(8)
友人とその彼女、そしてあの写真。
何故だかとてもいびつな感じがする。
それはとても暖かな空気が確かに感じられる写真なのに。
今その中に写っていた内の2人がああして第3者を介在しなくてはものも言えないほど互いを避けあっている。
いや、そうじゃないか。
第3者としての俺を媒介としてコミュニケーションを取ろうとしている?
直接会うことは憚られてもやはり俺という接点を意図的に作って互いの反応を見てる?
回りくどいかな。
まぁまたなんか言ってきたら考えるさ。

それからしばらくはバイトも学校も忙しく瞬く間に1週間が過ぎた。
残業で家についた時には0時を回っている。
ジーンズのポケットから家の鍵を取り出しつつ階段を昇りきると・・・
そこに彼女がいた。

やばい。
あの日戻ったら連絡すると言ってこの1週間そのままだった。

マンションの廊下にしゃがみこんだまま顔をあげこちらをじっと凝視している。
既に泣きそうな表情だ。
なんて言やぁいいんだ?
「久しぶり。」
か細い声で彼女が言った。
「久しぶり。」
謝るか?謝った方がいいよな。
「ごめん。随分待ってたか?」
「いつものバイト?」
「ああ、うん。残業もついてこんな時間になっちゃったよ。」
「そうなんだ。」
思いっきり恨みがましい目だ。
ここはとにかく謝り倒すしかないか。

(9)
結局彼女を家まで送り届けたときには3時を回っていた。
彼女は言う。
「ホントはこんなこという権利はもう私にはないんだろうけど。」
そして延々と連絡を待つ間の期待と不安の入り交じった気持ちと、時間の経過とともに大きくなる俺へのいらだち。
そしてそんな想いを抱いてしまう自分が本当に嫌だった、ということ。
最後には我慢しきれずに涙を流しながらそう言う彼女の言葉はとても正直なものなのだろう。
心から謝罪したい。

だからといって、今の俺に、なにができる?

結局彼女はどうして欲しいかはなにも言わなかった。
自分からこうして欲しいとはなに1つ言わない。
だがこちらから何が言えるというのか。
「もう1度やり直そう。」
そりゃなんとでも言えるけど、俺はその時これっぽちもそんなこと思ってなかった。
ただ目の前で泣きじゃくる彼女を見て心の底から勘弁してくれ、そう思ってた。
はっきり言って泣く女は嫌いだ。
もうそれだけでこちらは完全に心理的に追いつめられる。
そんな状況で確かなことなど言えるわけがない。
ただ言質を取られないように気を遣いながら一般論を並べて慰めるしかない。
彼女の言葉がじゃないがそんなことを考えながら薄っぺらな言葉を吐き出す自分が本当に嫌だった、だ。

まぁ元々自分で撒いた種だ。

軍事裁判でも開廷したら間違いなくA級戦犯で銃殺刑だ。
いっそその方が楽かもね。

(10)
友人からの連絡があったのはそれからさらに2日後だった。
いつものように車で迎えに行っていつものファミレスでいつもの薄いコーヒーを頼む。
いつものように黙って彼が口を開くのを待つ。
今日はまたいつもよりも時間がかかってる。
「いろいろ考えたんだ。」
「それで?また何かして欲しいことができたわけだ。」
「うん。そうなんだ。」
「また配達。」
「うん、そうなんだ。」
彼がいつも持ち歩いている鞄から取り出したのは、この間の写真だった。
「彼女に返せばいいのかい。」
ゆっくりと頭を横に振る。
「そこにもう1人写ってるだろう?その人の元に届けて欲しいんだ。」
「どういう人か聞いても?」
「俺にとっても、彼女にとっても、とても、大事な人だった。」
「過去形なんだね。」
「そう、過去形。」
最近こんなのばっかりだろう?
「で、どこに行けば会えるんだい、その人には。」
「常世の国。」
おいおい、そこに行けってのか?
「できれば現世でコンタクトはとれないのかい?」

(11)
写真の人物を2人は「夏さん」と呼んだ。
夏さんは絵を画く人だったらしい。
といってもそれで喰ってた訳ではなく、実家の仕事を手伝いながら趣味をもう少し突き詰めた生活をしていた。
彼の実家は友人の彼女の家とはほぼ反対方向に車で40分ほどの港町に有る。
観光で栄えるこの町も最近ではその客足が遠のきつつあり関係者には危機感を募らせるものもいるらしい。
だが、ざっと車で町中を走り抜けるだけでも開拓時代から残る運河沿いの倉庫群や旧官公庁の歴史的建築物などが歴史情緒を残す町並みの中にその存在を主張している。
そしてそこかしこに固まって歩く観光客、バス、車・・・あー走りにくい。

夏さんの家はそんな町の中心部から山側に急な坂道を登った先に有った。
石塀がぐるりと広い敷地の周りを取り囲んだ立派な日本家屋だった。

突然、しかも故人を訪ねてきた見ず知らずの若者をいぶかしげに見ていた母親は、しかし、友人の名を出すと急にくだけた様子で中へと通してくれた。
部屋の中にはA3サイズくらいの水彩画が飾られていた。
夏さんの絵だろうか。
それは蒼い蒼い空が印象的な港の絵、恐らくはこの町の絵だ。

「それで今日はどういったご用件なのかしら?」
「実は息子さんに渡して欲しいと預けられたものがありまして。」
「何かしら・・・。」
あの写真を黙って手渡す。
「まぁ・・・。こんな写真があったのね。」
そう言ってじっと見つめるその視線には悲しさと優しさとが微妙に入り交じっているように思える。
考えすぎか。
「あの子があんな風なことになってしまって2人にもとても悲しい想いをさせてしまって・・・。本当に申し訳ないことです。」
あんな風に?
「確かにお預かりしました。
あの子の側に置いておかして貰いますので。」

(12)
仏前に線香をたてた後、車に戻るときには手に大きな包みを持たされていた。
あの彼女に届けて欲しいんだそうだ。
俺は何をやってるんだ?全く。

大きさから言ってやはりこれも夏さんの絵だろう。
死後だいぶ経ってから部屋に残っていた無数の絵の中から彼女宛と書かれた包みにくるまれたこの絵が見つかったそうだ。
それを夏さんの遺志と思った母親はさっそく彼女に送ったのだが、すでに引っ越した後で戻ってきてしまったそうだ。
友人の方にその行く先を聞こうにも連絡先は解らず困っていたところに俺が現れて、というわけだ。
別に住所だけ教えてきても良かったのだが母親はその後2人が別れてしまったとはつゆにも知らず、友人の方から渡して欲しいと頼まれてしまったのだ。
他人の事情をこんなところで勝手に説明するのも気が引けるし、何より俺にしてもその事情とやらを全く知らないのだ。
はいはい、諦めて郵便屋でもなんでもやりますとも。

さて、問題はこれを彼を経由させるかどうかだ。
こういうことを頼まれたことぐらいは言った方がいいだろうか。
だがもう2人は恋人でも何でもない。
ただ、赤の他人にもなりきれてないし、互いのことを気にもかけている。
この(おそらく)絵が果たして3人にどう関係するのか。
それとも夏さんと彼女の2人だけで完結しているものなのか。

結局友人にはこの件は伏せておくことにして、彼女に渡した結果から伝えるか伝えないかを判断することにした。
いったりきたり、いつまで続くのか。
誰か教えてくれるか?

(13)
俺と友人が出会ったのは高校1年の時だ。
クラスが同じだった訳だがしかし、この年において彼との思いでは全くと言っていいほどない。
なぜなら彼のことが苦手だったからだ。
何事にも積極的でともすれば自己顕示欲が強く現れすぎるほどの彼と、どんなことにも無関心を決め込み極力関わりを持たないよう努めていた俺とに接点などあろうはずもないのだ。

しかし2年にあがりクラスもばらばらになっての夏を迎えた頃、我々の高校で些細な1つの事件があった。
学校祭で盛り上がった一部の生徒がそのまま居酒屋へと繰り出し、まんまと教師たちにはちあわせてしまったのだ。
当然のごとくこのことは職員会議で問題となり、3日間の停学と部活動に所属のものは1ヶ月間の活動休止を言い渡された。
つまりこの中に我々2人とも含まれていたのである。
俺の方はといえば普段ならこの手のイベントに参加したりはしないのだが、当時気に入ってた女子生徒も参加するというので(若気のいたりだ)ついフラフラついていってしまった。
友人の方は当時彼と仲の良かったウチのクラスのやつが強引に誘ったらしい。
こうして自宅謹慎の身となったのだがじっとしてられたのは最初の1日だけで、すぐに暇を持てあましてしまい反省文もそっちのけで私服で街へと出た。

うろうろして誰かに見咎められでもしたらまた面倒なことになるので目に付いた単館系の映画館に飛び込んだ。
がらがらの座席を見渡すと中段からやや上の中央に、なんと客は1人だけだ。
しかもその位置はあきらかにベストポジション(映画を見るときに一番見やすいのはここだと信じている)でたった1人の客にその位置を奪われてしまっていて少し悔しい。
しかたなく1つ空席をつくった隣で我慢する。
映画は香港映画で、しかしカンフーアクションではなく登場人物がホモな事を除けばごく普通の恋愛ものと言っていいだろう。
しかしこの広い空間にたった2人でこの映画を見てるのは異様だ。
で、終わって明かりがついてはじめて気づいたのは、もう1人の客は彼だったってことだ。

(14)
向こうは最初から気づいていたらしく、我々はその後喫茶店で黙って向かい合っていた。
普段の彼とは思えない物静かさに訝しく思いながらそれでもぽつりぽつりと話し始める。
とりあえず解ったことは彼は映画に関して恐ろしく膨大な知識を持っていることと、普段校内での生活は決して彼にとって生来のものではなく、むしろ意識的に作り上げたものだと言うことだ。

周囲からの隔絶をおそれて何事にも自分から関わろうとする彼と、周囲からの拒絶をおそれて何事からも関わりを絶とうとする俺。

その後機会があるたびに我々はいろいろな議論をするようになった。
それは進学のことや映画のこと、テストのことや女の子のこと、様々なその時感じたことなら手当たりしだい議論の対象とした。
高校生という大人になる直前の微妙な時期には誰もがそうであるように、我々も様々なものに疑問を持ち憤りを感じそれをぶつける相手を捜していたのだ。

こうしてこの偶然を機に始まったつきあいは今に至っている。

当時のことを思えば我々はもう議論をすることもなくなったし、世の出来事に不満を感じてもそれを疑問に思ったり憤ったりしなくなった。
きっと当時よりはいくぶん大人になってそういうものだ、と知ってしまったのだろう。
きっと誰だってそうだろう?
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