ESPAS

     三

 世界には一部の人しか知らない事がいくつかある。その一つが超能力者の存在とそれを管理する組織の存在だ。

 管理する組織は完全な秘密組織で装備も自前、情報も自分達で到達する独立機関。

 組織は今だ解明しきれていない超能力者の研究とその徹底的な管理を行い、超能力で犯罪を起こした者を捕まえる。超能力は完全に制御出来れば常人では太刀打ちできないほどの力となるからだ。

 組織は各地に支部を作りそれを支局がまとめ、支局を本部がまとめている。構成員は全員が超能力者かその家系の者で、彼らは幼少期から一般の教育機関に通いながら組織の教育機関で能力の開発を受ける。もっとも全ての能力者が教育を受けられるわけではなく運の良いほんの一部の人間が組織によって拾われる。大人になるまで能力に気付かず、突然目覚めた力に呑まれ凶行に及ぶ者は後を絶たない。

 

 お昼休みが終わりサラリーマンは自分のオフィスへ帰っていった公園。昼食を終えた幼児が母親と共に噴水へ遊びにきている。そんな平和な風景が公園の中心、噴水を中心にした広場にあった。

 聖司はぶらぶらと公園を歩く。夜勤の日に捕まえたサイコキネシスの犯罪者は今頃警察署の取調室の中だろう。昨日、夜勤明けにも関わらず早朝に一仕事させられた。

「佳奈子が寝坊なんかするからいけねえんだ」

 ぼやきながら歩く。聖司はテレパシストだ、その能力を使って犯罪者の記憶を探ったのだが殺人現場の記憶がはっきりあったので間違いないと分かった。その後、すぐ帰れると思ったがもう一人のテレパス、木村佳奈子にもチェックさせるという事で彼女が来るのを待つこと半日、平の構成員の癖に昼時になってやっと出勤してきた。彼女のパートナーの細野秀明は何事の無いように煙草をふかして登場した、二人は異常なほどマイペースだ。

 重役出勤の佳奈子がチェックして聖司と同じ結果が出たので男は警察に引き渡された。ただ犯罪者を捕まえるだけの組織なのだ、暇な事この上ない。

 公園の中心の噴水が見えるところまで歩いてきてその広場の外側にぽつぽつ並べられたベンチに座る。たまに昼寝をしているサラリーマンがいるが起こそうとは思わない、そんな彼が会社を首になって失業率が上がっても何の問題も無い。人一人なんて小さな物だし聖司自身に失職は無いからだ。

 ベンチに腰掛けて溜息をつく。昨日は結局、デスクワークだが夕方まで仕事をしてそれから二日ぶりの我が家に帰った。死んだように寝て起きると時計の針が二本とも上を指していて頭が痛かったので、スーツに着替えて家をでると一番近いラーメン屋に入って朝食兼昼食を済ませ公園に来たのだ。

 何の気なしに公園の広場を見る、缶の自販機が幾つか並んでいてその前で年老いた公園の管理人がゴミを拾っている。その隣りに色褪せた猫のマスコットのポップコーンの自販機があってどこかの子供が指を咥えてそれを見ていた。

 視線を動かしていくと噴水を挟んで正面のベンチに本を読んでいる女性がいる。さらに視線を水平移動すると自転車の後ろに青い箱を載せたアイスキャンディー売りの老人が居た。

 視線を正面に戻した、すると正面のベンチで本を読んでいたはずの女性が目の前にいた。

「なにしてんの?」

 目の前にいた女性がそう言って鼻に乗っかっている眼鏡を上げた。

「あんたは?」

 聖司が言い返すと目の前の女性、藍は持っていた本を突き出してくる。

「読書」

「知ってる」

「じゃあ訊くな」

 藍がそう言って左隣りに座る。聖司がもう一度溜息をついて噴水をなんとなく眺めていると横から拳が飛んできて左頬にめり込む。十分に手加減されていた一撃は聖司を頭を横にぶれさせるだけだ、拳は藍のもので本気で殴られたらおそらく顎の付け根の骨が折れて外れた上に左側の歯が全て折れるか抜けていただろう。

「俺が何かしたか?」

「ロリコン」

 聖司は言われた意味が分からずもう一度視線の先を確認した、確かに幼児が噴水の中でキャイキャイ遊んでいる。

「気のせいだ」

「何が気のせいよ」

 聖司は唸りながら視線をアイスキャンディー売りの老人に向ける。

「そうだ」

 いきなり藍が声を上げたので顔を向けると彼女はポケットから小さな箱を取り出す、聖司が昨日見せた、あのライトアタッチメントモジュールだ。

「昨日貰ってきたの」

「早引けしたからな」

「だって、私やる事無かったし」

 藍が言って箱をポケットに戻す。

「パートナーを待つ位しろよ」

「だって、帰るところ違うし。待ってて欲しかったの?」

「そうじゃねえよ」

 言いながら険しい表情を作る。

 組織の決まりの中で最も意味不明な決まりが、コンビは同じ屋根の下に暮らさなければならないという事だ。構成員は本来二人一組を作って様々な行動をする、それは仕事以外でもだ。パートナーが異性だろうが同性だろうが同棲するのが決まりだが聖司と藍は同棲していない。藍の元パートナーは聖司が来ると同時に別の支部に移ったのだがその女はなぜか藍と今でも一緒に暮らしている。そのため聖司は一人でマンションを借りて生活していた。ちなみに藍と住んでいるその女とコンビを組んでいる女も元パートナーの所に行っていてそちらは三人一つ屋根の下で生活しているらしい。

 聖司は溜息をついてベンチを立った。

「帰るの?」

「ああ」

 聖司は背中を向けたまま言って歩き出す。二日連続で出勤したので今日は休みになっていた。帰ってもこれといってやることも無いから適当に街をぶらつく事にする。

「待ってよ」

 藍が後ろから追いかけてきた。

「優雅に読書に励むんじゃなかったのか?」

「どこで読んでも内容は変わらないし」

「気持ちは変わるがな」

 ぞんざいに言って歩みを速めるが藍はしっかりと付いて来た。

 公園を出て歩道を歩く。どこに行こうかと思いながら周りを見ていると横の車道を走っていった黒塗りの車が歩道に横付けされる。

「知り合い?」

「仕事仲間だろ」

 聖司は別に急ぐでもなく歩いていき止まっている車の横に付くと中を覗き込む。後部座席の窓が開いていて中に二つの人影があった。

「お久しぶり」

「お久しぶりです」

 聖司がそう言って既に屈めている腰をさらに折って頭を下げる。相手は手前に座る男、黒川忍だ。組織の中でも特別な部署、超能力者を組織に引き込むエージェントと呼ばれる者達の部署に所属し、その部署の人間が持つ能力「アンチサイ」の能力者。

「桂木君と綾川さんだね。綾川さんは目が悪かったんだっけ?」

「あ、伊達眼鏡です」

 さらりと答える藍に苦笑する黒川。

「そちらの方は誰ですか?」

 聖司が言ったのは黒川の奥にいる男だ。スーツをぴっちりと着こなした男だが威厳のある雰囲気が伝わってくる。

「服部です。服部卓、タイムリープの能力を持っています」

 男はそう言って挨拶した。

「一応支局長をやってます、第八十二支局長です」

「そうですか、失礼な事をお聞きしますがお幾つですか?」

「三十九です」

 服部の言葉に聖司と藍が絶句する、三十九歳で支局長になれる人間はそういない。俗にマスター級と呼ばれる能力者なら頷けるが。

「彼は特別ですよ、その能力が評価されたんです」

 黒川が言った。藍が気のない返事をした。

「まぁ、危うく解任されるところでしたが」

「解任?」

 聖司が聞き返すと服部は会釈をしただけだった。

「何かあったんですか?」

「部下から不祥事が出まして」

「何が不祥事ですか、確かに不祥事でしたが大きな山を一つ解決したんですから」

 それを聞いて服部が困った様に笑った、聖司は不祥事が気になったが訊く事は止めた。

「先を急ぐので、失礼します」

「あ、すみません」

 黒川が言ったので聖司はもう一度頭を下げる。服部が会釈をして黒川が軽く手を振った、黒い乗用車は走り出した。

 それを見送った二人は当分立ち尽くしていた。

「三十九で支局長って、何すればなれると思う?」

「幹部会か長老会か最高会のメンバーの弱みを握ればなれる」

 聖司は真面目に答えて歩き出す、少し遅れた藍が駆け足で追いついた。

「黒川さんがいたのはどうしてだと思う?」

「さあな」

 聖司は思考に沈みながら答えた。おそらく彼はいくつか大きな事件を解決したのだろう、結果がなければ支局長など、とてもなれない。

 支部長より上の役職には五十歳を越えないと就けないのが定例だ。五十までは現場の仕事を勤めそれからは訓練施設の教官になるか支部長になるか、など管理職につく事になる。五十歳にならずに支局長に就任しているのは異例だが、今組織の最も力のある会議、最高会に参加できるメンバーの中に五十歳未満が六人もいる。最高会は実力のある者が選ばれるので年齢は直接関係しないがめずらしい事態らしい。

 聖司は目の前に本屋の看板を見つけて自分も読書をする事にする。本屋の中に藍もついてきた。彼女は入るなり先行して聖司にオススメ本を何冊も紹介して来たが聖司はその全てを右から左へ容赦なく聞き流し、自分の好きな本を買った。藍は流行の本に弱いが聖司はそんな事はなくミステリーが好きだった。

 買った本を持って近くの喫茶店に入る。当然藍もついてきた。向かい合って座り、コーヒーを注文すると黙々と本を読む。こうして休日の昼下がりは過ぎていった。

次へ

ホームに戻る