きみのためのすべて。
ショートショート


ショートショート FROM Dialy
 2



観察シリーズ@朝「雛鳥の朝」羽鳥視点。

早起きは3文の得とはよく言ったものだ。
ムニムニとや〜らかい白いほっぺに指でつつくと
「や〜。」
むにゃむにゃと茶色い髪が波打ってもぞもぞと布団の中に入り込んでいった。
・・・か〜わ〜い〜い!!
「ひ〜な。朝ですよ〜。」
自慢じゃないデスガ我ら高瀬兄妹。
とにかく朝に弱い。
いつもは響が起き雛が起こされそして最後に俺だ。
ところがどっこい。
昨晩響は仕事(売れっ子はつらいね〜。)で来なかったので
起こしてくれる人がいない!と意気込んでいたおかげか
すんなりそれもかなりさわやかに朝の目覚めを迎えた。
「久々に兄妹水入らず、ってのもいいな。」
掛け布団に頭まですっぽりもぐりこんでミノムシのようになっている
頭にかかる部分をそっとめくって雛の寝顔拝見。
にや〜。
頬が緩むのを自分で自覚しまくりながらも止められない。
あどけない寝顔は小さなころを思い出させる。
昔から寝つきはすごくいい子だった。
「あ〜さですよ〜。」
もう少し見ていたい気がした。
雛を布団のまま抱き上げて膝の上に乗せると
コテ、と布団から頭が出て俺の肩にもたれた。
カーテンからこぼれる日にあたって金に光る
色は俺とまるでおそろいのような髪が俺の鼻をくすぐり
甘い香りが俺を包む。
「・・・。」
頬に手を当てるとこすりつけるようにほお擦りして雛がうっすら微笑む。
「ホント大きくなっちゃって。」
昔は小さな小さな手で2頭身の赤子という生物だったのに。
いつのまにか自我が芽生えちゃって見る見るうちに
かわいくなっちゃって。
・・・。
「かわいいぞこら〜。」
ぐりぐりと頭と頭をぶつけて揺らすと
「うぁ?」
正常に頭が機能している時ならあげないであろう不可解な声をあげて
むにゃむにゃと俺の首筋に吐息を当てながら小さな頭が動いた。
「おに〜ちゃんおはよ〜。」
うっすらと寝ぼけ眼が開いてキャキャと
小さな子が笑うような声を出して俺の瞳を覗き込んだ。
そして、ぐう。
一瞬にして色素の薄い瞳はまぶたの下に隠され
また意識が眠りのパラダ〜イスへ引き込まれたのか
油断した隙に頭が後ろにつんのめった。
「おっと!」
頭を地面にぶつけないようにそっと支えて寝かした。
「・・・もうちょっと・・・もうちょっと俺のものでいてよ」
そっと妹の隣に寝転がっていとしい彼女を抱きしめる。
あと、5年・・・。
いや、10年。
ううん20年。
そんなの足りない!
30年40年50年。
「俺のものでさ、」
す〜す〜寝息を立てる俺の世界の中心。
そっとうでの中に収めた。


「マヌケドジトンマ」
結局2度寝して見事寝坊。
そして響に言われたせりふ。
「うるせ〜。」
俺は怒ってるんだ。
3文を毎朝独り占めしやがって。
コイツの早起き理由は俺の知らないところで雛の寝顔を堪能するために違いないのだから。

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君のためのすべてSS観察シリーズA朝「子羊の観察」BY響祐

何だってこんなに高瀬兄妹は朝に弱いのか。
疑問に思ったことは1度や2度の話じゃない。
雛の上にかかる羽鳥の腕をぽいっと乱暴に放り出すと
響祐はこの上もなくやさしい手つきで雛の顔にかかる髪を優しく梳きあげて
「雛?」
ささやく。
こんなことではぴくりとも動かないのはもう知っている。
それでもこのささやかな時間は響祐のひそかなお気に入りだった。
これでもかというほど雛を眺め溢れ出しそうないとしさを
隠すこともなく触れることができる。
「おい。朝だぞ。いつも起きなかったら後悔するくせに」
雛の頬をなでるようにぺたぺたとたたく。
できることならば遅刻ぎりぎりまで寝かせてもいいのだが
雛の中で「ご飯作りは私が担当。」
そういった使命感のようなものがあるので
起こさなければ後悔したように申し訳なさそうに
シュンとしてしまう。
それに。
朝あまり開ききらないぼんやりとした雛の目を見ることも
羽鳥が寝ている間の声をひそめた二人だけのまるでナイショ話のような会話も
響祐は嫌いではなかった。
むしろ楽しくいとしい時間だ。
「おい。雛?」
「う〜ん。」
眉間にしわを寄せてうなる雛も普段は見れない姿なので気に入っている。
「や〜。」
雛は響祐の手を払うと隣に眠る羽鳥の肩に顔をうずめるように
また寝息を立て始めた。
ピク。
響祐の眉尻が少しだけ動いて、
雛を羽鳥から離すと彼女の鼻をつまんだ。
1.
「・・・。」
2.
「・・・っ。」
3.4.5.6.
「ぉ!おきらよ〜きょうぐ〜ん。」
目を半分あけて雛が響祐のてをぽむぽむと叩いた。
「よろしい。」
フラふら起き上がる雛がこけないように支えて
洗面場に向かうその姿を見送る。
どん、がん。
壁に足やら頭をぶつけて盛大な音が響く。


「しまった〜!3文の得しそこねた!」
起きるなり羽鳥は叫んだ。
まったくそのテンションには感心してしまう。
「何が早起きは3文の得だ。」
響祐は’ケっ’と思った。
寝ながら3文も4文も得をしたくせに!
響祐はまだ雛が彼の手を払って羽鳥に擦り寄ったことを根に持っているらしい。
早起きが3文の得。というならば
寝ぼけまくる彼女をキスのひとつやふたつで起こしてみたいものだ。
響祐は心底そう思った。

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君のためのすべてSS観察シリーズB朝「雛の場合」


じゅう。
なれた手つきでタマゴをカコカコカコ3つ割って
フライパンの上に落とすと何とも言えない
水分が飛んでいく音がする。
「まださめない?」
響くんがおかしそうに私の顔を覗き込む。
あぁ。なんてきれいなんだろう。
真っ黒で切れ長の目。
通った鼻筋。
意地悪そうに右だけ上げられた口角。
お肌もすべすべ。
「ぷっ。」
響くんが吹き出すので
「?」
首をかしげると
「目がまだ半分しか開いてない。」
グリグリって響くんが私の眉間を押した。
「起きてるもん。」
本当はうそ。
頭の中のカーテンはまだ半開き。
「ハイ。目覚めのイッパイ。」
響くんはマドラーを抜いて私に手に納まる大きさのボウルを
手渡す。
響くんの片手にすっぽり納まってたボウルは
私の両手の中にすっぽりおさまった。
なんだか彼がもつのと
私が持つの
大きさがぜんぜん違って見える。
たぷたぷしたミルクブラウンの液体が私を映す。
「おいし。」
ピチャリと口をつけると甘さが口の中に広がって
冷たさがのどをくだってく。
「響くん特製のカフェオレだいすき。」
あぁ。頭の中のカーテンが開いてく。
「あ!たまご。」
危うくオコゲの目玉焼きになるところだった。
まだ白い(かろうじてってくらいギリギリ)目玉焼きをお皿に乗せて
昨日の夜に用意しておいたコーンとにんじんとグリーンピースのジュレを
冷蔵庫から出してお皿に乗せる。
「くっくっく。」
響くんの笑い声。
「目さめたな。」
ウサギと亀だ。
響くんはそう言って笑った。
響くんいわく朝起き立ての私は亀。
ノロ〜ノロ〜って何を考えてるかわからないんだって。
目がパッチリ開きだしてからの私はウサギ。
時間に追われて普段の生活からも予測できないような早い動きをしてるそうだ。
「できた!!おに〜ちゃん!朝だよ〜!」
チン、トースターから飛び出したブドウ食パンをお皿に載せて
食卓に3つそろったプレート。
うん完成。
「お兄ちゃん朝だよ!!」
お兄ちゃんのお布団を揺さぶると
「もうちょっと〜。」
大きな手がにょきってのびて私を布団の中にさらった。
「おに〜ちゃん!!」
「や〜だ〜。寝よ寝よ。雛。」
お兄ちゃんが目を固く瞑ったまま言う。
お兄ちゃんを揺さぶりながらも体が温かい温度に懐柔されていく。
「さっさと起きろ。」
頭の上から声がしたと同時に私は布団から引き抜かれ
お兄ちゃんには響くんの足が落ちてきた。
「ぐえ。」
お兄ちゃんの目がパッチリ開かれる。
響くんさすがです。
響くんは朝の高瀬兄妹マスターです。
お兄ちゃんを見ててたまに不安になります。
「雛の寝起きは羽鳥よりもよくないよ。」
前に響くんが楽しそうに言ったことば。
これよりひどいって相当なんだ。
ごめんね。響くん。
できるだけ朝には強くなる・・・つもり。

「あれ?どうした?」
目をパッチリあけると目の前に響くんがいた。
「あれ?」
頬にあたるのは響くんのたくましい腕。
・・・しびれてないかな。
いつの間に寝たのかな。
「どうした?」
そっと大きな手が私の頬にかかった髪の毛をはらう。
そのまま髪に手が差し入れられて優しく梳かれる感触にうっとりと目を閉じる。
そっかぁ。
もういないんだ。
気づいたら胸にぽっかり大きな穴。
気づくんじゃなかった。
お兄ちゃん。
目の前にある広い胸に顔をうずめる。
ギュって手をまわしても広くて彼の背中で私の手は
結べなかった。
・・・そっか。
もう会えないんだ。
夢の中ではいつもどおりだったのに。
「ひな?」
お兄ちゃんがいないってことはいつも通りじゃないのかな。
いつ、この世界がいつもどおりになるのかな。
すべすべとした広い胸に耳を当てると
おとがする。
とくんとくんと生きてる音。
どうかこのままそばにいて。

しばらく。
このままで。

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「夏の日記」 

「うわ〜なっつかし〜。」
羽鳥が押入れの奥から取り出してきたのはノートだった。
「なんだそれ。」
今日は雛が学校の文化祭の用意で休日登校なので
家には響祐とめずらしく仕事が終日休みの羽鳥のふたりだ。
「や〜、さ、施設を出るときにおもろいから持ってけ、って
先生に渡されたんだよな。俺が小学生の頃の夏休みの日記。」
カブトムシの写真が印刷されたノートの記名欄に
躍った字で2ねん3くみ たかせはとりと書いてある。
「どれ・・・。」
ちょっと、というか、かなりの興味で
響祐が1枚目をめくる。
「はつがつついたち。今日からにっきを書きます。」
1行目を響祐が読むのだが、内容の無邪気さと
響祐の低い声がどうも合わず羽鳥が笑いを堪える。
「じゃあお前読めよ。」
恥ずかしそうに響祐は顔をしかめノートを羽鳥に突き出す。
大の男が二人頭をつき合わせてノートに見入る様は滑稽である。
「今日はぼくといもうとのひなと山にひなの大すきなちょーちょを探しに行った。
・・・なんか、昔の日記を読むとこみ上げる
この恥ずかしさと甘酸っぱさはなんだろ〜な。」
そう言いながらも羽鳥は懐かしそうに面白そうに読み進める。
「草をかきわけると、ひなはちょっとびっくりしたように
ぼくのふくをいっしょーけんめーひっぱる。
おにーちゃんおにーちゃんとついてくるひなはとってもかわいい。
ついでにちょーちょはつかまえたけど、ひながまんぞくしたようなので
かえるときにはなしてあげた。ちょーちょに手をふるひなは
とてもえらくてやさしい子」
「・・・。」
「はちがつふつか。きのーはおひさまにあたりすぎて
ひながねつをだした。ぼくのてをにぎるひなのちっちゃなてはかわいい。
でもかわいいおめめを今日はとてもくるしそうにつむっていたので
かわいそうでしんぱいでぼくはなんども先生に
ひなはだいじょうぶ?と聞いた。
たまに目をあけるひなはぼくをよぶので
ひながさみしくないようにずっとそばにいた。
ぼくがまもってあげなくてはときのうよりもおとついよりもおもった。」
「・・・・・・・・・。」
延々と続く雛ラブ内容に響祐はうんざりといったように顔をしかめたが、
羽鳥はうきうきるんるんといった調子で読み進めた。
「はちがつさんじゅういちにち。夏休みのまとめ。
ひながかわいかった。生まれたときもも1さいのときも2さいのときも
それからずーっとおとついもきのうもかわいいけれど、
今日のひながいちばんかわいい。でもあしたになったら
あしたのひながいちばんかわいいとおもいます。
だって〜。ちょっと!響祐聞いてるか!
おれと雛はフォーエヴァーラブだな。
や〜あの頃の雛は超かわいかった。今ももちろんかわいいけど・・・。」
自慢するように・・・半分牽制のつもりで羽鳥は響祐を見る、が、
いつのまにか響祐は眠っていた。
「あ!このやろう・・・。」
響祐の頭をバサリと軽くノートではたいて、
羽鳥はもう一度ノートを見た。
「・・・この頃俺が小2ということは・・・雛はまだ4,5歳か・・・。
あれから10年とちょっと・・・大きくなるわけだよな・・・。俺も雛も・・・」
そっとノートをなでる羽鳥の目は懐かしさに細められた。
「あのちっちゃな手はいつまで俺に握らせてくれるんだろうねぇ。」

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「ふたりで家族」

「じゃあ・・・雛。落ち着いたら迎えに来るからね。」
頭をぐしゃぐしゃと撫でると雛は俯いた顔をさらに俯かせた。
頷いたつもりなんだろう。
かがんで妹の顔の高さに合わせる。
「まってる・・・。」
中学生になって少しずつ大人の顔つきに近づいてきた
それでもまだまだ幼さの残した白い頬を両手ではさむと
雛は俺から目をそらしてまた、
’まってる’
声にならない吐息だけでつぶやいた。
1ヵ月後に迎えに来ると約束したのは昨夜。
高校を卒業して施設から出て行く俺は
仕事、生活の準備。
しなくちゃならないことが山ほどあった。
児童相談所やらの職員達はみんな口をそろえていった。
「妹を引き取って18やそこらの子が養っていくのは無謀だ。」と。
それでも、嫌だ。
俺は頑として譲らなかった。
俺のたった一人の家族。
たった一人。
雛にとっても俺はたった一人の家族なんだ。
父親も母親も知らない。
それでも俺がいる。
俺がいる。
家族の愛なんて知らない。
そんな寂しい思いはさせたくない。
して欲しくないんだ。
「ほら。笑って。」
頬を挟んだまま親指で雛の口の両端をむにむにとあげる。
雛は笑おうと努力するけれど、
手のひらから頬がひくひくとするのが伝わってくる。
あ、かわいい。
そう思って苦笑して
ごめんね。1ヶ月だけ辛抱して?
雛の目を見た。
こくりとうなづいて、
「おにいちゃん・・・待ってるよ。」
雛が頬をひくひくさせたままつぶやいた。
俺のたった一人の。
心から愛しいと思う女の子。
「ほ、ほんとに迎えにきてくれるよね・・・。」
バカな妹。
ほんと、おばか。
俺が雛を手放すわけないじゃないか。
「迎えに来るに決まってるだろう。」
食べてしまいたいくらい可愛い手にちぅとキスを一つ。
(響はそれを見るたび冷たい目で「変態」と俺を呼ぶけど。)
「まってて。」
雛の頭をくしゃくしゃかき回すと俺は10年以上暮らした施設の門を出た。
職員の人たちも見送ってくれる。
俺はその人たちに、そして、雛に手を振って出た。
これが俺の本当の卒業。
俺はやっと、大人になるための1歩を踏み出した。

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「夜の帳」

「っ・・・。」
押し殺した声に目が覚めた。
「・・・雛・・・?」
腕の中の彼女を覗き込むと口元に手を当て俺の肩に額を押し当て、
うつ伏せになるように波打つ髪が顔を隠していた。
うずくまるように足も丸め俺の足に絡んでいた。
おきているのか?眠っているのか?
カーテンの隙間からさす月明かりは彼女の肩だけを照らし出し、
俺は目が慣れるまでじっと彼女の様子を伺う。
「っ・・・うっ・・・。」
押し殺した声にあわせ肩が揺れる。
月の光がそれを追うようにうごめく。
「雛?」
髪をかきあげ頬に手を当てるとそこはしっとりと濡れていて、
月明かりに自分の手をかざすときらきらと光った。
「・・・・。」
泣いていることはすぐにわかった。
ただ、眠りながらも声を出すまいと口元に手を押し当てている彼女に
胸が痛んだ。
彼女はこうやって幾晩もすごしてきたのだ。
今は俺がそばにいる。
あの時とは違う。
恋人としてそばにいる。
そう言ってやりたかったが、言ったところで彼女の悲しみが薄らぐのか?
・・・答えはNOだろう・・・。
そっと口元に押し当てた手をはずしてやると
「うぅ・・・。」
くぐもった声が少しクリアになった。
それでもわずかな泣き声は時計の針の音にすらかき消されてしまいそうだった。
起こしてやるべきなのかこのままにしておくべきなのか・・・。
彼女の悪夢の原因などひとつだ。
起こして消え去ってくれる悪夢ならいい。
たとえばお化けに追われた。
たとえば、物をなくした。
起きて「なんだ夢か。」といえるものならいい。
しかし彼女の悪夢は起きてもなお続くのだ。
「・・・・おに・・・ちゃん・・・。」
かすかなかすかな声で彼女は彼を呼ぶ。
なんどもなんども無駄だとわかっていても呼ぶのだ。
呼ばずにはいられないのだろう。
いたたまれなくなって
彼女の柔らかな髪を手に巻きつけ抱きしめた。
少しでも彼女に安らぎを。
背中をそっとなで、
「雛・・・。」
耳元で名を呼ぶと彼女の手がゆっくりと背に回った。
その瞬間にきつくきつく、華奢な腕が俺の背をかき抱き
顔を胸に押し付けた。
「うううっう・・・。」
彼女の嗚咽は俺の心臓を揺り動かす。
きつくきつく縛り上げる。
「雛・・・。」
どうすれば彼女の悲しみを和らげることが出来るのか・・・
途方にくれ俺はただ、彼女を抱きしめることしか出来ずにいた。
チッチッチッチ。
時計の音と彼女のかすかな鼓動が聞こえる。
それ以外は何も聞こえなくなって彼女の押し殺した嗚咽も止まった。
腕の中覗き込み彼女の頬をなでると、安らかな寝息を立てていた。
「・・・・。」
俺は安堵してもう一度彼女を抱きしめた。
すると、
「響、くん・・・。」
かすかな声が聞こえた。
もう一度彼女の顔を覗き込んでみるがやはり安らかな寝息を立てていて
寝言だとすぐにわかった。
「・・・・。」
どうしようもなく愛しくて愛しくて、さらにきつく抱きしめた。

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「ふわふわ羊は狼の夢を見る」


プシュっとプルトップに指をかけると食欲をそそる音を立てて泡が出た。
「缶ビール片手に雛の作ったうまいおつまみに、そばには雛の寝顔。
最高だね。」
ごくごくとビールを心底うまそうに飲みながら羽鳥は満面の笑みで言った。
時々、いやしょっちゅう・・・このシスコンは
底冷えするほど気味の悪い台詞をはく。
普通はしないだろ。
妹の寝顔を酒のつまみに!!
俺もそう思いながらも、雛の半分毛布に隠れた寝顔を見ていると
穏やかな気持ちになる。
「・・・。」
かわいくてたまらない。
羽鳥は少しでも雛にかまいたくてスースー寝息を立てる
雛の額にかかった髪の毛を指でもてあそぶ。
「・・ふふ・・・っ。」
羽鳥の手が止まる。
雛が吐息のような笑い声を上げたから。
「「・・・。」」
スースー雛の平和そうな小さな小さな寝息が聞こえる。
もぞっと動いて波打った明るい髪が蛍光灯の光を反射する。
二人で息を殺して見守るがどうやらおきたわけではないらしい。
「なんの夢見てるんだろうなぁ。」
羽鳥がそう呟いた途端。
「きょ〜くん・・・。」
ささやかなささやかな吐息のような声。それでもはっきり聞き取れた。
羽鳥が一瞬凍り、俺をギン!!とにらみつける。
雛を起こすわけにもいかないので大声はこらえたようだ。
「何にやけてるんだよ!!ちくしょ〜!!!!!」
にやけてる?
俺が?
自分の頬を触る。
確かに口角が上がって、しかも下げられない。
雛が呼んだのだ。
だれでもなくこの俺を。うれしくないわけがない。
「はは・・・。」
思わず声が漏れる。
「いいもんいいもんいいも〜〜ん!!
雛が一番愛してるのは俺だも〜ん!!」
今にも泣きそうな顔をして羽鳥はフンっと顔を背けた。
その拍子に雛の口元を覆った毛布がずれる。
雛は微笑んで、口をかすかに動かした。
声にはならない。
だけど、しあわせそうに。
「おにいちゃん。」と。
いつだってそうだ。
アイツが気づかないところでだって俺は負けるんだ。
羽鳥に。
俺はまだ越せないのだ。
羽鳥を。
悔しいからすねた羽鳥にこのことは教えてやらないでおこう。
飲み干したビールは苦くさわやかだった。