23年前の「自殺」は殺人だった。[File.006]
− 母親の訴え届かず −


長野県生坂(いくさか)村の東京電力生坂ダムで80年3月、同県麻績(おみ)村の会社員、小山福来(よしき)さん(当時21)が水死体で発見される事件があった。首や手足にロープが巻かれていたが、県警は「自殺」と処理し、公訴の時効も成立した。ところが、20年後の00年4月、覚せい剤取締法違反の罪で服役中の男(54)が「私が殺した」と告白した。再捜査の結果、県警は男の犯行と断定し、先月末、遺族に捜査の誤りを謝罪した。事件発生から23年6カ月がたっていた。
 00年4月、覚せい剤取締法違反の罪で愛知県内の刑務所に服役中の男が犯行をうち明ける手紙を長野県警に郵送した。捜査員が男に面会、再捜査した結果、男が小山さんをロープで縛り、生きたままダムに投げ込んだと断定した。犯行に使われたと見られるロープを購入した店も特定した。
当時の捜査幹部によると
(1)ロープの縛り方が緩く、第三者が縛ったようには見えなかった
(2)検視の結果、外傷はなかった
(3)殺人につながる証拠が得られなかった――として、ダム上流から入水したと断定。
   ロープについても「水中でもがくのを防ぐために自分で巻き付けた」とみていた。


母親は、当時の事を振り返る−。
「帰って来たら茶わん蒸し食べるから。取っておいて」。80年3月1日朝、福来さんは母親に告げて、家を出た。「自殺するつもりならこんなことは言わなかったはずだ」と。
 午後7時ごろ、「白い車に乗った兄さん、帰ってきたか」と不審な電話がかかってきた。福来さんはこの日、白の乗用車で女性と出かけていた。母親は男性に名前を尋ねたが明かさず、「友達です」と答えるだけ。そのうち、受話器から「ギャー」という叫び声が聞こえた。
 30分後、南安曇郡穂高町にある知り合いの喫茶店の店主から電話が入った。「女性が福来君の車で1人で来た。様子がおかしい」。駆けつけた母親が居場所を尋ねると、女性は「(松本空港近くの)公園に2人でいたら、男が来て(福来さんを)黒っぽい車に乗せていった」と説明した。母親はその後、松本署に捜索願を出した。
 約1カ月後の3月29日、生坂ダムで福来さんは遺体で発見された。当時の新聞は「目立った外傷はなかった」と報じているが、遺体を確認した母親は「ほおにあざもあった」と言う。首や手足が物干し用の青いビニールロープで縛られるなど不審な点が多かったが、司法解剖などの結果、「自殺」と断定された。「自殺はおかしい。殺されたはずだ」と母親は訴えたが、聞き入れられなかった。


お断り
この文章は、朝日新聞「asahi.com」2003.10/6から。


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