伝説の風 

 

第三章

 

「ウィルバー」と、よく通る澄んだ声が響いた。「ジルがどこにいるか知らない?」

「見ていませんよ」と、緑色の生き物が答えた。「森の中じゃないですか?」

彼がウィルバーだ。

フロイトが赤ん坊だった頃に比べると少し顔にしわが増えたようだ。

ウィルバーの緑は今は少し黒に近い色になっていた。

彼のような種族は年をとるにつれて皮膚の色に深みが出るのだ。

ウィルバーの年はちょうど30代半ばといったところだ。

「ちょっと用があったんだけど・・・」と、フロイトは言った。「はぁ」

「そんなため息をついてはなりません」と、ウィルバーが言った。「彼は忙しい身なのです」

「ちぇっ」と、フロイトは舌打ちをした。「ウィルバーは暇?」

「暇ですと?」と、ウィルバーは「いいでしょう、話くらいはしてあげます」

そのときだった。

何かが弧を描いて飛んできた。

それは先が鋭く尖り狙ったものを傷つけるように出来ていた。

幸いそれは外れ、フロイトのすぐ足元に落ちた。

「これは矢だ」と、フロイトが言った。「誰がこんな危ないものを飛ばしたんだ?」

「二人トモ逃ゲロ」と、誰かが言った。「コノ矢ハ敵ノ放ッタ物ダ」

とたんにウィルバーの顔が険しくなりました。

フロイトの正体を知った魔物が運命を変えさせないために彼の命を狙ったのだった。

「ジルの声です」と、ウィルバーが言った。「彼が恐れていた事態が起こったようです」

「どういうこと?」と、フロイトが不安そうに言った。「一体何が起こったって言うの」

それからのウィルバーの働きは凄まじいものだった。

彼は何か呪文を唱えると、現れた渦の中へフロイトを引いて入っていた。

フロイトが渦の中に入る前に見えたものは何かと血まみれになって戦っているジルの姿だった。

「ジル」と、次の瞬間には目の前に見たことのない風景が広がっていた。

「久しぶりじゃの、ウィルバー、そしてフロイト」と、大きな声が響いた。「お前たちがなぜ来たのかは分かっている」

「ジルが、ジルが!!・・・あっ!?」と、フロイトは目の前で喋っている者に対して驚いた。「あっ・・・あがっ・・・」

目の前にいた響く声の持ち主は彼が今まで見たこともないほど巨大な大木でした。

そして、その大木はフロイトの命を救ったあのホトルでした。

「ふぉふぉふぉ、わしを見て驚いてるのじゃな」と、ホトルが言った。「まあ無理もないがの」

「ホトル様、敵がついに現れました」と、ウィルバーは言った。「ジルは・・・」

「ジル・・・そうだ、ジルが、ジルが」と、フロイトは泣きそうな声で言った。「ジルはどうなってしまったの?」

「安心しなさい、ジルは生きている」と、ホトルはなだめるように言った。「彼の魂は少しも衰えていない、それが生きている証拠じゃ」

「本当に?」と、フロイトは言った。「良かった、本当に・・・」

「お前さんは自分の正体をまだ知らされてはおらぬな」と、ホトルが言った。「お前さんの前世はあの伝説の人アスラルじゃ、つまりお前さんの正体は世界の運命を変えるため、そして、自分の未来を変えるために生まれ変わったアスラルなのじゃ」

「どういうこと?」と、フロイトは言った。「どういうこと?この大木さんは何を言っているの?」

「この方の名前はホトル、この森の現在の長老です、あなたの名前をジルに教えたのもこの方です」と、ウィルバーは言った。「あなたは確かにフロイトです、そして、同時に伝説の方アスラルでもあるのです」

「お前さんは生きているものに触れてはならないと教えられていたね?」と、ホトルが言った。「その理由はお前さんが腐食の身という特別な体質の持ち主だからじゃよ、ほれ、このわしが落とす葉に触れてごらん」

するとホトルはそっと体をゆすり、一枚の葉をフロイトの前に落とした。

フロイトは、恐る恐るその葉を右手に乗せようとした、と、その葉は左手の指の触れた所から色が茶色く変色し、そのままパラパラと砕けてしまった。

「えっ!?・・・」と、フロイトは左の手をゆっくりと見回した。「僕、今何をしたの」

「それが腐食の身じゃ」と、ホトルは言った。「何も意識せずとも起こる事・・・」

「腐食の身というのはかつての英雄、つまり、自ら生贄となった者たちの転生した姿なのです」と、ウィルバーが言った。「腐食の身というのは体に触れた生きた物の精気を吸い取り、そして殺してしまう力なのです」

「嫌だ」と、フロイトが言った。「僕そんな力なんて欲しくない」

「それは生まれたときの宿命なのです」と、ウィルバーが言った。「あなたはその運命を受け入れねばならない」

「嫌だ」と、フロイトは耳を塞いだ。「何で・・・何で僕ばかりがこんな目に・・・」

「あなただけではありません」と、ウィルバーが言った。「あのジルもそうでした」

「ジルが?・・・嘘だ!!・・ジルは狼じゃないか」と、フロイトは言った。「どうしてそんな事・・・」

「ウィルバーが言ったことは嘘ではない」と、ホトルが言った。「彼もかつては人間だったのじゃ」

「ただし、一つだけ嘘がある」と、彼は言葉を続けた。「お前さんが運命を受け入れなくてもよい方法が二つだけあるということじゃ・・・聞きたいか?」

「教えてくださいホトル様」と、フロイトは言った。「彼はなぜ腐食の身でなくなったのですか?」

「その一つは癒しの風と呼ばれる伝説の風に身を晒す事ともう一つは・・・」と、ホトルは突然声を潜め言った。「死ぬことだ」

「えっ」と、フロイトは驚いた。「今何て?」

「じゃから死ぬことじゃ」と、ホトルは落ち着き払って言った。「簡単なことじゃ、魂を呪縛から開放するにはな」

「僕はそんなこと嫌です」と、フロイトは言った。「死ぬことで全てを解決しようとしても後に残るのは虚ろだけです」

「よく言いました」と、ウィルバーは感嘆の声を漏らした。「あなたはやはり伝説の人です」

「お前さんならきっと伝説の癒しの風を見つけられるじゃろう」と、ホトルは頭の葉を震わせながら言った。「さあ、旅立ちの時が来るまでゆっくりと休み旅の用意をしなさい」

すると、彼はエスコートするようにゆっくりと腕を動かした。

「ようこそわしの大樹の森へ、伝説では風が現れるのは次の満月の時じゃ、それまではゆっくり出来る」 

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