(1)
「引き留めたりはしないの?」
「どうして?」

冷たい人間だと時折言われる。
だけど他人に決定に意見を差し挟むほど俺は偉くもないし、図々しくもなれない。
他人が思っているほど無関心でもない。
言いたいことは山ほどあるし行ってほしくない気持ちもある。
でも口をついてでてくる言葉は「じゃぁ、また機会があれば。」の一言だけだ。

この春5年目の大学生になった。
周りを見回したところでさして珍しい話でもない。
勉強熱心な訳でももちろん、ない。
家族の視線が冷たい気もするがこの程度の遠回りは、と変に納得されるよりはいい気もする。

誰々が何処何処に就職したらしい。
毎日大変でキツイキツイ言ってるよ。
知人達の近況に焦燥感もないでもないが重い腰はなかなかあげられないでいた。

「もう電話もしないから。」
そう言われて別れた彼女からは三日おきに電話が来る。
いつもとりとめもない話をするだけ。
「迷惑だったら正直に言ってね。」
「そんなことはないけどね。」
他人のことなんか関係ない、本当に冷たい人間になれればいいのに。

(2)
深夜に電話が鳴る。
また彼女なら寝てたことにしようかと思ったら、 久しぶりの友人からだった。
静かに玄関を出て車のエンジンをかけ西へ向かう。
彼を乗せる。
「どうしてた?」
「いろいろあってね。」
「そう。」

24時間のファミレスには本当に色々な人がいる。
向かいの男を無視して携帯電話に大声で話し続ける女の子もいれば、 男五人で食後に揃いのパフェを食べているの、 そして来店後30分言葉も交わさず食事をすませ向かい合ったままタバコをふかしてお湯で割ったようなコーヒーを飲む我々。
「彼女は元気?」30分待った彼の第一声がこれだ。
一瞬適当に誤魔化さそうとも思ったがやめた。
「別れたよ。」
「そっか。悪いな。」
「いや、なんもだ。それで?」
「うーん、特にどうということでもないんだけど。しばらく会ってなかったんじゃないかと思ってさ。」
「お互い忙しかったみたいだし。」
俺に関してだけ言えば嘘だ。
毎日暇を持てあましていたのに誰にも会う気がしなかっただけだ。
「実はね。」
やっと本題に入る決心をしたのか彼はかしこまって言った。
「ひとつ頼みがある。」
「なに?」
「変な頼みなんだけどいいかな。」
「聞いてみないことにはなんとも言えないね。」
「うん、そうだね。」
そしてまた少し黙った。
「手紙をね、渡してきて欲しいんだ。」
「手紙。」
「そう、手紙。」

(3)
「よく解らないんだけど。」
「だと思う。すまん。」
「説明はなし?」
「自分の中でまだ消化できてないんだ。」
「郵送でもなく、君が届けるんでもなく第3者の俺に届けて欲しいと。」
「そうだね。そう。」
「難解な話だね。」
「だと思う。すまん」
難解だ。実に。
しばし沈黙がおりて考えに耽る。
彼とは高校からの付き合いだ。
3年間クラスは違ったが部活が一緒で親密といえる数少ない友人だ。
親友と表現しても差し支えはないと思う、こういう事を言う時点で本当の親友じゃないじゃないかって昔話した記憶があるな。
「誰に宛ててかくらいは教えてくれるんだろ。」
「もちろん。」
その女性の名前には聞き覚えが無かった。
最も我々は互いの事に関して相手に説明することは皆無だったので当然とも言える。
全てのことがすんでから何かのおりに触れる程度の事だ。
今回もその口だがいつもと違うのはその口を閉じる役目を委託されてるところだということだ。

結局その役目を引き受けることにした。
何より彼がそんな頼み事を持ち込んできたのは初めてのことだったし、 その風変わりな依頼の行き先が気になった。

(4)
宛先はこの街から車で2時間程度にある山間の小さな町だ。
行きがけにまた彼女から電話があった。
「会いたい。」
率直な彼女の言葉にはとても惹かれた。
「外せない用事があるから。夜には帰るから連絡するよ。」
「待ってる。」
待ってる。
心が暖まる言葉だ。
つらい時期を思い出さなければ。
愛車のエンジンに火を入れる。
コンビニでパックのコーヒーを買い、G.S.で満タンにしてお気に入りの女性シンガーのCDを大音量でかける。
平日の昼間の北に向かう国道は割と込んでいたが流れ自体は悪くない。
連休前はこの地方ではまだまだ肌寒いものだがこの日は陽射しも強く車内は夏のように暑かった。
途中の道の駅で15分ほど休憩を取った後はノンストップで町まで走りきる。

人口2万人ほどの小さな町。
昭和の中期には炭坑で栄えたこの町も廃坑とともに過疎がすすみ、田舎町特有の寂れた雰囲気がそこかしこに染みついていた。
彼女の家はその町のささやかな中心街を外れさらに西へ20分ほど走り、国道からまだ山頂には雪がところどころ残るのを眺めながら 狭い山道を登ったところにポツンと建っていた。

その家には人気というものが全くない気がした。
呼び鈴を鳴らす。
ここまで届けに来たことで最低限の責務は果たしたはずだし。
結果に対して俺はなんの責任も無い、いないときはしょうがない。
ジーッと蝉の鳴くような古くさい音が響く。
なんの反応もない。
もう1度押す。
やはり返事はない。
だと思ったよ。

車の中で一服して少し待ってみよう。
せっかくここまで来たのだ。
シートをやや倒して改めてあたりを見回してみる。
典型的な田舎の風景だ。
道路の脇にはやっと新芽が育ち始めた若木が麓よりは少し冷たい風に耐えるように揺れていた。

なんとはなしに彼女とのことを考える。

(5)
彼女は大学の2つ後輩だ。
取り立てて親密だったわけではなかったのに急につきあって欲しいと言われたとき思わず理由を聞いた。
「変な人だから。楽しいかなって。」
なるほど、人とつきあうにはきっと何万通りの理由があるのだろう。
その1つがこれだったわけだ。
実際のところは随分と平凡な考え方の持ち主だしごく普通の感性で物事を見ているつもりだ。
ただそれをうまく他人に伝えられない、伝える必要を感じないだけだ。
つきあい始めは比較的(何をしてスタンダードなのかは定義できないけど)うまくやっていたのだと思う。
ただ時間が経つにつれて二人のの感じかたや考え方、物事の捉え方に温度差ができてきた。
よくあるハナシだ。
それでもなんとかバランスを取ろうと努力はしたつもりだったがついにはその不均衡は決定的な溝を二人の間に作ってしまった。

「会いたい。」
ついさっき暖かみをもって俺を包んでくれた言葉は、楔となって心に深く刺さった苦い想い出の傷を広げるだけのものに思えてきた。
彼女に会うのが急に怖くなった。
友人達さえ避けていたのはなぜだったのかありありと思い出した。

時の魔力は偉大だ。
どんな辛い思い出も時と共に薄れていく。
どんな遠い想い出も瞬時にして蘇るのだ。

ふと気がつくと赤い軽が1台坂を上ってくる。
そしてゆっくりとその家の前に停まった。
すっきりとした顔立ちの髪の長い女性が1人、車から降りるとこちらに気づき不思議そうにこちらをみた。
小さく会釈をする。
不思議そうな表情のまま会釈を返してくれた。

「届け物があるんです。」
そう言って預かってきた手紙を渡す。
ゆっくりと裏を返し宛名をみて手が止まる。
そのまま友人の名前を見つめ続ける彼女を静かに待った。
綺麗な人と言って差し支えないだろう。
年は何歳だろう。
若くも見えるしそうでもない気もする。
「何歳だと思う?」
女性に年齢を聞くとよく返ってくる質問だがあたった試しがない。
こういうときは思った年齢から3,4歳引いて答えるのが無難だ。
「あがってください。」
そう、彼女は言った。

(6)
こざっぱりとしていて生活感がない。
ぱっと見渡して感じた部屋の印象だ。
今彼女は台所で湯を沸かし、コーヒーでもご馳走してくれるようだ。
テーブルの上には無造作にあの手紙が置き去られている。
封はまだ閉じられたままだ。
本来、この手紙を渡した時点で俺の仕事は終わりなのだがついつい部屋にまであがりこんでしまった。
適当な用事をでっちあげて帰ってもよかったのに。
心の底の方ではやはりあの手紙のこと、つまりは友人と彼女のことが気にかかっているようだ。
「ブラックでいいのかな?」
彼女はそう言ってカップを二つ持ってきた。
「ああ、申し訳ない。できれば砂糖もミルクも頂けますか?」
「ええ、ちょっと待っててくださいね。」
それから向かい合って黙ったまま2人で熱いコーヒーをすする。
相変わらず手紙はそこで存在すら忘れられたままのようだ。
「元気にしてる?」
まずそう聞いた。
「ええ。とりあえず先週会ったときには元気そうでした。」
「そう。良かった。」
また2人で黙る。
最近こんなのばかりだな。
「失礼ですが」
「私たちはどんな関係かって?」
柔らかい微笑みを浮かべたまま彼女の方から聞きたいことをくみ取ってくれた。
「なんて言えばいいのかな・・・。普通の恋人同士とも違うし。でもそうね、恋人ではあったかな。」
「過去形なんですね。」
「そう。過去形。かといっては、今日から赤の他人と言うには私たちは深く関わりすぎちゃったの。だから今の状態に適当な言葉が浮かばないわ。」
「よくあるハナシです。」
「そう、よくあるハナシ。」
「では、確かに手紙はお渡ししましたから。」
そう言って立ち上がろうとするのを彼女は引き留めた。
「本当にご迷惑とは思うんですけど。」
「・・・何か彼に渡して欲しいと?」
「うん。お願いできないかな?」
「どのみち彼には会いますから構いませんけど。」
「ありがとう。本当にあなたには迷惑な事だとは思うんだけど・・・。彼もあなたのことはとても信頼してるみたいだし。」
「どうして?」
「そう思うの。」

(7)
「それで?」
「これを預かってきた。」
彼女が友人に渡して欲しいと持たされた、1枚の写真だ。
彼と彼女と、もう1人30歳くらいの男性が屈託のない笑顔をこちらに向けている。
写真のなかの3人はとても自然に、完成されたジグソーパズルのようにその切り取られた空間の中に収まっていた。
写真越しにもその中に閉じこめられた暖かな空気が伝わってくるような、そんな写真だ。
「これを彼女がね。」
そう彼はつぶやく。
「できれば聞いて欲しいんだけどいいかな。」
「俺が聞いてどうにかなるとは思えないけど。」
「そうだね・・・。よしとこう。」
あっさりと彼が断念したためこちらも好奇心を押し込める。
「それでもどうしても聞いて欲しくなったら連絡でもくれよ。」
「そうさせてもらうよ。いろいろ頼んで悪かったな。」
「いや、いいさ。」
そして我々はまた黙って薄いコーヒーに手をつけた。



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