伝説の風
第一章
わたしたちの生きる世界には同時に別の世界が存在している。
その世界ではただ一つの国が支配をしている。
国の名は、パルドラス。
パルドラスに住む人々はみな才能に恵まれ、その才能を使い、豊かな暮らしを営んでいる。
国のパルドラス王は代々武の才に秀でており、戦いというもの全てに勝ってきた。
一方の王妃のエフェルニアはすばらしい知恵の才を持っており、様々なことで王に助言を与えた。
二人の権力者の優れた才能は国を守ることのみに注がれ、秩序は保たれてきた。
しかし、そのような才能がある二人には子宝に恵まれず世継ぎがいなかった。
“世継ぎが産まれなければ、パラドラス国は滅亡の道をたどってしまう。”
ある時から、人々はそのような噂をささやきはじめた。
噂が広がってからしばらく、エフェルニアに念願の世継ぎが産まれた。
五体満足の健康な姿で産まれた世継ぎを見て、パルドラス王は大変喜んだ。
「この子は将来偉大なことを成し遂げるだろう」と、パルドラス王は言った。「フロイトと名付けよう」
王妃は微笑み、両腕でしっかりと子供を抱いた、そのとたん、子は親の腕から離れ、やわらかい布の上に着地した。
「何ということだ、子供を落とすなどと」と、パルドラスは言った。「愚かな」
しかし、次の瞬間、王はエフェルニアを見て驚いた。
王妃の腕があるはずの場所に腕が無い。
王妃は自分に何が起こったのかをすぐには分からず、ただ呆然としていた。
「キャー」と、王妃は叫んだ。「私の腕が、腕が無い」
エフェルニアは自分の腕が無くなっていることにようやく気付き、あまりの恐ろしさに醜く顔を歪め、わめき始めた。
「何事です」と、王妃の叫び声を聞いて召し使いたちが集まってきた。「何があったのですか」
「腕が、腕が、」と、王妃はうわ言のようにつぶやいている。「私の腕がー」
「と、突然のことだったのだ」と、パルドラスはうろたえながら言った。「我が子を抱いたら突然」
「王妃の腕が消えたと」と、召し使いの一人が言った。「これは、まさか、魔物の仕業では」
「ま、魔物」と、王は言った。「そうか、この子が魔物だ」
「唯一の世継ぎですぞ」と、召し使いは言った。「そんなことがあってはなりませぬ」
「たしかにその通りだ」と、パルドラスは言った。「だが、私は見たのだ、エフェルニアがこの魔物を抱いたとたん腕が消えたのだ」
「何ということだ」「おぞましい」「世継ぎが魔物に取り付かれた」「次は誰が?」と、召し使いたちは口々に言い立てた。
「こうなっては仕方がない」と、パルドラスは言った。「魔物を狼が救う森に捨てる」
「私の子が魔物なんて」と、わずかにだが正気を取り戻したエフェルニアは言った。「ありえないわ」
「そんな、やめて」と、彼女は言った。「私の子を、私の子を誰か助けてー」
「私の妻を早く医者に」と、パルドラスは叫んだ。
「やめてー」と、エフェルニアは叫んだが、誰にもその叫びが聞き届けられることは無かった。
・・・大樹の森の中・・・
この森ではかつて魔物の大虐殺があり、その時から、木々に魔力が宿り、大樹の森となった。
そして、人々はこの森を闇の森と言う。
「急げ」と、王は言った。「早くせねば、魔物だけで無くわれらの命も危ない」
「昔、聞いたことがあります」と、召し使いの一人が言った。「この森にはわれらの支配の力とは別の力が働いていると」
「その通り」と、パルドラスは声を潜めて言った。「この森は生きておるのだ」
その言葉とともに、王は柔らかい布にくるまれた赤子を地に降ろした。
王の表情は、怒りとも悲しみのどちらともつかない不可思議なものだった。
「魔物よ、さらば」と、王は言った。「呪われた種族よ、闇の森で没するがいい」
王は赤子を捨て、召し使いとともにこの闇の森を後にした。
王が赤子から離れてどのくらいの時間が経っただろうか。
辺りからどこからとも無く、いくつものの影が赤子に近付いてきた。
その影の息使いは人間のものとは違った何かべつの物のものだった。
「コノ匂イハナンダ?」と、影の一つが言った。「ワシノ匂イトハ違ウ何カ」
「フンフン、本当ダ、ワシノ匂イト何カ違ウ」と、別の影が言った。「マルデ、コレハー」
「人間じゃよ」と、突然、年を経た何かが影に言った。「お前たちの嫌いなな」
「人間ダト?」と、影が言った。「グーリーヴァルツ、ニクイヤツ、ニクイヤツ」
とたんに影たちがざわめきだした。
「グーリーヴァルツ」「グーリーヴァルツ」「ニクイヤツ」「ニクイヤツ」
「何でここにいる」「殺せ」「コロセ」「殺セ」「コロセ」「殺せ」
「だめじゃ、その子を殺してはならぬ」と、年老いた何かが言った。「その子こそ、運命を変える人なのじゃ、じゃから殺してはならぬ」
「嘘ダ」と、影が言った。「アレハタダノ伝説ノハズダ」
「嘘ではないしただのでもない、試しにその子に触れてみるがいい、その瞬間、触れた箇所は跡形も無く消えてしまうぞ」と、年老いた何かが言った。「もっとも運命の人に触れる勇気があればのことじゃが」
「マサカ」と、影が言った。「ナラバココニイルノハ・・本当ニ・・」
「分かったならば早よせい」と、年老いた何かが言った。「この方が凍え死ぬ前に」
「分カッタ」と、影たちは言った。「乾イタトコロニ連レテイッテ暖メヨウ」
影たちは赤子に触れないように布ごしで口にくわえ急いでその場を後にした。
「その方の名前はフロイトじゃ」と、年老いた何かが思いだしたように言った。「かの国から聞こえた名前」
年老いた何かがそれをつぶやくように言い終えた直後、大きな巨木が突然動きだした。
声の正体はその巨木だったのだ。
「フォッフォッ」と、巨木が言った。「伝説が動き始めたのう」