Squall on the rainforest 2
作戦会議は、欠伸をしながらノートPCをいじるサヤを含みながらも恙無く行われていった。
「今回の作戦では、傭兵集団を加えることをと考えている」
自由軍第三部隊総括にしてローディン紛争介入における総指揮官であるヴァスター将軍が発言し、会議室は騒然となる。
「傭兵集団など信用がおけない。共に肩を並べて戦う気になどなれん!」
激しい口調で反対する第二隊総括・ディラ将軍にヴァスターは冷たい目を向ける。
「今回の紛争介入は勝利を目的としたものではない。紛争を収め、ローディンに平和をもたらすためのものだ。ローディン紛争にはすでに死の商人どもの手によりたちの悪い傭兵集団が出入りし、紛争は膠着化している。それらを一掃し、ローディン地方の軍部を制圧及び正常化することこそ今回のローディン紛争の早期決着に必要なことなのだ」
「毒を持って毒を制す、というわけか。では、どの傭兵集団ならば手を組むに値すると言うのだ。今回は『勝利を目的とした』ものではないのだろう?ヴァスター将軍。なれば、世論の問題もあろう。下らぬ傭兵集団に自由軍が頼ったとなれば、自由軍の沽券にかかわるからな」
ディラがあからさまに皮肉を口にする。
「カーバッドを、考えている」
「カーバッド、だと?」
会議室はさらに騒然となる。サヤもPCから顔を上げてアールダンに囁く。
「カーバッドなんて捉まると思ってんのかね、うちの上層部は」
「捉まえるさ」
アールダンは言い捨てて、立ちあがる。
「皆様の危惧もごもっともと考えます」
急に発言を始めたアールダンに会議室はしん、とする。
「申し遅れました。私は情報部開発室統括、アールダン=ラヴァーダと申します。ヴァスター将軍に代わり、私がカーバッド獲得についてご説明いたします」
アールダンは手もとの端末のキーを叩く。正面のスクリーンにグラフが現れる。
「ご存知の通り、カーバッドは3年程前に結成されたと思われる傭兵集団でありますが、新興勢力ながら、個々のメンバーの技術力の高さとリーダーの強力な統率力によって傭兵集団としては最高クラスの課題遂行能力を有しております。」
スクリーン上に地図が現れる。
「とくに市街地戦においての彼らの作戦はかなりの実績があり、戦局が逆転した例も多数あります。ローディン紛争は市街地が主な戦闘区域になっております。そのため、彼らの協力を得ることに異議はないかと思います」
アールダンは言葉を区切り、一同を見まわす。反応を確認して、言葉を続ける。
「さて、カーバッドの獲得についてですが、公式には、依頼はネット上で行われ、報酬金は電子マネーで決済されますが、すでにこの方法でのアクセスでは参入を断られております。ご存知かとは思いますが、カーバッドはその本拠地も、構成員さえも明らかではない集団です。なぜなら、彼らは公式の軍隊に参加したことがなく、常に神出鬼没、ミッションが終わればすぐに撤収してしまうため、実績はあれど、その実態は明らかではありません。」
『どうするつもりなんだ?』
サヤは爪を噛む。イヤな予感が胸を押さえる。
「では、どうするというのだ?」
ディラ将軍が尋ねる。
「直接交渉を考えております」
「本拠地も、構成員も明らかではないのに?」
「情報部では、構成員について、断片的な情報から数名を推定しております」
≪カーバッドのリーダーは『ラファール=エクスリー』、君と共に自由軍に入隊した特殊部隊の男。違うか?≫
急にサヤの端末のスクリーンに言葉が並ぶ。文字の最後にY/Nの表示が現れる。
『なんだ?』
≪そして君の恋人だった男。そうだろう?≫
またY/N。
『誰だ?』
サヤはまわりを見まわす。周囲の端末にはあいかわらずローディンの地図が表示されている。
「"推定"では困るのではないか?」
「推定は95%の確率で行われています。推定から確定に変わるのも時間の問題です」
ヴィラからの質問に答えながら、アールダンの手がキーを叩く。
≪答えたまえ。それによって君達の運命は変わる≫
≪カーバッドのリーダーは『ラファール=エクスリー』、かつての君の恋人。 Y/N≫
『アールダン?! 何故?』
サヤは戸惑う。催促するように端末に文字が並ぶ。
≪認めたまえ≫
≪答えないならば、今ここで公表する≫
「ほう、そこまで言うからには自信があるのだろう?今ここで公開してもよいのではないか?」
「構いません。統計学的検定では人物特性項目のうち、137項目で危険率5%で0.82という高い相関を得ております。確定していると考えて差し支えないと思われます。」
「では、言ってみるがよい」
≪カーバッドのリーダーは『ラファール=エクスリー』≫
「我々が推定した人物のなかでもっとも確実性の高い人物は…」
≪4年前まで自由軍特殊部隊に所属し、この官舎内で32回君と ≫
『やめろっ!』
サヤの指がYキーを押す。アールダンの声が止まる。
「どうした?やはり自信がないのか」
ディラの揶揄する声にアールダンは余裕の笑みを持って答える。
「今ここで公表することに意味はありません。人物を特定したところですぐに居場所を変えられてしまえば結局同じ。カーバッドの居留地は3回ほど発見されていますがいずれも過去のもので、仮の居留地であると思われます」
「では何故、情報部は高い金をかけて構成員の特定など行っているのだ?」
「関係者の発見のため、です」
アールダンは室内を見まわした。指先が再びキーボードをひそやかに叩く。
≪君ならもうわかっているだろう≫
≪カーバッドのリーダー、ラファール=エクスリーに働きかけ、今回のミッションにカーバッドを参入させろ Y≫
「彼ら自身はいくらでも身を隠すことは出来るでしょう。しかし、彼らを知るものはそうではないでしょう。彼らとて生活歴を持っている。その過程で生まれる関係者を追うほうが確実性が高い。現在、過去にわたる身内、恋人、愛人…」
『俺は関係者ってか…くそっ、アールダン…っ』
サヤは怒りに任せて指先を噛む。
≪出来ないとは言わせない≫
≪出来なければ≫
不意に、画像が端末の画面いっぱいに映し出される。
「やだっ!」
思わずサヤは声をあげて画面を手で覆う。何人かが、奇異な目を向ける。
「なんでもありません。…お騒がせしました…」
立ちあがって、一礼する。手を離すと、画像は消えていた。代わりにまた文字が並ぶ。
≪今、この写真を公開しよう。カーバッドのリーダー、ラファール=エクスリーの経歴を添えて≫
「それが、今考えられるカーバッド獲得の最良の手段であると考えます」
≪この写真が公開されたらどうなるかな?≫
≪カーバッドを欲するものも、憎むものも多い≫
≪君は常に身の危険にさらされることになるだろう≫
「なるほど、ではその"関係者"とやらの特定は進んでいるのか?」
≪君の息子も≫
≪そしてラファール=エクスリー自身も≫
≪答えはひとつしかない Y≫
『今、あれを公開されるのは…くそっ……今は手の打ち様がない…!』
サヤはゆっくりと手を伸ばした。
『…くっ…どうすればいい…?』
ゆっくりと、Yキーを押した。
≪ご協力、感謝する≫
その言葉を最後に、文字が消えて、端末のディスプレイには周囲と同じ地図が表示された。
アールダンは余裕の笑みを浮かべた。
「関係者の協力は得られました。これから面会し、カーバッドとの直接交渉の手筈を整えます」
「失敗したら?」
「失敗はありません」
アールダンはちらりとサヤのほうを見た。
「言いきったな」
ディラは挑むようにアールダンを睨む。
「ええ。今後の作戦はカーバッドの参加を考えてご立案下さい」
『くそ…アールダンめ…絶対後悔させてやる!』
「ふん…ラヴァーダ家の若造め、その言葉、後悔するなよ」
ディラがいまいましげに呟いて、乱暴に椅子に座る。
「他に意義のあるのものはないだろうか…では、これにて本会議は閉会する。次回はカーバッドとの交渉が進み次第、行うこととする」
ヴァスター将軍が締めると、参加者達は席を立つ。みな口々にカーバッド参戦について語っている。
サヤは呆然と座っていた。端末の横に置かれたノートPCのディスプレイ上で創りかけのフィールドが意味もなくスクロールしている。
「サヤ」
顔を上げると、アールダンがサヤの前に立っている。
「……こういう事だったんだな」
「行くぞ。ここでする話ではない」
「…今回のフィールドの出来が悪かったらまじでアールダンのせいだ」
サヤは呟くとノートPCのディスプレイを閉じた。