四つの節目にありがとう
平成16年1.24 山根光正
2004(平成16)年が明けた。真っ赤な太陽が久高島から昇ってきた。今年も良いことずくめの一年にしたい。運勢を見ると「発展
・活躍の年」とある。今年は(わたしにとって)四つの節目を迎える。一度しかない人生、日々充実させたい。
新年早々「還暦」を迎える。還暦とは「60年で再び生まれた年の干支に還ること」(広辞苑)とある。子供に還る意味で赤いちゃんち
ゃんこを着る習わしがあったと聞いている。子供のころから抱いてきた還暦のイメージとは、悟りを開いた「大人」だったように思う。そ
の意味でわたしには「還暦」、「60歳」、いずれの響きも似つかわしくないように思われる。還暦と言われるにはまだまだ未熟である。
そうは言っても、とにもかくにも還暦を迎えることになった。健康を初めとしてもろもろのことに感謝したい”ありがとう”。
次に「新聞投書」について。投書を始めて20年になる。最初は「草野球でも勝たねばならぬ」が1985年10月五日に掲載された。
論壇にも挑戦し「『話し言葉の』違和感」が同年11月26日に掲載された。投書の味を知ることで、大げさでなくわが人生は一変した。
休日にはペンをとるようになった。父ちゃん(私のこと)が急に机に向かいだしたので子供たちはびっくりしたに違いない。女房には「家
庭内のことはあまり書かないで」と注文をつけられた。存在感の薄い私だったが、がぜん注視されるようになった。投書仲間が集い、「ア
マペンクラブ」を発足させた。仲間の和は広がっていった。投書をまとめて本にした。その都度紙面を割いて紹介もいただいた。投書はわ
が人生の最高の楽しみとなった。今後も継続していきたい。そして、何度も”ありがとう”と感謝したい。
三番目は「大学院」について。目下、大学院で勉強中。知的環境の中、若者に交じって学べることは最高の喜びだ。今年は修士論文に取
り組む。己に出来るだろうか、との不安もあるが、それ以上に楽しみなのが挑戦できる喜びだ。これもひとえに女房、それと職場の上司や
仲間の皆さんのおかげである。”ありがとう”。
最後は「定年」について。3月に定年を迎える。沖国大に事務職員として採用されたのは創立間もない73年だった。その後30年、つ
つがなく勤め上げることができた。思えばプレハブ校舎からのスタートだった。夏の事務室は蒸し風呂のように暑かったし、雨が降ると泥
土に足を取られ歩くのさえままならない状態だった。そのような中で未来を信じ、学生・教職員は一丸となって大学づくりに励んできた。
自分もその一翼を担えた(であろう)ことを自負したい。定年後も引き続き2年間働くことになる。これまで同様、これからもよろしくお
願いします。お世話になった皆様に深謝します。”ありがとうございました”。