接点切片 作成日時:2003/01/10 午後6時3分
生活習慣を迫られるのはいやなもの。
早寝早起き、朝食を必ずとる、
良い生活習慣というのは、1つの習慣ではなく複数の習慣の複合体。
実際の生活、人の体と言うものはそんなに単純ではないでしょう。
早起きはできても、早寝はできない。
早起きはできても朝食がおいしくない。
規則的な生活習慣と不規則な飲み会、会合、徹夜仕事。
今われわれが守るべきであると教わっている生活習慣は、
特定の社会を作るために誰かがデザインした最適化の作業であろう。(それもかなり昔に)
社会の変化に適応できるスピードで、
社会的整合性が得られる、さらに(これからを考えるなら)個人的整合性すら達成でき、
且つ簡潔且つに互いに提示できるような(「解ってるんだけどなかなかねぇ」と言わせるような)社会的規範が、
リアルタイムに再考、再構築され、
再教育を通して習慣化されるようなシステムに需要があると考えられないか。
そして個人はこれらプロセスに順応できるだけの適応力を手に入れられないか。
たとえば、ニューロンネットワークなどのシステムをつかって、
本当の意味でワークフォースを最適化するような事が、
会社レベルではなく社会レベルでできるとしたら、
なかなかに面白いと思うのだけれど。
好き勝手に好きなように生きた場合に何が起こるかを、
好き勝手に生きられないと言う自由も含めた上で、(生きられる可能性があるからこそそう言うのだから)
ぜひその系統の人に可能な範囲でシュミレーションしてほしい。
シュミレーション結果が発表された瞬間に、
それを知った社会は進む方向を変える。
これはますます面白いと思うのだけれども。