「 泥の河 」
宮本 輝著
この小説の舞台は、昭和30年の大阪である。
高度経済成長がはじまる直前の時代、昭和十年代の生活風俗が残っていた最後の時期である。馬車引きが街から姿を消す時勢の波にさらわれて昭和戦前の大阪でも東京でも河口に群がる停泊していた「伝馬船」とか「だるま船」と呼ばれていたこの種の船と、そこをねぐらにする人々は消えていったそんな年代である。
この物語は、馬車引きの事故死からはじまる−。
台風が近づく、ある雨の日に信雄は喜一と出会い。河の辺から喜一とその姉・銀子が住んでいる「廓船」という屋形船を見る信雄は、その船に魅入られるのである。
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滅びゆく「時代」に時勢を取残された者の貧しさの哀切な物語だと思う−。
幻想の中の「お化け鯉」は、水上生活者がまだいた頃の時代を呑込む。喜一とその姉の銀子の母親は、淫売をして二人の子供と辛うじて生きている。
この「泥の河」では。馬車引きのおやじが死ぬことによって、時代が馬車引きからトラックへ移りゆくことを匂わせいて、やました丸に乗って沙蚕を採っていた寡黙な老人が突然、いなくなったのも「お化けみたいなでっかい鯉に、食べられてしもたわ」と、信雄は交番で言う。そういった時代背景をこの言葉で表現しているのではないかと私は思う。
信雄は、艶めいた女性の不思議な匂いに自分でも気づかぬまま喜一の母親に心惹かれていく。父親・晋平は「夜は、あの船に行ったらあかんで」と言う。
でも、信雄は天神祭の夜、とうとう蟹見たさに喜一が住む船へ行ってしまう。そこで見たものは一体何だったのか。あの「艶めいた女性」の匂いがする正体を目の当たりにしてしまう信雄である。
信雄たちの家族も新潟へ行き、喜一たち家族も船に曳かれて、どこへ行ってしまう。侘しさと哀切さを漂いながら「お化け鯉」は、その泥の河を悠揚と泳ぐのである・・・。
★この作品は、映画化されています。詳細はここから。