喫茶店『すぱいだー』 ふと、通りを歩いてみると見慣れた道にポツンと音を立てて立ち並ぶ、 一見何もなさそうな普通の一軒の喫茶店があった。 僕は特に興味を示した訳でもなく、名前の魅力に惹かれたわけではない。 また、見慣れない店だからと言って不思議に思ったわけではない。 なぜかその店から出る雰囲気が、僕の足をそこで止めてしまった。 気づけば僕の右手は、喫茶店の入り口のドアののぶに掛かっていた。 カランと言うひとつの小さな鈴の音と共に、店から出た生ぬるい風が 僕を覆った。 寒い外の気温とは反対に、店は暖かい春を感じれる温度だった。 「いらっしゃい。」の言葉もない。 僕は奥へ進んだ。 コツ、コツと靴音だけが辺りに響いた。 回りは少し暗い。 なぜならその店には太陽の陽が差す窓が、ひとつしかなかったのだった。 しかも店の前には大きなマンション。 日中でも十分に光は入ってこなかった。 そのため、店は光を必要とせざるをえなかった。 しかしその電球も残りの力を振り絞ってボゥっと輝いているばかりだった。 辺りを十分に照らしきれていない。 ふと、壁に掛かった一枚の絵に目をやった。 どことなく不思議な感じが出ていた。 絵、そのものはまったくのただの絵。 だが、僕はそれがなぜかとても不思議で仕方がなかった。 大自然を背景に、絵の手前まで横切る川。 豊かな自然の中で飛び立つ鳥、そして太陽の光。 虫達の熱い声まで聞こえてきそうだ。 季節は冬だと言うのに。 そして、その中を半袖のワンピースと 麦わらの帽子ひとつだけで立っている少女。 手には木製のバスケットを持っている。 中はサンドイッチだろうか、と定番な考えをしてみる。 突然、絵の横にあった扉が重い気にぎぃっと開いた。 「・・・お客さんですか?」 出てきたのはまだそう年も行ってない、どちらかと言うと若い女性だ。 彼女はその言葉を残したまままた奥へ行き、 どたばたと音を立ててまた元の場所へやってきた。 髪は肩まできていた、今はそれをゴムで括っていた。 喫茶店でよくあるような作業服を着ていたが、靴は草履だった。 「お飲み物でも飲みますか?」 女性は右手をカウンターに掛けて僕に問いかけた。 僕は特にのども渇いているわけでもないので、 首を横に振ってまたさっきの絵を見つめた。 「その絵・・・気に入ってるんですか。」 静かな声で彼女は言った。 僕は何も言わずにじっと絵を見たままだった。 しばらく見つめた後、僕はウェイトレスの方に体を向けてから、 「紅茶を一杯、出してもらえますか。」と頼んでカウンターの椅子に腰掛けた。 彼女はニコッと笑みを浮かべてから、紅茶を作る作業に取り掛かった。 湯気の立つやかんをコップに注ぎながら彼女は言った。 「その絵の少女、可愛いでしょ?」 横目で僕を見ながら彼女は反応を窺った。 「そうですね。」 僕はカウンターに両手を組むように乗せたまま答えた。 「実は・・・数年前に最愛の人を事故で亡くして・・。 その人が、さっきの絵の少女にとても似ていたので、つい・・。」 彼女はできたての紅茶をそっと僕の前に差し出した。 「それは聞かないほうがよかった事だったかしら。」 彼女は少し顔をうつむけた。 「いえ、もう数年も前の事です。今では僕もいち家族を持ってます。 幸せな家庭を築いてますし、子供も2人います。」 彼女は「そう。」と言ってからニコッと笑った。 「数年前・・・と言っても6年前の事です。 まだあの時の事故は鮮明に蘇りますよ。」 「失礼でなければ、詳しい事・・聞いてもよろしいかしら?」 彼女はキッチンに腰を掛けて言った。 僕は静かに頷いてひとりでつぶやくように始めた。 つづく ブラウザの戻るで戻ってください |