学校帰りの放課後、外に出ると朝と変わらず強く雨が降り続いていた。
昨日から天気が悪く、未明からこの調子だ。
幼なじみで同じクラスの唯と、校舎の玄関から空を見上げていた。
そして、学校から立ち去った夏実の傘と唯の黄色い傘が、並んで歩く。
そういえば、あの時もこんな感じの天気だったと、夏実は思い出さした。
「ねえ。今日唯ちゃんちに、今から行ってもいい?」
夏実たちが5才だった、3年前。その日も雨が降り続いていた。
昨日遊んだ公園で、キレイな花が咲いていたと、唯に連れられたことだった。
公園は唯の近所で、住宅路を抜けるとすぐだった。
そういって見せられたのは、青紫のあじさいだった。
夏実が見とれていると、公園のどこかで子犬の鳴き声が聞こえてくる。
二人で探すと、木の茂みから出てきた段ボール箱の中で一匹の犬が叫んでいた。
夏実が拾い上げて、「かわいそう…。私が助けてあげる」
捨て犬に、やさしく語りかける。
頭をなでてみると、潤んだ目で見つめられ、それが夏実の心をつかむ。
ふざけてかまれるが、不思議と痛く感じなかった。
夏実は、この犬が愛らしくなってきた。
すると唯が「夏実ちゃん、だいじょうぶ?」と尋ねる。
大丈夫なわけが、なかった。
服の下に隠して、家の中に入れた。
いつもは1階のキッチンにいる母親と顔を合わしているが、すぐに2階の部屋に上がった。
無事に部屋に入れると、突然の来客者にナナが驚く。
「どうしたの?その犬」
夏実はうれしそうに笑う。「拾ってきたの」
「ちゃんと話したの?」と、下を指さした。
「やっぱり、話さないとダメかな…」
下に降りて、事情を話しに行ったが、まわりが心配したとおりになった。
「だって、かわいそうじゃない…」
「ウチはダメ!元の公園に連れて戻してきなさい」
「だってね。住むところないんだよ」
「ダメ!」
夏実の涙ながらの願いは、外の雨音と共にかき消された。
仕方がなく、一人もとの公園に連れ戻しに来た。
段ボール箱の中にそっと抱き下ろす。
「ジョン………。ごめんね…」
夏実の悲しそうな顔を、にこやかに見つめる。
そんな笑顔を見せつけられ、夏実はなかなか立ち去れずにいた。
このまま放置したら、この犬はどうなるのか。
ずっと食べるものもなく――それとも、保健所に連れて行かれるのか。
夏実は、どうしても見捨てられなかった。
少しの時間だけど、触れ合っていたことを思うと苦しい。
何より、悔しさと罪悪感で涙が止まらなかった。
日が暮れ始めて、雨で薄暗かった空がさらに暗くなった。
夏実は立ち去る決心がついた。
でも、心残りはいっぱいある。泣いても泣いても、かき出せないほど。
公園を出ると、何かがあとをつけてくる。
段ボール箱から出てきた、ジョンだった。
夏実を呼び止める声に振り向きたかったが、でも親にまた怒られる。
それでも歩き続けていたが、まだ子犬の短い足で、夏実を追いかける。
5才の夏実には、つらすぎる選択だった。
走って引き離そうと思ったら、そこへ一台の車が前方からやって来た。
夏実はひとまずあきらめて、道のわきに避けた。
つい何気なく後ろを向くと道の真ん中でジョンが立ち止まっていた。
「ジョン、危ないって!!」
言ったのが先だったか、体が動いたのが先だったか、覚えていない。
もしかしたら、ドライバーが気づいたかもしれなかった。
でも、その時は暗い雨の中、飛び込むことしか思いつかなかった。
気がついたら、病院のベッドの上だった。
そうだ。車にひかれたんだ。
夏実は幸いにも、すり傷だけで済んだ。
でも、結局いろいろと親に怒られた。
落ち込んでいる夏実に、病院に泊まり込んでいるナナがなぐさめにいった。
「夏実ちゃん。捨て犬にそこまでしなくても…」
「だって…。どうして見殺しにしなきゃいけないの!一所懸命生きているのに…」
ナナは泣きじゃくる夏実に、言えずじまいだった。
そんな、3年前のことを思い出した。
唯の家に寄ると、一匹のゴールデンレトリバーが夏実を見つけるなり、しっぽを振り続ける。
夏実もうれしそうに近寄る。
この前、会ったばかりなのに目が潤んできそう。
「ジョン、会いたかった!」
あんなに小さかった犬が、今では夏実が持ち上げるのに苦労するほどに、大きくなった。
あの後、唯が引き取ってくれた。
「夏実ちゃん、ダメだよ。犬を助けて自分だけひかれるなんて」
「もうしないよ」
命の恩人をなめまわす。じゃれ合う、二人のきずなはしっかりつながっていた。
梅雨の季節に出会った一匹の犬。ジョンに触れ合っていると、いつも夏実には雨が落ちる。