「高校の恩師」
平成13年8.26 山根光正
高校時代の恩師、友利輝男先生に偶然お会
いした。友利先生は柔道の大家で私が高校時
分(1960年頃)「柔の池間(警察勤務)
か剛の友利か」と言われて当時の島内柔道を
二分した強豪だった。
私が入学した年の首里高には3年生に天才柔
道家の金城信一さん、2年生に本永常彦、新
里克也の両先輩を擁していて全島一強かった。
インターハイは北海道で開催され、友利監
督のご配慮で1年生ながら補欠として私も連
れて行っていただいた。大会では敗れたが、
本永先輩が貴重な1勝をものにした。
次の年までの首里高校は本永、新里先輩ら
の活躍で全島一を誇っていた。
私の時代になると戦力はいっぺんにダウン
した。言い訳めいて苦しいのだが、当時はま
だ体重制はしかれていなかった。53キロの
私がいきおい80キロクラスの巨体とぶつか
らねばならず、幾ら”柔よく剛を制す”と言
っても、30キロの体重差はきつかった。
弱いなりにも懸命に努力した3年間ではあ
った。
赤瓦の柔道場のあった場所は近代的な校
舎に変わってしまった。しかしながら、友
利先生を囲んで先輩や仲間たちと再会した
いものである。