全体>を捉えるために生きているのだ。現在の行為を止めることはできない。ただ、前に進むだけだ。」