月夜とダガーとネックレス //
友達ちいやからいただきました。すばらしい作品です。
『砂漠の宮殿』と『ネックレス』がキーワードとして含まれてます。
私もこんな風に上手くなりたいものです。

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夜というものは、なんと穏やかなものだろう。
その静寂が闇も音も何もかもを包んでくれて、支配する。
赤みがかった石壁のひんやりとした感触に触れながら、東洋系の小柄な青年ダジルは思う。
客室を出た長い長い回廊には、人一人いない―――いや、自分がいる。
履きなれた革靴を擦りながら、音を立てないよう用心して進む。
ここは、今日初めて訪れたとある豪商の宮殿だったが、間取りは完璧に把握している。
一階にある回廊からは、中庭へと出られる。
大理石を埋め込ませて作った、この宮殿の主自慢の水池も、今は静かに眠っている。
月が、青黒い空に、星を従えて地上を観ていた。
今日は雲が少なくていい。月影の明るさを頼りに仕事を片付けれそうだ。
今夜も空気が冷たい。
中庭には興味深い植物が覗けたが、観ている暇はない。
砂漠の夜は静かで、穏やかだ。
が、夜は危険だ。
日中の灼熱が、嘘のように極寒の地獄が待っている。
ダジルも薄い獣皮で仕立てた上着を羽織り直す。
また、砂漠のど真ん中で恐れ多くも眠っていれば、砂の中から、毒サソリが出て来る事、常識だ。
そしてなによりも、夜は影に潜む者の制する時だ。

だから、美しい。

      2

幾つかの回廊を抜けて、正面奥の東の塔に移る。
月明かりが遮られる廊下で、やむを得なく火打ち石を鳴らした。
目的の部屋の前に足を運ぶ。
順調だ。
薄い桃色の絹が帳となって部屋の中が覗けぬが、月光が漏れるだけで部屋の主は床についているようだ。
ダジルは軽く笑みを浮かべると、懐に手を入れ、刃の薄いダガ―を取り出した。
その後の動きは、つむじ風のごとく俊敏だった。
帳をさっとはためかせると、その間に滑り込むようにして部屋に入った。
そして、豪奢な家具には目もくれず、真っ向に寝台に駆け、躊躇いもなくダガ―を――ちょうど壁側に近い方の中央あたりに――突き刺した。
一瞬だ。
強く蹴った床さえ声をあげない。
動作は完璧だった。
が。
「――!」
ダジルは汗を拭い鞘に入ったままのダガ―を引き抜いた。
そして、ばさっと毛布を剥ぎ取ると、案の定ベットは空でチッと短く舌打ちした。
(しくじった、読まれてる)
「物騒な夜ね。」
「何っ!」
はっとするような女の声。
だんっ!
ダジルはほぼ反射的に床を蹴り、強く引き下がって声のする方を向くと、いつでも攻撃を仕掛けられるよう体勢を整える。そして、驚愕を表に悟られぬよう落ち着いた低い声を向けた。あの声は女の声だった。―――恐らく、
「あんたが、シャーラだな」
「ご名答」
カーテンの裏側から優雅に現れた女性は、引き下がることなく答えた。
一般的な女性の背丈で、すらり衣服は豪奢な宮殿につりあう華やかで上等な絹のヴェール。目元だけ出すようにして頭から全身まで被ったそのヴェールは半分ほど透けていて、彼女の豊満で艶めかしい裸体が隠される事なく目に入った。長い黒髪は闇に溶け込みながらも彼女の美の下地になる。この砂漠国、最大の商人ガラシムの一人娘シャーラは話の通り美女だ。彼も男の端くれ。見惚れてしまいそうになるのを理性で抑えた。
そんなことを素早く頭脳を回して確認すると、ダジルは唾を飲み込んで状況を分析しながら、呟く。
「手短に用件を言う。あんたには死んでもらわなきゃならねぇ」
シャーラは慌てる様子もなく半眼で上気したような色めいた声で返した。
「はいどうぞ、なんて殺されるひと、いないんじゃなぁい?」
「まぁな」
かなり肝の据わった女性だと、感心する。
ダジルはどかりと床に座り込んだ。
侵入者としては無防備だ。
「殺すんじゃなかったの?」
「基本的に女痛めつけんの趣味じゃねぇの、俺」
違う。自分はただ単に女が苦手なだけだ。
(まいったなぁ、請け負った事はやんねぇと)
「お優しい事」
シャーラはふふっ、と楽しそうには笑うと窓べりに腰掛けて、同じようにこっちを見つめる。
位置的に組んだ足の隙間の奥が見えそうで、思わず目をそらした。
紅い舌をちらりと覗かせてシャーラが尋ねた。
「誰に頼まれたの?」
「………」
軽々と答えるほうがおかしい。
「言わなくても判ってるの。父でしょ」
「………」
「懲りないのね。まーた暗殺を依頼するなんて」
「………」
「食事に毒を混ぜたり、椅子に弛緩針忍ばせたり、毒サソリを部屋に投げ込んだり……」
「………」
「今日の朝、大事な客が来るって使用人たち言ってたの、商売関係かと思ったけど、あなただったのね」
「………」
「で、あのケチな腐れ親父は私を消すためにいくらあなたに払ったの?」
「………」
「金二十?三十?」
金銀を均一の升で量って取引を行なうのがこの国の習わしだ。
「………」
「二十五ってところ…かしら。」
「………」
「んとね、いっちゃ悪いけどあなたこうゆう職業向いてないわよ、顔に出てるから」
「――――ほっといてくれ」
「あは、やっと喋ってくれた」
目線を彼女に戻すと、タイミングよくスッと彼女が傍に寄ってきて膝を折ると―――この時初めて彼女が鎖だけのネックレス(もちろんリズウではないが)をしていることに気づく―――ダジルの頬を舞うような仕草で撫でた。ダジルの背筋あたりで雷でも走ったかのような感覚に襲われる。
「よくみるといい男♪」
「あんたはっ、その、危機感というものはないのか?」
顔を歪ませて皮肉る。
口に出した後にすぐ気づいたが、ダジルは自分のセリフで自分が焦っている事を認めざる得なかった。だがそれを振り切るようにダジルはダガ―を目前の彼女の首に突きつけた。

                                                      
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