ESPAS(エスパス)

 

     一

 

 金曜日明け、休日の始まる土曜日の朝。朝八時の街中を一人の女性がスケートボードを駆って走っている。ローラーがアスファルトを噛む音が辺りに響く。

「遅れるかなぁ、まずいなぁ」

 ぼやきながら器用にスケボーを操って歩道から車道へと出る。一段と加速しながら車道の端を、朝の風を切りながら滑走していく。

 

 男は苛つきを抑えながら電車から降りた。男の着ているのは着崩した黒いスーツ、厳つい顔と雰囲気が合わされば誰から見ても明らかなヤクザだった。

 最近貸した金の回収が上手く行かない、昨日も一件、夜逃げをされてどこに行ったのか分からない相手が出来た。男は周りの迷惑を考えず、人が降りている最中の電車のドアの前でポケットから煙草の箱を取り出すと煙草を咥えようとして失敗した、落ちた煙草を踏み躙る。さらに一本取り出して銜えると金のライターで火を点ける。灰をその場でぱらぱら落として階段に向かう、ちょうどそれと同時に横のホームに乗ってきたのとは逆方向に進む電車が止まる。だらだら歩く男を追い越していく降車客、それと一緒に改札へ向う階段を下りていく。

 その途中に母と子の親子と出会う、荷物からして少し遠出するのだろう。男はちょうど煙草を下げていた、右手の人差し指と中指に挟まっている。そして親子は右側ですれ違った。すれ違った時何か当たった気がしたが男は気にせず歩いていく。後ろで子母親と手を繋いだ小学校低学年の子供が泣き出した。男は気にせず歩いていくが何の前触れもなく背中に衝撃を受けてたまらず階段を転げ落ちる。八段ほど落ちて一番下で止まる。

「何しやがる!」

 男は跳ねる様に起き上がると階段の上から自分を見下ろす影を見た。逆光で全く顔が見えない、シルエットが分かるだけだがその影が男で季節外れのコートを着ている事が分かる。

「ガキに煙草当てといて何だよ、その態度」

 その男は言いながら静かに下りてきた。その途中煙草の火が当たって火傷して泣いていた子供の頭に手を置いた、すると子供が不思議な顔で泣き止む。母親の顔が少し恐怖に引き攣っている。

「お前こそなんだ、人を足蹴にしやがって」

 ヤクザは貸し金業者の代わりに金を回収する時の脅し道具の一つ、ナイフを取り出す。折り畳んであった物を手首の反動で起こす。

「ガキに謝っとけ」

コートの男はそう言ってヤクザの前に立った。ナイフを見ても動じない、慣れているといった様子だ。

「てめえが謝れ、殺されてぇのか」

「殺せるなら」

 ヤクザは気付かなかった、階段の上の親子が不思議そうな顔をしている事に。ナイフは振られコートを切り裂く。手応えは、ない。

 男が瞬いた瞬間そこにコートを着た男の姿は無い、指を弾くような音がした方を見ると改札に向かう方の角にコートの端が見えた気がした。男はもう一度前を見るが誰もいない、親子は逃げたようだ。男は舌打ちしてその場を離れる。

 

 女性は駅に向かってスケボーを走らせていた。ボードを浮かせて車道から植木を飛び越えて歩道に移る。そこから脇道に入った。

「遅れるぅ〜」

 ぼやきながら脇道から脇道へ途中階段を降りる事にする。一際高く板を持ち上げると横向きで手摺りに乗りその上を滑る。そのまま滑って踊り場に着く直前、跳んだ。そのまま全くバランスを崩さずに手摺りの上に着地し直すと最後まで滑りきった。そのままボードをほぼ九十度、向きを変えて加速させる。そして目の前の駅に向う。

 駅前には季節外れの黒いコートを着た男が立っている、この男が待ち合わせの男だ。

「ごめん、遅れた」

 スケボーに乗っていた女性、綾川藍が言うとコートの男は壁につけていた背を離した。遅れた事については何も言わない、それが彼の常だった。ちなみに藍が遅刻する事は常では無い。

「車は?」

「支部」

 コートの男、桂木聖司は溜息を付いた。二人は並んで歩き出した。

「支部で会えばよかったんじゃないのか」

「いいじゃん別に、たまには街中を見たかったの」

 聖司に藍が頬を膨らませながら答えた。

「仕事は聞いた?」

藍が、聞いてない、と答えると聖司は持っていた新聞を渡す。藍は聖司に持っていたボードを渡した。

「十六面」

 十六面を開くと何の変哲も無い記事が並んでいる。

「何もないじゃん」

「下の広告だ」

 藍が目を向けるとそこには小さな広告があった。

『超能力を持ってお困りの方、ご連絡ください』

 それだけ書かれていて一行下に携帯の電話番号が記してあった。

「これ、扱うの?」

「きっとな」

 藍から新聞を返してもらい聖司はボードを返した。

「でもどこの誰だか分からないじゃん」

「この新聞社がここの近くにある、ということは俺達の管轄だ」

「そうだけどさ」

 藍は眉間に皺を寄せた。

 二人は特殊な職業に就いている。生活する場所も一般人と同じだが仕事の内容はそれら一般とはかけ離れていた、正確には彼らは存在しない事とになっているか、半信半疑で信じられているか、一部の人間が積極的に信じているかだった。

「これから支部までどうやっていくつもりだ?」

「ん、バスに乗ろうか」

「その前に、銀行に寄ってくれ」

 藍が不思議そうに聖司を見る。

「生活苦しいの?」

「いや、最近下ろしに行ってなかっただけだ」

 聖司はむすっとした顔をした。

「バス乗るの、止める?」

「ん、気にしなくていい」

「いいよ、歩いても」

「いい、バスに乗る」

 二人は言い合いをしながらバス停を通り過ぎ、結局徒歩四十分の支部に向う事となった。途中二十四時間使えるATMに寄ったがなぜか五人も並んでいて待つのに十分、脇道にそれたので最終的には一時間以上かかってしまった。

 二人が向ったのはオフィスビル、一階から五階まであり上二つを同じ薬品会社が一階を不動産屋、二階を床屋、三階を会計事務所が使っている。二人は四階へ向った。

 階段を昇って四日のドアを開けると小さな部屋に入る。黒い壁で四方を囲まれ人一人がやっとは入れるほどだ。その壁に小さな機械が付いている、身分証読み取り機だ。藍を外で待たせて聖司は先に胸ポケットから出したカードをスリットに通す。機械に付いている小さな液晶に聖司の顔写真と身分が表示される。

『桂木聖司 一般構成員 第四百三十三支部所属 ランクB

 その表示が切り替わる。機械の一部が開いて緑の光を発するパネルが現れる、聖司がそこに指を当てると、

『指紋照合完了、一致しました』

と表示される。そして壁の一面が自動で開いた。聖司がそこに入るとドアが一瞬で閉まる。藍も同じようにカードを通す。

『綾川藍 一般構成員 第四百三十三支部所属 ランクC

 そして彼女も指紋を照合する。

『指紋照合一致、しました』

 そして彼女も開いたドアを通って中に入る。そこには何の変哲も無いオフィスが広がっていた。ただ、かなり殺風景な部類に入るが。

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