月夜とダガーとネックレス //
友達ちいやからいただきました。すばらしい作品です。
『砂漠の宮殿』と『ネックレス』がキーワードとして含まれてます。
私もこんな風に上手くなりたいものです。

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      3
(酒は飲んでも飲まれるな!)
「動いたら、殺すぞ」
一時の間。
動いたのは彼女のほうだ。
「刃物は嫌」
シャーラはにんまりと自信の笑みを浮かべると、初め部屋に踏み込んだダジルと同じくらい迅速に、ダジルの瞼を掌で隠すとダガーを掴んで放り投げながらそのまま彼を後方に押し倒した。
ダジルは小さくうめくがとっさのことで身動きできない。土壇場でも律儀な奴で、女性を蹴り飛ばすこともできない。こんな仕事請け負うんじゃなかった……彼は後悔していた。
性質的に女という生き物が苦手だったが、一介の宝石商人の彼には何の不自由もなかった。
そこへ、遠方へ出かけていた馴染みのある仕事仲間が儲け話を持ってきた。
―――ある仕事をこなしてくれたら、幻の鉱石リズウを報酬としようという、奇特な豪商がいるんだが。
「……!」
するすると倒れこんだダジルの上に這うシャーラは、両頬に手を添えて甘い声で囁いた。
剥き出しの四肢が月光に白く浮き出る。
「私を殺したいならあなたのその腕でくびり殺してごらん」 「悪趣味な」
「……失礼ね。あなたいくつ?」
(リズウに手が届くのはもう少しなのに……!)
話を持ってきた奴は仕事所上も信頼のおける奴だったから、驚きは大きかった。
真っ白な滑らかな石に細い血管のように赤の混じった、宝石商の中では幻の一品――ひとかけらで御殿が建つ部類だ。
発掘地も謎で、誰もが狙う宝石が手に入るチャンスなど普通なら一生に一度でも来るものか。
言葉通りの千載一遇の時なのだ。
リズウをこの目で見るためなら命だって賭けてやる。
そのために砂漠を二つ越え依頼者、国一の大商人ガラシムのもとにやって来た。
そして、告げられた。
―――誰でもいい。娘を……あの女を殺してくれ。ただ絶対に―――。
「歳など聞いてどうする」
「私の値段と一緒の二十五でどう?当たってるかしら」
「二十五だ。あんただってそれくらいだろう。」
「あら奇遇ね。私も二十五歳よ」
「残念だな、実は二十六だ」
「まぁ!ほんとはわたしも二十六よ」
「………」
ふふふっ…と彼女は一層可笑しそうに笑うと、彼の額にキスをした。
「あなたの望みは何?」
シャーラの瞳に飲まれそうになる。
「何を言う」
「手つき。人、殺した事ないんでしょーがっ、ばかね。望みはなんなの?」
「望み……」
「金二十五袋ごときの為に来た訳じゃないでしょ。あーじれったいわ。」
「………」
一層、息が近く感じられた。
「―――リ・ズ・ウ」
「………!」
横になったまま目を見開く。
シャーラは続けた。
「狙ってんでしょ、どうせ。ここにくる馬鹿な人、みんなそれ」
「あんたは―――」
「でも、みんな失敗してるわ」
嘲るように、また笑った。
やはり。みんなあの契約を守れずに命を落とす。
―――誰でもいい。娘を……あの女を殺してくれ。ただ絶対に―――。
「あなたは私を殺さないの?」
薄く明かりの差してきた夜空を指して、シャーラは言う。
「いまさら殺せないさ」
「なぜ?」
「わからない」
再び沈黙が訪れた。
この女の考えている事が判らない。
彼女のこうした慣れた手管で、刺客の音たちを奈落の底へと落としているのか。
思わずこぶしを固める。
腹の底からどす黒いものが込み上げてきて、ダジルは声にならない叫びを上げた。
(この女はっ!)
するとその言葉が通じたかのように、彼女はすくつと立ち上がった。
そして、口を割ったのは、またしてもシャーラだ。
「私の願いを叶えてくれない?」

      4

「な……」
「でも、この宮殿にきた時点で、明日のあなたの命はないの。みんな、父が殺すから。あの大豪商ガラシムが、簡単にリズウを渡すと思って?」
いきなり何を言い出すのだ。
「ガラシムが約束を破る……ってことか!」
「まぁね。この国は宗教の根が深いから、あんなわけのわからない神でも…教えでは血の繋がった者同士殺戮は厳禁よ。国にばれたら、いくら金があったってみもふたもないじゃない。口を割らせないためには…それを判っててきたの?覚悟はあるのっ?ここは甘いところじゃないのっ!」
シャーラを次第に語気を強くしていった。
なぜ。判らない。そして、もっと判らないのは―――
「ガラシムはなぜ、娘であるあんたを殺すんだ、しかも」
言葉を濁すように区切る。
―――誰でもいい。娘を……あの女を殺してくれ。ただ絶対に―――。
「彼は忠実な信徒であり立場上娘を憎むことは神の教えで許されない。公にすることもできず、地道にあんたの命を狙った。だがあんたはことごとくすり抜けた。ガラシムはリズウを餌に刺客を呼び寄せた。言う事は一つ。守ることは2つ。まず、あんたが逃げるそぶりを見せたら絶対に逃がすなといわれた。部屋から一歩も出すなとね。やつは、言ったことを守らないと三代に渡って容赦ないといわれた。そして奇妙な注文なのが―――」
「私はあの男の命に等しいものを奪ったから、それに」
―――誰でもいい。娘を……あの女を殺してくれ。ただ絶対に―――。
「血を流すな、でしょう?」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「なぜ?一番手っ取り早いはずだ」
ダジルはいつのまに開放されたのか、立って一緒に窓に並んだ。
シャーラが寂しげに答えなかった。
代わりに―――
「私のねがい依頼を叶えてくれるなら、至高の輝石リズウを貴方に捧ぐ事を誓いましょう」
「リズウは……あんたの手にあるのかっ!」
―――彼女の気高さに。
「さあ?」
―――惹かれてく。
「……君の望みはなんだい?」
「――――」
「え?」
彼女はそっと耳元へ唇を近づけると再度呟いた。

      5

朝日が、暗い闇を明るく照らし始めた刻。
「無理だ」
「何故?」
「できないといってる!無理な頼みだ」
「………そう」
「では、何のためにここへ来たのよ」
「……あんたという人を知ったからさ」
彼女は望みを持っていた。
最初から。
「父の息のかかった奴に殺されるなんてまっぴら、でもあなたなら許せる、そう思ったのよ」
「無理だ」
ダジルは二度言った。
「俺は一介の宝石商人、ああそうとも。人だって殺したことなんてないさ。幻の秘石に出会えると聞いてこの地まで来た。リズウを求めるためなら命を失ってもな。だが、こんな形で手に入るなんて認めない。もう一度言うさ、あんたを殺すくらいなら、ここで朽ち果てても未練はねぇ!」
「臆病者」
「何っ!」
「真実を言ったまでよ」
シャーラはダジルの顎をぐいっと指で突き上げ、見据えた。
「はんっ。男の癖に夢の為に人一人も殺せないなんてね、見損なったわ」
「なっ」
彼女はそのまま、彼の落としたダガ―に駆け寄ると、無理やり彼の手に押さえ込ませた。
「朝が来る、父が来るわ。早く私を殺して頂戴」
「断る」
「ここで私を殺さないと新たな刺客を父が雇う。そして皆父に殺されていく。終止符を打って欲しいのよ!」
―――ざくっ
「………!」
肉を切り裂く感触が腕に伝わってきて、自分の心臓が凍りのように冷たく引き絞られる幻想に襲われた。
だが現実は幻想以上だった。
「うっ…うあぁぁぁぁぁぁっ!」
ゆっくりとダガーを引き戻すと、余計にぐちゃあ、と嫌な音を立てて血が噴き出した。
もちろん自分のものではない。運良く、急所は外しているようだ。
「……ダガーと手、借りたわよ」
にやりと彼女が呟く。
「あんたは」
大理石の床が美しい紅で彩られる。
朝日が昇った。
彼女の冷めていく身体を金色に染める。
笑っていた。
邪気の抜け落ちたそれは、最も彼女らしい笑い方だ、と思った。
「何を考えてんだ!」
「リズウは私の身体の中にあるのよ!」
「―――。」
「あの男にむざむざ殺されてあの男から命がけで奪ったリズウを渡すもんですか!」
「きみは」
「あなたなら…リズウを渡してもいいと思ったの」
「違う!違うさ!リズウなんかより…」
意識の薄れていく彼女を腕に抱きながら、ダジルは意を決して立ち上がった。
(まだ間に合う!君を死なせてたまるか!)
だんっ!
僅かな可能性に運命を乗せて、夜の中を駆けて―――
そして、夜が明ける。
                                                      
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