伝説の風
第二章
いくつもの影がもの凄い速度で森を駆けていく。
月明かりの下に現れた陰の正体は獣であった。
獣は疾風のように森を駆けていく・・・。
獣がふと、立ち止まった。
どうやら、目的地にたどり着いたようだ。
「ウィルバー、伝説ノ人ヲ連レテキタ」と、その獣が言った。「何カ暖カイモノヲ」
獣の正面にはそれまで何もなかった、ところが、突然、正面の空間が歪みだした。
ゆがみがおさまると、正面には妙な生き物がいた。
その生き物は人間の子供ほどの大きさだが肌は緑色で体中がぬらぬらと光り、手足には水かきのようなものがある、それが大きな目をぎょろつかせながら獣をにらんでいた。
「これはこれは狼さんたち」と、その生き物は言った。「私の睡眠をじゃまして一体、何の徳があるというのでしょう」
「ウィルバーヨ、オ前ノ助ケガホシイ」と、狼のリーダーらしきものが言った。「伝説ノ人ヲ連レテキタ」
「助けましょう」と、ウィルバーは不満そうに言った。「で、いったい何を?」
「伝説ノ人ニ暖カクテ乾イタモノヲ」と、一匹の狼が言った。「早クシテクレ、伝説ノ人ガ凍エテシマウ」
「はいはい、伝説の人ねぇ」と、ウィルバーは言った。「<呪文>パニッシュ!!」
すると、ウィルバーの手元に何かふかふかしたものが落ちてきた。
「ほら、どうぞ」と、ウィルバーは言った。「羊の毛皮でできた毛布ですよ」
「アリガトウ」と、別の狼が言った。「借リガデキタナ」
「どうってことないですよ」と、ウィルバーは皮肉混じりに言った。「いつものことですから」
「ところでその伝説の人とやらはどこにいるんですか」と、ウィルバーは目をぎょろつかせながら言った。「近くにそのようなお方はおられないようですが」
「ハハハ」と、狼たちは鋭い牙をむき出しにして笑った。「確カニソノヨウダ」
すると、狼は鼻先でそっと布に包まれたものをウィルバーの前方に押し出した。
「これが何ですか」と、ウィルバーは言った。「私が聞いているのは・・」
そのとき、包みがもぞもぞと動きだした。
「ひぃっ」と、突然の出来事にウィルバーは後ろに飛びのいた。「ま、まさか!!」
「ソノ通リ」と、狼のリーダーは言った。「コノ包ミノ中ノ赤子コソガ伝説ノ人ナノダ」
「うへぇ」と、ウィルバーは叫んだ。「やめてくれ、赤ん坊なんて、気持ちが悪い」
ウィルバーはしばらく首の辺りをガリガリとかきむしっていたが唐突に手を止めた。
「この赤ん坊は腐食の身ですか」と、ウィルバーがつぶやくように言った。「運命とは残酷なものだ、きっと、自分が何者なのかも知らないのでしょう」
そのとき、狼のリーダーが突然口を開いた。
「オ前ニハマダ話シタコトガナカッタナ、運命ノ人ノ伝説ヲ、ソノ人ハカツテ運命ヲ変エルタメニ、コノ世ニ生ヲ受ケタ」狼は目を細め言葉を続けた。「運命ノ人ハ伝説トナル戦イガ始マルト知ッテ、ソノ時ニ自身ノ清ラカナ魂ヲ生贄トシテ、ソノ戦イヲ終ワラセ、ソシテ勝利ニ導イタノダ」
「魂ハ天デ浄化サレ再ビコノ世ニ生マレル、ダガ生贄トナッタ魂ガ浄化サレルニハ一度、コノ世ニソノママノ魂デ生マレ、カノ地ノ癒シノ風ニ体をサラスカ再ビ死ナネバナラヌノダ」と、狼は身震いをして言った。「ツマリ、腐食ノ身ト言ウノハカツテ生贄ニサレタ者ノ魂ノ生マレ変ワリノコトナノダ」
「何と、それは本当のことですか?」と、ウィルバーは言った。「なぜあなたはそのようなことを知っているのです」
「ソレハワシモカツテ同ジコトヲシタカラダヨ」と、狼のリーダーは言った。「ワシモ昔ハ人間ダッタノサ、モットモ今ハ狼ノ姿ダガ」
「今あなたが腐食の身でないのは癒しの風を受けたためですか、それとも、」と、ウィルバーは口をつぐんだ。「あなたの過去にそのようなことが・・・」
「ワシラハミナカツテ人間ダッタ」と、右目に傷のある狼が言った。「首領ノ気持チハミナ分カッテイルツモリデス」
「今ノ姿モワシガ望ンダモノダ」と、狼のリーダーは言った。「人間トイウモノハ愚カダ、自分ト違ウモノガイルダケデソノモノニ恐怖ヤ羨ミヲ感ジル、ワシハソンナコトニ嫌気ガ射シタ・・・」
しばらくの沈黙が流れた。
それはどちらの側も望んでいたことではなかった。
「そんなだまっとる暇があったら、運命の人フロイトが凍え風邪をひかんよう、気をきかせんかい」と、突然の声に沈黙が破られた。「それともじゃ、お前らより、年が上の者の言うことが聞けんか?」
「マタ、アンタカ」と、狼たちが言った。「アンタハ、ドコカラデモ突然現レルナ」
「あなたは樹人族のホトルですね」と、ウィルバーは言った。「森の中で〔一番〕の知恵者と歌われる」
「ふぉふぉふぉ、それほどのものでは無いがのう」と、ホトルは言った。「じゃが、みなが言うのならそうであろう、のう、知恵者のウィルバー」
「!?」と、ウィルバーはギョッとした。「どうして私の名前を?」
「どうしても何も、お前さんの名前はわしが付けたからのう」と、ホトルはにんまりと笑った。「あの頃のお前さんは・・・確か・・・いや、今も・・・」
「やめてください!!」と、ウィルバーは叫んだ。「なんでそんな恥ずかしいことを言おうとするんですか?」
「別に良いではないか」と、ホトルは言った。「それにのう、このウィルバー坊やは」
「早く!!、この赤ん坊が風邪をひいてしまいますよ」と、ウィルバーは慌てて言った。「それでも良いんですか?」
「ふぉふぉ、いかんいかん、忘れてしまう所じゃった」と、樹人は笑いながら言った。「助言を感謝するぞ、かなずちのウィルバー君」
「あぁ、ひどい」と、ウィルバーは嘆き声を発した。「本当に言うなんて・・・」
「気ニスルコトハ無イヨ」と、狼たちは口を歪めながら言った。「カナズチノウィルバー君」
「さぁ、運命の人をお前さんの寝床に案内せい」と、ホトルは陽気に言った。「お前さんは注意してその方を育てなければならん、わしら以外に知られてはならん、忘れるな、わしらだけじゃ」
「どうしてです?」と、ウィルバーは言った。「別にやましいことなど何も無いのに・・・」
「良いか、この世には正義だけでなく邪悪も存在しておる、破滅を望んでおる輩じゃ」と、樹人は声を潜めながらも、よく聞き取れる声で言った。「その者たちにこの方が奪われたらこの森だけでなく全てが滅び去ってしまう、その言葉を良く覚えておくのじゃ」
「・・・はい・・・」と、ウィルバーは言った。「努力してみます」
「絶対じゃ」「絶対ダ」と、狼のリーダーと樹人はほぼ同時に声を発した。
「は、はい!!」と、ウィルバーは少し引きつった声で言った。「絶対に!!」
すると、ウィルバーはそそくさと動き、そっと赤ん坊を布ごと抱えた。
「ソノ方ノ名ハフロイト」と、狼は言った。「ワシハコレカラオ前ト誓イヲ立テル、命ノ恩ニ報イルコトヲ」
「わしもお前さんに誓おう」と、樹人も言った。「お前さんはこれから賢者として称えられることになろうから」
「えっ?」ウィルバーはもう一度聞こうとして聞き耳を立てた。「・・・気のせいか」
ウィルバーは両の手の平を重ね、次に人差し指以外の指を互いに交差するようにして絡ませた。
すると、再び空間が揺らぎだし、ウィルバーはその中に吸い込まれるようにして、赤子とともに消えていった。
「これでひとまずは安全じゃ」と、ホトルが言った。「見つからぬことを祈ろう」
「ワシラモソロソロアイツノ元へ向カオウ」と、狼たちが言った。「アイツダケデハヤハリ不安ダ」
「あいつは自分でも知らぬかもしれんがすばらしい勇気を持っとる」と、ホトルは言った。「その勇気は真のものじゃぞ」
「ワシラトテソノ程度ノコトハ判ル」と、ジルは言った。「シカシ勇気ダケデハ何モ救エナイコトハワシガ一番理解シテイル」
「ならば行くがよい狼の姿を借りて、戦士ジルよ」と、ホトルは言った。「大樹の加護が在るように」
「ユーリ、オ前タチハ東方ノ地ヲ、レイス、オ前タチハ西方ノ地を、それぞれ見張ってくれ」と、ジルは言った。「何か、少しでも異変があったら遠吠えで知らせてくれ」
すると、狼のジルは疾風のように駆けていった。
樹人のホトルは頭(本当に頭なのかは判らない・・・)を大木のような腕でボリボリとかきむしった後、「せっかちじゃのう」と、笑いながら言うと、のしのし音を立てて、どこかへ消えてしまった。
後に残された狼たちはそれぞれ与えられた役目を果たすため、方々に散っていった。
その頃、ウィルバーはフロイトを抱えていた。
「何で俺はこんな役を引き受けたんだろう」と、ウィルバーは言った。「まっ別にいいんだけど・・・」
ウィルバーの住みかは樹の上に出来ていた。
それは枝と枝の間にあり、ちょうど鳥かごのような物だった。
風が吹くとすぐに落ちてしまいそうだったが、それは魔法で落ちないようになっていた。
「早くジルは来ないかな」と、ウィルバーは言った。「風が強くなってきた」
「ウィルバー」と、声が風に乗って流れてきた。「どこにいる?」
「ここです」と、ウィルバーは答えた。「木の上の鳥かごです」
「待っていろ」と、ジルは言った。さっきの声は彼のものだったらしい。「今飛んでいく」
「飛ぶ!?」と、ウィルバーは言った。「あなたに羽なんてないですよ、狼なんですから」
「トウッ!!」と、狼は地を足で強く蹴ると、次の瞬間にはもうウィルバーの隣にいるのだった。「ホラ、跳ベタダロウ」
「私が思っていた飛ぶとは違いましたよ」と、ウィルバーは言った。「あなたが言うと私は本当に出来るのではと思ってしまいます」
「ソレガ私ノ力ダ」と、ジルが言った。「私ノ言葉ニハ魔力ガアル」
「ゾクッ」と、ウィルバーの背に寒気が走った。「はは、お、面白い冗談ですね」
「赤ん坊は?」と、ジルが言った。「・・・フフ、ドウヤラオ前好カレタナ」
「ええーっ!!」と、ウィルバーはとたんに情けない声を上げた。「そんなぁ」
彼はその緑色の顔をさらに青くした。
その色はまるで蛙の様だった。
それから、15年の歳月が経ち、フロイトは青年に成長した。